表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
先生は世界を救った英雄ですが、外道です。  作者: 火澄 鷹志
新任教師レクト編
44/152

羞恥心よりも大事なもの

 S組の朝イチの授業。この日の授業内容は実戦訓練であるのだが、今日の授業はいつもとは明らかに違う部分が一点だけ存在していた。その事に対して、アイリスがおずおずと手を挙げて質問する。


「レクト先生、どうして今日は運動着じゃなくて制服のままなのでしょうか?」


 普段の実戦訓練は運動着に着替えてから行うのだが、今日はレクトの指示で何故か全員ブレザーの制服のままである。

 勿論レクトも単なる気まぐれでやっているというわけではなく、これにはちゃんとした理由が存在していた。レクトはその質問を待ってましたと言わんばかりに、説明を始める。


「おう。今日は街中とか、普段着の時に戦闘になったという想定の訓練をしようと思ってな」

 

 要するに、今日は戦場ではなく街中で普段着のまま戦闘になった時の対処方法を学ぼうということらしい。それを聞いた生徒たちは、この授業はレクトの悪戯心ではなく純粋に目的があるということなのでひとまず安堵する。


「つっても、やることは普段とそんなに大差ない。運動着より動きにくい制服のままで、いつもみたいに俺にかかってこいってことだ」


 そう言いつつレクトがいつものように木製の大剣を手に取るとS組メンバーも皆、訓練用の武器を構えた。


「よし、かかってこい!」

「いよっしゃああぁぁ!!」


 レクトの合図とともに、ニナが雄叫びを上げながら挑みかかった。


 


 その後も、S組のメンバーはいつもの実戦訓練と同様に次々にレクトへと向かっていく。レクトの方も相変わらずといった様子で皆の攻撃を木剣一本で捌きながら、個々に適切なアドバイスを与えていった。


「エレナ!手首を戻すのが遅い!弾かれたら間髪入れずにすぐ引き戻せ!」

「は、はい!」


「リリア!なんだその足さばきは!?そんなんじゃあっさり反撃喰らって終わりだ!」

「わ、わかってるけど…!」


 ところが、心なしかいつもよりもメンバーの動きが鈍い。単純に動きにくい制服を着ているからというのもあるのだろうが、それにしても一部のメンバーは明らかに動きが悪すぎる。


「やっぱりな。予想通りってところか」


 皆に聞こえないよう、小声でレクトは呟いた。実はレクト自身には何故皆の動きが悪くなっているのか、訓練を始める前から既にわかっていたのだった。


「一回、わからせといた方がいいか」


 レクトはボソッと言うと、タイミングよく自分にかかってきたフィーネの一撃を躱して、彼女にお得意の足払いをかける。


「あっ!」


 完全に油断していたのか、フィーネは半回転するように勢いよく転んでしまった。だがレクトはすぐさまフィーネの右足首を左手で掴むと、そのまま逆さ吊りの要領で持ち上げたのだった。


「うわぁ…」


 その光景に覚えがあるベロニカは、ものすごく嫌そうな表情を浮かべている。足を掴まれて身動きの取れなくなったフィーネは、レクトに宙吊りにされる形で他のメンバーと向き合うように晒されていた。


「あっ、いやっ!」


 運動着ならともかく、今はスカートの学制服だ。宙吊りとなってしまっているので、当然のように重力に従ってスカートが盛大にめくれ上がる。あまりの恥ずかしさからフィーネは無意識にレイピアから手を離し、両手でスカートの前を押さえた。当然ながら、レイピアは乾いた音を立てて地面に落ちる。


「ふん」


 だが、フィーネのその行動を見たレクトは鼻を鳴らしながら顔をしかめた。足を掴んだままのフィーネをゆっくり地面に降ろすと、その事について指摘する。


「フィーネ。無意識かどうかは知らねえが、咄嗟にスカートを押さえようとしてレイピアを手放したな?」

「えっ!?あ、はい…」


 レクトの言う通り、フィーネがレイピアから手を離してスカートを押さえたのは完全に無意識下の行動であった。1人の女子としてはごく自然な行動ではあるのだが、レクトとしてはその行動自体が問題であったのだ。


「論外だ。今後はするんじゃねえ」

「ご、ごめんなさい…」


 レクトに注意された事に対して、フィーネは素直に謝る。しかし、それを見ていた他のメンバーはやや不服そうな顔をしていた。


「けど、今のはフィーネだけの事じゃねえ。自覚のある奴もいるだろうが、スカートだからっていちいち自分で動きを制限するな。それじゃ満足に戦えねえ」


 いつものような人をからかう態度ではなく、レクトは真顔のまま言っている。だが、他の生徒たちは今の言葉が信じられないといった様子であった。中でもエレナはひどく憤慨した様子を見せている。


「先生!完全にセクハラじゃないですか!」


 何しろ、先程のレクトの言い方を変えれば下着を見られる事ぐらい我慢しろという事だ。レクトは平然と言い放っていたが、年頃の娘からすれば恥ずかしいに決まっている。しかもその事を男のレクトが言い出すのだから、女子生徒からすればセクハラ以外の何物でもないと思われるのは当然だ。

 ところが普段S組メンバーをおちょくっている時の様子とは違い、今のレクトの目はひどく冷たかった。エレナを軽く睨むような目つきになると、静かに口を開く。


「エレナ、お前それ戦場で同じ事言えるか?」

「なっ…!」


 思いがけないレクトの質問に、エレナは思わず小さな声を上げた。それに対して彼女が答えを言う前に、レクトは更に質問の内容を掘り下げる。


「敵にパンツ見られるのと、敵の目の前で武器を手放すの、お前はどっちがいいのかって聞いてるんだが」

「そ、それは…」


 改めて尋ねられ、エレナは言葉に詰まってしまう。デリカシーに欠ける表現はともかくとして、レクトの言っていることに返す言葉も無かったからだ。

 そのやり取りを見ていた他のメンバーも、ようやくこの授業の本当の意図がわかってきたようだった。それを察したレクトは、今回の授業の中で一番伝えたかった内容を口にする。


「いいか、戦場ではどんな辱めを受けようと戦うことから目を背けるな。動揺を見せるって事は、それだけ敵にチャンスを与える事になっちまう」


 レクトの話す戦場での心構えを、生徒たちはただ黙って聞いていた。重みを含んだレクトの言葉にメンバーの大半はその自覚があったのか、反省の色を見せたり、うなだれている。

 

「自分の命よりも羞恥心の方が大事だって言うんなら勝手にしろ。ただ、そんなくだらない価値観のせいで仲間を巻き込む事になったら後悔だけじゃすまねえからな」


 話の内容故に授業の雰囲気も一転して、とても重い空気になる。ただ他でもないレクト自身がそのような雰囲気を嫌がったのか、最後はいつもの調子に戻って余計な一言を付け足した。


「あとフィーネ。さっきの場合、スカートを押さえるんだったら前じゃなくて後ろだろ。正面にいたみんなからは見えなかったかもしれないけど、後ろで持ってた俺からは白い布が丸見えだったぞ」


 レクトは意地悪そうな顔をしながら、からかうような口調で言う。それを聞いたフィーネは耳まで真っ赤になった。


「もう!恥ずかしいから口に出して言わないでくださいよ!」

「先生、今のは完全にセクハラです」


 怒るフィーネに続いて、白い目をしながらエレナが指摘する。先程はともかく、今のは完全にセクハラと言う他ない。しかしレクトはあっけらかんとした様子で武器を構えると、再度生徒たちの方を向く。


「さて、それじゃあ続きといこうか。今度は恥ずかしいとか思うんじゃねえぞ?」


 その言葉を皮切りに、先程の一件のせいか少しムキになった様子のフィーネが一目散に動いた。


 


 それからのS組メンバーの動きは、前半とは見違えるように良くなっていた。というよりも、この場合は恥じらいを捨てて普段通りの動きができるようになってきたと言うべきか。

 だが、相変わらずのドSのこの男はS組メンバーを辱めるために授業の傍らにも容赦無く牙を剥く。


「ベロニカ!もっと勢いよく踏み込め!ピンク色を盛大に晒すぐらいキビキビ動いてみろ!」

「うっさい!色を言うな!!」


「アイリス!そのステップじゃ反撃を喰らうぞ!それともシマシマだから見られんのが恥ずかしいってのか!?」

「ち、違います!!」


 時折レクトからの辱めを受けながらも、S組メンバーは必死になって動く。その甲斐もあってか、動きに対するレクトの怒号は後半になるにつれて徐々に減っていったのだった。


 


 合図からきっかり10分経過したところで、レクトが口を開く。


「10分経ったな、ここまでにするぞ」

「やっと終わったぁー」

「ふぅ…長かったわね」


 レクトからの終了宣言を聞いて、生徒たちは糸が切れたかのようにその場にへたり込む。レクトを相手にした実戦訓練自体は既に何度も行ってはいるものの、やはり疲れるものは疲れるようだ。

 地面に座り込んでいる生徒たちを見渡しながら、レクトは指摘する。


「後半は大分マシになってはきたが、それでもまだ恥ずかしさが抜けてねえな」


 それを聞いたS組メンバーは少し不服そうな表情を浮かべるが、実際のところ事実ではあったため反論はできなかった。そんな中、レクトからは意外な言葉が飛んでくる。


「お前ら、ちょっとはニナを見習え」

「えっ、ニナを?」


 唐突にニナの名前を出され、リリアが素っ頓狂な声を上げる。他のメンバーも声には出さないが、驚きを隠せないようだ。

 名前を呼ばれたニナ自身も、「自分?」とでも言いたそうにレクトの顔を見ている。


「ニナはパンツ丸見えの状態のまま飛び上がったり、ハルバード振り回してるぞ」

「先生、言い方!」


 レクトのあまりにも下品かつ露骨な言い回しに、エレナが間髪入れずに怒りの声を上げる。というかレクト自身もニヤつきながら言っているあたり、完全にワザとである。


「けど、間違っちゃいねえぞ。今回の授業ではダントツでニナが一番いい動きをしていたのは確かだからな」

 

 レクトの言うように、一度指摘されてからの後半も恥ずかしさを完全に捨てきれていないメンバーがいる中、ニナだけは最初から最後まで自分がスカートであること完全に忘れているかのようにアクロバティックな動きを平然と行っていた。

 といっても、ニナ本人としては完全に無自覚であったようなのだが。


「ニナ、お前恥ずかしくないのか?」


 やはり羞恥心に関して気になるのであろうか、ベロニカがニナに質問した。一方で尋ねられた方のニナは、難しそうな顔をしながらもベロニカに答える。


「うーん…改めて考えると恥ずかしいけど、戦ってるときってそんなこと考えてる余裕がないっていうかさー」

「あっ、そう…」


 あまり参考にならないような、けれどもいかにもニナらしい答えにベロニカは納得半分、呆れ半分といった様子だ。

 何はともあれ生徒たちが十分に休めたと判したレクトはさっさと次の指示へと移るが、相変わらずこの男は自重というものを知らなかった。


「まぁ結果的には今日の授業は上々だな。お前らも大事な事はしっかり学べただろうし、俺もお前ら全員分のパンツの色が確認できたからな」


 不意打ちのようなレクトの言葉に、それまで真面目に話を聞いていた生徒たちは当然ながら非難や怒りの声をあらわにする。


「この変態!それが目的か!!」

「セクハラです!訴えますよ!!」

「サイッテー!!」


 生徒たちからは次々に罵声が浴びせられるが、レクトは反省の色を全く見せない。それどころか、この男は更なる爆弾発言を投下した。


「おい、勘違いすんな。俺は決してお前らのパンツ見て楽しんでる訳じゃねえ。その事を言われて恥ずかしがったり、ムキになるお前らの反応を見るのが楽しいんだ」

「余計タチ悪いわよ!このドS!」


 手のつけようがない外道を、激昂したリリアが指を指しながら大声で罵倒する。しかしレクトはそれを軽くスルーすると、自身の木剣を片付けながら校舎上の時計を見上げた。


「さーて、次は薬学だな。早く教室戻るとすっか」


 レクトはとりあえずこれで授業を終わりにしようとするが、ふと何かを思い出したように人差し指を立てた。


「あと、お前らのブレザーは汗まみれでとても臭いなんぞ嗅げたもんじゃないだろうから、特別にこの後の授業は運動着で受けていいぞ。俺としても教室中に年頃の娘の酸っぱい変な匂いが充満してるってのは忍びないからな」


 着替えてよいという申し出自体は非常にありがたいのだが、いちいち要らない表現が多過ぎるレクトの言葉にベロニカが顔を赤くしながら憤慨している。


「もうちょっと言い方考えろよ!女子に臭いとか言うなっての!」


 そんなベロニカを見てレクトはケラケラ笑っているが、ここでルーチェが真顔のままベロニカに指摘した。


「落ち着きなさいベロニカ。先生はあんたのそういう表情が見たいのよ?」


 その言葉を聞き、ベロニカはハッとする。だがここで悔しがってもそれはそれでレクトを喜ばせてしまうのは間違いないので、何とも言えない渋い顔をする他なかった。

 一方レクトは自分の意図を正確に見抜いたルーチェに対して賞賛の言葉を送る。


「流石だなルーチェ、よくわかってんじゃねえか」

「褒められても全然嬉しくありません」


 レクトに皮肉を返しながら、ルーチェは立ち上がって服に付いた砂埃を払う。他のメンバーもそれに続いて立ち上がると、同様に砂埃をはたき始めた。


「そんじゃ、15分以内に教室に集合。着替えるのは自由だ。俺に汗の匂い嗅がせたいっていう変態がいたらブレザーのままでもいいぞ」

「いるわけないでしょ!!」


 リリアの大声が、訓練場一杯に響き渡った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ