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先生は世界を救った英雄ですが、外道です。  作者: 火澄 鷹志
新任教師レクト編
30/152

実戦経験を積もう! ⑤

 音のした方向を見て、思わずベロニカが信じられないといった様子で言葉を発する。


「おい、冗談だろ…!?」


 というのもS組メンバーの視線の先では、目の前に倒れているダークトロールと同じ姿をした巨人が何十体もの群れを成してこちらにゆっくりと歩み寄ってきていたのだ。その光景を見たメンバーは絶句し、リリアとアイリスはこれまでにないほどの暗い表情で弱音を吐く。


「嘘でしょ…!?あんな化け物が、あと何十体も…」

「わ…わたし、あと1体でも倒す自信ないです…」


 実はレクトが酒場で受けてきた依頼は、本来はダークトロールの“大群”を倒すという内容であった。当然の事ながら並の傭兵に手に負えるような仕事内容ではなく、報酬もそれに見合っただけの額が支払われる事になる。勿論、“生きて帰れれば”の話ではあるが。

 ゆっくりとこちらへ近付いてくるダークトロールの大群を見て、S組メンバーの顔が恐怖と絶望に染まる。だが、そんな彼女たちを尻目にレクトは1人余裕の表情を浮かべながら前に出た。


「いや、俺は今回()()()()としか言ってねえ。だから授業はこれで終了だ。あとは俺がやるから、お前らはそこで休んでろ」


 そう言ってレクトは、背負った大剣の柄に手をかける。とはいえ生徒たちはつい先程戦ったばかりのダークトロールの強さを嫌という程理解しているので、当然ながら冷静に聞いてはいられなかった。


「俺がやる、って…あの大群を先生1人でですか!?」

「いくら先生でも、無茶ですよ!!」


 アイリスとエレナが思わず叫んだ。他のメンバーも皆心配そうな顔をしてレクトを見ているが、それでもレクトは余裕の態度を崩さない。


「俺を誰だと思ってやがる」


 レクトはそう啖呵を切ると、ダークトロールの大群に向かって歩き出す。そんなレクトの姿を視界に捉えたトロールの1体が、先陣を切るようにしてレクトに向かってきた。


「センセイ、無茶だ!!」

「相手が多すぎます!!」

「せんせー!だめだよ!!」


 あまりにも無謀な戦いにしか見えなかったのか、S組メンバー全員が悲痛な叫び声を上げる。だがそんな彼女たちの心配も、すぐに杞憂なものであると証明されることとなるのだが。


「ニンゲン!コロス!ニンゲン!シネ!」

「うるさい」


 大声を上げながら向かってきたダークトロールの1体を、レクトは大剣で一太刀の下に斬り伏せる。その一撃と共にトロールの巨体は力なく崩れ落ち、轟音を立てながら前のめりに倒れた。

 一瞬の出来事に、それまで唸り声を上げていたトロールの大群がわずかに怯む。そしてその光景を離れた位置から見守っていたS組メンバーたちは、あまりにも衝撃的な出来事に呆然としていた。


「嘘だろ…!?アタシたちが7人がかりでようやく倒したトロールを、たった一撃で…!」


 その圧倒的すぎる力にベロニカは思わず声を上げたが、他のメンバーも皆同じような事を思っていた。唯一、以前にも彼の実力を目の当たりにしていたリリアだけはそこまで驚いた様子を見せてはいなかったが。


「時間が勿体ねえ、さっさと片付けるぞ」


 レクトが呟くと同時に、何十体ものトロールが一斉に彼に襲いかかった。だがレクトは取り乱す事なく、冷静に剣を振り下ろす。その一撃によってレクトの真正面に立ちはだかっていたトロールは、断末魔を上げながら倒れていった。


「グオオォォ!!」

「はいはい、次ね」


 しかしレクトに休む暇も与えず、すぐさま別のトロールが襲いかかる。レクトはトロールの方を向くと同時に、なぎ払うように剣を振った。その攻撃によりトロールの胴体が文字通りの一刀両断にされ、上半身が地面に音を立てて落ちる。


「あ、圧倒的じゃない…!」

「これが、英雄の実力…!」


 初めて目の当たりにする四英雄レクトの実力に、エレナとルーチェが驚嘆の声を漏らす。そしてそれは他のメンバーも同様であり、目の前で起こっている戦いに、ただただ言葉を失うだけであった。


「はい、次、次、次」


 レクトが剣を振るう度、巨体を誇るトロールが次々となぎ倒されていく。優に30体はいた筈のダークトロールの大群は、たった1人の剣士によって気付けばあと1体という状況にまで追い込まれていた。

 だがここで、それまで余裕の表情を見せていたレクトが不意にアクシデントに見舞われた。というのも足をついて踏ん張ったはずの地面がそこだけ異様にぬかるんでおり、一瞬だけ足を取られてしまったのだ。おそらくは、先程の戦闘でリリアが放った水の魔法によるものだろう。


「うおっ!?」


 レクトは小さく唸りながら、バランスを崩す。すぐに態勢を立て直そうとするが、運悪く最後のトロールが既に棍棒を思い切り振りかぶった状態で真後ろに立っていた。


「ニンゲン!シネ!!」

「げふっ!!」


 鈍い轟音と共に、レクトの身体がトロールの太い右腕に吹っ飛ばされる。そのままレクトは数メートル程に渡って宙を飛び、近くの茂みに突っ込んだ。


「「「先生!!!」」」


 一瞬の隙を突かれたとはいえ、それまでトロールの軍勢を圧倒していたレクトが突然攻撃を喰らってしまった事にS組メンバーは悲鳴のような大声を上げた。しかしトロールは吹き飛ばされたレクトに追撃を加えるべく、彼の突っ込んだ茂みへと迫る。


「ニンゲン!コロス!!」


 だが次の瞬間。レクトが突っ込んだ茂みの中からガサガサと音がしたと同時に、猛烈な勢いでレクトの大剣だけが茂みの中から飛び出してきた。大剣は猛スピードのまま真っ直ぐに飛んでいき、トロールの腹部に突き刺さった。


「ギャアアアァァァ!!!」


 ダークトロールは壮絶な断末魔を上げながら吹き飛ばされ、そのまま後ろにあった大きな岩山に激突した。大剣の一撃と岩山への激突、どちらが致命傷になったのかは定かではないが、崩れ落ちたトロールはあっけなく絶命したようである。


「まったく、俺としたことがこんなザコに一撃貰っちまうとはな」


 自己嫌悪のような不満を漏らしながら、茂みの中からレクトが姿を現す。着ている黒いコートのあちこちが破れており、その隙間から見える腕にも多少の切り傷を負っているようであった。


「ま、何はともあれ終わったぞ」


 レクトは身体中に付いた木の葉や土を手で払いながら、生徒たちの元へと戻る。レクトの無事な姿を見てほとんどのメンバーが安堵する中、あちこちが破れひどく乱れたレクトの身なりを見たリリアは、故意ではなかったものの申し訳なさそうな表情になって口を開いた。


「ご、ごめんなさい…。あたしの魔法のせいで…」

「気にすんな。大したダメージじゃねえし、そもそもザコだと思って俺が油断してたのが悪い」


 リリアの事を諭しながら、レクトはコートに付いていた最後の木の葉を払い落とす。自分たちがあれだけ苦労して倒したダークトロールをレクトがザコ呼ばわりしている事に生徒たちは少々複雑な気持ちになったが、現実にレクトはあのトロールの群れを紙切れのようになぎ払っていたのだからなんとも言えない。


「というか先生、最後に大剣を投げ槍みたいにしてましたよね?使い方間違ってませんか?」


 レクトが放った最後の一撃について、エレナが言及する。色々な意味で派手な一撃であったからか、生徒たちにとっては悪い意味で非常に印象の強い攻撃として見えていた。


「あれは俺だからやっていいようなもんだ。お前らは武器を手放すような攻撃はなるべく最後の一撃以外には使うんじゃねえぞ?」

「間違いなく、使いません」


 悪戯っぽく言うレクトに、エレナはピシャリと言い放つ。そもそも投げ槍や投擲ナイフならともかく、重量があって取り回しの悪い大剣を投げて使うなど聞いたこともない。真似しようと思ってもそうそうできるものではないだろう。


「おっ、そうだ」


 レクトはふと何かを思い出したように突然地面に座り込み、おもむろに右腕を突き出した。突き出されたコートの裂け目からは、そこまで深くはなさそうな切り傷が見えている。


「アイリス、治してくれ」

「えっ?」


 突然のレクトの指示に、アイリスはキョトンとしながら返事をする。そんな彼女の様子を見たレクトは目を細め、改めて言い直した。


「え、じゃねーよ。治療してくれって言ってんだよ」

「えっ、あ、はい!」


 アイリスは慌てながらも、腰に付けた医療用バッグから包帯と消毒液を取り出す。そのままレクトの真横に座ると、ところどころ破れているコートの袖をまくって傷口を丹念に消毒し始めた。


「おいおい、そんな念入りにやらなくても大丈夫だっての」

「だ、駄目です!手を抜いたら傷跡が残っちゃうかもしれませんから!」


 レクトは苦言を呈するがやはりアイリスは治療に関しては頑固者らしく、たとえレクトが相手でも一切の妥協を許そうとはしない。手早く包帯を巻き終えたところで、今度はエレナが確認するようにレクトに尋ねた。


「先生、回復魔法はかけなくても大丈夫でしょうか?」


 傷の治療自体は完了したが、それと肉体的なダメージはまた別のものだ。レクトが受けたダメージを心配してエレナは声をかけたのだが、それに関してはレクトは平気そうな表情を浮かべている。


「そっちは問題ない。ダメージ自体は大したことないし、傷の手当てだけで充分だ」

「そうですか、わかりました」


 流石は四英雄とでも言うべきか、あれだけの攻撃を派手に喰らっても肉体的なダメージはそこまでではないと言い切るレクト。アイリスはそんなレクトの最後の傷を消毒し、ようやく包帯を巻き終えた。


「アイリス、ベロニカとニナの怪我も診てやれ」

「あ、はい」


 自分の治療が終わったと同時に、レクトは先程の戦闘で怪我を負った2人の治療も行うようアイリスに指示する。アイリスは腰のバッグからガーゼなどを取り出すと、まずはニナの顔のすり傷を消毒し始めた。

 アイリスが2人の治療を行っている間、レクトは先刻の戦いについて改めて言及する。


「さて。もう一度言うが、今日の戦いは上出来だったぞ。俺が言ったこともちゃんと守れてたしな」


 レクトに褒められ、生徒たちは自分たちの力だけであの巨大なモンスターを倒せたのだと改めて実感する。


「今のお前らにはこれが精一杯かもしれないが、これが終着点ってことでもない。これから先ももっと強い奴らと戦うことになるだろうから、今後もきちんと俺の授業を聞いとけよ?」

「「「はい!」」」


 レクトの叱咤激励に、生徒たちは力強く返事をする。勿論、治療を終えたアイリスやベロニカ、ニナも一緒である。


「けど、今日はまだこれで終わりじゃねえぞ。これから教室に戻って反省会だ」


 そう言ってレクトが腰を上げると、続けて生徒たちも腰や足についた土埃をはたきながら立ち上がる。そのままレクトは率先して街へと続く山道を歩き出したが、ここでルーチェがおもむろに山道とは反対側を指差した。


「先生。剣、忘れてます」


 その一言を聞き、レクトとS組メンバーはルーチェの指差した方向を見る。そこには、未だにダークトロールの死体に突き刺さったままの大剣が忘れられたようにそびえ立っていた。

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