決戦の地へ
「先生、体調は大丈夫ですか?」
「問題ない」
キャンプに戻ってきたレクトに対し、アイリスが開口一番で体調を尋ねた。当のレクト本人も十分な睡眠時間は確保できた上にエネルギー補給も済ませてあるので、言葉通りまったく問題のなさそうな様子で返事をする。
寝坊助のニナも含め既に全員が準備万端といった様子であり、レクトたちがやってくるのを待っていたようだ。合流したレクトの姿を見て、皆が気になっているであろう内容を今度はリリアが率先して尋ねる。
「それで、刀の方はどうなのよ?」
「そっちも問題ないな。むしろあまりにいい得物なんで、この国を救った報酬として持って帰りたいぐらいだ」
レクトはどうやら御神刀の使い勝手の良さを高く評価しているようである。しかしそれを聞いたサクラは、慌てた様子で手を振った。
「こ、国宝なのでいくらレクト様の頼みといえども…」
「単なる冗談だから。本気にしちゃ駄目よ」
レクトの冗談を真に受けているサクラに対し、ルーチェが冷静に指摘する。と、ここでベロニカがふとあることに気づいた。
「あれ、ハクレンさんいなくない?」
ベロニカの言う通り、ハクレンの姿がない。ただ単に今は席を外しているだけ、という可能性もなくはないのだが、そういうわけでもなさそうだった。
「そういえば、私たちも起きてからはハクレンさんの姿を一度も見ていないですね」
フィーネが思い出すように言った。ハクレン自身は生真面目な人間であるが故に「怖くなって逃げ出した」ということはまずないだろうが、こうも姿を見ていないと疑問に思うのは当然である。
しかし、その疑問に対してはサクラが答える。
「ハクレン様でしたら、夜明け前に城に向けて出発されました」
「なんで?何かあるの?」
サクラの返答を聞いて、ニナが更に質問を重ねた。しかしその理由についてはサクラも詳しくは知らないようで、首をかしげている。
「さぁ…?城に大事な用があるとおっしゃっていましたが、尋ねても“心配ご無用”の一点張りでしたので」
「この状況下での大事な用って何かしら」
ルーチェはあごに手を当てながら考えている。国政の重要拠点であるとはいえ、現段階で何の用事があるかなど他国の人間である彼女たちには想像もつかなかった。
とはいえ、今は呑気に考え事をしている時間がないのも事実であった。
『おしゃべりはそれぐらいで十分だろ。グダグダ話してる時間はねえんだ、さっさと行くぞテメェら』
皆を急かすようにエンスウが言った。だがレクトには1つ疑問があるようで、エンスウのことを見上げながらそのことについて尋ねる。
「それなんだが。鷹舞ヶ原に向かうって言ったってよ、結構な距離があるぜ。飛べるお前はいいとして、俺たちはどうやってあそこへ向かう?馬か?」
現在地から目的地である鷹舞ヶ原まではかなりの距離があり、それこそ徒歩で数十分などといったレベルではない。普通に考えればレクトの言うように馬を使うのが一番現実的な手段だろう。
一方、エンスウは待ってましたと言わんばかりの様子である方向へと顔を向ける。
『その点は心配いらねえ。アレを使う』
「なんだよアレ。デカい籠?」
エンスウの視線の先にあった大きな物体を見て、レクトは若干怪訝そうな様子で質問を重ねた。物体は縦横の幅が10メートル近くあり、レクトの言うように大きな籠のようにも見える。
『お前ら全員、あの籠の中に入れ。俺様が掴んで飛んでいってやる』
「おい、マジかよ」
エンスウの提案する想定外の移動方法に、流石のレクトも少しばかり動揺しているようだった。
「そもそもあんなもん、どうやって用意したんだ?」
巨大な籠を指差しながらレクトが問う。だがその質問に対してはエンスウではなく、横にいたエレナであった。
「元々は船で農作物を輸送するための籠だそうですよ。それを村の人々が徹夜で改造して作ってくれたとか」
「ありがてーハナシだな」
村の人間が何から何まで協力してくれていることを、レクトは改めて実感する。もちろん村人たちにとっては自分たちの国の一大事であるため協力を惜しまないのも当然のことであろうが、レクトの言うようにありがたいことであるのには変わりない。
だがそれとは別に、ある一点についてアイリスがエンスウに尋ねる。
「というか、さっき全員って言いました?」
『言ったよ。それがどうした』
「まさか、わたしたち全員を一度に運ぶんですか!?」
『愚問だな、ナースの嬢ちゃん』
言葉の通りアイリスの質問が愚問であったのか、エンスウは呆れたような様子で彼女のことを見ている。しかしアイリスはアイリスでエンスウの言い方に少し不満があったのか、ムッとした様子で言い返す。
「わたしはナースじゃなくてドクターです」
『そうかい。そいつは失礼した』
アイリスが訂正するもエンスウにとってはさしたる問題ではないのか、軽く受け流した上で話を続けた。
『俺様の脚力ナメんなよ。4、5トンぐらいの重さだったら余裕で運べるぞ。お前ら一人一人の体重なんてせいぜい数十キロ程度だろ?』
「一番重いのは80キロ近くある俺だろうな。次点ではベロニカがろくじゅ…」
「言わなくていいから!」
話の流れでさらっと体重を暴露しようとしたレクトを、ベロニカ本人が全力で止める。
「武器の分の重さを加味したとしても、1トンもないわよね」
「じゃあ余裕ね」
ルーチェの考察を聞いて、リリアが安心したように言う。しかしそれとは別に、レクトにはもう1つ懸念材料があった。
「これさ、絶対乗り心地悪いだろ。めちゃくちゃ揺れそうだぞ」
『緊急事態なんだ。贅沢言うなクソガキが』
やや嫌味がかったレクトの意見を、エンスウはバッサリと切り捨てた。
実際のところ、レクトの予想…というより嫌な予感はバッチリと当たっていた。
「やっぱすごい揺れてるじゃん!めっちゃ乗り心地悪いじゃん!」
『ギャーギャー騒ぐな!』
あまりの揺れの酷さに文句を言うベロニカを、エンスウが一喝する。やはりレクトの懸念通り、輸送用の籠の乗り心地はお世辞にも良いとはいえなかったようである。しかも状況が状況であるが故にエンスウも高速で飛行するものだから、余計に揺れの大きさが際立っていた。
「き、気持ち悪い…」
「だ、大丈夫ですか!?」
完全に乗り物酔い状態になってしまったのか、ルーチェの顔は真っ青になっている。アイリスとしてはなんとかしてやりたいのだが、あいにくと途中下車は不可であるのが現状だ。
『寒さだけでも俺様が何とかしてやってんだ!それだけでもありがたいと思えガキども!』
叱り飛ばすようにエンスウが言った。それを聞いて、レクトは合点がいったような表情を浮かべている。
「そうか。普通に考えれば今は上空にいるから、本来はかなり寒いはずなのか」
「火口の時とは逆に、気温を上げてるってことですね」
レクトの見解を聞いて、エレナも納得した様子だ。確かに本来であれば地上に比べて上空の気温はかなり低いはずなのだが、そういった寒さはまったく感じない。これも守護神であるエンスウのなせる技なのだろう。
「あははー!速いよ!めちゃくちゃ速いよ!」
「あんた、呑気でいいわね…」
1人だけ無邪気にはしゃぐニナを見て、リリアが呆れたようにつぶやく。
そうこうしている間にも、目的地までの距離はあと僅かとなっていた。
『もう少しで着くぞ。いつでも戦えるよう準備しとけよレク坊!』
「了解だ」
言われるまでもないといった様子で、レクトは返事をした。それを聞いたエンスウは、続けざまにサクラにも声をかける。
『あ、それと巫女の小娘』
「はい!エンスウ様!」
『昨晩教えた術は、ここだ!というタイミングになったら使うんだぞ。初っ端から使っても意味ないからな』
「はい。心得ております」
エンスウとサクラがお互いにしかわからない内容の会話を交わしていたので、レクトやS組メンバーは頭に疑問符を浮かべている。
「術?何の話だ?」
「封印術です。昨晩、エンスウ様に教えていただきました。それでカグツチを再び封印することが可能です」
「ほー、封印」
サクラの回答を聞いて、レクトは「盲点だった」とでも言いたそうな様子で声を漏らした。レクト自身は倒すことばかりを考えていたのだが、よくよく考えてみればこれまでカグツチは封印されていたのだから、倒した後に封印する必要があるのも当然といえば当然の話ではある。
「ただ、封印術を展開するにはカグツチを弱らせる必要があります。ですが残念ながら、私にはそのような力はないので…」
他人任せにしてしまうことに負い目を感じているのか、サクラは申し訳なさそうな顔をしている。とはいえ、別に彼女に非があるわけではないのだが。
「つまり、まずは俺が奴をボコせばよいと」
『そういうことだ』
レクトの述べた結論を、エンスウが肯定する。しかし、ここである点に気づいたレクトは率直にエンスウにその疑問をぶつけてみた。
「なぁ。今更こんなことを言うのもおかしいんだが、カグツチの野郎はお前だけで何とかはできないのか?」
『なるほど、そうきたか』
正に「今更」とでも言うべき疑問である。そんなレクトの質問に対し、エンスウはやや複雑そうに答えた。
『本音を言えばそうしたいのはヤマヤマなんだが、あいにく俺様も向こうさんも属性でいえば炎だからな。互いの攻撃はあまり効かないから決定打にはなりにくいし、そんなんでダラダラ戦ってたら周囲にとんでもない被害が出るのは目に見えてるだろ?』
「まぁ、そうだろうな」
エンスウの答えが想定の範囲内であったのか、レクトも納得したような様子である。
『その点、ボーボー丸も属性的にいえば炎なんだが、こいつは俺様の神としての力を大いにぶっ込んだ特別製だからな。相手が神だろうが炎だろうが、遠慮なくぶった斬れるスグレモノだ』
「そりゃあ頼もしいことで」
エンスウは自身の力を誇示するように語るが、レクトはやや棒読み気味に答えた。だがそんな事など気にも留めず、エンスウはふと思い出したように話題を変える。
『それとレク坊。例のソウゲンとかいう野郎が一緒にいたら、そいつはお前が倒せ。俺様は手出しできねえ』
「どうしてだ?」
エンスウの思いがけない発言に、レクトは不思議そうな表情を浮かべている。
『俺様たちみたいな神の間にも暗黙の了解というか、ルールってモンがあるんだよ。原則、人間が起こした問題は同じ人間に解決させるっていうのが鉄則でな。そのソウゲンとかいう野郎が人間である以上、落とし前は人間のお前がつけろって話だ』
「なるほど」
レクトにとっては意外な内容ではあったが、同時に筋の通った話であったためか特に不満はなさそうである。
「まぁ、そこは別に構わねえ。最初っからぶちのめす気だったからな」
立ち塞がるものは全て叩き潰す、が基本的なスタンスであるレクトにとってはさしたる問題ではないのだろう。
ところがここで、ある点について疑問を抱いたエレナが口をはさむ。
「待ってください!それなら、今回のようにカグツチが人間の領域を侵すのはその決まりに違反しているんじゃないですか?」
エレナの言うように、下手に神が人間に干渉してはいけないのであれば、今回の件は正にその決まりに反することになるのは明白である。だがエンスウの方はこれまた「何を今更」とでもいった様子でその質問に答える。
『そうだよ。そういうことを平気でしでかすようなヤツだからこそ、封印されたんだろうが』
「…納得です」
エンスウの回答を聞き、エレナは小さく声を漏らした。ところが、レクトもその点について納得いかない部分があるようだった。
「ちょっと待て。だとすると、昨日の俺とお前のバカ騒ぎはどうなる?」
昨夜の激闘を“バカ騒ぎ”と揶揄しながら、レクトは疑問をぶつける。神が人間と戦ってはいけないのであれば、レクトとエンスウの小競り合いもそのルールに接触することになるのはまず間違いない。
しかしエンスウは特に気にした様子もなく、平然とした態度で言い放つ。
『あれは俺様にケンカを売ってきたお前が悪い。俺様は売られたケンカを買っただけだからな』
「自分勝手な野郎だな」
エンスウの言葉に対し、レクトは率直に答えた。しかしそれを聞いたS組メンバーは、全員がレクトに対してあることを思い浮かべる。
(((あなたが言う!?)))
これほどまでに「自分の事を棚に上げる」という言葉が似合う事例もないだろう。だが、サクラだけは少し違った感想を抱いていた。
(エンスウ様とレクト様って案外、似た者同士なのかもしれませんね)