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先生は世界を救った英雄ですが、外道です。  作者: 火澄 鷹志
新任教師レクト編
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英雄 VS 優等生 ②

 レクトの発した一言にS組メンバーは全員、少なからず反応を見せる。特に一部のメンバーに関してはこれまで教師を馬鹿にした経験はあっても、教師に馬鹿にされた経験など無かったからだ。


「思ってたよりお前ら弱いな。教師を負かす程のレベルだって聞いてたのによ、期待して損したわ」

「何ですって!?」


 レクトのその挑発は非常に単純かつ安っぽいものではあったが、ごく一部のメンバーは見事に乗せられてしまった。特に先程からずっと躍起になっていたリリアは、レクトにとって面白いぐらいに食い付いてくる。


「上等よ!こうなったら絶対に一撃食らわせてやるわ!」


 リリアは声を荒げた。完全にレクトのペースに乗せられていたリリアだが、そんなムキになる彼女を見てルーチェは呆れ半分に注意する。


「落ち着きなさいリリア。ただの挑発よ」


 ルーチェの言うように、冷静に考えてみればただの挑発であるということは誰にだってわかる。だが当のリリアはすっかり頭に血が上ってしまっているようで全く聞き入れる様子はない。


「うっさいわねルーチェ!ここまでバカにされて落ち着けっていうの!?」


 半ば逆ギレのような状態でリリアが反発してきた。ルーチェもこれ以上指摘しても無駄だと感じたのか、肩をすくめるだけでそれ以上は何も言わなかった。


「おー、いいねえ。元気のいい成長期の小娘はそうでなくっちゃなあ、リリア?」


 レクトの方はそんなリリアを見て、更に煽るような態度を取る。それを聞いたリリアは余計に乗せられてしまい、これ以上ないくらいにレクトに向かって敵意をむき出しにした。


「あったまきた!!あたしは絶対にあんたなんか認めないわ!」


 激昂したリリアはより一層声が大きくなる。そんな面白いぐらいに思い通りになってくれるリリアを見て、レクトは笑いを堪えるのに必死であった。


 一方でレクトの挑発に乗ったのは1人ではなかった。もっとも、こちらは挑発に乗せられたというよりは単に火が付いたという感じではあるが。


「こんだけ強いってことは、やっぱりせんせーは本物のえーゆーなんだね!よーし、絶対に倒してやる!」


 躍起になっているリリアとは対照的に、ニナはやたらと張り切っている。その口振りからするとどうやら本気でレクトを倒す気のようだが、その横でアイリスがボソッと呟く。


「いや、どう考えても倒すのは無理だと思いますけど…」


 冷静に考えればそれが当然の意見なのだが、アイリスのその言葉は今のニナには全くといっていいほど通じなかった。しかもニナのその熱気に当てられたのか、ベロニカまで鼻息を荒くしている。


「いや、でもなんか次はいける気がする!というか、何とかなりそうだ!」


 ベロニカは拳を握って明後日の方向を向いている。その自信がどこから来るのかアイリスにはさっぱりわからなかったが、とにかくニナとベロニカの2名はリリアとは全く別のベクトルで気合い十分といった様子であった。


 皆各々の休憩時間を過ごす中、フィーネは1人何かブツブツと呟いていた。そんな彼女の様子を見て、エレナが声をかける。


「どうしたの、フィーネ?」


 英雄レクトとの余りにも大きな力の差を痛感して、もしかしてフィーネが少しおかしくなってしまったのではないかとエレナは若干心配していた。だがフィーネからは、思いがけない提案が持ちかけられる。


「エレナ、少し手を貸して。上手くいけば先生に一撃加えられるかもしれない」

「えっ?」


 その言葉にエレナは驚きを隠せなかったが、フィーネの目には何が何でもレクトに一撃加えてやるという強い意志が見てとれた。


 休憩しているS組メンバーの様子を眺めていたレクトであったが、ふと時計塔を見上げて5分経った事に気付く。


「おし、休憩時間終了。また10分やるから、ルールはさっきと同じな」


 その言葉を皮切りに、頭に血が登った状態のリリアが一目散に切りかかる。しかし当然の如くその攻撃はレクトに届くことはなく、簡単に防がれてしまう。


「リリア、お前はどうしてそう短絡的なんだ。闇雲に挑んだって無駄だとわかってる筈だろ?」


 最初は面白がっていたレクトも、代わり映えのしないリリアの動きにすっかり呆れた、というより飽きたような様子だ。一方で攻撃を弾かれたリリアは悔しそうな表情を浮かべ、レクトに悪態をつく。


「うるさい!うるさい!!」


 リリアは大声で反発し、頑なに認めようとしなかった。レクトもそれ以上は何も言わず、さっさと次なる挑戦者に備える。

 次に動いたのは、意外なことにそれまでは比較的攻撃頻度の少なかったエレナであった。鞭を大きくしならせ、レクトの正面からやや右側を狙う。最初のレクトのアドバイス通りにこれまでレクトの死角や背後から狙っていたエレナからすると、どう見ても甘い狙いの付け方であった。


「どうしたエレナ?さっきよりも狙いが甘いぞ…!?」


 言いかけて、レクトは途中で気付く。先程までエレナの鞭は隙間を縫うようにしてレクト自身を狙ったものであったが、今回は明らかに違っていた。大きく曲げるように放たれた鞭は、攻撃を弾こうとしたレクトの大剣の先端に巻きついた。


(かかった!)


 エレナの真の狙いはレクトに鞭を当てることではなく、レクトの武器に鞭を絡ませることであった。これこそがフィーネの考えた作戦であり、その僅かな隙をついてレクトに向かってすかさずレイピアを突き出す。


(やった!)


 ほんの一瞬とはいえ大剣が封じられている以上、攻撃を弾いたり盾にして防ぐことはできない。この一撃は完全に通ったとフィーネは確信する。

 だが英雄と呼ばれた男はそこまでは甘くはなかった。レクトは瞬時に大剣から左手だけを離すと、なんと突き出されたレイピアの先端を素手で掴んだ。


「えぇっ!?」


 予想の斜め上を行くレクトの行動に、思わずフィーネは声を上げてしまった。しかしレクトの方は間髪入れずにそのままフィーネに足払いをかける。あまりにも咄嗟の事だったのでフィーネは受け身をとることができず、その場で盛大に転んでしまった。


「今のは中々良かったぞ。相手が俺じゃなければ、上手くいってただろうな」


 そう言ってレクトはニッと笑うと、今度は剣に巻きついた鞭を掴み、勢いよく自身の方へと引っ張る。


「あっ!」


 つい先程の出来事に気を取られていたのもあり、引っ張られてバランスを崩したエレナはフィーネと同じように前のめりに転んでしまった。

 高速で突き出される細いレイピアの先端を正確に掴むなど、飛んでくる矢を目で見て掴むよりも難しい。並の素人どころか熟練の剣士でも困難な技術をいとも容易くレクトがやってのけた事に、周りで見ていた生徒たちも皆、信じられないといった様子で絶句している。


「もうちょっと、もうちょっとだったのに…!」


 フィーネはとても悔しそうな表情になりながら立ち上がる。援護したエレナも自分たちの作戦が失敗したことにがっかりした様子だ。だが、そんな2人にレクトからは意外な言葉がかけられる。


「フィーネ、エレナ、合格。向こうで休んでていいぞ」

「「えっ?」」


 突然の出来事に、2人は呆気にとられてしまった。もっとも、レクトが提示した条件は“武器で身体に触れる”か“合格と言われる”のどちらかでいいので、たとえ一撃加えるのに失敗しても合格と言われればそれでオーケーなのだ。

 あと一歩だったフィーネはともかく、手助けをしただけのエレナは自分も合格を言い渡された事を不思議がっている。


「先生、私も合格なんですか?」

「ん?あぁ、サポート点を評価みたいな感じ」


 そう言ってレクトは再び剣を構えた。とにかく合格はできたので、一安心した様子のフィーネとエレナは離れた位置に座り込む。

 一方で一連の流れを眺めていたルーチェは1人、何かに気付いたように呟いた。


「なるほど、そういう事だったのね」

「ルーチェさん、何かわかったんですか?」


 ルーチェが小声で発したのを聞き取ったのか、アイリスが尋ねた。ルーチェは小さな笑みを浮かべながら、自身が気付いたことをアイリスに説明する。


「この授業での合格基準よ」


 ルーチェの声は小さかったが、表情には自信が見てとれる。レクトが詳しく説明しなかった合格基準にルーチェがいち早く気付いたことに、アイリスは驚きを隠せなかった。


「えっ、どういう事です?」


 皆それまではただ単にレクトに一撃加えることしか見えておらず、レクトに合格と言われる条件など考えてもみなかった。だがフィーネとエレナの連携をみて、ルーチェはその合格の条件に確信を持てたようである。

 しかもそれだけではない。ルーチェの考えには更にもう1つの確証があった。


「アイリス、思い出してみなさい。先生が最初に補足説明した内容と、さっきフィーネとエレナがしてた事を」

「補足…?あっ、そういう事!?」


 ルーチェの説明に、アイリスも合点がいったようであった。気付いたのはいいがその余りにも単純かつシンプルな条件に、アイリスは少し間の抜けたような顔をしている。


「まったく、何でこんな単純なことに気付かなかったのかしら。我ながら情けないわ」


 ルーチェはぼやきながらも、リリアの方を見る。リリアは今日何十回目かわからない大声を出しながらレクトに挑むが、これまで同様あっさり返り討ちにあってしまっていた。そんな彼女に打開策を伝える為、ルーチェは声をかける。


「リリア、よく聞いて。レクト先生は…」

「うるさい!指図しないで!」


 ところがルーチェの言葉に耳を貸す事もなく、リリアは突っぱねた。どうやら躍起になり過ぎて完全に頭に血が上ってしまっており、周りの事など目に入っていない様子である。


「仕方ないわ、放っておきましょう。ああなったリリアは人の話なんて絶対聞かないしね」


 ルーチェはほとほと呆れた様子で、心配そうに見ているアイリスに声をかけた。アイリスの方もあの様子のリリアには何を言っても無駄だと理解しているのか、その事に関しては一切言及しない。


「ニナさんとベロニカさんはどうします?」


 リリアとは別に無我夢中でレクトに挑み続けるニナとベロニカを遠目に、アイリスが尋ねた。今もニナが雄叫びを上げながらレクトに特攻し、見事に玉砕している。


「それも放っておくわ。あの2人、夢中になりすぎて本気でレクト先生に一撃加える気になってるもの。その努力だけは認めてあげないと」


 ルーチェから返ってきた答えは冷めたものであった。もっとも、これに関しては無謀に挑み続けることに対する呆れ半分と、何度やられても諦めないことに対しての感心が半分といったところだ。


「私たちは先生に一撃与えるよりも、()()()()ことを目指すわよ」


 レクトに一撃与える…もとい合格するためにルーチェは自分の考えた作戦をアイリスに伝えると、2人はすぐさま行動に移した。

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