用法と用量を守って…?
サンクトゥス女学園の敷地内に、授業の開始を告げる鐘の音が響く。S組の教室では、いつものように担任であるレクトが教壇に立って授業を始めたところであった。
「さて。この時間は薬学の授業なんだが、今日はちょっと変わった薬を持ってきた」
説明しながら、レクトは小さな黒い箱をS組メンバー全員に向かって見せた。箱は全体が真っ黒で中身が全く見えないので、何が入っているのかは外側からでは全くわからない。
「せんせー、その箱なーに?」
皆が気になっているであろう内容を、一目散にニナが質問した。レクトの方も待ってましたと言わんばかりに、薬の説明を始める。
「これは簡単に言うと、一時的に集中力を向上させる薬だ」
「えっ、集中力を向上?」
レクトの説明を聞き、フィーネが少しだけ怪訝そうな目になる。確かに集中力を向上させるというのは良い効果に聞こえるが、どうにも胡散臭いものがあったからだ。
「それ、ヤバい薬なんじゃないの?」
フィーネをはじめとした数名のメンバーが思っていたであろうことを、リリアが代弁する。その言葉に同意するかのようにフィーネ、エレナ、ルーチェの3人がうんうんと頷くが、薬を持ってきた本人であるレクトはやや呆れたような顔になった。
「コラコラお前ら、こいつは王国でもきちんと認可されている薬だぞ。勿論、薬である以上は副作用も存在するがな」
「副作用?それってどんなものなんですか?」
副作用と聞いて、アイリスがレクトに尋ねる。それなりに医学に精通している彼女としては、やはりそういった類の事が気になるのだろう。
「この薬の副作用は、薬が切れたと同時に襲われる脱力感だな。もっとも、今日俺が持ってきたやつは小さい子供でも飲めるように薬の効力自体を弱めてあるから、副作用も大したことないが」
レクトの説明を聞いて、アイリスをはじめS組メンバーはどこか安堵したような表情を浮かべている。だがここで、別の疑問が湧いたのかエレナが手を挙げて質問した。
「それで先生、その薬と今日の授業とどう関係があるんですか?」
確かに、エレナの疑問ももっともである。薬の効果自体はわかったが、それを何故レクトが持ってきたのかというのが未だにわからないままだ。そんなエレナの質問に、レクトは隠すことなくさらっと答える。
「今日はお前らに、この薬を実際に飲んでその効果を体感してもらう」
「え?なんで?」
レクトの発言に、ベロニカが率直な疑問をぶつける。確かにベロニカたちにしてみれば自分たちがその薬を服用しなければならない理由がイマイチわからないのだが、レクトからはきちんとした理由が語られる。
「実際、戦闘中にこの薬を服用している兵士や傭兵もいるからな。こういう薬は用量と時間をきちんと守りさえすれば立派な武器にもなる」
その説明を聞いて、ベロニカもとりあえずは納得したようだった。他に生徒たちからの質問もなさそうなので、レクトはさっさと話を進める。
だがこれが、後にS組メンバーを襲う悪夢の始まりとなった。
「えーと、まずはアイリスからだな」
「あ、はい」
名前を呼ばれ、アイリスは返事をする。と、ここでレクトから薬に関する補足説明が入った。
「あ。言っておくが、この薬は服用者の体重によって処方量が決まってるんだ。ちなみに50kg未満の場合は一粒で、それ以上の場合は二粒な」
「えーと?はい」
レクトが薬の処方についての説明をするのに対し、アイリスはキョトンとしながらもとりあえず相槌をうつ。だがレクトは何を思ったのか突然懐から手帳を取り出すと、それをパラパラとめくり始めた。
「あの、先生?何してるんですか?」
その光景を黙って見ていたアイリスは何故か妙な胸騒ぎを覚え、レクトに尋ねた。そしてその予感は、悪い方向に的中することとなる。
「アイリスの体重は46kg!なので一粒だけ…」
「わあぁぁぁ!!先生!!なんで体重言うんですか!?」
レクトはワザとらしく、体重の部分だけを強調しながら発表した。というよりも発表の時、完全に悪い笑みを浮かべていたのが教室にいた全員に理解できた。
アイリスは大声でレクトの言葉を遮ろうとしたが、時すでに遅し。突然自身の体重をバラされたアイリスは、当然のように慌てふためいている。勿論、アイリスだけでなく周りで見ていた他のメンバーも大騒ぎだ。
「っていうか、なんでアイリスの体重なんて知ってるのよ!?」
全員が思っているであろう疑問を、リリアが代表してレクトにぶつけた。しかし当のレクトはあっけらかんとした様子で答える。
「なんでって、2ヶ月ぐらい前に行われたっていうお前らの健康診断の結果を見たからに決まってんだろうが。正しい投薬の量を知るためなんだし、仕方ナイジャナイカ」
「ウソつけ!説明する時悪い顔してたぞ!というか最後は明らかに棒読みじゃねえか!」
もっともらしい理由を付けるレクトに、即座にベロニカがツッコミを入れた。最早、レクトは完全に悪ノリモードに入ってしまっている。
「いやいや、これも授業の一貫だぜ?」
「百歩譲って見たのはいいとしても、それをわざわざ発表する必要なんて無いと思います!」
エレナから的を射た意見が出たが、レクトは相変わらず澄まし顔のままだ。だがここで、更なる重大な事実にルーチェが気付いた。
「ちょっと待ってよ!健康診断の結果っていったら、体重以外にも色々書いてある筈じゃない!」
流石に動転しているのか、普段は冷静な毒舌家であるルーチェでさえ慌てた様子を見せている。そして彼女の言葉により、各々健康診断の結果に書かれているであろう重大な内容に気付き始めた。
「あ!体の採寸!」
「ウソ!?スリーサイズって事!?」
「生理の状況とかもです…!」
教室中から阿鼻叫喚の声が飛び交う。皆それぞれ困惑や羞恥、怒りといった様々な表情を浮かべながら、真っ直ぐにレクトの方を見た。
「別に見ようとしたワケじゃねえって。体重を確認するときにたまたま目に入っちまっただけだし、しょうがねえだろ?」
最早悪意を隠す気などさらさらないようで、レクトはゲスな笑みを浮かべながら答えた。当然ながら生徒たちは皆、怒りと羞恥で顔を真っ赤にしている。
「サイッテー!!」
「この外道!」
「せんせーのえっち!」
皆こぞってレクトに罵倒の言葉を浴びせる。が、真性の外道であるレクトにとっては最早それすらも快楽の一端でしかなかった。
「褒め言葉として受け取っておこう」
そう言いながら、レクトは更に手に持った手帳のページをめくった。そこには一体何が書かれているのかと皆ハラハラしていたが、レクトの悪ノリは更に加速する。
「いやー、しかしお前らも意外と苦労してんだなぁ。便秘なんて大変だよな。ストレスか?」
レクトは外道モード全開で、皆の恥ずかしい情報を暴露しまくる。便秘の話が出た瞬間、フィーネは両手で顔を覆ってしまった。
「先生お願いです、それ以上言わないで…!」
恥ずかしさのあまり、声がか細くなっている。正に穴があったら入りたいといった心境だろう。しかし、この外道の暴走はとどまる事を知らない。
「おいおい、まだ若えのに痔持ちまでいんのかよ。そういや確か、テラの奴も持ってたっけなぁ」
最悪な笑みを浮かべながら、レクトは手帳に書かれている内容を読み上げる。痔の話が出た瞬間にルーチェの眉がピクッと動いたが、何とか平静を装おうと口は閉じたままだ。
四英雄テラが痔持ちだったという至極どうでもいい情報が出たところで、怒り心頭のリリアがレクトを指差しながら叫んだ。
「アンタ、絶対ロクな死に方しないわよ!?」
「そーだ!センセイ絶対地獄に堕ちるぞ!」
リリアに続き、ベロニカもレクトを罵倒する。だがレクトはベロニカの言葉を聞いて、反論するどころか更に下卑た笑みを浮かべた。
「俺が地獄に堕ちるだって?そんなもん、当たり前だろうが」
それを聞いたベロニカは、言葉を失って最早何も言えない状態になってしまった。だが、外道な英雄はそれでもなおS組メンバーに対して暴虐の限りを続ける。
「じゃあ次はエレナな。エレナの体重は…」
「先生!セクハラです!訴えますよ!」
エレナは何とか阻止しようと、レクトの言葉を遮る。思わず訴えるなどと口にしてしまったが、仮にも最強の傭兵であったレクトの事を訴えたとして一体誰が裁けるというのだろうか。
このままでは全員が大事な乙女の秘密を余すところなく暴露されてしまう。それだけは何とか阻止しようと、リリアが率先して叫んだ。
「ちょっと!誰かあのゲス教師を止めなさい!」
「と、止めるって、誰が!?」
リリアの言葉に、アイリスからある意味もっともな返答が飛び出した。確かにアイリスの言う通り、レクトを止められる人物などこの教室、というよりこの国には間違いなく存在しない。
結局この後もレクトの横暴は10分ほど続き、レクトが飽きたところでようやくまともな授業が始まったのだった。




