表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
先生は世界を救った英雄ですが、外道です。  作者: 火澄 鷹志
炎の修学旅行編
146/152

盲信の果てに

 レクトが話を止めたことを不審に思った生徒たちだったが、その理由はすぐに明らかになった。


「何!?この音!?」

「木が倒れる音…?」


 遠くから聞こえてくる音に反応して、リリアとフィーネが周囲を見回す。フィーネの言うように、音は確かにバキバキと木が倒れるようなものであった。音はだんだんとこちらへ近づいてきており、はっきりと聞こえるようになった時点で今度は大きな奇声までが聞こえてくる。


『ゲギャギャギャギャアアアァァァ!!!』


 少なくとも、獣の声ではないのは確かであった。だがそれは、本当に人間のものかどうかというのも疑わしいほどに不気味なものであった。

 そして、ものの数秒で奇声の主はS組メンバーの前へと姿を見せる。


「な、何あれ!?蜘蛛くも!?」

「体が燃えてる!」


 木々をなぎ倒しながら現れた襲撃者を見て、エレナとニナが思わず大きな声を上げた。2人の言う通り、目の前に現れたのは数メートルはあろうかという巨大な蜘蛛のような怪物で、体の一部には火をまとっている。更に前脚は左右非対称な蟷螂かまきりの鎌のような形状になっており、もはや生物としてはかなり異質な姿である。


「あ!あいつ!昼間の司祭!」

「確か…名前はカゲロウ!」


 真っ先に気づいたベロニカとアイリスが叫ぶ。

 そう、その怪物のもっとも驚くべき部分は頭部だけは人間のものであり、多少変形してはいるもののその頭部も全員に見覚えがある人物のものであったということであった。


「こっちに来るわ!」

「ぶ、武器!武器!」

「わあぁ!急いで!」


 カゲロウらしき怪物が鎌を振りかざしながら真っ直ぐにこちらへ向かって来るので、皆焦ったように湯から出ようとする。当然のことながら武器など持っているはずもないので、対抗する手段がないというのも致命的だ。

 もっとも、そのためにわざわざ護衛がついているわけであるが。


『グギャアアアァァァ!!!』


 振りかざした鎌を一瞬で切り落とされ、怪物はもだえ苦しむように叫んだ。

 だが、切り口からは赤い鮮血ではなく黒ずんだ紫色のような液体が吹き出している。どうやら目の前にいる怪物は、少なくとも人間ではなくなってしまっているようだ。


「下がってろ」


 鎌を切り落とした張本人は、大剣を右手に握ったまま前に出る。既に戦闘態勢に入っているレクトは、落ち着いた様子で剣を構えた。


「先生、一体どうなってるんですか!?なんであんな化け物の姿に!?」


 皆が思っているであろう疑問を、フィーネが口にした。しかしその理由まではレクトにもわからないのだろう、フィーネの方を軽く一瞥いちべつすると再びカゲロウのなれの果てらしき化け物を見る。


「さぁな。原理はよくわからんが、おそらくカグツチに何かされたんだろう。見た感じ、穏やかではなさそうだが」


 パニックになっている生徒たちとは対照的に、レクトは冷静に答えた。このようなイレギュラーな事態が起こっても冷静さを保っている点に関していえば、純粋に踏んでいる場数の違いというものが大きいのだろう。


『ヒメ…ミゴッ…!ゴロス!』


 醜悪な怪物と化したカゲロウは、唸るように叫んだ。だが既に理性は無いのだろう、その声はもはや人のものではなく獣の咆哮に近いような雰囲気である。


「ここに姫巫女はいねえよ」

『レグ…ド…マギ…ズ…ネルッ!』


 自らの質問に対する返答を聞いて、カゲロウの矛先はレクトへと向けられた。とはいえ今の彼女がレクトの返答そのものを理解しているかどうかは不明で、側から見れば“ただそこに憎き敵が立っていたから”反応しただけなのかもしれないが。


「先生、どうする気ですか!?」


 後ろからエレナが問う。といっても、実際には質問の意味などなかった。なぜならレクトがこれから何をするかなど質問をしたエレナだけでなく、そこにいた皆がわかっていたからだ。


「どうするもこうするもねえよ。こうなっちまった以上、こいつは最早ただの魔物だ」


 目の前にいるのは魔物だと言い切って、レクトはそれ以上のことは言わなかった。

 一方、かろうじて人の部分を保っているカゲロウの顔は、憎しみと怒りに満ちた見るもおぞましいものになっている。そんな表情のまま、カゲロウは笑い声にも似た不気味な声を発しながらレクトに襲いかかった。


『ゲギャギャギャギャ!!』

「まったく。何が悲しくて魔物に変えられた仲間を殺したっていう話をしたすぐ後に、魔物に変えられた人間と戦わなきゃならないんだよ」


 不気味な様子の怪物にも一切動じることなく、レクトは自虐するようにぼやきながら両の手で大剣の柄を握り直す。そして静かに剣を振りかぶり、怪物が自身の間合いに入った瞬間に一気に振り下ろした。


『ギャアアアァァァ!!』


 放たれた一撃は、怪物の胴体を一刀両断のもとに切り裂いた。流石に胴体を真っ二つにされたからか、ピクピクと小刻みに痙攣けいれんするような動きをするだけでこれ以上動くことはできないようだ。


『…トキ…オ…』


 微かに聞こえる程度の小さな声を発したと思った途端、怪物の全身からジュウジュウと音を立てながら煙が上がった。


「蒸発…していきます…」

「倒したってこと…?」


 その光景を見て、アイリスとベロニカが呟いた。敵が完全に沈黙したのを確認したからか、これ以上の戦闘は必要ないと察したレクトは構えを解く。


「哀れな奴だったな。神を盲信して、最後はその神に使い捨てられたか」


 蒸発していくカゲロウの亡骸なきがらを前にして、レクトが言った。同情しているわけではなさそうだが、決して罵倒ばとうしているということでもなさそうであった。


「最期に何か呟いてたわね」

「なんだろ、人の名前かな?」


 リリアとニナはカゲロウの最期の言葉について考えているようだ。そうこうしているうちに、蒸発を続けていた怪物の身体はほとんどが消えかかっていた。


「さあな。旦那とか子供の名前なんじゃないか。いずれにせよ、もう確認するすべはないがな」


 大剣を背中に戻しながら、レクトが言った。

 レクトが言い終えると同時に、怪物の身体も完全に蒸発しきったようだった。怪物となったカゲロウが蒸発した跡には、遺体はおろか骨も何も残っていない。


「汗を流せたってのなら、さっさと服着ろ。エンスウのところへ戻るぞ」


 そう言って、レクトは軽く伸びをする。戦闘といっても一撃で決めたので疲労が蓄積しているということはないのだろうが、レクトなりに色々と思うことがあったのかもしれない。


「あ、は、はい!」


 レクトの言葉を聞いた生徒たちは、自分たちが素っ裸であったことを急に思い出したのか慌てて衣服を置いてきた岩の方へと向かった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ