D組との合同授業 ⑦
2対1でリリアの方が不利であった戦況は、フィーネとエレナの加勢により人数的な部分はS組が逆転することとなった。
しかしD組メンバーもそんな事で諦める筈などなく、パトリシアとシャーリィの2人は何とか連携を駆使して時間を稼いでいた。
「シャーリィ、なんとか魔法で奴らを妨害して!」
「わかった…」
パトリシアの声に応えるように、シャーリィは魔法を詠唱する。すると周囲に霧が発生し、たちまちS組メンバーの視界を覆っていった。
「くっ、霧!?」
「ダメ!何も見えないわ!」
エレナとフィーネが叫ぶが、霧はどんどん広がって彼女たちの視界を奪っていく。
リリアたちS組メンバーの姿が完全に見えなくなったところで、短い時間ではあるもののパトリシアとシャーリィの2人はようやく一息つくことができた。
「向こうは大丈夫かしら?まさかあの2人、仲間割れなんてしてないわよね?」
パトリシアが心配そうに呟く。一応、反対側も同じように2人体制で守っているのだが、バッチリ連携が取れている自分たちとは違ってお世辞にも相性が良いとは言い難い2人だ。
無論、それに関しては横にいるシャーリィも同意見のようである。
「カミューラとモニカ、相性最悪…。なんでギルバート先生があの2人を選んだのか…シャーリィ、わかんないけど」
「まったく、同感よ。先生も一体何を考えているのかしら?」
2人とも別に担任であるギルバートの事が嫌いなわけではないが、それでもこの采配に関しては不満を募らせているようだ。
だが次の瞬間、そんな心配もたちまち意識の外へと追いやられることとなった。
「何?風!?」
パトリシアが思わず声を上げる。突然、強風が吹き荒れたかと思うと、時間稼ぎの為にそれまで視界を遮っていた霧が一気に吹き飛ばされたのだ。
霧が完全に晴れ、視界が鮮明になる。驚くパトリシアの正面には、両手を前にかざしたリリアが立っていた。
「流石ね、リリア!」
「ルーチェの魔法ほど大規模じゃないけどね」
はしゃぐように喜ぶエレナに対し、ルーチェは謙遜したように答える。それでもリリアの魔法によって視界を遮っていた霧を全て吹き飛ばすことには成功したので、S組メンバーからすればここから一気に畳みかけたいところだ。
「さぁ、いくわよ!」
掛け声とともにフィーネはレイピアを構え、パトリシアに攻撃を仕掛ける。無論、パトリシアの方も黙ってやられる訳にはいかず、盾でレイピアの攻撃を防ぎながら応戦する。
「パトリシア…助ける…!」
苦戦しているパトリシアを見て、シャーリィは魔法で援護すべく杖を構える。だが魔法の詠唱を行おうとした瞬間、飛んできた鞭の一撃によって杖が再びはたき落とされてしまった。
「悪いけど、フィーネの邪魔はさせないわ」
「エレナっ…!」
鞭の主であるエレナを、シャーリィは憎らしそうな目で見る。シャーリィはすぐに杖を拾おうとするが、そうはさせまいとエレナも再び鞭を振るう。
だが次の瞬間、誰もいなかった筈の背後から、突然大きな衝撃がエレナを襲った。
「う、嘘でしょ…?」
直接見たわけではないが、明らかに背中に細長い何かが当たっている。それが武器の先端部分であることは、エレナにも容易に想像ができた。
「残念ね。あなたはここで脱落よ、エレナ」
いつの間にかエレナの背後には、先刻までニナと戦っていたジェニファーが立っていた。手には槍を持ち、その先端はエレナの背中の中心部に当たっている。
「エレナ、戦闘不能よ」
それを見たクラウディアは、然るべき判定を下した。おそらくジェニファーはニナとの戦いが終わった後、自身の判断ですぐにD組の陣地へと引き返したのだろう。
完全な不意打ちに、エレナはなす術もなく脱落させられることとなってしまった。
「助かったわ、ジェニファー!」
思いがけない味方の登場に、パトリシアの声が一気に明るくなった。その事で士気が上がったのか、剣を持つ右手にも力が入る。
しかし、ジェニファーの表情は心なしか曇っているようにも見える。その理由は、彼女自身から明かされることとなった。
「けど、残念な知らせもあるの。遠目に見えたのだけれど、おそらくカミューラとモニカは2人とも負けたみたいよ」
「何ですって!?」
ジェニファーの加勢により喜んでいたパトリシアであったが、彼女が持ってきた凶報により一気に険しい表情になる。
だが相手チームの凶報ということは、同時にリリアとフィーネにとっては吉報と呼べるものであった。
「ということは、ベロニカとアイリスは勝ったのね!?」
2対3で人数的に不利になったにもかかわらず、リリアは希望に満ちた声を上げる。一応D組の旗の前にはあと1人残ってはいるが、それでもベロニカとアイリスが2人ともまだ戦えるのならば有利な事には違いない。
流石に状況的にまずいと判断したのか、パトリシアが大声で指示した。
「ジェニファー!ここは私たちにまかせて、あなたはエリザベスの所へ!」
「わかったわ!」
ジェニファーは頷くと、旗の元へと駆け出す。しかしS組もそれを黙って見過ごすわけにはいかない。
「そうはさせないわ!」
走るジェニファーに向かって、フィーネがレイピアで攻撃を仕掛ける。ここでやられるわけにもいかず、ジェニファーも負けじと槍を構えて応戦し始めた。
普通に戦えばリーチの差でジェニファーの方が有利なのだが、フィーネは翻弄するような動きばかりで深くは攻めようとしていない。その理由は当然ジェニファーにもわかっていた。
「フィーネ…あくまでも足止めのつもりね!?」
「当然よ。普通に戦えば私の方が不利だもの」
言葉通り、フィーネはジェニファーを倒すのではなく、撹乱するような動きを繰り返している。ジェニファーは冷静になりながらも槍による攻撃を繰り出すが、回避を優先しているフィーネには当たる気配がない。
「ジェニファー…今助ける…!」
そんなジェニファーを援護しようとシャーリィが杖を構えるが、そうはさせまいと背後からリリアが襲撃する。
「背中がガラ空きよ!」
「っ…!」
リリアの剣を、シャーリィは間一髪のところで回避する。すぐさまリリアは追撃しようと試みるが、そんな彼女の前にパトリシアが割り込んだ。
「無駄よ!そもそも状況的にはあなたの方が不利なのよ、リリア!?」
そう言って、パトリシアはリリアの剣を盾で防ぐ。だがリリア自身もそれは百も承知であり、彼女の頭の中には1つの事しかなかった。
「あたしたちがここで戦ってる間に、きっとベロニカとアイリスがやってくれるわ!」
そんな思いを胸に、リリアは再びパトリシアに向かって剣を振りかざした。
その一方でベロニカとアイリスの2人は、リリアやフィーネたちの戦いを遠くから見守りながら、旗を目指して走っていた。
「なんかリリアとフィーネ、苦戦してるみたいだな…」
苦戦している2人を見てベロニカは加勢した方が良いのかと迷ってしまうが、そんな彼女にアイリスが声をかけた。
「ベロニカさん、とにかくわたしたちは旗を優先して動きましょう!旗を握ればそこで終わりですから!」
「あぁ、そうだな!」
アイリスの言葉に奮起したのかベロニカはリリアたちに加勢するのはやめ、2人は旗の方へと一目散に走っていった。
2人がD組の陣地の中央にある旗の元へたどり着くと、その旗の前には1人の少女が立ちはだかっていた。
「あら、ベロニカさんとアイリスさんですか。意外な組み合わせですね」
少女は驚くどころかニッコリ笑うと、改めて2人の顔を見る。そんな少女に対して、ベロニカは太刀を向けて質問した。
「エリザベス!お前が最終防衛線か!」
「ええ、その通りです」
見てわかる通り人数的には有利なのだが、それでもベロニカは冷や汗をかいていた。そんな彼女の内心を知ってか知らずか、エリザベスは話を続ける。
「そもそも、どうして私が最終防衛線に選ばれたのか、あなたたちにはわかります?」
エリザベスは微笑みながら質問するが、それを尋ねられたベロニカはむしろ呆れたような顔をしている。その理由は、単純明快なものであった。
「お前の攻撃は味方を巻き込む危険があるからだろうが!」
「ご名答」
そう答えるや否や、エリザベスはいきなり右手に持った筒状の武器を構える。彼女が引き金を引くと、小さな爆発音と共に筒の先端から丸い弾が高速で飛び出した。
「あっぶね!」
「やっぱり!」
ベロニカとアイリスの2人は横に飛ぶようにして弾を回避する。だがエリザベスはいつの間にか空いていた左手にも同じ武器を持っていた。
「安心してください。銃の弾は金属ではなく柔らかい素材でできていますから、当たっても少し痛いだけですよ」
その言葉を皮切りに、エリザベスは両手の銃を交互に撃ち始めた。狙撃と言うよりも最早これは乱射と言えるものであり、最初にベロニカが言った“味方を巻き込む危険”というのは正にこの事であった。
「気をつけろアイリス!あいつの悪い癖、まるで直ってないぞ!」
「敵味方関係なく見境なく銃を撃ちまくる、ですね!?」
弾を必死に回避しながら、2人は何とか打開策を探る。正面から防御できるような盾や大剣があれば良いのだが生憎2人の武器は太刀とナイフ、どちらも防御に向いた武器とは言い難い。
「さぁ、手加減はしませんよ!?」
言葉通りと言うべきか、エリザベスは両手の銃を所構わず撃ちまくる。正に“数撃ちゃ当たる”とでもいったところか。
「くっ、このままじゃ近付けないじゃんか!」
ベロニカが悔しそうに歯ぎしりをする。しかし、無闇に近付いたら間違いなく銃弾の餌食になってしまうのは目に見えている。
だがここで、エリザベスに異変が起こった。
「あら?」
エリザベスは銃の引き金を何度も引くが、カチカチ音が鳴るだけで弾が出ない。そして同時に、それを見たベロニカの表情は一変した。
「よし!弾切れか!」
突然の好機に、ベロニカは一際大きな声を出した。
というのも、銃の弾を再装填するのは慣れた兵士でも数秒はかかる。これは銃使いにとっては最も大きな隙であり、戦場においてはいかにスムーズに再装填を行うかというのが銃使いの課題でもあるのだ。
ここぞとばかりにベロニカは一気に距離を詰めるが、それを見たエリザベスは焦るどころか不敵に笑う。
「残念」
エリザベスは右手の銃をその場に捨てると、懐から即座に別の銃を取り出した。
「なんだと!?」
「当然ですよ、再装填なんて面倒くさいもの」
驚くベロニカに向かって、エリザベスは間髪入れずに引き金を引く。弾はベロニカの腹部中央に命中し、その衝撃でベロニカは太刀を取り落としてしまった。
「ベロニカ、戦闘不能」
クラウディアの判断により、ベロニカの脱落が決まった。腹部に銃弾を喰らったとしてもそれが致命傷になるかどうかはまた別の話だが、少なくとも戦闘不能になるのはまず間違いないだろう。
「さぁ。あとはあなただけですよ、アイリス」
そう言いながらエリザベスは今度は左手の銃を捨て、懐から更に別の銃を取り出す。先程までは二丁の銃をそれぞれベロニカとアイリスに向けて別々に撃っていたが、ベロニカが脱落した今、銃は2つともアイリスに向けられていた。
「わたしは諦めません!」
「そう、なら頑張ってくださいな」
アイリスの強気な発言を聞き、エリザベスは笑顔になると再び銃を乱射し始めた。
アイリスもそれを必死になって回避するが、このままでは旗を握るどころか、エリザベスに近付くことすらできない。
(せめて、こっちにも飛び道具があれば…)
だがここで、アイリスはふとある事を思い出した。今が正にその時だ、と。
「さて、もう打つ手なしですか?」
相変わらず銃を乱射しながら、エリザベスが挑発するように言う。しかしアイリスは何かを決意したような様子で、エリザベスからは見えないように自身の体の陰から右手を振り抜いた。
「これで!」
「なっ、何を!?」
突然、エリザベスの眼前に大型の木製ナイフが飛んできた。十中八九アイリスが投げたものであろうが、不意を突かれたエリザベスは避けると同時に盛大な尻餅をついてしまった。
「と、投擲ナイフでもない普通のナイフを投げるなんて!」
「ウチの担任の先生が、“武器を手放す攻撃は最後の一撃だけ”って言ってたんです!」
驚くエリザベスに向かって、アイリスは自信に満ちた声で言う。あの日、最後のダークトロールに向かって大剣を投げたレクトの一撃が、アイリスの脳裏には強く焼き付いていたのだった。
エリザベスはすぐに立ち上がると、怒りを露わにしながら銃を構える。
「ふざけた真似を!これでも喰らいなさい!」
「いいえ、もう終わりですよ」
アイリスのその言葉を聞き、エリザベスは驚きつつも彼女の方を見る。そこには、自身が驚いて尻餅をついた隙にたどり着いたのであろう、それまで自分が守っていた旗を握りしめたアイリスが立っていたのだった。
「試合終了!そこまでよ!!」
サンクトゥス女学園の広い校庭に、試合終了を告げるクラウディアの声が響き渡った。




