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先生は世界を救った英雄ですが、外道です。  作者: 火澄 鷹志
炎の修学旅行編
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束の間の休息

 レクトたちがエンスウの待つ火山へと戻ると、祭壇の入口付近に何やらテントのようなものがいくつか張られていた。テントの前には簡易的なテーブルも用意されており、近くの村の住人と思わしき人々がせっせと作業をしている。


「あっ!レクト様、皆さん、こちらです!」


 テーブルの前にはサクラが立っており、レクトたちに向かって手を振った。隣にはハクレンもいる。


「あれ、刀はどうした?」


 開口一番、レクトは御神刀の所在を尋ねた。サクラがここにいるということはおそらく刀を鍛え直す作業は終わったということなのだろうが、肝心の御神刀自体はここには無いようだ。


「御神刀ならエンスウ様がお持ちです。皆さんの夕食がまだであることをお話ししたところ、“先に腹ごしらえをしてから来い”とおっしゃっていました」


 レクトの疑問に、サクラが答える。事情を聞いたレクトは、多少ではあるがエンスウに対する認識を改めた。


「そういう気遣いはできんのか、あの焼き鳥神」

「焼き鳥神って…」


 レクトのエンスウに対する蔑称べっしょうに、エレナが呆れたような声を漏らす。


「そういうわけで皆さん、先程サクランボを運んできた村の者たちが食事を用意してくれましたぞ」


 そう言うハクレンのすぐ横のテーブルの上では、大きな皿に乗った食事が並べられている。村人が用意してくれていたのは大量の握り飯に芋の煮物、それと保存食であろう漬物といったような物だった。


「申し訳ありませんサクラ様、ハクレン様。急だったので、このような物しか用意できず…」


 食事を用意した村の女性が、申し訳なさそうに2人に向かって頭を下げた。しかし、サクラはとんでもないといった様子で首を横に振る。


「いえ、とてもありがたいことです。皆様のご厚意、頂戴致します」

「サクラ様の仰る通りですぞ。村の皆には何から何まで協力してもらいましたからな」


 サクラに同調するように、ハクレンもうんうんと頷く。実際、これからまた大きな戦いがあるかもしれないというこの状況下で十分な食事にありつけるというだけでもありがたいことなのは間違いなかった。


「うん!美味しいよ!」

「あんたは手が早いのよ」


 話の途中で既に食事に手をつけていたのであろう、両手に食べかけの握り飯を掲げるニナに対しリリアが容赦のないツッコミを入れる。

 そんな2人のやり取りを見て、ハクレンが穏やかな様子で口を開いた。


「まぁまぁ。皆さんも空腹でしょう。ここは村の者たちの好意に甘えて、いただこうではありませんか」

「それもそうだ」


 ハクレンの提案に対し、レクトも賛成のようだ。だがここで、サクラが何かに気づいたような表情になる。


「ところでレクト様。もしかして休憩中に何かあったのですか?」


 見た目にはわからないが、それでも雰囲気で何かを感じ取ったのか、サクラが心配そうな様子でレクトに尋ねた。当のレクトは腕を組みながらうーんと小さく唸ると、少し考えて組んでいた腕をほどく。


「まぁ、あったと言えばあったな。とりあえず、飯でも食いながらこれまでの状況を整理しておくか」


 レクトのその言葉を聞いて、皆も同調するように頷く。1人だけ既にばくばくと握り飯を食べ進めているニナに続き、他のメンバーたちも用意された食事へと手を伸ばした。


 


 


 ひとまずは食事を終え、ほんの数十分前に起こったカゲロウのなれの果てである怪物の襲撃についてレクトが簡単に説明する。


「そうですか、そのような事が…」


 話を聞き終えて、サクラがぽつりと言った。とはいえレクトの活躍により被害らしい被害は無かったので、この点については不幸中の幸いであるといえよう。だが、それでも大きな問題であることには変わりない。


「俺にとっては何てことない相手だったが、それでも一般人にしてみれば十分な脅威きょういだろうな。仮にあんなモンを大量に産み出されでもしたら、この国は終わりだぜ」


 レクトの言うように、例のカゲロウのなれの果てである怪物も一般人にとっては強大な化け物であることには間違いない。サクラとハクレンは実際に見たわけではないが、それでも事の重大さは十分に伝わっているようだった。

 ここで、今度はレクトの方が質問を投げかける。


「それでハクレン。さっきはゴタゴタしててあまり聞けなかったが、街の様子はどうだった?」


 カグツチ復活の件の後、この中で一旦街へと戻っているのはハクレンだけである。あの後は街が直接襲われたということは無かったが、なにぶん国家元首が殺害されたとあっては国そのものが混乱するのも当然ではある。

 ハクレンは少し難しい顔をしつつも、落ち着きはらった様子で口を開く。


「将軍様が亡くなられて一時は大混乱していたようでしたが、仕えていた家臣たちが迅速に対応したおかげで国の機能が麻痺するということにまではなっておりませぬ。将軍様が亡くなられたことや今回の争乱ついても、この件が全て終われば改めて他国に向けて発表するとのことです」

「そうか」


 ハクレンの話を聞いて、納得したような様子でレクトは静かに答える。確かに国家元首が亡くなったというのは国にとって一大事ではあるのだが、今はそれどころか正に国の存亡に関わる状況なのだ。


「ただ、依然として国が危機に晒されている事実に変わりはありませんからな。事態を全てを丸投げてしまうようで申し訳ありませんが、後はレクト殿になんとかしてもらうしか…」


 申し訳なさそうにうなだれながら、ハクレンが言った。

 国の命運を任されるなど、常人にとってはとても耐えられるような重圧ではない。だがそこはレクト、全く動揺することなく断言する。


「気にすんな。一国を救うのは人生で4回目だ。3回も4回も大して変わりはしねえ」

「うわ、大物発言!」


 レクトの常識外れな発言を聞いて、ベロニカが大きな声を上げた。普通に考えれば冗談のようにも聞こえるが、この男の場合はおそらく素で言っているに違いない。


「というか、そもそも先生は大物なんじゃないの?」

「そうね。いつも一緒にいると偶に忘れそうになるわ」


 エレナとルーチェがもっともなことを言う。やはりS組メンバーにとってレクトは身近な存在になりすぎたせいか、彼がとんでもない身の上の人間であるということは今更あまり意識できないようだ。

 そんなことはさて置いて、ハクレンの口からは思いも寄らない話が飛び出す。


「それとサクラ様、レクト殿。先程は話すタイミングがありませんでしたが、城に潜伏していた内通者の正体がわかりましたぞ」

「本当ですか!?」


 ハクレンの話を聞いて、サクラが驚きに満ちた声を上げた。それとは正反対にレクトの反応は薄かったが、ハクレンの話は続く。


「ええ、将軍直属の部隊の侍の1人でした。かつてシュラ…いえ、教団の長であるソウゲンの部下だった男です」

「つまり、部下と共に将軍様の下へ潜入していたのですね」


 ハクレンの話を聞いたサクラは、心当たりがないか自身の記憶を思い返そうとする。しかし残念ながら該当するような人物はいなかったようで、すぐさま諦めたように目を伏せた。


「予想通りだな。俺たちの動きがある程度読まれてたのも当然といえば当然か」


 レクトはレクトで全く驚いた様子を見せず、想定通りといった反応である。


「その内通者だという男はどうしたのですか?何か有力な情報が聞き出せたのでは?」


 サクラがハクレンに尋ねた。もちろん、それについてはサクラだけでなく皆が気になっているところではある。だがハクレンは静かに目を閉じ、首を横に振った。


「残念ながらその男は自分が内通者であるということが発覚するや否や、その場で自決したとのことです。所持していた物の中にもこれといって有力な情報になりそうなものはありませんでした」

「そうですか…」


 めぼしい情報が得られなかったことで、サクラの表情は落胆の色に変わる。しかしそんな空気を打破するかのごとく、レクトは拳を手のひらに叩きつけた。


「そもそも、もう向こうの情報なんざ必要ねえんだよ。こうなった以上、あとは火神カグツチを叩き潰せば全部片が付くだろうが」


 レクトの発言を聞いて、サクラとハクレンの表情が一変した。その表情には驚嘆と期待が見て取れる。一方でS組メンバーは特に驚いたような様子もなく、正に「いつも通り」とでも言わんばかりの様子である。


「さっきの国を救う云々もそうですけど、神とも呼べる存在を叩き潰すなんて発言、普通ならありえないですよ?」


 少し呆れたようにフィーネが言った。もっとも、彼女はレクトの発言そのものを疑っているわけではない。単純にスケールが大き過ぎることに対しての軽い皮肉のようなものだ。


「俺は有言実行の人間だから、やると言ったらマジでやるぞ」

「知ってます」


 レクトの発言に対し、フィーネはぴしゃりと答えた。そもそも、レクトがやると言って失敗するなど彼女たちにとっては想像できないというのも事実だ。


「よし、それじゃ行くとするか」


 そう言って、レクトはエンスウが待っていうであろう祭壇の方角を親指で指し示した。

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