英雄は外道です ①
魔王が滅びてからはや1ヶ月。世界を救った四英雄の1人であるレクト・マギステネルの出身地であるフォルティス王国では、そのレクトが凱旋帰国するということで国王直々に彼の苦労を労おうということになっていた。
「どうした新人、緊張しているのか?」
玉座の間を守護している新人騎士に、立派な髭を生やした騎士団長が声をかけた。
「あっ、団長殿!」
声をかけられた騎士は突然の出来事に戸惑った様子を見せる。先程の騎士団長の言葉の通り、彼はまだ騎士団に配属されてから日が浅い新人であった。
「実は自分、恥ずかしながら世界を救った四英雄についてあまりよく知らないのです。なので、どんな人物かもわからず緊張してしまって…」
新人騎士は少し恥ずかしそうな顔をしながら答えた。何しろこれからやって来る男は人々を恐怖のどん底に陥れた魔王を打ち倒し、世界に平和を取り戻した英雄の1人なのだ。緊張しても不思議ではない。
「なに、別に戦うというわけではないのだ。もっと肩の力を抜いたらどうだ」
騎士団長は笑って言った。その通り、別にその英雄と戦うというわけではない。単にその英雄を城に招いて国王がその栄誉を讃えようというだけのことなのだ。
「団長は四英雄についてよくご存知なのですか?」
新人騎士が不意に尋ねた。騎士団長の言う通り戦うわけではないが、これからやって来るその英雄がどんな男であるか気にならないと言えば嘘になる。そんな彼に対し、騎士団長は腕を組みながら答える。
「実は私も会うのは初めてだ。ただ、彼と何度か顔を合わせたことがあるという先代の騎士団長からは四英雄の話を色々と聞かされていたよ」
「それはどんなお話でしょうか?よろしければ、是非ともお聞かせください!」
新人騎士は興味津々といった様子で懇願した。まるで子供のような新人騎士の顔を見ながら、騎士団長は四英雄についての話を始めた。
「うむ、まず1人目は四英雄のリーダーともいえる、勇者ルークス。彼は聖なる山に刺さっていると語り継がれる、真の勇者にしか抜くことができないという聖剣グラムを手にして魔王メトゥスを倒すために立ち上がった青年だ」
正に伝説やおとぎ話が具現化したかのような勇者の存在に、新人騎士はおぉ、と感嘆の声を挙げる。そんな彼の期待に応えるかのように、騎士団長は話を続ける。
「2人目は魔術師カリダ。彼女はこの世界の魔法の開祖といわれる伝説の賢者の血を引く魔術師であり、あらゆる属性の魔法をいとも簡単に使いこなす天才だという。なんでも、旅を始めたルークスが最初に仲間にしたのが他でもない彼女だそうだ」
これまた伝説上の人物に関わる話だ。ベタと言えばベタではあるが、やはり魔王を倒した英雄なのだからこれぐらいの逸話があったとしてもおかしくはない。
「3人目が武闘家テラだ。彼は様々な武術に精通した格闘家であり、古今東西のあらゆる武術を制覇するために武者修行の旅をしていたところでルークス達と出会い、共に世界を救うために旅に加わったらしい」
先程の2人とは打って変わって、ただひたすら強さを求め続けただけという男の話にもやはりロマンを感じたのか、新人騎士は嬉しそうな表情をしている。
「そして最後に、これからこの城へやって来る傭兵レクトだ。このフォルティス王国の出身ではあるのだが、実際には素性を知る者はあまりいない凄腕の剣士なのだ。討伐困難な巨大モンスターでも易々と退ける程の強さを持ち、その腕前を勇者ルークスに買われ魔王討伐の旅に参加したという話だ」
この国の出身であるにも関わらず1番謎が多いその男に、新人騎士は逆にミステリアスな雰囲気を感じ、俄然興味を示す。
「なるほど、そんな凄い人物にこれから会えるのですね!」
新人騎士は興奮気味に言うが、ここで先程まで得意げに語っていた騎士団長がやや曇ったような表情になり、ある一言を漏らす。
「ただ、先代の団長は英雄レクトについて少々気になることを言っていてな…」
「と、言いますと?」
新人騎士はキョトンとしながら、首をかしげている。
「確かに頼れる人物ではあるのだが、あまり関わり合いにならないほうがいい、だそうだ」
「関わり合いに…?」
騎士団長のその言葉に、新人騎士は驚きを隠せなかった。関わり合いにならない方がいい、など言い換えればその人物がロクでもない人物であるとしか考えられない。少し不安そうな顔になりながらも、新人騎士は遠回しに尋ねた。
「それは…彼がよっぽど気難しい人物である、ということでしょうか?」
「さあな。私にもわからん。どのみち直に本人に会えるのだし、その時になればわかるだろう」
騎士団長はわからないと言った様子で肩をすくめながら答える。と、そこへ背後から2人を注意する声が聞こえてきた。
「これ、お前たち。無駄話はほどほどにな」
新人騎士と騎士団長が振り返ると、そこにはフォルティス王国の大臣が立っていた。大臣は別に怒っているというわけではなさそうだったが、2人は慌てて背筋を伸ばし敬礼をする。
「これは大臣殿!お勤めご苦労様です!」
騎士団長が元気よく挨拶をする。大臣は2人を咎めるわけではなさそうであったものの、何やら気難しい顔をしている。こんなめでたい日に大臣がそのような表情を浮かべている理由は2人わからなかったが、当の大臣からは意味深な言葉が発せられる。
「それと…お前たち、英雄レクトにはあまり期待せんほうがいいぞ」
余りにも意外な大臣の言葉に、2人は顔を見合わせる。先程話に挙がった前団長の言葉が引っかかっていたというのもあり、騎士団長はその言葉の真意を大臣に改めて尋ねた。
「それは、どういった意味でしょうか?」
「今にわかる」
大臣は多くを語らず、2人に背を向けると王の座っている玉座の方へと歩いていった。残された新人騎士と騎士団長の2人は少しの間考え込んでいたが、やがて無駄だと悟ったのかそれぞれの持ち場へと戻った。
それから30分ほどして、1人の兵士が玉座の間へと駆け込んできた。
「失礼します、陛下!つい先刻、英雄レクト殿が城に到着いたしました!」
「おお、そうか!」
国王の口調は穏やかであったが、その表情は決して心から英雄の来訪を待ち望んでいるというわけではなさそうであった。
いや、待ち望んでいること自体は間違いないのだろうが、心なし不安に満ちているようにも見える。そして、それは横にいた大臣も同じであった。
「英雄レクト・マギステネル殿が見えました!」
兵士の声がした直後、場内にいる兵士や騎士のものとは違う足音が玉座の間に小さく響いた。
何故か仏頂面のまま無言で入ってきたのは、身の丈ほどの大きさもある無骨な大剣を背負った20代半ばと思わしき銀髪の男だった。丈の長い茶色のコートに身を包んでいるせいでハッキリとはわからないが、とてつもなくガタイが良いというわけでもなく、身長も決して大男と呼べるほどではない。
「おおレクトよ、よく来たのう」
そんな銀髪の傭兵…もとい英雄レクト・マギステネルを、国王は笑顔で出迎えた。だがその英雄レクトの第一声は、周りの兵士たちの想像の斜め上を行くとんでもないものであった。
「何が“よく来たのう”だ。こちとら要件があるっつうからわざわざ出向いてやったんだ。くだらねえ用事だったらタダじゃおかねえぞコラ」
物凄く不機嫌そうな英雄レクトのその一言に、国王と大臣を除いた全員が言葉を失った。一国の王に対しての不良学生のような、あるいはチンピラのようなレクトの態度に、周りにいた兵士たちはただただ呆然とするだけであった。
そんな中、レクトの余りにも無礼な態度に対し怒りに身を震わせた騎士団長が一歩前へと出る。
「き、貴様!陛下に向かってなんという口の聞き方だ!?無礼にも程があるぞ!」
騎士団長は腰に携えた剣に手をかけながら、問題の発言をしたレクトへと詰め寄った。しかし当のレクト本人は悪びれたような素振りも見せず、頭をかきながら面倒くさそうに騎士団長の方を向く。
「うるせえなあ。国王っつったって、ただ立場的に偉いだけの中年オヤジだろうが。なんで俺がそんなおっさんにヘコヘコしなきゃなんねえんだよ」
良く言えば恐れ知らずな、悪く言えば傍若無人なレクトの態度に、騎士団長の怒りは瞬く間に頂点に達した。騎士団長は剣を抜き、それをレクトへと向ける。
「英雄と聞いてどんな男かと思ってみれば、貴様のような無礼な輩であったとはな。恥を知れ!」
「よせ、騎士団長!」
大声で叫ぶ大臣の制止を聞かず、怒りの声とともに騎士団長は剣を振り下ろした。対するレクトは背中の大剣を構える素振りなど微塵も見せず、ただ右手をサッと突き出す。
「なっ!?」
騎士団長は、思わず驚きの声を上げた。自身が勢いよく振り下ろした筈の剣が、なんとわずか3本の指でレクトに止められてしまっていたのだ。しかも剣を引き戻そうにも、騎士団長の力ではビクともしない。
そんな騎士団長をよそに、レクトは涼しい顔をしながら国王の方を向く。
「この程度の力で騎士団長になれちまうとはな。この国の騎士団の実力もたかが知れてるな。なあ、国王様よ?」
嫌味ったらしい口調のレクトを見ながら、国王は呆れたような、何かを諦めたかのような表情を浮かべていた。とにかくこの状況を何とかしようと、国王の横に立っていた大臣が叫ぶ。
「剣を引け、騎士団長!お前では絶対に勝てん!」
「くそっ…!」
悔しそうに唸りながら騎士団長は剣を引き、鞘へと収める。そんな騎士団長の様子を見て、レクトは足元に敷かれた絨毯を指差しながら口を開いた。
「土下座」
「は?」
騎士団長は最初、レクトの言っている意味が理解できなかった。レクトの方もそれを察したのか、先程よりも大きな声でこの部屋にいる全員に聞こえるように言う。
「今すぐ土下座しろ。そうすりゃ許してやる」
「貴様、どこまで私を愚弄すれば…!」
あまりにも傍若無人な態度に騎士団長は再び堪忍袋は緒が切れる寸前であったが、レクトの口からは更にとんでもない言葉が飛び出した。
「いいの?お前が土下座しないんだったら俺、憂さ晴らしにあの国王でもぶった斬ってさっさと帰ろうかと思ってんだけど」
「何だと!?」
とても英雄の言う事とは思えないレクトの爆弾発言に騎士団長は再び驚きの声を上げ、周りの騎士たちも困惑した様子を見せている。しかしこの男の澄ました態度を見る限り、ハッタリであるとも言い切れない。
それについ先程の事もあり、この男の実力は底が見えない。もしこの男が本当に国王を斬ろうとしたら、この場にいる騎士団全員でかかったとしてもこの男を止められるかどうかも怪しいだろう。
そう思った騎士団長のとれる選択肢は、最早1つしか残されていなかった。
「くっ…!」
騎士団長は膝を折り、レクトの前に頭を垂れる。その様子を周りの騎士たちは心配そうに見守っており、国王と大臣は騎士団長に対して申し訳なさそうな表情を浮かべている。
「も、申し訳…ございません…でした…!」
王国の騎士団長が世界を救った英雄に土下座を行うなど、おそらく今までに一度たりともなかったであろうし、今後も二度と起きることはないだろう。騎士団長がワナワナと震えながら謝罪の言葉を口にすると、レクトはニヤリと笑いながらパンパンと手を叩いた。
「はい騎士団の皆様ご注目〜!あなた達の憧れの存在である団長殿が土下座して許しを請おうとしていま〜す!」
自分で土下座させておきながらレクトは屈辱にまみれた騎士団長には目もくれず、周りにいる騎士たちにその醜態を見せつけながら大笑いしている。その光景を見た騎士たちは皆唖然とした様子で棒立ちしており、国王はため息をつき、大臣は呆れた様子で目頭を押さえている。
「英雄レクトの最大の欠点、それは…」
不意に目頭を押さえていた大臣が、静かに呟く。
「人として最低最悪の外道、ということだ」