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先生は世界を救った英雄ですが、外道です。  作者: 火澄 鷹志
炎の修学旅行編
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御神刀の真の姿

 火口にある祭壇の前では、エンスウが暇を持て余した様子でレクトたちのことを待っていた。


『遅かったじゃねえかレク坊。ボーボー丸ならとっくに仕上がってるぜ』


 そう言って、エンスウは自分のすぐ前にある祭壇に目を向ける。その上には鞘に収まったままの刀が置かれているのだが、今の状態ではこれといって何かが変わったようには見えない。

 相変わらずセンスの感じられない刀の名前をスルーしつつレクトは祭壇の前に歩み寄り、刀を手にする。


「抜いてみてもいいか?」

『おう、見てみな』


 エンスウに促され、レクトは鞘から刀身を引き抜く。あらわになったその刀身を見て、レクトだけでなく後ろにいたS組メンバーたちも驚いたような反応を見せた。


「こいつはまた…」


 刀身を目の当たりにしたレクトが、小さく呟いた。というのも、ほんの1時間ほど前までは黒ずんでいた筈の刀身が、まるで刀鍛冶が鍛え上げている最中であるかのように赤熱した色合いになっていたからだ。

 レクトは鞘を床に置くと、その場で刀を2、3回軽く振ってみる。それで特別、目に見える何かが起こったという訳ではなかったが、レクト自身は何かを感じ取ったのか静かに笑っていた。


「センセイ、どんな感じ?」


 やはり気になったのか、ベロニカがレクトに尋ねた。質問を投げかけられたレクトは、御神刀を鞘に納めながら振り返る。


「なんだろうなぁ、言葉にしにくい感覚だ。とりあえず絶大な力があるってのは何となくわかるんだが、具体的に何が凄いかって聞かれるとちょっと難しいな」

「神聖な感じってことですか?」


 やはりというべきか理解しづらかったのだろう、今度はエレナが尋ねた。しかしレクトにとってもしっくりくるような言葉ではなかったのか、否定こそしないものの首をかしげている。


「うーん、そうなのかな?もしかしたら聖剣グラニを持ってたルークスの奴もこんな感覚だったのかもなぁ」


 レクトは同じような境遇であったルークスの名を挙げた。もっとも、本当に同じ感覚なのかどうかは実際にルークス本人に聞いてみないとわからないだろうが。


「そういえば、先生は聖剣グラニに触ったことはないんですか?」


 ふと思い出したように、アイリスが尋ねた。しかしレクトは否定するかのようにヒラヒラと手を振る。


「あるって言えばあるけど、触った瞬間にバチッて手を弾かれた。やっぱしあの剣は伝承通り、心に一切のけがれが無い人間にしか触れないんだろう」

「あー…」


 レクトの答えを聞いて、アイリスだけでなく生徒たち全員が納得したような、なんとも言えない表情になった。続いて、ルーチェが真顔で口を開く。


「洗脳を解除するためとはいえ躊躇ちゅうちょなく女子のパンツをぎ取れる人間の心に穢れが無いなんて、まずありえないことですからね」

「ルーチェ、お前かなり根に持つタイプだな」

「あれを笑って許す人間なんていないと思いますが」


 ルーチェに嫌味たっぷりの口調で毒を吐かれ、レクトはやれやれといった様子で肩をすくめる。


「で?この後はどうすればいい?刀だけもらっていざ決戦!ってわけにもいかないんだろ?」


 レクトはエンスウに尋ねながら、まるで御神刀が既に自分の物であるかのようにさっさと背中に戻す。もっとも、現状は扱える人間がレクト以外にいないので誰も何も言わないが。


『そうだな。既に話は聞いてるかもしれんが、本来であればこの刀は完全に使いこなすまでに数年の修行が必要だ』

「数年どころか、夜明けまであと数時間しかないじゃない」


 エンスウの“数年”というワードを聞いて、リリアが一番の問題点を指摘した。既に日付は変わり、夜明けまではあと5時間前後といったところだろう。ところが、言い出したエンスウはあまり心配した様子は見せていない。


『いや、その点についてはなんとかなると思うぞ』

「どういうことだ?」


 思いがけない発言を聞いて、レクトがエンスウに問う。他の皆も同じような反応を見せている。


『そもそもこの刀の本来の担い手である神官っていうのは戦闘を生業とするような職業じゃないからな。修行といっても戦いに対する心構えとか刀の使い方とか、いわゆる戦闘に関連したものが多い。もちろん、基礎体力の向上とかも当然のようにあるぞ』

「へぇ」


 エンスウの説明を聞いて、レクトは小さく声を漏らした。しかし修行の内容を聞いて疑問に思う部分があったのか、今度はフィーネがエンスウに尋ねた。


「体力とか技術はわかるんですけど、心構えの修行も必要なんですか?」

『当たり前だ。いざ戦闘になった途端にブルって腰砕けになったりしたら話にならないからな』

「なるほど」


 エンスウの答えを聞いて、フィーネは納得したような表情を浮かべる。多少なり戦闘に心得のある自分たちでも、いざ大型のモンスターとの戦闘になるとやはり恐怖心が全く無いと言えば嘘になる。そう考えると、国の危機に立ち向かわなければならない神官の心構えというのは想像もできないほどの重圧であるというのは想像に難くない。


『だがレク坊、その点に関してはお前は文句無しに合格だ。修行なんざ必要ないくらいに強さも申し分ない。パワー、スピード、テクニック、フィジカル、おまけに度胸と、どれをとっても歴代の神官を上回ってる。それこそ、はっきり言って異常なレベルだ』

「やっぱり先生の強さって、神様から見ても異常なんですね」


 エンスウのレクトに対する評価を聞いて、エレナが言及する。実際、決着はつかなかったものの、エンスウとほぼ互角に渡り合っていたことを思い返せばそれも何ら不思議ではない。

 改めて、エンスウは本題について触れる。


『話を戻すぞ。確かにレク坊には修行は必要ないとは言ったが、それでもこの刀は扱い方が少しばかり特殊なんでな。多少は練習して身体を慣らしておいた方がいいと思うってのが俺様の意見だ』

「なるほどな。そういうことなら俺も同意見だ」


 レクトの方も特に異論は無いようだった。そしてレクトはS組メンバーとサクラの方を見ると、真剣な様子で口を開いた。


「お前らはもう寝ろ。流石に眠いだろうが」

「ねむい〜」


 レクトの言葉を聞いて急に眠気を思い出したのか、ニナが目をこする。既に時刻は真夜中と呼べる時間帯であるので、眠いのは当たり前であるのだが。


「先生はどうするんですか?」


 フィーネがレクトに尋ねる。“お前らは”ということは、レクト自身はまだ寝ないつもりだというのは明らかだ。しかしレクトは少し呆れたような様子で答える。


「んなもん、聞かなくてもわかるだろうが。俺は天翔光翼こいつを身体に馴染ませてから休むことにする」


 そう答えながら、レクトは右の親指で背中にある御神刀を示した。もっとも、先程の会話の流れからすれば当たり前の回答ではあるし、質問したフィーネ自身もわかっていて聞いたのだが。


「徹夜とかはしないで、少しぐらいは睡眠もとってくださいよ?いくら先生が強くても、人間である以上は睡眠不足で集中力が低下するなんてことは十分に考えられますからね」


 主治医らしく、アイリスが注意をした。正論であるからだろうか、それを聞いたレクトも反論はせずにやれやれといった様子で答える。


「わかったって。最低でも3時間は寝るようにしとく」

「絶対ですよ?」


 少しばかり信用のならないレクトの返答に、アイリスは更に釘を刺す。そんな中、唐突にベロニカが名乗りを上げた。


「じゃ、じゃあさ。アタシが一緒にいればいいだろ?」

「あんたが?一体何すんのよ?」


 リリアが怪訝そうにベロニカを見る。他のメンバーも止めることはしないまでも、“なんで?”ぐらいは言いたそうな表情である。


「いや、センセイが無茶しそうになったらアタシが止めるからさ。それでいいだろ?」

「だったらわたしが…」


 ベロニカの話を聞いて彼女に無理をさせたくないと思ったのだろう、今度はアイリスが名乗り出る。しかし、ベロニカはそれを制止するようにアイリスに向かって軽く手を振った。


「ダメダメ、アイリスは治療担当じゃん。だったら何があってもすぐに対応できるようにしなきゃならないから、一番睡眠が必要なのもアイリスってことになるんじゃない?」

「そ、それはそうかもしれませんけど…」


 ベロニカの言う事にも一理あったので、アイリスは言葉に詰まってしまう。一方で他のメンバーはベロニカの意見に対し、納得したような様子であった。


「そういうことなら、あたしはベロニカの意見に賛成だけど」

「そうね。何かあった時のためにもアイリスは休んでおいた方がいいと思う」


 リリアとルーチェがベロニカに賛同する。2人の意見を聞いてアイリスも納得したのか、それ以上は何も言わなかった。


『だがよう。言っちゃあなんだが赤毛の嬢ちゃんがここに残ったって多分手伝えることなんざ無えぜ?』


 横槍を入れるようにエンスウが言った。とはいえ、決して嫌味というわけではなく率直に事実を言っただけなのだろう。ベロニカ自身もそれは理解しているのか、首を横に振った。


「ううん、見てるだけでいい」

『そうかい。んじゃ、好きにしな』


 エンスウとしては別にどちらでも構わないのだろう、ベロニカに対してそれ以上は何も言わなかった。


「それじゃあ、私たちは行きましょうか」


 フィーネが率先して、皆を促すように言った。その言葉を皮切りにメンバーとサクラ、ハクレンはその場を後にするが、その中でアイリスだけが急に立ち止まり、レクトの方を向く。


「先生、ちゃんと休んでくださいね」

「わかってるっての」


 再三アイリスに念を押され、レクトは少し呆れたように右手を軽く上げた。

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