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先生は世界を救った英雄ですが、外道です。  作者: 火澄 鷹志
炎の修学旅行編
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運命の朝

 時刻はちょうど朝の5時半、朝日も昇り始めている。

 時間的には早朝であるものの、既に起床していたエレナとフィーネの2人は三度みたびエンスウのいる火口への道を歩いていた。フィーネの手には何やら小きなかごが握られている。


「結局、先生たちはテントの方には戻ってきてなかったわね」


 心配そうな様子でフィーネがポツリと言った。あの後、レクトとベロニカを除いたS組メンバーおよびサクラは村の人々が用意してくれたテントで休んだのだが、彼女の言うように朝になってもレクトとベロニカがテントに戻ってきた気配はなかった。


「まさか、本当に徹夜したとかじゃないわよね?」

「どうかしら。一応、後で休むって言ってたから少しは寝てるとは思うけど…」


 フィーネの心配に対し、エレナが自身の見解を述べる。ただ、昨日は気づかなかったが、よくよく考えてみればレクトとベロニカがいるのはすぐ横でマグマが煮えたぎっている火口なのだ。そのような環境下で十分な睡眠が取れるかどうかというのも不安が残る。

 そんな話をしているうちに、2人は祭壇へとたどり着いた。そこで見た光景に、思わずフィーネは声を漏らす。


「あ…!」


 2人の視線の先では、祭壇の台座に背中を預け、レクトが座ったまま寝息を立てている。だがフィーネが驚いたのはそこではなかった。というのも、レクトの横では彼の左肩に寄りかかるようにしてベロニカが眠っていたのだ。


「ベロニカも意外と大胆なことするわね」

「う、うーん…」


 冷静なエレナに対し、フィーネは複雑そうな表情を浮かべている。別に嫉妬しているだとか、不埒だと言いたいわけではないのだが、フィーネには1つ気がかりなことがあった。


「なんか、起こすのも可哀想な気もするわね…」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ」


 フィーネの小さな心配を、エレナが一蹴する。実際、状況的には余裕があるわけでもないのでエレナの意見は正しいのだが。

 2人は祭壇の元へと歩み寄り、レクトとベロニカを起こそうと試みた。


「先生、起きてください」

「ベロニカ、起きなさい」


 それぞれフィーネがレクトを、エレナがベロニカを起こす。幸いなことにレクトもベロニカも寝起きは悪い方ではないので、起きるまでそう時間はかからなかった。


「ん…フィーネ…?」

「なに…朝…?」


 ほぼ同時に、レクトとベロニカが目を覚ます。座りながら眠っていたからだろうか、レクトが気だるそうな様子で右の肩を回すとゴキゴキと小さな音が鳴った。

 その一方で、寝ぼけた様子のベロニカはその音に反応して自分の左側に視線を向け、3秒ほど思考する。そうしてようやく状況を理解すると、顔を赤くしながら急に立ち上がって自分を起こしたエレナの方を向いた。


「ちちち違うんだ!これは!その!布団とか無いから!センセイが寒いんじゃないかと思って!」

「火山なんだから寒いわけがないでしょうが」


 テンパっているベロニカを、呆れた様子のエレナがバッサリと斬り捨てる。いとも簡単に論破されて必死に次の言い訳を考えているベロニカであったが、エレナにしてみれば大した問題ではなかった。


「というより、今はそんなことはどうだっていいのよ。もう夜が明けちゃったし、向こうがいつ攻撃を開始してもおかしくないんだからね」

「そ、そうか…」


 自分がレクトの横で寝ていた事があっさりスルーされたので、ベロニカはどことなく安堵したような様子でため息をついた。と、ここでフィーネがある事に気づく。


「そういえば先生、エンスウ様は?」


 昨晩は祭壇のすぐ前に鎮座していたはずのエンスウが見当たらない。だがレクトは特に気にした様子もなく、自分のコートに付いた砂埃を手で払いながら立ち上がる。


「あぁ、あいつなら多分…」

『呼んだかぁー?』

「わっ!」


 レクトの言葉を遮るようにして、エンスウがマグマの中から勢いよく飛び出してきた。それにびっくりしたフィーネは思わず声を上げてしまう。


「やっぱしマグマの中で寝てたのか」


 驚いているフィーネやエレナとは対照的に、レクトは予想通りといった反応である。しかしレクトの考察に1つ誤りがあったようで、エンスウはそれを否定する。


『いや?マグマの中に潜ってたってだけで普通に起きてたぜ?何しろ500年寝たんだからな。1晩や2晩の徹夜なんて大した問題じゃねえ』

「そういうもんか」


 レクトは一応は納得したような返事をするが、なにぶん神と呼ばれる存在の時間感覚など人間には理解できる筈などないし、言われたところでピンとこない。


『大体よぉ、俺様の力が無ければこの灼熱の火口で人間がグッスリ寝るなんて無理な話なんだぜ。誰のおかげでしっかり休憩できたと思ってんだ?』


 エンスウが得意気に話す。その話を聞いて、今更ながらエレナとフィーネがある事に気づいた。



「そういえば、最初にここへ来た時と比べるとあんまり暑くないですね」

「本当。どっちかというと、暖かいって感じ」


 最初にここへ来た時はまるでサウナのような暑さであったのに、その時に比べると今はさほど暑くはない。体感温度でいうと30度を下回るくらいであろうか。


「まさか、お前がこの火口の温度を調節してるのか?」


 レクトがエンスウに問う。灼熱の火山を人間でも過ごしやすい気候に変えるなど、常識的に考えて不可能なことだ。魔法を使ったとしても相当な術師でないと無理な話である。

 問われたエンスウは、胸を張るようにしてレクトに答えた。


『俺様にかかりゃ、気温と気圧の操作なんざちょろいもんよ』

「おぉ…なんか神様っぽい…!」


 まさに神の所業としか言いようがないエンスウの力を目の当たりにして、ベロニカが少しばかり感動したような様子で声を漏らす。だが何を思ったのか、それまで自慢気に話をしていたエンスウの声が急に不機嫌そうなものに変わった。


『しかしまぁ、つまらんことにレク坊も赤毛の嬢ちゃんも結局発情しないでそのまま寝ちまいやがんの。色々とおっぱじめたら、絶頂してるイイ感じのところでおどかしてやろうと思ってたのによう』

「お前、守護神の名を返上した方がいいぞ」


 残念そうに語るエンスウに、レクトが辛辣しんらつなツッコミを入れた。一方でベロニカは恥ずかしそうにうつむいている。

 そんなやりとりはさておき、フィーネは思い出したように持っていた籠を探り始めた。


「そうそう。先生とベロニカに朝ごはん持ってきましたよ」

「おっ、そいつは助かる」


 思いがけない差し入れに、レクトの声のトーンが僅かに上がる。

 ところが、てっきり昨日の夜食の残りだと思っていたレクトの予想に反して、フィーネが籠から取り出したのは切ったパンの間に具を挟んだサンドイッチのようなものであった。ただし野菜と一緒に挟んであるのは肉ではなく、魚の切り身を焼いたものであるが。


「思いっきりパンじゃん。この国の主食は米だろ?」


 手を拭くための布巾と一緒に朝食のサンドイッチを渡されたレクトは、率直な疑問を口にする。大陸の人間であるレクトにとっては確かに米よりもパンの方が馴染み深いのだが、やはりヤマトにこのようなサンドイッチが存在している事が不思議に感じるのだろう。


「お米の粉から作ったパンだそうですよ。大陸から来た観光客向けに販売しているものを買ってきたんです」

「なるほど。おっ、結構美味い」


 エレナの説明を聞きながら、レクトはサンドイッチを口に運ぶ。どうやら反応からして味も悪くないようだ。


「はい。ベロニカも」

「おう、サンキュ」


 フィーネはベロニカにも同じサンドイッチを渡す。ところがベロニカがサンドイッチに口をつけたところで、それまで黙って様子を見ていたエンスウが唐突に口を開いた。


『そんで桃色嬢ちゃんよぅ。俺様の分は?』


(桃色嬢ちゃんって…)


 エンスウのフィーネに対する呼称を聞き、エレナが少し呆れたような表情になった。もっとも、昨夜のリリアに対するパツキン嬢ちゃんや先程のベロニカに対する赤毛の嬢ちゃんという呼び方から、エンスウは相手に対する呼称を見た目で決めていることは容易に想像がつく。

 当のフィーネ本人もそれが自分のことであると理解はしているようで、反論もせずエンスウに返答をする。


「今、村の人たちが新鮮なフルーツを運んでる最中です。少し離れたところにあるビワ農園の人たちから、エンスウ様に捧げるためにたくさんのビワを貰ったと言っていました」

『ほう、そうかい。そいつは楽しみだ』


 自分の食事もしっかり用意してくれていると知って、エンスウは満足そうである。

 だが、それまで穏やかな態度であったエンスウの雰囲気が急に変わった。エンスウはまるで何かに気づいたかのように首を持ち上げ、西の方角を見つめる。


「どうかしたんですか?」


 ただならぬ雰囲気を感じたのか、フィーネはエンスウに尋ねた。問われたエンスウは数秒の間黙ったままであったが、やがて何かを確信したように再びフィーネの方へと視線を向ける。


『嬢ちゃん、残念だがビワは後回しだ』

「えっ?」


 エンスウはわけがわからずキョトンとしているフィーネを余所よそに、今度はレクトの方を見た。ちょうどレクトはサンドイッチを食べ終えたところのようだ。


『レク坊、よく聞け。今、西の方で大きな気配の動きがあった。おそらく奴だ。この様子だと1時間もせずに中心街まで辿り着くだろう』

「いよいよか」


 エンスウから決戦のときを知らされ、レクトの顔つきが変わった。フィーネたち3人も状況を理解し、空気が張り詰めたようになる。


『白鴎山と中心街の間には大きな平野があるからな。あそこなら十分な広さがあるし周囲にも被害は出ないだろうから、先回りして迎え撃つぞ』

「鷹舞ヶ原のことだな。いいだろう」


 エンスウの考えに、レクトも異論はないようだった。ちょうど2日前に観光で訪れたばかりなので、エンスウが言っている場所がどのような土地であるのかはきっちり理解している。

 ところがここで、ふとエレナが今は必要ではないある事を思い出す。


「鷹舞ヶ原って確か、前に先生たちがサムライの大軍相手に大暴れしたっていうあの平野ですよね?」

『何しでかしたんだレク坊、お前』


 レクトのとんでもないエピソードを聞かされ、エンスウが呆れたように言う。しかしこの事に関してはレクトの方にも多少なり反論があった。


「大暴れしたのは俺じゃない。連れの幼児体型魔術師だ」

『いや、誰だよ。知らねえし』


 レクトに言わせれば高威力の魔法を容赦無くぶっ放して大暴れしたのは他ならぬ仲間のカリダなのだが、生憎と昨日まで眠りについていたエンスウは彼女のことを知る筈などない。もっとも、レクトの方もそれは理解しているのでこれ以上説明する気もないのか、さっさと話題を変える。


「ってか、いいのか?お前、メシがまだだろ」


 自分たちだけ食事を摂っておいて、守護神であるエンスウは捧げ物のビワがお預けというのもどうかと思うというのがレクトの意見であった。しかしエンスウはまったく気にした様子もなく、きっぱりと言い切る。


『問題ねえな。睡眠と同じで俺様の生活サイクルは人間どもとは違うからな。ぶっちゃけた話、そんなに空腹でもねえし』

「そうかい。なら心配はいらねえな」

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