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先生は世界を救った英雄ですが、外道です。  作者: 火澄 鷹志
新任教師レクト編
25/152

校長の秘密

 レクトがサンクトゥス女学園に赴任して、丁度1週間が過ぎた。


「いいか、これが騎馬兵の利点だ。特に機動力の向上は、戦術における大きなアドバンテージとなり得る」


 ランチタイムを終えた午後のS組の教室に、担任であるレクトの声が響く。今は戦場における騎馬兵の役割についての説明をしている最中であった。


「だが勿論、騎馬兵にもデメリットや弱点は存在する。それはだな…」

「あれっ、校長せんせーだ」


 レクトが言いかけたところで、ニナがある事に気付いた。彼女の視線はレクトや黒板ではなく教室の窓の外、廊下の方へと注がれてる。

 その一言につられ、他の生徒たちも廊下の方を見る。ニナの言った通り、教室の窓の外には確かに校長であるクラウディアが立っていた。だが立っているとは言っても別に何か特別な用事があるというわけではなさそうで、どうやら単純にS組の授業風景を見学に来ただけのようである。


「おいお前ら、よそ見してんじゃねえぞ。授業はまだ終わってねえ」


 レクトに注意され、全員の視線が再び黒板の方へと向く。それを確認したレクトは中断していた説明を再開した。

 その様子を校長のクラウディアは心なしか嬉しそうに、ただ黙って見つめていた。




 それから30分程して授業が終わり、レクトはいつものように職員室へと戻ってきていた。

 次の授業までは少し時間があるのでコーヒーでも飲んでゆっくりしようと思ってのだが、そんな彼の元へ先程授業を見学に来ていたクラウディアがやって来る。


「すごいじゃない、レクト。まさか本当にたった1週間であの子たちを手懐けちゃうなんてね」


 クラウディアはとても嬉しそうな顔をしている。しかしそれがあまりに唐突だったので、言われた当人であるレクトはおろか隣に座っていたジーナまで呆気にとられていた。


「授業の様子を見ただけなのに、どうしてそんな事がわかる?」


 喜ぶクラウディアとは正反対に、レクトはすこし怪訝そうな顔をしている。確かに、ただ授業の様子を見ただけでは本当にS組の生徒たちがレクトを信用したのかどうかがわかるとは思えない。

 だが、クラウディアにはそれを裏付けるきちんとした理由があった。


「わかるわよ。ベロニカが授業抜け出してない、リリアがきちんと話を聞いてる、そしてニナが起きてる、それだけで充分よ」

「ニナはたまに寝てるがな」


 レクトは少し皮肉っぽく言う。ニナも大抵の授業では起きているのだが、激しい運動をした後や満腹の状態の場合はレクトの言うように偶に寝ている事がある。大抵はレクトにすぐ叩き起こされるのがオチだが。


「国王は貴方を雇う事に対してやめとけやめとけって散々言ってたけど、やっぱり私の目に狂いは無かったわね」


 クラウディアは上機嫌だが、レクトを雇う事を国王が危惧していたという事実にジーナは今更ながら若干の不安を覚えた。

 一方レクトは、クラウディアの言葉を聞いてふとある事を思い出す。


「そういやちょっと思い出した。いい機会だし、前から校長に聞いておきたい事があったんだよ」

「あら、何かしら?答えられる範囲でなら何でも構わないわよ」


 クラウディアは相変わらず上機嫌なままだ。それを聞いたレクトは、少し悪い笑みを浮かべながら小さな声で囁くように彼女に尋ねる。


「あんた、何か国王の弱み握ってんだろ?」


 レクトが彼女に聞いてみたかった事とは、他でもないクラウディアと国王とのことであった。だがそんな彼のどストレートな質問に、隣で聞いていたジーナはギョッとする。幸いなことに、小さな声であったからか他の教師たちには聞こえていないようだ。


「もうレクトったら。弱みを握ってるだなんて、人聞きの悪いこと言わないでちょうだい」

「違うのか?」


 レクトの言い方が気に入らなかったのか、クラウディアは少し不満そうな顔をしている。とはいえ否定自体はしていないので、国王との間に何かあるのは間違いないようだ。

 そして、その件に関してクラウディアは人差し指を口に当てながら小声で話し始めた。


「彼にはね、()()があるのよ」

「貸しだと?」


 クラウディアの言葉が気になったのか、レクトは身を乗り出すようにして更に尋ねた。だが次の瞬間、クラウディアの口からはとんでもない発言が飛び出す。


「そうよ。それも、彼の王位を揺るがすような大きな貸しがね」

「えぇっ!?」


 あまりにも衝撃的な事実に、ジーナは思わず驚きの声を上げてしまう。その大声に周りの教師たちも何事かと反応するが、ジーナは「何でもないです。」とごまかしてその場を収めた。


「だから国王の脅迫もお手の物って事かよ」


 レクトは目を細め、納得したように言う。王位を揺るがすというのが冗談なのか本当なのかはわからないが、少なくとも校長が国王に対して優位な立場にあるというのはよくわかった。


「レクトったら、いちいち言い方が悪いわねえ。そんなんじゃS組の子たちにもモテないわよ?」


 レクトの言い方対して、クラウディアは再び言及する。だが、レクトは全く意に介していないようだ。


「あの小娘どもにモテてどうすんだよ。目的が違うだろうが」

「まあまあ、レクトさん。それで校長、国王様と校長の間には具体的にどんな関係があるんですか?」


 ぶつくさ言うレクトをなだめながらも、内容が気になるのかジーナはグイグイ話に入ってくる。クラウディアはどこまで話そうかを考えたのか、少し黙った後に改めて口を開いた。


「まぁ王位を揺るがすっていうのは軽い冗談だけどね。長くなるから今は詳しくは話さないけど、私と国王は同じ学校の同級生だったのよ」

「マジかよ」


 2人の因縁、もとい関係が学生の頃からの付き合いとなれば、それこそ何十年も前の話だ。驚くレクトを見て、クラウディアは微笑みながら話を続ける。


「正確に言うのであれば、当時の彼は国王ではなく第一皇子だったけどね」

「王位継承前ってことですね」


 ジーナの相槌にクラウディアは頷き、話を続ける。


「正義感のある男ではあったんだけど、本っ当に姑息な男でね。おまけにスケベで小心者。私が協力してやらなければ絶対に他の皇子や皇女に王座を奪われていたわね」


 やはり国王との間に何か嫌な思い出があるのか、レクトと最初に会った日と同じようにクラウディアは少し不機嫌になる。

 だが話に出てきた王座の件について興味があったのか、レクトはクラウディアにその事に関して尋ねた。


「協力?もしかしてあのオヤジが国王になれたのは、あんたが色々と根回ししたからって事なのか?」

「もう、だから根回しなんて人聞きの悪い言い方しないでってば」


 相変わらずレクトの言い方には不満が残るようだが、クラウディアは質問に答える。


「私はあくまでも彼が王位を継承できるような武勲を立てるのに協力しただけよ。それこそ一生かけて返さなきゃいけない程の恩ができるくらいにね」


 本当にクラウディアのおかげで王位に就くことができたのだとすれば、確かに国王はクラウディアには頭が上がらないのだろう。


「ま、そのおかげで王国の一等地に長年の夢だった学校を設立したり、充実した設備を整えたり、一流のコックを食堂に招いたり…」


 クラウディアは国王から受けた数々の恩赦を、指折り数える。そして最後に、レクトの顔を見た。


「果てには、魔王を倒した英雄を教師として呼んだり、とかね」

「俺は騙されてここにいるようなもんだがな」


 クラウディアの言葉に、レクトは間髪入れずに嫌味を言う。嫌味といっても、クラウディアではなく国王に向けたものであるのだが。

 クラウディア自身もわかっているのか、口に手を当てて笑いながらレクトを見る。


「でも、今もここにいるのはあなた自身の意思でしょう?」

「不満が出来たり、面白味が無くなったらすぐにでも出て行くつもりだ」


 レクトは淡白に返したが、クラウディアはそうは思っていないようだった。


「またまた。あの子たちのこと、大好きなくせに」


 レクトはS組メンバーが大好き。それを聞いたジーナは目を丸くするが、当のレクト本人は呆れたようにクラウディアに尋ねる。


「何をどう見てそう思ったんだよ?」


 レクトは怪訝そうな顔つきでクラウディアを見るが、質問をされたクラウディアは職員室の壁にかけられている時計を見て、話を逸らすようにレクトに言った。


「あら、もうこんな時間。早くしないと次の授業が始まっちゃうわよ、S組担任のレクト先生?」

「ちっ、はぐらかしやがって」


 クラウディアがわざとらしくレクトのことを“先生”と呼んだので、少しイラッときたレクトは舌打ちをする。しかしもうすぐ次の授業が始まる時刻であるというのも事実なので、レクトは渋々ながらも立ち上がり、職員室から出て行った。

 ジーナも机の上に置いてあった数冊の本を抱えると、席から立ち上がってクラウディアの方を見る。


「じゃあ私も行きますね、校長。この後、レクトさんの手伝いをしなきゃならないので」

「ええ、しっかりサポートしてあげてね」


 クラウディアは軽く手を振りながら、職員室を出て行くジーナを見送る。クラウディア自身も今はこれ以上職員室に用事がないので、一旦校長室へと戻ることにした。


「本当、どうして国王や大臣たちは彼の良さがわからないのかしら。事あるごとに外道だとか、ゲスだとかばっかり」


 職員室の扉を開けながら、クラウディアは独り言のようにぼやく。


「まだ数日しか一緒に過ごしていない“10代の女の子たち”ですら、彼の良いところに少しずつ気付き始めてるっていうのにねぇ」


 クラウディアはただ1人自分だけ納得したような表情を浮かべながら、校長室へ続く廊下を歩いていった。

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