D組との合同授業 ⑥
「どうやら、リリアに先を越されたみたいだな」
自分のいる位置とは反対側を見ながら、ベロニカは少しだけ悔しそうに呟いた。彼女自身は今まさにD組の陣地に到達したところなのだが、向こう側では既にリリアがD組の生徒と交戦を始めていたのだ。
「ま、アタシもそんな事言ってる場合じゃないんだけどな」
ベロニカは独り言のように言うと、改めて前を向く。彼女の視線の先には、それぞれ大鎌と大剣を背負った2人の少女が立っていた。大鎌の少女はベロニカの姿を視界に捉えると、ため息混じりに口を開く。
「何だよセシリアのヤツ。あれだけサシでベロニカを倒すなんて大口を叩いておきながら、結局やられてるじゃんか。だらしねえ」
大鎌の少女はこの場にいないセシリアに対して毒を吐くが、それを聞いた大剣の少女はなだめるような口調で言及する。
「カミューラ、そんな事を言ってはいけませんわ。セシリアだって立派に戦った筈ですよ?」
「はん。相変わらずお嬢様らしく上品にお高くまとまってやがるな、モニカ?」
大剣の少女モニカの事を鼻で笑いながら、大鎌の少女カミューラは悪態をつく。そんな2人のやり取りを見たベロニカは、やや呆れた様子で口を開いた。
「お前ら、なんでこの組み合わせで配置されてんの?」
目の前で口論を繰り広げているカミューラとモニカの2人は、ベロニカだけでなく誰がどう見ても良い組み合わせとは言えない。言われた側もそれを自覚しているのか、カミューラは否定することなくベロニカの質問に答えた。
「担任命令だよ。ギルバートのオヤジがあたしらは最終防衛線の方が向いてるとか抜かしやがるんでな」
「カミューラ!また先生の事をそんな下品な呼び方して!失礼ですわよ!」
カミューラが担任をオヤジ呼ばわりしたことに、モニカは声を荒げる。しかしカミューラは悪びれることもなく、今度はベロニカに向けて毒づいた。
「そういうわけだ、不良娘。あたしは別にお前の事なんざ興味はないが、一応これがあたしらの役割なんでな。お前はここであたしらにやられてくれ」
そう言ってカミューラは背中の大鎌を手にする。それを見たベロニカは、太刀を正面に構えながら2人に尋ねた。
「お前らはセシリアみたいに1対1で戦おうとは思わないわけ?」
ベロニカとしては別に2対1でも構わないのだが、2人の仲が随分と険悪そうなので少しカマをかける程度に聞いたつもりであった。
「ハッ。これっぽっちも思わないね。どんな手を使おうと、生き残ったヤツが勝者なのさ」
ベロニカの考えとは裏腹に、カミューラは鼻で笑いながら返事をした。しかしモニカの方は相変わらずカミューラの口調が気に入らないようである。
「カミューラ、もう少し綺麗な言い方はありませんの?それではまるで卑怯な手段を平然と行う賊と変わりませんわ」
その指摘にカミューラは一瞬だけモニカの方を見て、不機嫌そうな表情を浮かべる。だがすぐにベロニカの方に向き直ると、悪態をつきながらもモニカに協力する姿勢を見せた。
「ふん。これだから良家のお嬢様は。ま、でも今は協力して1秒でも早くこの不良を倒すのが先か」
「言い方は気に入りませんが、それについては同感ですわ」
モニカも渋々といった様子で答えると、その華奢な体格には不釣り合いな大きさの大剣を構える。普段から目にしている、身の丈以上もあるレクトの大剣に比べれば遥かに小さいものの、それでも重量自体はかなりのものであろうことはベロニカにもわかった。
「そういうわけです。申し訳ありませんがベロニカさん、こちらは2人がかりでいかせてもらいますわ」
モニカの冷静な態度を見て、ベロニカにも緊張が走る。そんな状況の中、ふとベロニカの背後から3人のものとは別の声がした。
「いいえ、こっちも2人ですよ」
その言葉にベロニカが振り返る。そこには、見慣れた少女がナイフを構えて立っていた。
「アイリス!」
思いがけない援軍に、ベロニカの声が明るくなる。一方でアイリスの姿を見たカミューラは、驚くどころか萎えたような表情を見せていた。
「何だよ、誰かと思えばちんちくりんのナースじゃねえか。お前、まだS組にいたのかよ?」
会って早々、カミューラはアイリスに向かって盛大に毒づく。もっとも、その態度からすると元からアイリスの事が気に食わないのであろう。
「…わたしがS組にいて、何がいけないんですか?」
アイリスの方はそんな挑発に乗ることもなく、冷静に聞き返す。だがそれを聞いたカミューラは、更に言葉を荒くしながらアイリスに向かって言い放った。
「人の治療がしてえんなら、いい加減A組に移れっての。テメェみてーなのがS組にいると、目障りなんだよ!」
「カミューラ!いい加減にしなさい!」
カミューラのあまりの態度の悪さに、見兼ねたモニカが大声を出した。
アイリスの方は表面的には冷静なままであるが、何かを思ったのかベロニカにある事を提案する。
「…ベロニカさん、1つお願いしてもいいですか?」
「おっ、何?」
アイリスが何を言いたいのか、ベロニカはある程度察してはいた。だがそれでもやはり彼女自身の口から聞きたいと思ったのか、ベロニカはあえて彼女に尋ねる。
アイリスは一呼吸おくと、真っ直ぐ前を向きながら静かに答えた。
「カミューラさんは、わたしにやらせてください」
アイリスから帰ってきた答えは、やはりベロニカの予想通りといえるものであった。怪我や体調関係以外の事でアイリスが強気な発言をするのは非常に珍しいのだが、そんな彼女にベロニカは何かを感じたのか、深くは追求せずに返事をする。
「いいけど、絶対に負けんなよ?」
「はい!絶対に負けません!」
アイリスが力強く答えたので、ベロニカはそれ以上は何も言わずに大剣を構えたままのモニカの方に太刀を向けた。
「そういうわけだ、モニカ。お前の相手はアタシってことになる」
「わたくしは別に、どちらでも構いませんわ」
モニカの方も、それまでと変わらぬ冷静な態度を見せている。一方でカミューラは自身の相手がアイリスに決まったとわかった途端、大きなため息を吐いた。
「おいおい、あたしの相手はザコの方かよ。つまんねえの」
相変わらずカミューラはアイリスに向かって高圧的な態度をとり続けている。だがアイリス自身は何を思ったのか、少しだけ目を瞑ると胸に手を当て、再び目を見開く。すると、そのアイリスからはとんでもない発言が飛び出した。
「まぁでも、もしもその“ザコ”に負けちゃったとしたら、すごくカッコ悪いでしょうねぇ。きっと地面にでも這いつくばって、悔し涙でも流してるんじゃないですか?」
(え?アイリス?)
余りにもアイリスらしくない挑発的なセリフに、ベロニカは一瞬戸惑ってしまう。しかしそんなベロニカを見たモニカが、指摘するように大声を出した。
「余所見しないでくださいまし!いきますわよ!」
「あっ、あぁ、来い!」
ベロニカとしては豹変したアイリスの様子も気になるのだが、今はそんな悠長なことは言っていられない。大剣を振りかぶるモニカを前にして、ベロニカも太刀を振りかざす。
その一方で、アイリスとカミューラの一騎打ちも既に始まっていた。カミューラは大鎌を左右に大きく振ってアイリスを牽制するが、補助魔法で身体能力を強化したのか素早い動きを見せるアイリスには当たる気配がない。
「この!ちょこまかと!」
全く攻撃が当たらないことにイラついたのか、カミューラが声を荒げる。しかしアイリスの方は変わらぬ様子で、普段の彼女らしからぬ挑発的な口調のままだ。
「ふふ。大きいのは鎌と態度だけですか?脳みそも同じぐらい大きければよかったんでしょうけど」
「テメェっ…!ザコの分際で!!」
カミューラは怒りにまかせて鎌を振るうが、当然そんな勢いだけの攻撃など当たるはずもない。アイリスは攻撃を回避しながら、尚もカミューラを煽り続ける。
「もしかして、ただ鎌を左右に振ってればいつかは当たるとか思ってます?そうだとしたら、カミューラさんはなんておめでたい思考の持ち主なんでしょうか」
「この…絶対に潰す!!」
戦闘前とは打って変わって、今度はアイリスがカミューラに対して挑発を続けている。しかし終始取り乱すことのなかったアイリスに対し、カミューラは完全に頭に血が上った状態を見せていた。
だがアイリス自身は挑発を続けながらも、ある1つの事だけを考えて戦況をしっかりと見据えていた。
(本気で…刺すぐらいの気持ちで!)
その刹那、カミューラがこれまでになく大きなモーションで鎌を振る。アイリスはそれを飛び退けるように回避するが、その反動で地面に膝をついてしまった。
「そこだぁぁぁ!!!」
絶好のチャンスだと言わんばかりに、カミューラは大声を上げながら勢いよく大鎌を振り下ろした。だがアイリスは最初から狙っていたかのように、その攻撃を横に転がって回避する。その結果、カミューラに思わぬ隙が生まれてしまった。
「あっ…し、しまった!」
カミューラは思わずうろたえる。振り下ろした際の勢いがつき過ぎていたからか、鎌の刃の部分が地面にめり込んでしまっていたのだ。カミューラはすぐに地面から引き抜こうとするが、それよりも前にアイリスが動いた。
「なっ、なんだと!?」
「終わりです!」
そのアイリスの行動に、カミューラは驚きを隠せなかった。なんとアイリスが、地面に刺さったままの鎌の柄の部分に飛び乗ってきたのだ。アイリスはそのままもう一度ジャンプすると、カミューラの頭上スレスレを通り抜けながら向こうに着地した。
「痛っ…まさか!?」
アイリスが自身の頭上を通過した際、カミューラは首筋に軽い衝撃を感じた。カミューラ自身はまさかとは思ったが、その事実は審判であるクラウディアから告げられる。
「カミューラ、戦闘不能」
「なに!?」
クラウディアから告げられた脱落の宣告に、カミューラは思わず反抗的な声を上げた。納得がいかない様子で、クラウディアの方を向きながら反論する。
「おい待て!あたしはまだ…!」
「首筋にアイリスのナイフがしっかり当たってたわよね?それともまさか、あなたはそんなことにすら気付かなかったとでも言うの?」
クラウディアに指摘され、カミューラは返す言葉もなかった。もちろん相手が審判であるというのもあるが、それ以上に自身でも首筋に当たった感触をよく理解していたからであった。
「…ちっ!」
カミューラは悔しそうに舌打ちをすると、八つ当たりのように手に持っていた大鎌を思い切り地面に叩きつける。
そんな2人の決着を、すぐ横で交戦していたベロニカとモニカは一時的に手を止めて見届けていた。
「やるじゃん、アイリス」
「まったく、カミューラったら。いくら負けて悔しいからってあんなはしたない行動をして。みっともないったらありませんわ」
2人はそれぞれ、自身のクラスメイトの勝敗について呟く。もっとも、1人は勝者でもう1人は敗者である。当然のごとく2人のクラスメイトに対する意見は全く異なっていた。
しかし、決着をつけなければならないのはこちらも同じだ。2人は改めて正面を向くと、どちらからともなく口を開く。
「さて、アタシたちもそろそろケリをつけるか」
「勿論です、けちょんけちょんにして差し上げますわ!!」
その言葉を皮切りに、モニカは横になぎ払うように大剣を振る。武器の大きさや重量からすると太刀で受け止めるのは無理だと判断したのか、ベロニカはバックステップでそれを回避した。
「まだまだ!」
ベロニカに回避されても、モニカはめげずに剣を振るい続ける。一般人から見れば大剣の特性を活かした豪快な戦い方と捉えられるかもしれないが、対峙しているベロニカにとってはどうにも違和感のあるものであった。
「なぁモニカ、戦闘中にこんなこと言うのも何なんだけどさぁ…」
我慢できなくなったのか、ベロニカが口を開く。それを聞いたモニカは一旦攻撃を止め、大剣を地面に突き刺しながらベロニカの方を見た。
「一体、何ですの?手短にお願いしますわ」
無論、モニカとしては渾身の連続攻撃の最中に口を挟まれたのだから不機嫌極まりない。手短にと言われたので、ベロニカも回りくどい言い方をせずにストレートに表現する。
「お前さ、剣振るスピード遅くない?」
ベロニカの感じた違和感とは、モニカの大剣を振るうスピードであった。しかしモニカからしてみれば、大事な試合の途中に、それも相手チームのメンバーから言われるなど、余計なお世話を通り越して失礼に値する発言に他ならなかった。
「なっ…!し、失礼なことを言わないでくださいまし!そもそも、これは大剣なのだから動きが鈍重なのは当たり前のことですわ!」
「うーん、そうなんだけどさぁ」
ムキになって反論するモニカを見て、ベロニカは頭をかく。確かに彼女の言う通り、重量のある大剣の攻撃は鈍重であるというのもわからないでもないのだが、ベロニカがそう思うのにもれっきとした理由があった。
(センセイはあれよりもバカでかい剣を棒切れみたいに振り回すからなぁ…。それと比べると、モニカの攻撃はどうにも遅く感じちまうな)
そもそも比べる相手自体が間違っているのだが、やはり普段から大剣を自由自在に振り回すレクトを見慣れているせいか、ベロニカにとってはモニカの動きがとにかく遅く感じられて仕方ないのだ。
ところがモニカにとってはそれが侮辱にしか聞こえなかったのか、やや動揺した様子で顔を真っ赤にしながら再びベロニカに向かって大剣を振り下ろす。
「こっ、これでも喰らいなさい!!」
ドスン!という轟音と共に、大剣が地面にめり込む。しかし勢いがつき過ぎていたのか、剣が地面に当たった瞬間にモニカはバランスを崩してよろめいてしまった。
「悪い、スキだらけだわ」
ベロニカはそれだけ言うと、モニカの事を縦に文字通り一刀両断にする。もちろん木製の練習用武器なので実際に切れることはないのだが、実際の戦闘では間違いなく命を落としている。無論、クラウディアからもそれに見合った判定が下された。
「モニカ、戦闘不能」
「そ、そんな…」
自らの脱落を告げられ、モニカは愕然とした表情を浮かべながら膝をつく。ただしクラウディアの判定に納得がいかないというわけではなく、完全に自己嫌悪に陥っているような状態だ。
そんな彼女の様子を見て、トドメを刺したはずのベロニカがバツの悪そうな顔でモニカに声をかける。
「その…なんか悪かったな。別に動揺を誘うつもりとかはなかったんだけどさ…」
ベロニカからすれば単に武器の使い方を指摘しただけだったのだが、まさかそのせいでモニカが動揺して大きな隙を晒すなどとは思ってもみなかったのだ。
しかしモニカの方もベロニカを責めることなく、落ち込みながらも潔く自分の負けを認めた。
「いいえ、あの程度の言葉責めで動揺してしまったわたくしが悪いのですわ。未熟者として、ここは潔く退かせてもらいます」
(言葉責めって…)
モニカの言い方に逆にベロニカの方が納得がいかなかったが、そんなベロニカの内心など知る由もないモニカは立ち上がると、未だに呆けたように立っているカミューラに声をかける。
「ほら、カミューラ!いつまでもいじけてないでギルバート先生の所へ行きますわよ!」
「ちっ!!」
カミューラは返事の代わりに舌打ちをすると、地面に叩きつけられたままの大鎌を拾ってモニカと共に場外へと歩いていった。
その場に残されたベロニカは、改めて先程の戦いについてアイリスに賞賛の言葉を送る。
「すげえじゃんアイリス!アタシもまさかアイリスがあんなに鮮やかに勝っちまうとは思わなかったよ!」
「あ、ありがとうございます!」
ベロニカに絶賛され、アイリスは照れたような様子で礼を言う。しかしベロニカとしては、どうにも気になって仕方がない部分が1つあった。
「でもさ、なんか途中様子がおかしくなかったか?こう…なんて言うか、豹変したって言うかさ…」
「あぁ、その事ですか」
ベロニカの質問に、アイリスは納得したような表情になりながら答える。
「えっとですね、実はカミューラさんを挑発するために、レクト先生が言いそうな言葉を考えて、先生の態度を真似ながら言ってみたんです」
アイリスの話を聞き、ベロニカは合点がいったような顔になった。戦闘中のアイリスの言葉を思い返しながら、それを担任であるレクトと重ね合わせる。
「うっわー、確かにセンセイなら言いそうだわ。“這いつくばる”とか“大きいのは態度だけか”とかさ」
「でしょう?」
レクトがそのセリフを言っているのを想像し、ベロニカは自然と笑いがこみ上げてきた。
だが、今はそんな悠長なことをしている場合ではない。2人はハッとしてD組の陣地の中央にある旗の方を見るが、そこには思わぬ光景が繰り広げられていた。




