休日の英雄 後編
酒場を出て、レクトは軽く伸びをする。
「さーて、金も入ったことだし、メシでも食いに行くかな。折角だ、お前らも一緒に来るか?」
「え、いいんですか!?」
レクトからの突然の誘いに、アイリスは呆気に取られたような声を出す。時刻はもう2時前になっており、2人としては昼食もまだであったので非常にありがたい誘いではあった。
ただ少し申し訳ないと思ったのか、エレナは確認するようにレクトに尋ねる。
「けど、いいんですか?折角貰ったばかりの報酬なのに」
「気にすんな。それに小娘2人分の食費なんざ、たかが知れてるっての」
レクトは即答したが、ふと思い出したようにニヤッと笑う。
「あ、でも食うのがお前らじゃなくてニナの奴だったとしたらまた話が変わってくるか。あいつだったら誘ってなかったかも」
レクトのその発言を聞き、2人はニナに悪いと思いながらも思わず吹き出してしまった。
レクトが2人を連れてやって来たのは、王城からほど近い場所にある豪華な建物であった。おそらく店らしきその建物の正面には、金色の装飾が施された大きな看板が掲げられている。
「えっと…『至高の玉座』?」
アイリスが看板に書かれていた文字を読む。見るからに高級そうな店の外観にエレナとアイリスは少し不安になるが、レクトは気にせず店の扉を開ける。
「大げさな名前だが、単なるレストランだ。気にしねえで入れ」
「あ、はい…」
「わ、わかりました…」
それでも不安は拭いきれないが、レクトが大丈夫と言うのだから一応は大丈夫なのだろう。そんなレクトに続いて、エレナとアイリスもおそるおそる店内へと足を踏み入れる。
「いらっしゃいませ」
3人を出迎えたのは、これまたいかにも高級そうな服装をした店員であった。店員はレクトの前身を上から下までくまなく確認すると、急に申し訳なさそうな顔になる。
「申し訳ございません、お客様。当店は完全会員制となっておりまして、会員証を提示して頂けないと入店できない決まりなのです」
どうやらこの店は一見さんお断りらしい。それを聞いてエレナとアイリスはますます不安になるが、対してレクトは全く動じることなく店員に言い切った。
「チョビヒゲの店主に伝えろ。2年振りにレクト・マギステネルが来てやった、ってな」
レクトの名前を聞き、店員の顔色が急に変わった。もっとも、当然と言えば当然ではあるのだが。
「レ、レクト・マギステネル!?四英雄レクト!?し、少々お待ち下さい!」
店員は頭を下げると、ものすごい勢いで店の奥へと姿を消す。ところが、それから1分も経たないうちに店員は再びレクトたちの元へと戻ってきた。
「大変お待たせいたしました、どうぞ奥の部屋へお進み下さい。お席の用意は既に整っておりますので」
「はい、ご苦労さん」
店員に案内され、当たり前といった様子でレクトは店の奥へと向かう。エレナとアイリスは何となく申し訳ない気分になりながらも、足早にレクトについて行った。
奥の部屋では、髭を生やした初老の男性が待っていた。どうやらこの男性が、先程レクトが口にしていた“チョビヒゲの店主”のようである。
「いらっしゃいませレクト様。2年ぶりのご来店、誠にありがとうございます」
「おう、久しぶり」
丁寧な店主の対応に、レクトは軽く挨拶を返す。レクトたちが荷物を置いて席に座ると、店主はレクトに人数分のメニュー表を手渡しながら説明を始めた。
「本日のオススメは、氷河魚とヤマト牛になっております。勿論、生食でも美味しく召し上がって頂けるよう新鮮な物を用意してありますので、よろしければ是非ご賞味ください」
「あ、そうなの?考えとくわ」
説明を終え、店主は店の奥へと戻っていった。レクトはメニューをエレナとアイリスの2人にそれぞれ手渡すと、早速注文する料理を選び始める。
「さて、何にすっかな。とりあえず肉は食っておきたいかな」
先程の店主の対応もさることながら、メニューを選ぶのも慣れた様子であるので、レクトは以前から何度もこの店を訪れているのであろうことは2人にも理解できた。しかしただ黙って呆けているわけにもいかないので、2人もメニューを見て注文する料理を選び始める。
だが、そのメニューを見てある事に気付いたエレナは、思わず授業中のように手を挙げて質問してしまう。
「あの、先生。メニューに値段が書いていないんですが」
エレナの言う通り、普通の食堂やレストランであれば料理名の横に記載されているであろう金額が、このメニュー表には一切書かれていなかった。
それを見たアイリスも同じようにかなり不安そうな顔になるが、尋ねられたレクトはさも当然といった風に答える。
「あぁ、この店の食いもんは時価だからな。日によって値段が変わるんだよ。だからメニューには載ってねえ」
答えるや否や、レクトは再びメニューに目を通す。しかし2人にとっては根本的な解決にはなっていなかったので、今度はアイリスが質問した。
「えっと、先生?どれなら食べてもいいですか?」
「どれでも好きなの頼めよ。別に金の事は気にしなくていいぞ」
レクトの言葉にアイリスは少々戸惑ったが、そもそもレクト本人が気にするなと言っているのだから遠慮するのもそれはそれで悪い気がする。
結局、エレナとアイリスは少々気が引けながらも、なるべくそんなに高くはなさそうなメニューを注文するという無難な選択をするのだった。
「決まったか?」
「あ、はい。決まりました」
「私も。決めました」
2人ともメニューが決まったのを確認すると、レクトはテーブルの上に置かれていたベルを鳴らす。すると30秒も経たないうちにウェイターが姿を現した。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
ウェイターがメモを持ちながらレクトたちに尋ねた。レクトはメニューを見ながら、お目当ての料理名を読み上げる。
「俺はヤマト牛のローストと、鴨肉のコンフィ。あとオリーブの塩漬けもくれ」
肉ばかりのレクトの注文を、ウェイターは素早くメモする。それを書き留め終えると、続けてウェイターはエレナとアイリスの方を見た。
「私は三色のテリーヌを」
「わ、わたしは虹光貝のスパゲティで…」
エレナとアイリスが順番に注文を言うと、それも素早くメモしたウェイターはそそくさとその場を後にした。ウェイターがいなくなったところで、レクトはニヤつきながらアイリスを見る。
「アイリス、お目が高いねぇ」
「えっ、どうしてですか?」
唐突にレクトに言われ、アイリスはわけがわからないといったような表情をしている。だがレクトがこのように言った理由は、至極単純なものであった。
「それ、この店で一番高い料理だからな」
「えぇっ!?あっ、ごめんなさい!やっぱりやめます!」
頼んだ料理が実は全メニューの中で最も高価なものであると知り、アイリスはどうしようもなく慌てふためいている。その横では自分が頼んだわけではないのに、何故かエレナまでテンパっている様子だ。
「別にいいっての。最初から何でも好きなの食わせてやるつもりで連れて来てんだからよ」
レクトはアタフタしている2人を面白そうに見ながら言う。しかし何故に貝のスパゲティが一番高いのかというのが気になったのか、その事についてエレナが尋ねた。
「先生、虹光貝って高価なんですか?」
「あぁ、希少価値が高いんだよ。元々数自体が少ない上に、生息地には大抵危険なモンスターがウロウロしてるからな」
その理由を聞き、エレナは納得したような表情になる。この男が異常に博識であることについては、普段の授業ですっかり慣れてしまったようだ。
「ついでに言うとな、俺も傭兵時代に虹光貝漁の護衛とかやったことあるぞ。相手がかなり危険なモンスターだからか、結構金の入りも良かったしな」
「へぇ」
レクトがそんな他愛もない昔話をしていると、注文した料理を台車に乗せたウェイターがこちらへとやってきた。数メートル離れた位置からでも、香ばしい匂いが漂ってくる。
「お待たせいたしました、ヤマト牛のローストになります。横に添えられた岩塩やニンニクのソースをつけてお召し上がりください」
「おー、サンキュ」
「それと、こちらがオリーブの塩漬けになります。残りの料理も出来上がり次第すぐにお持ちいたしますので、それまで少々お待ちください」
ウェイターは注文の2品だけをテーブルの上に置くと、店の奥へと戻っていった。レクトを待たせるのも悪いので先に食べ始めてもらうようエレナが言おうとするが、それよりも先にレクトが動いた。
「折角だ、お前らも食っとけ」
そう言ってレクトは、テーブルの上に置かれていたナイフで牛肉のローストを薄く切って取り皿に乗せ、エレナとアイリスに1枚ずつ渡す。遠慮するのも悪いので、2人は迷う事なくそれをフォークに刺して口に運んだ。
一口噛んだ瞬間、良質な肉汁が口一杯に広がる。学園の食堂でも肉料理はあるが、それとは最早肉自体の質が雲泥の差だ。
「美味しい!すごく美味しいです!」
「本当、今まで食べたことないぐらい」
アイリスは声を上げて絶賛し、エレナも感極まったような顔をしている。それを見たレクトは、笑いながら自分の分も切り分け始めた。
「そりゃそうだ。ヤマト牛っつったら、全世界でもトップレベルに入るぐらいの良質な肉だって有名だからな」
口ではそう言っている割には、しっかりと味わっていた2人に対してレクトは次々に肉を口に放り込んでガツガツ食らっている。その様子を2人が何となく勿体ないなぁと思いながら見ていると、店の奥から再びウェイターが台車を押しながら現れた。
「お待たせいたしました。鴨肉のコンフィになります」
ウェイターはレクトの目の前に料理の盛られた皿を置く。続けて今度はエレナとアイリスの目の前に、2人がそれぞれ注文した料理を差し出した。
「こちらが三色のテリーヌと、そして虹光貝のスパゲティになります。ご注文は以上でお間違いありませんでしょうか?」
「おう、問題ねえ」
ウェイターの問いかけに、レクトが答える。それを聞いたウェイターは「ごゆっくり。」と一言言って軽く頭を下げると、台車を押しながら店の奥へと姿を消した。
「わぁ、キレイ…」
思わずエレナが声を上げる。エレナが頼んだ三色のテリーヌは、肉、魚、野菜で作られた三色のパテにオレンジベースのソースをかけた見た目も鮮やかな一品であった。
一方でアイリスの頼んだ虹光貝のスパゲティは、見た目はシンプルなスパゲティながらも魚介と香草の香りが引き立つ食欲を沸き立たせる一皿だ。
「「いただきます」」
2人は手を合わせ、それぞれ注文した料理を食べ始める。こちらも先程の牛肉に負けず劣らず非常に美味であり、2人はいつしか夢中になって食べ進めていた。
それから15分もすると、3人の目の前の皿はすっかり空になっていた。これ以上食べるつもりもないので、レクトは再びテーブルの上にあったベルを鳴らす。最初の注文の時と同様、ウェイターはすぐにやって来た。
「お客様、追加のご注文でしょうか?それともお会計でございますか?」
「会計だ。伝票くれ」
ウェイターの質問に、レクトは即答する。それを聞いたウェイターは手に持っていた紙に何かを書き込むと、それを一枚剥がしてレクトに手渡した。
「ありがとうございました、こちらが伝票になります」
レクトが紙を受け取ると、ウェイターは三度店の奥へと姿を消す。伝票を受け取ったレクトはそれを全く見ないでテーブルの上に置くと、そそくさと荷物を身につけ始めた。しかしその伝票の内容が気になったのか、エレナがレクトに尋ねる。
「先生、伝票見てもいいですか?」
「あぁ、別にいいぞ」
レクトから許可が下りたので、エレナとアイリスは早速伝票を見てみる。だがその伝票に書かれていた内容を一目見た瞬間、2人は絶句した。最早、本日だけで何度目の絶句なのかわからない。
「な、何ですか、これ!?」
アイリスが驚きの声を上げた。まず、桁がおかしい。普段自分たちが学校の食堂や街のレストランで食べた後に見る伝票と比べると、“0”の数が2つ程多いのだ。
2人があまりに驚いた様子だったので、レクトは怪訝そうな顔をしながらエレナから伝票を受け取った。
「どれどれ…?ん、まぁこんなもんだろ」
伝票の内訳を見ながら、レクトは納得したように呟く。どうやら2人が驚くような額であっても、この店ではごく当たり前のレベルの金額のようだ。
「さて。食い終わったことだし、そろそろ行こうぜ」
レクトはそう言いながら立ち上がると、壁に立て掛けてあった大剣を背負う。超高額な代金にも顔色一つ変えないレクトを見て、エレナとアイリスの2人はただ呆然としていた。
店の出入り口にあるカウンターで待っていた店員に、レクトは先程の伝票を渡す。それから先程酒場で貰った巨大な麻袋から金貨と銀貨を数枚取り出すと、それを台の上に置いた。
「足りてる?」
「はい、ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」
頭を下げる店員を尻目に、レクトたちは店を出る。店の前の通りに出るとすぐ、エレナとアイリスはレクトに深々と頭を下げた。
「先生、ご馳走さまでした」
「ご馳走さまでした!」
「あー、いいってことよ」
礼を言う2人に対し、レクトは全く気にしていないような素振りを見せる。だがその直後、急にアイリスがもじもじしながら申し訳なさそうな表情になった。
「というか、あの…。あんなに高いご飯食べさせてもらっちゃって、なんかすいませんでした…」
「だから気にすんなっての。俺が言い出したんだし」
何度も謝られたからか、流石にレクトも呆れたような顔をしている。ところがレクトは突然、何かを思い出したように街の出口に向かって歩を進めた。
「さて、それじゃ今日はお前らとはここまでだな」
「ここまで?」
不意にレクトが発した一言に、疑問に思ったアイリスが首をかしげる。
「あぁ、この後夜にもう一件大型モンスターの討伐が控えてるんでな」
レクトはさも当然といった様子で答えたが、それを聞いたエレナとアイリスはぎょっとする。何しろ、この男は既に昼間に大型モンスターを仕留めてきたというのに、これからまた同じように大型モンスターを倒しに行くと言っているのだから2人が驚くのも無理もないだろう。
「その、大丈夫なんですか?1日に2回も大型モンスターの討伐なんてやったりして」
「しかも、夜なんですか?」
アイリスとエレナは心配そうに言うが、レクトにとって最早はそれが当たり前なのだろう、何の気なしに答える。
「これぐらい平気だ。傭兵時代にはもっとしんどい事なんざいくらでもやってたからな」
1日に大型モンスターを2体も相手にするよりもしんどい事など2人には想像もつかなかったが、それがレクトならばと何故か妙に納得できてしまうのも事実であった。
「じゃあな!あんまり遅くまでウロウロするなよ!」
「「さようなら、先生」」
レクトは2人に向かって軽く手を振ると、街の外へと続くゲートのある方角へと走り去っていった。残された2人はどんどん遠のいていくレクトを見送りながら、感心半分呆れ半分といった様子で話をする。
「なんだか私、先生が魔王を倒せる程の英雄になれた理由が少しだけわかった気がするわ…」
「わ、わたしもです…」
2人の視界からは、既にレクトの姿は見えなくなっていた。




