実戦経験を積もう! ①
事の発端は、プチ戦闘狂であるニナの発した一言であった。
「レクトせんせー!たまにはせんせーとじゃなくって、でっかいモンスターと戦いたーい!」
いつものように実戦訓練を終え、S組の教室に戻ってきたところで急にニナがワガママを言い出した。尚、他の生徒たちは既に着席して次の授業の準備万端といった様子だ。
レクトが担任になってから10日程経つが、確かにニナの言う通りこれまで実技に関する授業は全てレクトを相手にしたものであった。もっとも、学校における授業なのだから担任であるレクトが相手をするのは当然と言えば当然なのだが、ニナにとってはそれが早くもマンネリ化したようである。
「ねー、せんせー!いいでしょー!?」
ニナは駄々っ子のようにレクトの腕を引っ張る。ところがこういったニナのワガママには慣れているのか、他のS組メンバーは誰一人として特に驚いた様子を見せず、いかにも“また始まったよ”とでも言いたそうな顔をしている。
「ニナ、先生だってちゃんと考えて授業をしているのよ」
流石はクラスの代表者とでも言うべきか、フィーネがなだめるような口調でニナを諭す。だが、それでもニナは納得できないようだった。
「でも、つまんないじゃん!もっといろんなのと戦いたいじゃん!じゃないともっと強くなれないよ!」
ニナは不満そうな顔をしながらブーブー文句を言う。それを見た他の生徒たちは皆呆れたような顔になったが、そんなニナの意見に賛同したのは意外なことに担任であるレクトであった。
「いや、でもニナの言う事も一理あるかもな」
ニナの頭に手を置きながら、レクトが答えた。そんな思いがけないレクトの一言に、ニナの表情がぱあっと明るくなる。
「さっすがせんせー!すぐ行こうよ!!」
いかにもやる気満々といった様子であったが、何も考えていないようなニナの発言に他のメンバーは尚も呆れ顔のままだ。
「お馬鹿。まだ何と戦うかすらも決めてないでしょ」
リリアが皮肉めいた口調で指摘する。だが、それを聞いたニナはムキになって頬を膨らませた。
「ニナ、バカじゃないもん!脳みそが足りないだけだもん!」
「世間的には、それをバカっていうのよ」
わけのわからない事を言うニナに対してルーチェが的を射たような、そうでもないような毒を吐く。そんないつもと変わらぬやり取りを眺めながら、レクトはふと何かを思いついたようにS組メンバーに尋ねる。
「そういえばお前らってさ、今まで演習か何かでモンスターの討伐とかはやったことあるのか?」
本来ならばこういう事は副担任であるジーナに聞いておくべき事ではあるのだが、この際本人たちに確認した方が手っ取り早いだろう。そのレクトの質問に、エレナが答えた。
「駆除対象になってるオオカミとか、害獣の討伐なら何度かあります」
エレナの言うように、レクトが来る前にもS組ではこれまでにも何度か授業の中でそういったモンスターを討伐する機会があった。それを聞いたレクトはふんふんと納得したような様子で質問を続ける。
「『ドラゴン』や『ワイバーン』は?戦った事ねえのか?」
レクトは何の気なしに尋ねたが、その名前を聞いたS組メンバーはギョッとした顔をする。もっとも、その理由は単純かつ簡単な事であった。
「あるわけないでしょ!危険度S級の大型モンスターじゃない!!」
リリアが怒鳴るように言った。実際にも正にその通りであり、ドラゴンやワイバーンと言った大型のモンスターは一般人どころか並の冒険者にとっても危険過ぎる相手という事で、国や地域によっては討伐はおろか近づくことさえ禁止されている。
先日レクトがリリアへの補習に利用したキングキマイラも同様に危険度S級のモンスターであり、フォルティス王国が認めた者以外の討伐は禁止されている。あの一件に関しては、英雄であるレクトだからこそ許可が降りたようなものである。
「んー、そっか。お子様にドラゴンはまだ早いか」
わざとらしく“お子様”という言葉を使って皆をからかうレクトであったが、流石に10代後半ともなるとそんな陳腐な挑発に乗る生徒などいない。約一名を除いては。
「なんだと!?それならやってやるよ!ドラゴンでも何でもよ!」
ただ一人触発されたベロニカが、立ち上がりながらレクトに食いつく。当然ながら他のメンバーは呆れた様子であり、レクトは面白おかしそうにケラケラ笑っている。
「いちいち乗せられるんじゃないの。勝てるわけないでしょ」
横からルーチェの辛辣なツッコミが入った。悔しいがぐうの音もでないベロニカは、むず痒そうな顔をしながら席に座る。その一方で、実戦と聞いて先程からずっと何か聞きたそうにしていたエレナが手を挙げた。
「でも先生。どうせ実戦を行うのであれば、なるべく今の私たちに合った強さの相手にして頂きたいのですが」
「そうですね。大型モンスターに無謀な挑戦をするわけじゃないにしても、逆に簡単すぎてもあまりいい経験にはならないと思います」
当然ともいえるエレナの意見に、アイリスも賛同する。勝てる見込みのない相手に無謀に挑むなどもっての外だが、アイリスの言うように簡単すぎる相手を選んでしまってもあまり有意義な授業にはならないだろう。
「うーん、今のお前らのレベルに合ったモンスターか…」
レクトは顎に手を当て、少し考え込む。とはいえ古今東西に存在するあらゆるモンスターと対峙したことのあるレクトには、今の彼女たちに合った強さのモンスターもある程度のイメージはできていた。
「よし、それなら任せろ。明日までには決めてくるから」
レクトは1人納得したような様子で言ったが、当然のように生徒たちにとっては気になって仕方がない。皆の考えを代表するかのように、フィーネがレクトに質問した。
「先生、明日までに決めるって、どういう事ですか?今教えてもらえるんじゃないんですか?」
「あぁ。野生のモンスターとか、駆除対象とか、そういう情報を広く取り扱ってる知り合いがいるんでな。今夜ちょっと当たってみるわ」
モンスターの情報を扱う場所といったら、普通に考えたら大抵は傭兵の組合や軍隊、あとは騎士団といったところだろう。どれも元傭兵であるレクトと何かしらの繋がりがあってもおかしくなさそうではある。
だが、どうやらレクトはこの場ではこれ以上話す気は無いようだ。パンパンと手を叩くと、生徒たちに向かって大声を出す。
「おーし、この話はここまでだ。授業はじめるぞ。全員、魔法史の教科書出せー」
そう言いながらレクトは魔法史の教科書を開く。結局レクトはこの後も詳細を語ることはなく、いつも通りの授業が始まった。




