英雄の食卓事情
サンクトゥス女学園には、生徒や教師なら誰でも利用できる立派な食堂がある。
なんでもクラウディア校長の計らいでわざわざ王城で働いた経験のあるコックを雇ったそうで、そこらのレストラン顔負けの料理をリーズナブルな価格で提供している。そういった理由から生徒からの評判は上々で、食堂は連日大盛況であった。
しかし食堂が大人気だからといって、別に食堂で昼食を食べなければならないというルールは特にない。自宅から弁当を持参したり、売店でパンを買ってきて教室で食べる生徒もそう珍しくはなかった。
この日、S組ではフィーネ、エレナ、リリア、ニナの4名が教室で昼食を食べることにしたようだ。
「やっとお昼だー!もーお腹ぺこぺこー!」
やかましいぐらいの声量で、ニナは喜びを表現している。満面の笑みを浮かべながら鞄の中から取り出したのは、4、5人分の量はありそうな大量のサンドイッチと、籠いっぱいに詰め込まれたサラダだ。
「相変わらず尋常じゃない量食べるわね、あんた」
幸せそうな顔でサンドイッチを黙々と口に運ぶニナを見ながら、リリアが呆れたように言った。
ちなみに当のリリア本人は、売店で買ってきたシナモンロールを食べている。サンクトゥス女学園の売店では毎日昼頃に焼きたてのパンが売られており、食堂のメニュー以外にも生徒たちの間ではちょっとしたお楽しみにもなっていた。
「リリアちゃん、人間はご飯を食べられることが一番幸せな事なんだよ!お父さんが言ってた!」
サンドイッチをもりもり食べながら、ニナが力説する。大量のサンドイッチは、既に半分ほど彼女の胃の中へと流し込まれていた。
「間違っちゃいないんでしょうけど、あんたの場合は量が異常だって言ってんのよ」
ニナにツッコミを入れながら、リリアもシナモンロールを口へと運ぶ。
一方、フィーネとエレナは家から持ってきた弁当を食べていた。自分で作ったのか、はたまた親が作ってくれたのか定かではないが、年頃の娘らしく見た目を気にしたのか少し小さめの弁当箱だ。
4人がそれぞれ昼食を堪能している中、唐突に教室の扉が開かれた。扉の奥から現れたのは、つい先程授業を終えて教室を出て行った筈のレクトだった。手には白い紙に包まれた物を携えている。
「まったく、この学園の小娘どもはどんだけ良いもん食ってんだよ。そこいらの街のパン屋よりよっぽどレベル高えじゃねえか」
ぶつくさ文句を言いながら、レクトは教卓に座る。手にしていた白い包み紙を開けると、中からは中々ボリュームのあるホットドッグが出てきた。
「あれ、レクト先生。また売店のパンですか?」
教卓に座ってホットドッグを食べているレクトに、フィーネが話しかけた。どうやら彼女自身は丁度弁当を食べ終えた直後らしい。
フィーネと一緒に弁当を食べていたであろうエレナも昼食を終えたようで、2人はレクトの座っている教卓の方へと寄ってきた。
「そういえば、先生は昨日もここでパンを食べていましたね」
エレナが思い出したように言う。彼女の言うように、レクトは昨日の昼休みもこの教室でパンを食べていたのだ。一応、パン自体は違う種類のものであったが。
「パンで充分だよ。この学校で作ってるパンは手が込んでるし、品揃えも豊富だからな」
ホットドッグを貪りながら、レクトは答える。その様子を見て、フィーネはふと思ったある事をレクトに尋ねた。
「先生は学園の食堂でご飯を食べたりしないんですか?」
「1回行ってみたけど、メニューがあんまり俺の好みじゃねえ」
レクトは正直な意見を言った。だがその話を聞いていたのか、いつの間にかあの大量のサンドイッチを平らげたニナが教卓の方へとやって来る。
「せんせー、好き嫌いはダメだよ!」
ニナはレクトに注意するが、そんなニナの顔を見たレクトは逆に呆れたような様子を見せている。
「ニナ、お前は人に注意する前にまず口元を拭け。唇にトマトソース付いてるぞ」
「えっ、ホント?」
レクトに指摘され、ニナはポケットから取り出したハンカチで口元を拭う。
「つーか、ハッキリ言うと好き嫌いの問題じゃねえんだよ。なんかさ、この学園の食堂って女子受け狙ったメニュー多くねえか?」
「そりゃあ女子校ですから」
レクトの疑問に、エレナからはある意味最も適切な答えが返ってきた。彼女の言う通り、女子校なのだから女学生に受けがいいメニューを提供するのは当然と言えば当然である。
もっとも、20代半ばの野郎であるレクトにとってはそれが些か不満のようなのだが。
「例えばアレ、何なんだよ。『レモンが香るアボカドとサーモンのカクテルサラダ』ってよ。情報量多すぎて食う気無くすわ」
余程のインパクトがあったのか、レクトは食堂で目にしたメニュー名の1つに難癖を付けている。それを聞いたフィーネは苦笑いを浮かべた。
「あのサラダ、結構美味しいですけど。先生も1回食べてみたらどうですか?」
「遠慮しとく」
フィーネの提案を、レクトはきっぱりと断る。明らかに食わず嫌いだとわかるこの男の姿勢に、それまで黙って事の成り行きを見守っていたリリアが急に口を挟んだ。
「傭兵稼業一筋で生きてきた先生には、女子校のお洒落なメニューは性に合わないんじゃない?」
「あながち間違ってはいねえんだけどよ、もう少しマシな言い方ねえのかよ、リリア」
否定自体はしないものの、リリアの一言に対してレクトは苦言を漏らす。
依然として食堂のメニューを受け入れようとしないレクトに、何か思いついた様子のフィーネが両手を合わせながらある提案をした。
「それなら先生、食堂のアンケートに答えてみたらどうですか?」
「アンケートだぁ?」
レクトは怪訝そうな顔でフィーネを見た。フィーネはそのアンケートについて詳しく説明する。
「食堂では生徒たちの感想や要望に応えるために、アンケート用紙が置いてあるんですよ。出してほしいメニューとか書くと、たまに採用されることがあるみたいです」
「ほう」
アンケートの詳細を知り、意外にもレクトは感心したような声を上げた。ただ食事を提供するだけじゃなく、生徒の要望にもなるべく応えようとする食堂の姿勢が少し気に入ったようである。
「でもニナ、前に1メートルの巨大ハンバーガーって書いたのに採用されなかったー」
「あんた以外に誰が注文するのよ、そんな物」
ガッカリしたように話すニナに、リリアが容赦なくツッコミを入れる。それを聞いたフィーネとエレナは何とも言えない表情を浮かべているが。
そんな中、ニナが唐突に話題を変える。
「ねえ、せんせー!せんせーが旅してた時に食べた物の中で一番おいしかったのってなーに?」
「なんだよ急に」
藪から棒な質問にレクトは間の抜けたような顔をしているが、逆にフィーネ、エレナ、リリアの3人は興味津々といった様子だ。
「あ、それすごく気になるかも」
「確かに、色々な所を旅してた先生なら色々な食べ物の事知ってそうです」
「ニナにしてはいい質問したじゃない」
4人が期待したような眼差しで見てくるのでレクトとしては少々プレッシャーであったが、嘘を言っても仕方がない。魔王を倒す為の旅の途中での出来事を思い返しながら、自分が一番美味いと感じた物を思い浮かべる。
「うーん、そうだな。今まで一番感動したのは、東の島国で食った『ヨウカン』かな」
「ヨウカン?それってどんな食べ物なんですか?」
ヨウカンを知らないフィーネが尋ねる。遠くの国の食べ物であるからか、どうやらフィーネだけでなく他の3人も知らないようだ。
「ヨウカンってのは、簡単に言うと豆を甘く煮た汁を固めた菓子だな。見た目はシンプルなんだが、中々奥深い味わいだったぞ」
「へえ、おいしそー!」
レクトの話を聞き、実物を見たことがないにも関わらずニナは歓喜の声を上げる。
「バリエーションも豊富でな。栗が入ったものとか、中には豆の代わりにサツマイモを使ってある面白いものまであったぞ」
旅の途中で食べた時のことを思い出しながら、珍しくレクトは熱心に語る。しかしレクトがそういった地元の銘菓に詳しいのが意外だったのか、エレナは少し不思議そうな顔をしている。
「けど意外ですね。レクト先生が旅先でそういう物を食べようとするなんて」
それはフィーネとリリアも同じだったらしく、2人はうんうんと頷いている。その事に関しては、レクトの口から更に意外な事実が語られることとなった。
「それなんだが、実はそもそも食べたいって言い出したのは俺じゃなくてルークスの野郎だ」
「えっ、勇者ルークスが?」
思わずリリアが素っ頓狂な声を上げた。世界を救った立役者である勇者ルークスが菓子を食べたいと言い出すなど、とても想像はできなかったからだ。
「実はあいつ結構グルメでな、行く先々でその土地の名物を調べては毎回食べよう食べようって言い出してたんだよ。ひでえ時にはゲテモノ料理にまで手を出しやがる」
「それもまた意外な話ですね」
勇者ルークスがゲテモノ料理を食べたがるという、聞く人が聞けばガッカリするようなエピソードにエレナは笑いを堪えている。
勇者ルークスの話が出たのであれば、当然他の四英雄にもスポットが当たるのは最早必然と言えよう。皆が気になっているであろう内容を、フィーネが率先して質問する。
「先生、他の四英雄の方々もみんなグルメだったんですか?」
他の四英雄というと、魔術師カリダと武闘家テラの事だ。世界各地でさぞ美味しい物を食べてきたのだからきっと2人も美食家なのではないかという期待があったのだが、その期待はレクトによってあっさりと打ち砕かれる事になる。
「ないない。カリダの奴はグルメとは程遠い完全なお子様舌だったな。何しろ好物がいちご牛乳とハンバーグだぜ?食堂やレストランに入っても、いっつもハンバーグばっか頼みやがる」
英雄カリダの味覚が意外にもお子様であった事に生徒たちは驚いた様子であったが、ニナだけは不満そうな顔をしている。
「えー?いちご牛乳もハンバーグもおいしいのに!」
「あんたは黙ってなさいって」
リリアに指摘され、ニナはむー、と小さく唸りながら黙った。四英雄はあと1人残っているので、レクトはそのまま話を続ける。
「反対にテラは酒好きでよ。いや、ありゃむしろ酒豪って言うべきか。とにかく酒とツマミさえあれば後は何もいらねえって感じだったな」
武闘家テラは四英雄の中で最年長である為か、この話に関しては4人ともさして驚いたような様子はない。さしずめ、なるほどね、といったような表情を浮かべている。
「何というか、見事にバラバラですね」
四英雄の味覚がバラバラであった事に、エレナが言及する。しかしレクトからは当然ともいえる答えが返ってきた。
「人間なんだ。好きな物なんざバラバラで当然だろ?」
レクトのその言葉を聞き、エレナは納得したように頷く。
普通の人間ならまず聞くことのできないであろう英雄たちの食卓事情に4人はすっかり聞き入っていたが、やがてその時間は終わりを告げることとなる。
カーン、カーン、カーン…
「あっ、鐘が鳴ってる」
「授業開始5分前ね」
ニナが一目散に鐘の音に気付き、リリアは教室に設置してある時計を見上げた。彼女の言葉通り、時計の針は次の授業の開始時間5分前を指していた。
レクトは食べ終わったホットドッグの包み紙を丸めてゴミ箱に投げ捨てると、立ち上がって4人を見る。
「おし、そろそろ時間だな。それじゃお前ら、次は魔法史の授業だからさっさと準備しとけよ」
「「「はい」」」「はーい!」
4人は返事をすると、それぞれ席へと戻っていった。全員が席に戻ったのを確認し、レクトはポツリと呟く。
「懐かしい話してたら、なんかヨウカン食いたくなってきたな」
ここにある筈のない菓子を思い浮かべながら、レクトは教卓の中から魔法史の教科書を取り出した。




