D組との合同授業 ③
「いっくよー!!」
「ちょっと、飛ばしすぎよニナ!」
今回のように戦闘が絡む授業の場合は、S組の中で一目散に動くのは決まってニナである。もっともそんなニナを放っておけば無鉄砲に突っ込むことは目に見えていたので、事前にレクトに言われていたリリアがサポート役としてニナの後方に回っていた。
「あっ、リリアちゃん!誰か前にいるよ!」
「本当だわ。あれは…」
ニナに言われてリリアが正面を見ると、そこには木でできた練習用の大きな両手斧を手に持った目つきの鋭い少女が仁王立ちしていた。少女はニナの姿を視界に捉えると、この上なく嬉しそうな表情を浮かべながら口を開いた。
「この時を待ってたぜ、ニナ!」
「あ、アレックスちゃんだ!」
しかしアレックスの視線はニナ本人ではなく、ニナの持つ人目を惹くほど大きな胸元に注がれている。そしてニナが立ち止まったと同時にその胸が大きな揺れを見せた途端、それまで喜びに満ちていた顔が一気に不機嫌そうなものになった。
「相変わらずとんでもねえ大きさの乳しやがって!!その巨乳ごとぶっ潰してやる!」
完全に個人的な恨みを全開にしながら、アレックスは斧を構える。確かに彼女の胸囲はニナと比較すると正に雲泥と呼べるほどの格差であり、とても同年代とは思えないレベルだ。
「落ち着きなさいアレックス。それじゃ完全に逆恨みよ?」
アレックスに背後から声をかけたのは、大きな槍を携えた金髪の少女であった。しかしアレックスは、そんな少女の言葉に対して耳を貸そうともしない。
「黙ってろジェニファー!巨乳の女は全員滅ぼしてやる!!」
「だからそれが逆恨みだって言ってるんでしょうが」
ジェニファーは額に手を当て、呆れかえったような目でアレックスを見ている。だが呆れているのは敵対しているニナも同じようで、言わなくてもいい一言をアレックスに向けて放ってしまう。
「アレックスちゃん、またおっぱいの話?おっぱいなんて大っきくても揺れるばっかりで邪魔だし、戦闘では全然いいことないよ!」
「だーっ!!その無神経さが余計にハラ立つ!絶対にぶっ倒してやる!!」
正に火に油を注ぐとはこの事だ。怒りが頂点に達したアレックスは、今にもニナに飛びかからんばかりの勢いである。
「手を出すなよ、ジェニファー!!」
アレックスは後ろにいるジェニファーに向かって叫んだが、それを聞いたジェニファーは驚いたような様子で言い返す。
「ちょっとアレックス、あなたギルバート先生の話をちゃんと聞いてた?あなた1人じゃニナには勝てないかもしれないから、私がサポート役に付けられたのよ?」
「うるさい!俺1人で充分だ!お前は黙って見てろ!」
どうやらレクトの予想通り、D組はニナを2人がかりで止めにきたようだ。ただその作戦も、アレックス1人のワガママによってたった今瓦解してしまったのだが。
「あなた、絶対あとでギルバート先生に怒られるからね?」
「ふん!勝ちゃあいいんだよ!」
強気な発言をするアレックスを見てジェニファーもこれ以上何を言っても無駄だと感じたのか、槍を引いて見物を決め込んだようだ。
一方リリアも元々はニナに協力するつもりでついてきたのだが、ここで何かに気付いた様子を見せた。
「ニナ、ここは任せたわね」
「ん?別にいいよ!どうかしたの?」
ニナとしては1人でも戦う気満々なのだが、それでもリリアが自らこの場を離れると言い出したのが些か気になったようだ。リリアは相手に悟られぬよう、小声でニナに耳打ちする。
「奥から弓で狙われてるわ。あたしは先にそっちを片付ける」
「りょーかーい!!」
リリアが奥へ駆け出したと同時に、ニナはハルバードを振り回しながら正面に向かって構えた。それを見たアレックスも臨戦態勢へと移行し、ニナに向けて改めて斧を構えた。
「「勝負!!」」
2人は同時に叫び、また同時に武器を振りかざした。木製のハルバードと両手斧が激しくぶつかり合い、ミシミシと音を立てる。両者一歩も引かず、木の武器が何度も打ち付けられる音が辺り一帯に響き続けた。
そんな2人の攻防を場外から遠目に見ていたレクトは、横にいるジーナに語りかけるように呟いた。
「あのアレックスとかいう小娘、胸の大きさ以外はかなりニナと似てるな。戦闘スタイルとか」
「…それ、絶対アレックスちゃんの前で言っちゃダメですからね。彼女、胸のこと凄く気にしてるんですから」
デリカシーの欠如したレクトの発言に、ジーナは冷静に釘を刺す。そんな彼女の注意はさておき、レクトにはもうこの勝負の行方が見えているようであった。
「けど、あれじゃニナには勝てねえな」
「えっ?どうしてですか?今のところ互角みたいに見えますけど」
ジーナの目からは、今の2人の攻防は正に一進一退といったように見えていた。しかし数々の戦場を渡り歩いてきたレクトからすれば、最早腕前云々以前の問題が見えていたのだ。
「何が互角だよ。よーく見てなって。あいつらの間には、胸の大きさと同じくらいどうしようもない決定的な差があるぞ」
「だから、可哀想だからその言い方やめましょうよ…。」
全く自重しない発言を繰り返すレクトに少し呆れながらも、ジーナは2人の攻防を見守る。
ニナとアレックスの攻防は、更に苛烈さを増していた。互いに攻撃を繰り出しては防ぎ、攻撃を繰り出しては避けられを何度も繰り返している。
だが、攻防を続けるうちに2人の差が徐々に見え始める。終始変わらぬ様子でハルバードを振るい続けるニナに対し、アレックスの表情には明らかな焦りが見え始めていた。
「なんで、なんで勝てない!?いや、それよりも、どうして当たらない!?」
アレックスが焦っていた一番の理由は、自分がニナの攻撃を斧で防ぎ続けているのに対し、ニナはアレックスの攻撃を防ぐどころか軽々と避けているということにあった。
「それ!えい!やぁ!!」
「くっ…!このっ…!負けるか!」
攻撃を防ぐのと避けるのではスタミナの消耗も異なる上、何より“自分の攻撃だけが当たっていない”というのは精神的にもかなりキツい部分がある。
そもそもアレックス自身が1人で充分だとジェニファーに言い切ったのは、ニナに対して確かな勝機があると踏んでいたからだった。
それは、10分ほど前に遡る。D組の陣地では、S組と同じように担任であるギルバートから戦術指南が行われていた。
「2ヶ月前に行われたS組との合同授業を見て思ったのだが、ニナの戦い方には悪い癖がある」
「ニナの悪い癖?先生、そんなのあるのか?」
思いがけないギルバートの言葉に、アレックスは興味津々といったような顔をしている。
「彼女は元々武器の振り幅が大きいが、気持ちが高揚するとそれが更に顕著になる。言い換えれば隙だらけになる、ということだ」
「えっ、そうだったのか」
直接戦った自分ですら気付かなかったニナの癖をギルバートが把握していた事に、アレックスは驚きを隠せないようであった。
「あぁ。だからその隙を突くようにして攻撃を加えれば、間違いなく彼女はすぐに攻略できるだろう」
「いよっしゃ!」
ギルバートの話を聞いて勝機が見えたのか、アレックスは思わず拳を強く握りしめる。しかしギルバートの話はこれで終わりではなかった。
「だが油断するなよ。それはあくまでも2ヶ月前の話だ。もしかしたらその欠点も、レクト君が来てからの2週間の指導によって既に克服されてしまっているかもしれん。その為にジェニファーをサポート役に回して布陣を強固にしているのだからな?」
ギルバートは念を押すように言うが、当のアレックス本人は既に勝利を確信したかのように自信満々の様子であった。
「はっ!あの単細胞がたった2週間でそんな成長するかよ!あいつの成長がすげえのは乳だけだっての!」
「アレックス、あなたニナに対して巨乳以外の印象はないわけ?」
サポート役に指名されたジェニファーがアレックスに白い目を向けるが、当のアレックスは既にニナに対する勝利気分で一杯のようであった。
数十回に及ぶ攻防の末、アレックスはニナの攻撃が当たっているのにもかかわらず自身の攻撃が中々当たらないその理由に、ようやく気付き始めた。
(そうか!ニナの攻撃が当たって俺の攻撃が当たらないのは、武器によるリーチの差か!)
根本的な問題ではあるのだが、身の丈以上の長さを誇るハルバードと1メートルにも満たない両手斧では明らかにリーチの差が違いすぎる。当然ながらニナの攻撃が当たる距離でも、アレックスの攻撃は当たる距離ではない場合があるのだ。
レクトの口にした“決定的な差”というのも、正にこのリーチの差の事であった。
(けど、どうして前回は気付けなかった!?いや、そもそも前回はリーチの差なんて感じたか!?)
アレックスはニナの攻撃を防ぎながら、様々な事を考える。だが次の瞬間にニナが繰り出したハルバードの突きを見て、それまで感じていた違和感の正体にようやく気付いた。
「ニナ!お前、どうして遠くから槍で突くなんてチマチマした攻撃しやがる!?」
アレックスの気付いた違和感というのは、以前はハルバードを力任せに振り回していただけのニナが、今はハルバードの先端の槍部分を用いて小刻みな突き攻撃を織り交ぜていたということであった。ハルバードの斧部分で斬りかかるならともかく、槍部分での突き攻撃ならば余計にリーチの差が顕著に表れる上、攻撃の際の隙も少ない。
武器同士の激しいぶつかり合いを信条としているアレックスにとって今のニナの突きは“チマチマした攻撃”なのだろうが、それでもニナはムキになることなく得意げに言う。
「アレックスちゃん、知らないの!?ハルバードはね、槍の部分もうまく使わなきゃダメなんだよ!」
この前のダークトロール戦の時もそうだが、レクトに教えられたことをニナはあたかも自分の言葉のように言っている。しかしそれはレクトの教えを忠実に守っていることの表れでもあり、その事がニナを更なる高みへと押し上げていた。
「しまった!」
不意にアレックスが声を上げた。というのも、ニナの攻撃を防いだ際に衝撃を受けきれずによろめいてしまったのだ。そこにできた一瞬の隙を、ニナは見逃さなかった。
「もらったぁぁぁ!!」
ニナはチャンスとばかりにハルバードを大きく振りかぶり、渾身の力を込めて叩き込む。その一撃が、アレックスの脇腹を的確に捉えた。
「あうっ!!」
攻撃をもろに喰らい、アレックスはその場に倒れこむ。だがそれでもニナは最後まで油断してはいなかった。すぐさま倒れ込んだアレックスに向かって、追い討ちをかけるようにハルバードの槍部分を突き立てる。
無論、本気で突き刺したわけではないが、この授業においてはその行動自体に意味があるのだ。
「アレックス、戦闘不能よ。場外へ移動しなさい」
場外からその様子を見ていたクラウディアが宣告する。この授業では彼女の判定より、実際の戦闘においては間違いなく戦闘不能であると見なされた生徒はその場で脱落となってしまうのだ。最初の脱落者となったアレックスは、悔しそうな表情を浮かべながらニナを見た。
「ちくしょう!なんでお前、こんな短期間でここまで戦い方を変えられるんだよ!?」
負け惜しみというか、最早八つ当たりに近いが、それでもアレックスは納得がいかなかった。だがそんなアレックスとは裏腹に、ニナは活き活きとした表情をしている。
「すっごく強い人がいてね、その人が言ってたの!ニナはまだまだ強くなれるって!だからニナはその人に教えてもらって、もっともっと強くなるの!!」
満面の笑みを浮かべて語るニナを見て、アレックスはそれ以上何も言えなくなってしまった。しかし自分が脱落したこと自体に変わりないので、彼女は渋々ながらも担任であるギルバートの待つ場外へと歩いていった。




