英雄 VS 優等生 ③
ルーチェとアイリスが2人で何やら相談していたという事には、当然ながらレクトも気付いていた。2人が同時に動いたのを見計らって、レクトも剣を構える。その表情は、真剣というよりもむしろ2人に何かを期待しているといった様子だ。
2人は左右に分かれ、レクトから見てルーチェは右から、アイリスは左側に回る。先に動いたのはルーチェであり、右手に持った杖でレクトに襲いかかった。
「それじゃダメだ」
レクトはあっさり大剣で攻撃を防いでみせたが、ルーチェの狙いはその次にあった。
「わかってます」
「何だと?」
ここでルーチェがレクトにとって予想外な行動に出た。なんとルーチェは持っていた杖を捨て、レクトの右腕に組み付いたのだ。
とはいえ10代の少女が全力で組み付いてきたとしても、レクトにとって無理矢理引き剥がすこと自体は難しくない。だが今は彼女の型破りな行動がレクトに強烈なインパクトを与え、判断力を一瞬鈍らせることに成功していた。
「アイリス!」
「はい!」
ルーチェの合図と同時に、レクトの左横からアイリスが木製のナイフを振りかざす。しかしレクト自身は封じられていたのは右腕だけであったため、空いていた左手の手刀で素早くナイフを弾いた。
「あっ!」
攻撃を防がれ、アイリスは小さな声を上げた。手刀によって弾かれたナイフは宙を舞い、乾いた音を立ててアイリスの背後に落下する。
「おいルーチェ。今のは完全に自分が犠牲になってもいいっていう奴の行動だぞ」
未だに自分の右腕に組み付いたままのルーチェに、レクトが指摘した。しかしルーチェは反省するどころか、笑みさえ浮かべている。
「でも今の、私とアイリスは合格ですよね?」
ルーチェは勝ち誇ったように言った。その全てを悟ったかのような様子を見て、レクトは少し面白くなさそうな顔をする。
「さてはお前、気付きやがったな?」
「はい、気付いた上でこの作戦をとりました。勿論、後衛向きの私が囮になるなんて、実戦では使えないような方法ですが」
自身が裏で設定していた合格の条件をルーチェに勘付かれ、レクトは渋い顔をする。レクトとしては合格の条件に気付かれるまでは想定の範囲内であったが、それを逆手にとって本来は使えないような作戦を使われるということは想定外だった。
「ルーチェ、アイリス、合格」
レクトは2人に合格を言い渡す。しかし今のはルーチェにしてやられた感があったのか、先程のフィーネたちの時とは違って若干ではあるが口ぶりが不服そうだ。
「けどルーチェ、年頃の娘が野郎に抱きつくなんざ随分と思い切った作戦をとったな?」
ささやかな反撃のつもりか、からかうような口調でレクトが言った。だがルーチェは恥ずかしがる様子など一切見せず、冷静に答える。
「先生、これは実戦訓練ですよ。いちいちそんなこと気にしていられないでしょう?」
「可愛げのねえ小娘だな」
レクトは苦笑しながら、まだ合格できていない3人の方へと向き直る。合格を言い渡されたアイリスとルーチェは、軽くハイタッチをしながらレクトから少し離れた位置に座った。
一方で一連のやり取りを遠くで見ていたフィーネとエレナの2人も、レクトが設定した合格の条件に気付いたようであった。
「やっぱりだわ。私だけじゃなくてエレナも合格になった理由、間違いなさそうよ」
「意外と単純な条件だったのね。というか最初に思いっきりヒント言ってたなんて」
そんな会話を交わしながら、2人の視線はレクトに挑み続ける3人へと注がれる。
リリア、ニナ、ベロニカ。残った3人は本来S組の中でも白兵戦が得意なメンバーである筈なのに、未だに攻撃はレクトにかすりもせず合格も言い渡されていない。
何度も挑み続けた結果、体力的にも疲弊してきており普段強気なベロニカでさえも思わず弱音を吐いてしまう。
「ちくしょう、やっぱり今のアタシじゃ力が足りないってのかよ…!」
悔しそうに唸るベロニカであったが、それ横でを聞いていたニナが何かに気付いたような様子を見せる。
「ん?力が足りない?」
顎に手をあてながら、ニナは頭上に疑問符を浮かべて何か考えている。そして、はっと思い浮かんだように突然大声を出した。
「それだよ、ベロニカちゃん!」
「は?何が?」
何か閃いた様子のニナに対し、ベロニカは当然のことながら訳のわからないといったような顔をしている。
「いいから、聞いて!」
首を傾げているベロニカに、ニナは何かを耳打ちする。少しの間ベロニカは黙って聞いていたが、やがて話の内容を理解すると急に怪訝そうな顔になった。
「それ、ホントに上手くいくのか?」
「絶対、だいじょーぶ!いけるよ!」
ベロニカは疑わしげな目をしながらニナに尋ねたが、ニナの方は正に自信満々といった様子だった。
一方でリリアの攻撃を難なくいなしながら2人のその様子を見ていたレクトは、剣を自信満々のニナに向けて挑発する。
「作戦会議は終わったか?早くしねえと時間なくなるぞ。」
「言われなくとも!やってやるよ!」
レクトの言葉に、ニナに代わってベロニカが太刀を両手に構えて一気に距離を詰める。何か考えがあるという割には、今の所は正面から突っ込んできているだけにしか見えない。
「くらえぇ!!」
ベロニカが叫びながら勢いよく切りかかった。ところが今回の攻撃はあまりにも大振りすぎて実にわかりやすく、かつ隙だらけとも言える攻撃だ。レクトはこれまで同様、大剣を盾にして受け止める。
だがここで、間髪入れずにニナが動いた。同方向から更に攻撃を上乗せするような形で、レクトの持つ大剣目がけてハルバードの一撃を叩き込む。
「必殺!ダブルスーパーグレート攻撃!!」
ネーミングセンスはともかくとして、必殺の名の通りこれまで受けた攻撃の中で一番勢いがあった。
「どーだ、せんせー!1人なら無理でも、2人分のパワーなら!!」
ニナの言う通り、2人のパワーを合わせた一撃はレクトの想像を超える威力を持っていた。並の冒険者やモンスターが相手であれば文字通り必殺の一撃となっていただろう。“並”であれば。
「残念だが、2人でも無理だ」
レクトは無情に言い放つと、剣を振り抜いて2人まとめて吹き飛ばす。これに関しては決して2人の息が合っていなかったという訳ではなく、単にレクト個人の実力の方が遥かに上だったというだけだ。
「うぅ…これでもダメなの?」
ニナは呟きながら体を起こした。この授業中、吹き飛ばされたこと自体は既に数え切れないほどの回数を重ねているが、それでも今の一撃はかなり自信があったようで2人とも少ししゅんとしている。
「なんだよ!結局力合わせても意味なかったじゃねえかよ!」
ベロニカは悔しそうにしているが、意外にもレクトの方からフォローが入った。
「いや、そんなことはない。お前ら1人ずつのパワーを100としたら、今の一撃はちゃんと合わせて200…いや、もしかしたらそれ以上になってたぞ。単に相手の、つまり俺のパワーが1000000だから勝てなかったってだけの話だ」
「なんかバカにされてる気がする!素直に喜べねえ!」
悪すぎるレクトの例えにベロニカから意見、もといツッコミが入った。しかし、今の一撃は決して無駄ではなかったということもレクトから証明される事になる。
「だがその考え方自体は嫌いじゃない。ニナ、ベロニカ、合格」
「ぃやったぁぁ!!」
「よぉし!」
レクトからの合格通知に、ニナは歓喜の雄叫びを上げた。ベロニカも思わず左拳を握ってガッツポーズをしている。レクトに一撃加えられていないにも関わらずなぜ合格できたのかという事については、この2人にとっては至極どうでもよさそうな様子だ。
そんな2人とは対照的に、1人だけ未だに合格と言われていないリリアは言いようのない焦りを感じていた。だがそんなリリアの心情を知ってか知らずか、レクトからは無情な通知が言い渡される。
「おし、これで終了。リリア、お前は不合格」
レクトは当然といった様子で口にしたが、それを聞いたリリアは思わず怒りのこもった声を上げる。
「なんでよ!?まだ10分経ってないじゃない!納得いかないわ!」
始めに提示された10分間という時間にはまだなっていない上、ただ1人だけ不合格を言い渡されたことでリリアはこの上なく憤慨している。しかし周りのメンバーは彼女に同情する様子を見せず、この授業の合格条件を理解していたルーチェやフィーネはむしろ哀れみさえ抱いたような目をしていた。
「いや、もうお前に合格は無理だ。お前は後で補習」
レクトはリリアの意見など全く聞き入れず、バッサリ切り捨てた。一方でそれを聞いたリリアは愕然としている。
かなりのチャンバラをしたせいか手に持った木製の大剣には細かい傷が無数に付いており、レクトはそれを確認するように触りながらS組メンバーに次の指示を出す。
「全員、15分以内に更衣室で制服に着替えて教室に集合。いいな?」
「「「はい」」」
レクトの指示にリリアを除いた6人は返事をすると、各々自分の練習用武器を持って更衣室へと向かっていった。
1人残されたリリアは未だに納得できないといった表情のままであったが、ここで突っ立っていても意味はないと理解したのか、皆と同じように更衣室の方へと歩いていった。
更衣室へと向かう途中で、先頭を歩くフィーネに突然ルーチェが声をかけた。
「フィーネ、ちょっといい?」
「何?」
フィーネは振り返ると、ルーチェの方を見る。
「あんた、さっきの授業での合格の条件にいつ気付いたの?」
ルーチェが尋ねたのは、他ならぬ先程の授業での合格の条件についてであった。ルーチェ自身、フィーネとエレナの連携を見てその条件に気付いたので、フィーネがどの段階でそこに気付いたのか少し気になっていたのだ。
しかし、当のフィーネからは意外な答えが返ってくる。
「いや、気付いたのは合格って言われた後よ。あの時はとにかく、意地でも一撃加えてやるって気持ちで一杯だったから」
「そうだったの?」
フィーネの意外な回答に、ルーチェは思わず間の抜けたような返事をした。しかしルーチェはその事に関しては深く疑問を抱かなかったのか、話題を合格の条件の事に移す。
「でも意外よね。あの先生がみんなに“協力”をさせようと仕向けるなんて。協調性とか無さそうだし、一番人の言う事とか聞かなさそうなのに」
ルーチェはやや毒を含んだように言ったが、聞いていたフィーネはそれこそ意外だと言わんばかりの様子で指摘する。
「そう?レクト先生は仲間との協力の大事さとか、よくわかってそうだけど」
「どうして?」
フィーネの意見に、ルーチェは疑問を隠せなかった。まだ出会って間もないが、ルーチェからすればレクトは仲間や協力といった事には無頓着、というより必要性を感じていなさそうだと思っていたからだ。
「だって先生は、魔王を倒すためにずっと“4人”で旅をしてきたんでしょ」
フィーネからは、もっともらしい言葉が返ってきた。その一言にルーチェは一瞬驚いたような表情になったが、的を射たフィーネの考えに納得したように目を瞑る。
「あぁ、それもそうかもね」
英雄レクトがただ力が強いだけの外道ではないという事を、ルーチェは少しだけ理解することができた。