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先生は世界を救った英雄ですが、外道です。  作者: 火澄 鷹志
炎の修学旅行編
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秘湯でのひととき ②

「敬遠されてたって、学生時代に何があったんですか?」


 レクトが学生時代に他者から嫌われていたという事実に対し、エレナが直球で尋ねた。無論、もしかしたら失礼なことを聞いているかもしれないというのは承知の上でだ。ところがレクト自身は特に気にしたような様子もなく答える。


「ちょっとした事情があって俺は途中からの編入だったんだが、登校初日に運悪く学校を牛耳ってる番長とその取り巻き連中に目を付けられてな。全員ボコって次の日の早朝に校舎の屋上から縄で縛って吊るしたら、その日から誰にも声をかけられなくなった」

「そりゃ誰も近付きませんよ!」


 いきなりとんでもないエピソードがレクトの口から飛び出したので、エレナは当たり前のように指摘した。嫌われていたという話も、蓋を開けてみれば受動的とはいえ結局のところレクトが問題を作ったということには間違いない。


「先生らしいっていえばらしい話ね…」


 リリアが率直な意見を漏らした。実際のところ、不良を叩きのめして校舎の屋上から吊るすなど普通の人間であればまずやらない行為であるが、それがレクトともなれば話は別だ。

 と、ここでレクトはふと思い出したように言う。


「あー。でも、しつこく関わってくる奴は2人ほどいたな」

「へぇ、どんな人だったんです?」


 興味があったのか、アイリスが話に食いついた。どうやらレクト自身は当時から破茶滅茶であったようだが、そんなレクトにしつこく関わるような人間が一体どんな人物であったのかが気になるのだろう。


「1人は同期で剣戟けんげき部に所属してたフェイって野郎なんだが、授業で俺の剣の腕前を見てビビッときたとか言って、剣戟部に何度も勧誘してきたんだよ」


 鬱陶うっとうしそうにレクトは語る。というより、当時は実際に鬱陶しかったのだろう。ただ、そんなレクトの声は少しばかり懐かしそうに聞こえるのも事実ではあった。


「フェイって…女の子みたいな名前ですね」

「そうなんだよ。本人もそれ気にしてたな」


 思ったことをそのまま口にしたルーチェであったが、レクトもそれに同意する。そんなこんなで、レクトの話は続く。


「部活なんて興味もないし邪魔なだけだから足蹴あしげにしてたんだが、それでもめげずに剣戟の良さを熱弁してくる剣戟バカでな。あしらうのも面倒になって諦めたら、いつの間にか食事の時も一緒にいるぐらいにはなってた」

「変な話ですね」

「でも、本当の友達って案外そういうものなのかも」


 レクトの話を聞いて、エレナとフィーネが少しばかり不思議そうな様子で感想を漏らした。


「それで先生、結局のところ剣戟部には入ったんですか?」

「入らなかった」

「でしょうね」


 エレナは一応尋ねてみたが、レクトからは想像通りの答えが返ってきた。そして、話はしつこく関わってきたというもう1人の事へと移る。


「それで、もう1人は1コ下のパレットっていう女子だったんだが、こっちはこっちで意味不明なことに俺の腰巾着を自称しててな。とにかく神出鬼没ってぐらい俺の行く先々にいつの間にかいるような変な奴だ」


 レクトは不思議そうに語っている。実際、当時も不思議に思っていたのは間違いないだろう。


「なんで腰巾着に?」


 ベロニカからは当然のような質問が挙がった。一般的に考えれば、そもそも腰巾着という言葉は蔑称として用いられることが多い。それを自称していたというのだからレクトが意味不明だと言うのも頷ける。


「俺もよくわからないんだが、なんか前に悪い奴に絡まれてたのを俺が助けたらしくてな。それで、この人についていこう!と思ったとかなんとか」


 どうやら、レクトにもよくわからないらしい。ただ、今の話を聞いてアイリスには更に疑問が浮かんだようだった。


「よくわからないって、先生はその人を助けたことを覚えてないんですか?」


 アイリスの質問ももっともである。人助けをしたのであれば、普通ならおぼろげであっても覚えてはいそうなものである。だがあいにくとレクトはそうではなかった。


「助けた記憶はなかったな。ただ俺って弱いものイジメとかをしてるイキリ野郎を見るととりあえず潰したくなる性分だから、知らずのうちにどこかで助けたことになってたんだろ」


 レクトはなんとも適当な返答をする。とはいえ、生徒たちにとってはレクトが弱いものいじめをする人間を駆逐していたというのは少し意外な話だったようだ。


「先生って、弱いものイジメが嫌いなんですね」


 感心したような様子でエレナが言った。ところが、彼女のその解釈は少し違っていたようである。


「弱いものイジメが嫌いっていうか、弱いものイジメをすることで自分が強いって勘違いしてるバカを地面に這いつくばらせて、それを見下すのが好きなんだよ。虫ケラをいたぶっていい気になってるつもりのお前も、所詮は俺からすれば虫ケラ同然なんだよ、ってな」

「外道の極みですね」

「お褒めの言葉ありがとうございますよ」


 ルーチェの皮肉などものともせず、レクトは平然と言い切った。そもそも、レクトにとっては外道というのは罵倒どころか褒め言葉になるというのは周知の事実だ。


「まぁ、パレットも変だけど悪い奴じゃなかったな。ただ俺が自室でシャワーを浴びてる最中に部屋に侵入して、タオルやら着替えやらを用意してたのは流石に引いたが」

「「えぇ…」」


 レクトから当時ドン引きしたというエピソードを聞いて、生徒たちも同様に引いている。内容的に考えれば当たり前のことではあるが。


「それ、もはや一種のストーカーじゃないですか?」

「否定できねぇなぁ」


 ごもっともなルーチェの指摘に、レクトも同意するように言った。ただ本当に迷惑なストーカーであれば間違いなく撃退しているはずなので、結局のところレクトにとってはそれほど迷惑なわけではなかったのだろう。


「ちなみに、パレットについてはもっと気持ち悪い話もあるぞ。聞きたいか?」

「遠慮しておきます」


 レクトはからかうように言ったが、エレナが即答で断った。


「それで、その2人って今はどうしてるんですか?」


 フェイとパレットのことが気になるのだろうか、フィーネは再度レクトに尋ねる。それに、気になっているのはフィーネだけではないようだ。

 だがレクトは即答はせず、少しだけ間を置いてから答えた。


「パレットは王都から少し離れたところにある町の出版社で記者をやってる。フェイは…4年ぐらい前に死んだ」

「えっ…」


 レクトからの返答が思いがけないものだったので、フィーネは一瞬思考が止まってしまった。当然のことながら、他のメンバーも同様である。しかしレクトは変わらず話を続けた。


「卒業してからはどっかの組合ギルドに所属して商人や要人の護衛の仕事とかをやってたらしいんだが、ある時に護衛してた隊商キャラバンが運悪く野生のドラゴンに襲われたって話でな。遺体の損壊もひどくて見た目だけじゃ誰だかわからないぐらい滅茶苦茶になってたそうだ」


 レクトがあまりにも淡々とした口調で話をするので、生徒たちは何も言えなかった。4年も前の話であるとはいえ、友人が殉職した話を淡々とできるのが信じられないのだ。


「その…ごめんなさい、先生。そんなこと聞いちゃって…」


 フィーネがレクトに向かって謝罪する。知らなかったとはいえ、気軽に質問してしまったことが気まずかったのだろう。


「気にすんな。傭兵稼業なんてやってたんだ、知人の殉職なんて別にそこまで珍しいことじゃねえ。フェイの奴もそのうちの1人だったってだけの話だ」


 フィーネの心配とは裏腹に、レクトはさして気にしていないようだった。もちろん4年も前のことだからというのもあるのだろうが、彼の中では親しい者の死というのは決して珍しいことではない、というように割り切っているようだ。


「ただ、この程度の話でしんみりするようじゃお前らもまだまだだな。技術だけじゃなく、精神的な部分も鍛える必要があるな」


 レクトの声が若干人を小馬鹿にしたようなものになった。だが、皆はこのようなレクトの態度についてはよく知っている。授業の時に自分たちに対してダメ出しをする時のものだ。


「そのために先生がいるんですよね?」

「ん、まあな」


 意外なことに、アイリスがレクトに向かって言い返した。核心を突いていたのだろうか、レクトは軽く返事をするだけで済ませたが。

 少ししんみりした空気を変えようと、レクトは次の質問者を指名する。


「じゃあ次は、ニナでもいっとくか?」

「うーん…、せんせーに聞きたいことかぁ…」


 指名されたはいいが、聞きたいことが思いつかないのかニナは顔面だけを水面に出した状態でうなっている。


「あ、そうだ!」


 何か思いついたのだろうか、急にニナの声が大きくなる。とはいえニナのことなので、他のメンバーはどうせ食べ物か戦闘関係だろう、程度にしか考えてはいなかった。

 ところが、ニナの口にした質問はある意味で皆の想像を絶するものであった。


「せんせーはどうして、“英雄”って呼ばれるのがイヤなの?」

「ちょっ、ニナ!?」


 空気の読めないニナが爆弾ともいえるような質問をぶっこんできたので、動揺したエレナが大きな声を挙げた。無論、他のメンバーはその話題をレクトが好まないことは理解しているので、ニナが地雷を踏んでしまったことに絶句したりあたふたしている。


「んー…」


 ところが皆の心配とは裏腹に、レクトは怒ったような様子ではない。そして、少しだけ黙って考え事をしていたレクトから意外な反応が返ってきた。


「世間ではさ、俺とかルークスたちって“四英雄”って呼ばれてるだろ」

「えっ?」


 怒るだろうと思っていたレクトが冷静に返してきたので、フィーネは思わず間の抜けたような声を出してしまった。


「呼ばれてますね」


 困惑する生徒たちの中で、唯一冷静なルーチェが返答する。だがその後にレクトが続けた言葉は、誰もが予想だにしないものであった。


「俺たちは元々、5人だったんだよ」

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