実戦経験を積もう! ④
レクトに叱咤され、改めて気持ちを入れ替えた生徒たちであったが、依然として目の前に立ちはだかるダークトロールは彼女たちにむき出しの敵意を向けたままである。
そんな中、先程トロールに殴り飛ばされて大きなダメージを負ったニナが起き上がり、再びハルバードを構えた。エレナの回復魔法によって体へのダメージは多少なり癒えてはいるものの、顔についたすり傷や鼻血を拭いた跡が生々しい。
「ニナ!大丈夫なの!?」
「うん、だいじょーぶ!!…まだちょっとズキズキするけど」
フィーネの問いに、ニナは力強く答えた。あれだけの攻撃を喰らったのだ、体がまだ痛むのは当然のことであろうが、今はそんな悠長な事は言っていられない。
全員の準備が整ったところで、ベロニカが改めてフィーネに作戦を確認する。
「で、フィーネ。結局どうするんだ?アタシたちの攻撃はヤツには通じないんだぞ?」
「全員で攻撃する必要はないわ。攻撃担当はベロニカ、ニナ、リリア、ルーチェの4人よ。ベロニカとニナは武器で接近戦、リリアとルーチェは魔法で後方から支援攻撃よ」
既に明確な作戦が出来上がっているのか、フィーネは淡々と説明をする。
「当然だけど、ベロニカとニナは一番危険な位置で戦うことになるわ。それでもいい?」
仲間を危険に晒すことにフィーネは少々後ろめたい気持ちにはなったが、現状で自分が考えられる作戦はこれが精一杯であった。そんな彼女の問いかけに対し、ベロニカとニナは迷うことなく答える。
「そんなもん、当たり前だろ!」
「ニナもそれでいいよ!」
気合のこもった2人の返事を聞き、フィーネの顔からは思わず笑みがこぼれる。続けざまに、今度はエレナがフィーネに尋ねた。
「フィーネ、私やアイリスはどうすればいい?」
フィーネが作戦を説明した際、攻撃担当のメンバーの中にはエレナとアイリスの名前は含まれてはいなかった。勿論、2人はただ黙って見ていればいいというわけではなく、フィーネはきちんと役割を考えていた。
「エレナは鞭でトロールの注意を逸らして。それと、もし誰かが攻撃を受けたらすぐに回復してほしいの」
「わかった」
フィーネの説明を聞き、エレナも了承する。そして当然のように、フィーネは残されたアイリスにも指示を出した。
「アイリスは補助魔法よ。ベロニカやニナの身体能力を一時的にアップさせてちょうだい」
「は、はい!わかりました!」
アイリスは返事をしながらナイフをしまい、いつでも魔法が使えるような態勢に移行する。だがここで、エレナが1つ気になった事をフィーネに尋ねた。
「フィーネはどうするの?」
「私は魔法でトロールの動きを妨害するわ。それが一番、私の得意なことだから!」
フィーネは自信たっぷりに答えると、正面を向く。ダークトロールが威嚇するように唸り声を上げるが、先程とは打って変わってS組メンバーの顔からは恐怖心が無くなり、代わりに覚悟を決めたかのような顔つきになった。
「いきます!」
まず最初に動いたのはアイリスであった。アイリスが魔法の詠唱を行うと、彼女の数メートル前にいたベロニカの体が光を帯びる。続けて同じ魔法をもう一度詠唱すると、今度はその横にいたニナの体も同じように光を帯びた。
「これで2人とも、いつもより素早く動けるはずです!」
「サンキュー、アイリス!」
「いっくよー!!」
アイリスの言葉を皮切りに、ベロニカとニナが武器を構えながらトロールとの間合いを詰める。相手の攻撃を撹乱するためかベロニカはトロールの右側に、ニナは左側に回った。
「2人ともあまり深く攻め込みすぎないで!反撃されるわ!」
「任せろ!」
「りょーかい!」
フィーネの指示に従い、ベロニカは太刀を振り抜いて一撃与えると同時に一歩下がる。案の定攻撃を受けたトロールが反撃だと言わんばかりに腕を振り回すが、後ろに下がったこともあり今回は余裕を持って回避することができた。
「くらえぇ!!」
続いてニナも一撃を加える。ただ、これまでと明らかに違っていたのはハルバードを思い切り降るのではなく、少し離れた位置からリーチの長さを活かした突きを繰り出したことだ。
「ハルバードは槍の攻撃も使わなきゃダメなんだよ!」
すぐにハルバードを引き戻しながら、ニナは得意げに言う。完全にレクトの受け売りであることはS組メンバー全員にもわかりきってはいたが、裏を返せばレクトの教えをしっかり覚えていた、ということでもある。
ベロニカとニナの2人が連続で攻撃を加えたところで、今度は後ろに待機していたリリアが叫んだ。
「ベロニカ!ニナ!一旦離れて!!」
その言葉を聞いて、ベロニカとニナは一旦後方へ飛び退く。2人が巻き込まれないような安全な位置まで下がったのを確認すると、リリアは即座に魔法の詠唱を行った。
「アシッドフォール!!」
リリアが右手をかざすと同時に、強酸性の水流がトロールを襲った。トロールはその水流に怯みながらも何とか踏ん張ろうとするが、そこへ間髪入れずにルーチェが追撃の魔法を放つ。
「サンダーフォース!!」
「ガアアァァァ!!」
全身を強烈な電撃が襲い、トロールは思わず叫び声を上げた。リリアの魔法でずぶ濡れになっていたためか、かなり重い一撃になったようである。そんなルーチェを見て、リリアはある事に気付いた。
「やっぱり。さっきもそうだけど、あたしが水の魔法を使ったすぐ後に雷の魔法を放ったのは偶然じゃなかったのね、ルーチェ」
「当たり前でしょ。純粋な水は電気を通さないけど、不純物が混じっている水は電気をよく通す。この前、授業で習ったばかりじゃない」
リリアの問いに、ルーチェはさも当然といった様子で答える。どうやら先程のニナと同様、この2人もレクトが授業の中で言っていたことをきちんと記憶していたようだ。
一方でS組メンバーたちから少し離れた位置で見守っていたレクトは、そんな彼女たちの奮闘を見て顎に手をあてながら考えているような様子だ。だがその表情は心なしか、何かを楽しんでいるように見えなくもない。
「ニンゲン!コロス!」
先程の連撃によるダメージはかなり大きかったのは間違いないが、それでもトロールはどうにかしてS組メンバーを蹴散らそうと両手を振り回して暴れ始めた。当然ながらこのまま接近戦を挑むのは危険極まりないが、ここでフィーネが動いた。
「パラライズミスト!」
フィーネが魔法を詠唱すると、トロールの頭の周りに霧のようなものが発生した。思わずトロールがそれを吸い込むと、瞬く間に動きが鈍くなっていくのが目に見えてわかった。どうやら先程の霧は、相手を麻痺させる効果を持った魔法のようだ。
「おし、もういっちょ!」
「くらえー!でかいの!」
すかさず、ベロニカとニナが続けざまに攻撃を浴びせる。今度はトロールに大きな隙ができていた為、直前の攻撃の時よりも大きな一撃を与えることができた。
「ニンゲン…ニンゲン…!」
ところがトロールの方も少しずつフィーネの霧による痺れから立ち直り始めたのか、右腕を振り回して反撃する。幸いまだ動きが完全に元に戻ったわけではなかったので、ベロニカとニナの2人はなんとか回避することができたが。
だがそれでも、トロールにダメージが蓄積されているのは確かであった。この戦いに決着をつけるべく、アイリスはベロニカとニナの2人にもう一度補助魔法をかけた。
「2人とも!今度は攻撃力アップです!」
「サンキュー!よーし、決めるぞニナ!!」
「がってんしょーち!!」
アイリスから攻撃力上昇の補助魔法をかけられ、2人は大技を繰り出す態勢に入る。だがトロールの方も体の痺れがなくなってきたのか、2人を迎え撃つ構えに入った。
そんな中、不意にトロールの左側から鞭による攻撃が飛んできた。
「こっちよ!」
エレナは見事なコントロールでトロールの頭の左側面に鞭を当てる。威力自体は大したことはなかったものの、その呼び声と攻撃に気を取られたのかトロールはベロニカたちから目を離してエレナの方を向く。
ほんの一瞬ではあるが舞い込んだ絶好のチャンスに、太刀の柄を握りしめるベロニカの手にも力が入る。
「ナイスフォロー、エレナ!」
トロールがよそ見をした絶好のタイミングで、ベロニカは一目散に駆け出す。そのまま太刀を大きく振りかぶり、トロールの胴体めがけて一気に振り下ろした。
「これでどうだ!?」
「ガアアァァァ!!」
渾身の一撃であったが、それでも尚トロールは倒れなかった。しかし、ベロニカたちの攻撃もこれで終わりではない。
「ニナ!!」
「おっけー!!」
ベロニカが大声で合図すると同時に、ニナが攻撃を更に上乗せする。正にその攻撃は、以前行った実戦訓練の際に2人がレクトに対して放った攻撃と全く同じものであった。
「これで…!」
「どーだぁ!!」
「グゥオオォォォ!!」
かなりのダメージが入ったのか、トロールの叫び声がこれまでにないくらい大きくなった。だが2人がかりの渾身の攻撃をもってしても、トロールはまだ倒れない。無論、S組メンバーもこれで諦めるはずなどなく、ダメ押しとでも言わんばかりにベロニカが叫んだ。
「ルーチェ!特大のぶっ放せ!!」
「これで終わりよ!」
ベロニカの掛け声とともに、ルーチェは巨大な光球を作り出す。全身全霊を込めて作り出した強大な魔力を帯びた光球を、ルーチェは迷う事なくトロールの正面から真っ直ぐに放った。
「グ…ガ…!」
ベロニカとニナが飛び退くと同時に光球がトロールに直撃し、トロールの巨体が眩しい光に包まれる。全身を高熱で焼かれ、トロールは鈍い声を上げた。
「もう…いい加減、倒れてくれよ…!」
流石に疲弊したのか、ベロニカが息を切らしながら呟く。そんな彼女の声に応えるかのようにトロールを包んでいた光が消えていき、中からは全身が焼かれたトロールが現れた。
「ちょっと!まだ立てるの!?」
黒焦げになりながらも仁王立ちし続けているトロールを見て、リリアがショックを受けたように大声を上げる。当然ながら、他のメンバーも驚きを隠せないようだ。
だが次の瞬間、黒焦げのトロールは何も声を発さないままその場に倒れた。
「倒…した…?」
「みたいね…」
ポツリと呟くようなフィーネの疑問に、ルーチェが静かに答える。自分たちの勝利を理解した途端、真っ先に叫んだのはニナだった。
「勝ったああぁぁぁー!!!」
歓喜の雄叫びを上げるニナを見て、他のメンバーたちにもようやく勝利の実感が湧いてきた。
「や、やった、勝ったんですね!」
「見たか!デカブツ!!」
アイリスはホッとしたような様子で胸を撫で下ろしており、ベロニカは黒焦げになったダークトロールの死体を足蹴にしている。
そうやって各々が喜んだり安堵している中、フィーネは後方で終始戦いを見守っていた担任レクトに報告する。
「レクト先生!勝てました!!」
「あぁ、上出来だ。俺の予想以上によくやってた」
珍しくレクトが一切のダメ出し無しに褒めたので、それを聞いていたリリアとエレナは目を丸くした。別に怒られるとは思っていなかったが、何かしらのお説教の類はあるだろうと予想していたからだ。
「それじゃあ、あとはだな…」
レクトは何か言いかけて、一旦話を止める。大きな勝利に対するS組メンバーの喜びも束の間、たった今倒したばかりのダークトロールとは別の大きな足音が辺りに響き渡ったのだった。




