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先生は世界を救った英雄ですが、外道です。  作者: 火澄 鷹志
新任教師レクト編
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エレナの祈り

 サンクトゥス女学園の校舎の中には、本当の教会ほどではないがそれなりに立派な祭壇が設置されている。聖職者を目指す生徒が毎日祈りを捧げたり、戦争や災害で亡くなった人々への黙祷を行うのにしばしば利用されていた。


 エレナはこの日、朝早くから祭壇の中央に置かれた女神像へ祈りを捧げていた。別に特別な意味があるわけではなく、修道院で修行していた頃からの習慣である。修道院時代と違って毎日行っているわけではないが、それでも週に1度は欠かさずに祈りを捧げている。

 祈祷を終えエレナが立ち上がると、不意に彼女の背後からつい最近ようやく聞き慣れ始めた声がした。


「神への祈りか。修道女らしい習慣だな」

「レクト先生」


 エレナの背後には彼女の、ひいてはS組の担任であるレクトが立っていた。服装はいつも通りの丈の長い黒コートだが、当然というべきか愛用の大剣は背負っていない。レクトは彼女の横に立つと黙って膝をつき、胸に手を当てて目を閉じた。

 エレナはその光景を、少し驚いたような目でただ黙って見ていた。数秒間の沈黙の後、レクトは顔を上げて立ち上がる。レクトは膝についたホコリを少しはらい、そのまま女神像に背を向ける。


「さて、行こうぜエレナ。どうせこの後は教室に行くんだろ?」


 レクトはさも当然といった様子で話す。レクトの言っているようにこの後は教室に言って朝のホームルームを待つ予定なのだが、エレナとしては先程のレクトの行動が余りにも衝撃的であった。


「意外ですね。先生は神に祈りを捧げるような人ではないと思ってました」


 エレナは率直な意見を言う。それもそのはず、人をからかい、弄ぶことを生きがいとしているようなドSのレクトが、神前で祈りを捧げるなどとても信じられたものではなかったのだ。

 ただ、そんなエレナの予想は当たらずとも遠からず、といったところであった。


「別に神に祈っちゃいねえよ。昔、一緒に魔王と戦って命を落とした奴らの安息を願っただけだ。久しぶりにな」


 エレナの考えとは裏腹に、レクトから返って来た言葉は意外なものであった。普段から掴み所のないレクトの意外な一面を知り、エレナは少し感心しているようだ。


「そうですか」


 エレナの返事は淡泊であったが、その表情は穏やかでどことなく嬉しそうであった。

 



 それから数分後、レクトとエレナはS組の教室へと続く廊下を歩いていた。少しの間2人は無言であったが、やがてその静寂を破るかのようにレクトの方から話を切り出す。


「そういやエレナ。お前、この学校に来る前は修道院にいたんだよな?」

「はい、そうですが」


 レクトの質問に、エレナは即答する。以前、自己紹介の際に修道院にいたという話をエレナ本人から聞いていたのだが、それに関してレクトは前々から気になっていたことがあったのだ。


「ということは、元々は修道女シスターを目指してたんじゃないのか?」


 レクトの言う修道女シスターとは、教会で働く聖職の1つだ。神に祈りを捧げ、神より授かった聖なる力で人々を癒すことができるとされている。

 修道女シスターになるには、修道院にて数年間の修行を積むのがごく一般的である。その修道院で修行していた以上、エレナも修道女を目指していたと言うのは容易に想像がつくことであった。


「その通りです。司祭である父の勧めで、12歳の頃から妹と2人で修道女シスターになる為に修道院で修行していました」

「へえ、妹がいるのか。初めて知ったよ」


 エレナに妹がいるという新たな事実を知りレクトは何気なく言ったが、それを聞いたエレナ本人は少し嫌そうな顔をし、ややぶっきらぼうに返事をした。


「先生、今はそれよりももっと聞きたい事があるのでは?」


 どうやらエレナとしては、妹の事に関してあまり触れて欲しくないらしい。幸いレクトは人が嫌がる顔を見るのは大好きだが、人の心に土足で踏み込むのは良しとしないという、微妙に空気の読める男であった。


「だったら何故、修道院を出てこの学校に来たんだ?確かにこの学校なら色々な事が学べるだろうが、修道女シスターを目指すならそのまま修道院で修行を続けていた方がよかったんじゃないのか?」


 レクトの意見も一理ある。修道女シスターを目指すのであれば、学校に通うよりもそのまま修道院で修行を続けていた方が効率的だ。それに学校に通うにしても、司祭や修道女といった聖職者を教育する専門の学校だってある。

 それなのに何故、彼女が戦士の養成学校であるサンクトゥス女学園を選んだのかがレクトにとっては腑に落ちなかった。だが、その質問に対するエレナの答えは意外かつ明確なものであった。


「聖職者を目指している事自体には変わりありませんが、私はもう修道女シスターになる気はありません」

修道女シスターになる気はない?どういうことだ?」


 これまた意外なエレナの返答に、レクトは驚きを隠せなかった。そんなレクトの顔を見上げながら、エレナは話を続ける。


「先生、聖職者の中にも武器を持って魔族と戦う人々がいるのはご存知ですよね」

祓魔師エクソシストか」


 エレナの言葉を聞き、レクトはある程度合点がいった。祓魔師エクソシストとは、司祭や修道女シスターと同じく神に祈りを捧げて聖なる力を使いこなす聖職者のことだ。しかし人々を癒すことや祝福することを掲げるそれらの職種との最大の違いは、自ら武器を持ち魔族と最前線で戦うということであった。


「つまり修道女シスターではなく祓魔師エクソシストになる為、要するに戦い方を学ぶ為にこの学校に来たってことか」


 納得した様子のレクトの言葉を受け、エレナは頷く。


「端的に言うとそうです。修道院では杖の使い方は学べても、剣や鞭の使い方は満足に学べませんから」


 エレナの話を聞き、それまでレクトの中にあった彼女に対しての疑問がようやく解消された。もっともそれはいいのだが、ここで新たな疑問も浮上する。


「けどよ、それまで修道女シスターを目指してたのに急に祓魔師エクソシストになりたいと思うようになったんだろ。何かきっかけがあったんじゃないのか?」


 レクトは何気なく聞いつもりであったが、図星だったのかエレナは黙ってしまった。彼女のその様子を見てレクトもあまり聞かれたくない話であると察したのか、エレナの方から視線を逸らす。


「話したくなかったら、無理に話さなくていいけどよ。俺も無理矢理聞き出そうとは思わねえ」

「いえ、別に構いません。黙っていても意味のない事ですから」


 エレナは先程とは一転して少し暗い表情を浮かべていたが、やがて意を決したのかレクトに語り始めた。


「先生、2年前に起こった『血の大聖堂』という事件をご存知ですか」

「最高司祭の継承式が、魔族の大群に襲われた事件か」


 レクトの言葉に、エレナは頷く。

 エレナの言う血の大聖堂とは、フォルティスの北方にある大聖堂で行われていた最高司祭の継承式が突如襲来した魔族に襲われ、多数の死傷者を出したという事件だ。魔族が継承式を襲った正確な理由は未だにわかっていないが、一説には人間の血肉を糧としている魔族が、継承式に集まった戦闘能力の無い多数の一般市民を狙った計画的な襲撃であると言われている。


「あの日、父に連れられて私と妹は継承式に参列していました。途中までは何事もなかったのですが、式の中盤あたりで突然、魔族が大聖堂の扉や窓を破って襲撃してきたのです」

「そうらしいな。何の前触れもなく突然襲われたと聞いている」


 直接現場にいたわけではないが、あまりにも衝撃的かつ大きな事件として新聞などで報道されていたので、レクトも事件の大まかな内容は知っていた。


「警護にあたっていた衛兵もいたのですが多勢に無勢、式は瞬く間に蹂躙され、戦う術を持たない多くの司祭や修道女シスター、そして一般市民が命を落としました」


 エレナの話を、レクトはただ黙って聞いていた。話に聞いただけでも悲惨な事件であるとわかるのだ、実際に体験したエレナにとっては計り知れないほどの暗いものがあるのだろう。


「不幸中の幸いとでも言うべきでしょうか、私を含め父も妹も無事に逃げおおせることができました。ですが、あの時の大聖堂は正に地獄絵図と呼ぶのに相応しい状況でした」


 エレナにとっては余程トラウマになっているのだろう、肩が少し震えていた。レクトは聞いた事を少しだけ後悔したが、エレナはそのまま話を続ける。


「私はその時理解しました。清らかな心を持って毎日祈りを捧げるだけでは、救えない命もあるのだと」

「だから、戦える力が欲しいってか?」


 的を射たようなレクトの言葉に、エレナは頷いた。


「当然かもしれませんが私が祓魔師エクソシストを目指すと決めた時、家族からは反対意見も出ました。いつ命を落とすかわからないような最前線に自ら飛び込んで行くのか、って」

「ま、そうだろうな」


 いくら『血の大聖堂』のような大事件があったとはいえ、大半の司祭や修道女シスターは戦いとは無縁な人生を送っている。ところが魔族と戦うことを生業としている祓魔師エクソシストになるとそうはいかない。そんな危険と隣り合わせの人生など、家族が手放しで喜ぶのも難しいだろう。


「先生。力が欲しいという考え方は、間違っているのでしょうか?」


 唐突にエレナが質問した。だが彼女としては、どうしても“力を持っている”人物であるレクトの意見を聞きたかったのだろう。そんな彼女の質問に、レクトは前を向きながら答えた。


「力を持つこと自体が悪いんじゃなくて、要は力の使いようの問題じゃないのか?」

「力の使いよう…ですか?」


 レクトの言っていることに、エレナはいまいちピンときていないようであった。そんな彼女にもわかるよう、レクトは自身の事を少しだけ話し出した。


「俺は傭兵時代、よく周りから力の無駄遣いだのなんだのよく言われてきたが、少なくとも魔王を倒すことに関しては誰からも何も言われなかった」


 その話を聞いて、エレナは少し納得できたようだった。確かにレクトは日頃から力の使い方を変な方向に向けることがあるが、それでもいざという時は決して間違った判断をしない。まだレクトと出会って1ヶ月程だが、不思議とエレナにはそう思えたのだった。


「もしもあの日の大聖堂にレクト先生みたいな人がいたとしたら、きっと沢山の人々の命が助かっていたと思います」

「だろうな」


 エレナの語る“もしも”の話にも、レクトは相変わらずの自信満々といった様子で答える。だがエレナは呆れた様子など一切見せず、更には意外な事実をレクトに告げた。


「私が祓魔師エクソシストになる為にこの学校へ来たという話をしたのは、学園内ではレクト先生が初めてですよ」

「んーと、それは信用されてるってことでいいのか?」


 唐突なエレナの発言に、レクトは何の気なしに答える。一方で当のエレナ本人は自分で言っておきながら自分の発言がイマイチ理解できていないのか、少し考え込んでいるようだ。


「信用…ですか。確かに信用している事自体は間違ってはいないのかもしれませんが、今のはそれとは少し違いますかね」

「じゃあ何?」


 再びレクトに質問され、エレナはうーんと唸る。だが少しして何かを思い付いたのか、スッキリしたような顔をしながらレクトの方を見た。


「先生が今の私に必要なものを持ってるから、でしょうか」


 エレナの例えは割と明確な表現ではあったのかもしれないが、レクトには1つしか思い当たるものがなかった。


「力か?」

「力だけじゃないですね。でも、ここでは言いません」


 結局エレナの指している事が何なのかわからなかったからか、レクトは首をひねる。それでも、無理に本人から聞き出そうとも思わなかったのだが。


「ふーん。ま、いいけどさ」


 レクトはややぶっきらぼうに返事をする。別に投げやりになっているというわけではなく、レクトとしてはあくまでもエレナ自身が納得しているのならばそれで構わないという考え方だったからだ。

 そんなこんなで、2人はいつの間にかS組の教室の前へとたどり着いていた。レクトが教室の扉を開けようとすると、それを制止するかのようにエレナが口を開く。


「レクト先生。今の話、他の先生には内緒ですからね」

「あぁ、わかった」


 レクトは二つ返事で承諾すると、改めてS組の扉を開けた。

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