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先生は世界を救った英雄ですが、外道です。  作者: 火澄 鷹志
炎の修学旅行編
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秘湯でのひととき ①

「すごい、本当に自然の中に温泉がありますよ」


 目の前に現れた乳白色の温泉を見て、エレナが驚いたように言った。

 レクトたちがハクレンに教えてもらった温泉は、彼の言ったように本当に周りを木々に囲まれた自然の中にポツリと存在していた。ただ自然の中にあるといっても利用する人間はそれなりに多いのだろう、わかりやすいように立て札に利用に関する注意書きが書かれているし、大きな岩の近くには木でできた簡易的な椅子やテーブルもある。


「脱いだ服はこのテーブルの上に置いておけばいいですかね?」

「そうね。ハクレンさんから貰った布を敷いておきましょう」


 アイリスとフィーネは、事前にハクレンから受け取っていた大きな布をテーブルクロスのように被せる。自然の中にあるからかテーブルには砂埃すなぼこりのようなものが付いていたが、これなら脱いだ衣服を置いておいても汚れることはないだろう。


「そんじゃ、俺はその岩の後ろにいるから何かあったら呼んでくれ」


 そう言い残して、レクトは近くにあった大きな岩の陰へと消えていった。といっても距離にしてみればたった数メートルなので、万一何か不測の事態があればすぐに対応することはできる。…のだが。


「ほ、本当にここで脱ぐのか…?」

「そ、そうよね…」


 ベロニカとリリアは恥ずかしさと不安が入り混じったような複雑な様子であった。レクトは岩の後ろにいるので皆が見える位置ではないとはいえ、やはり自然の中で裸になるというのは少しばかり抵抗があるようだ。

 だが、そんな2人とは対照的な人物が若干1名いた。


「あつっ!昨日の温泉よりもちょっと熱いよ!」

「「脱ぐの早っ!!」」


 いつの間にか全裸になっていたニナが片足を温泉に浸けているのを見て、ベロニカとリリアが驚きの声を挙げる。元々羞恥心が薄いというのもあるのだろうが、それにしたって行動の早すぎるニナには全員が少なからず驚いているようだった。


「あんた、恥じらいってものはないの?」


 リリアは少し呆れた様子でニナに尋ねた。しかしニナの方は、さも当然といった様子で返答する。


「え?だってさっさとお風呂入って早くご飯食べたいじゃん」

「やっぱりそういう理由なのね…」


 結局は食欲に押されただけの行動であっただけだとわかり、リリアは軽くうなだれた。

 とはいえ、今の状況からすればニナの行動も間違ってはいない。多少の抵抗感は残っているものの、既に温泉に浸かっているニナに続いて全員が服を脱いで温泉に入ることにした。


 


 皆が温泉に入ってから2、3分経っただろうか。最初の方は抵抗があったが、次第に慣れてきたようで各々が温泉を満喫しているようだった。


「ふう…自然の中にあるからって聞いて少し心配になってたけど、温泉自体はすごく良いものみたいね」


 すっかり安心しきった様子でエレナが言った。これに関しては他のメンバーたちも同意しているようだが、リリアは少しばかり不満に思うところがあるようだ。


「石鹸やシャンプーが無いのが残念だけどね」

「あるわけないでしょ」


 愚痴ぐちをこぼすリリアに、ルーチェが当たり前のような指摘をした。もっとも、リリア自身もそれはわかりきっているので冗談半分なのだろうが。


「で、例の景色っていうのは?」


 ふと、思い出したようにベロニカが言った。ここに来る前にハクレンは「景色が良い」と言っていたのだが、今のところそんな様子は一切見られない。

 だがそれも当然ではある。そのことについてフィーネが言及する。


「これだけ真っ暗なんだから、景色も何もないでしょ」

「うーん、それもそうかぁ…」


 フィーネの言うように辺り一帯は月明かりにわずかに照らされているだけなので、遠くまで見渡すというのはとてもじゃないが無理だ。景色も楽しみにしていたのだろう、ベロニカは少し残念そうである。


「そういえば、静かですけど先生は?」


 唐突に、アイリスがレクトの存在に触れた。ほんの数分前に岩陰に消えていったレクトであったが、声も物音もまったく聞こえない。


「せんせー!いるー!?」


 とりあえず確認しようと、ニナは大声で呼びかける。ただその声があまりにも大きかったので半数以上のメンバーが「うるさいなぁ」と思ったのだが、どうやらそこに突っ込む必要はなさそうであった。


「いるよ。いちいちデカい声出さなくても聞こえるっての」


 大岩の後ろから、レクトの気だるそうな声が聞こえてきた。確かにすぐ近くにいるようである。レクトが約束を違える男ではないというのはもうわかっていたが、それでも存在が確認できただけで皆不思議と安心できたようだ。


「先生、ヒマですか?」

「また随分とぶっちゃけた質問ね」


 ルーチェの質問がかなり直球だったので、リリアが少し呆れたように言及した。

 当のレクトからは、これまた気だるそうな言葉が返ってくる。


「なんだよ。岩越しに授業してくれとか言うんだったらお断りだぞ」

「それはこっちも願い下げです。せっかくリラックスできているので」


 エレナが即答した。温泉で授業など、そりゃあする方も受ける方も嫌に決まっている。ただ、一部の生徒たちはレクトがヒマなのが少し気がかりなようだった。


「でも、私たちだけがくつろいでいて先生がヒマなのもなんか申し訳ないですよね」

「いらん心配だが」

 

 言葉の通りフィーネは申し訳なさそうに言ったが、レクトの方はさして気にしていない様子だ。別に何時間も待たされるというわけではないので、レクトにとっては大した問題ではないのだろう。

 ところが、このタイミングでエレナが妙な提案をする。


「それなら、せっかくだから先生への個人的な質問タイムにしましょうよ」

「あっ、それ面白そう」


 エレナの提案に、ベロニカがすぐに乗っかってきた。それに関しては、どうやら他のメンバーも異論は無いようだ。だが当然のことながら、レクトにしてみれば即答で「はいわかりました」と言えるような提案ではない。


「なんで今なんだよ。学校に戻ってからでいいだろ、んなもん」


 レクトは真っ当な答えを返した。確かに彼の言うように、別に今でなくとも問題はないだろう。あまり乗り気ではないレクトに対し、ルーチェが条件を付け加える。


「別に答えたくない質問があれば無理に答えなくてもいいですよ。こっちもあんまり先生のプライバシーを侵害したくはないですし」

「それ、もう基本的には答えるっていう前提じゃねえか」


 ルーチェの提案に、レクトは少し呆れたような様子で指摘した。ただレクト自身も、彼女たちの遊び心に付き合う気になったようだった。


「じゃ、アイリス。何かあるか?」


 レクトは唐突にアイリスを名指しした。一方でいきなり指名されたアイリスは、少しテンパった様子でレクトに聞き返す。


「えっ!?ど、どういう順番ですか!?」

「テキトー」

「あっ、そうですか…」


 レクトの返答を聞いて、アイリスの声のトーンが下がった。まぁレクトが色々といい加減なのは今に始まったことではないので、誰も不思議がらないし意外にも思わないのだが。

 ただ急だったからかアイリス自身は良い質問が思い浮かばなかったようで、数十秒ほど悩んだ末に1つの質問を挙げた。


「えっと…じゃあ、先生の好きな食べ物…」

「うわぁ…」

「えぇ…」


 アイリスの質問を聞いて、ニナを除いた他のメンバーは一斉に残念そうな表情になった。質問としては別に変な内容ではなかったのだが、このような状況でしかも今更感のある質問だったので、「もっと何かあるでしょ」と皆が思ったのは言うまでもない。勿論、そう思ったのはレクトも同じだ。


「なんだその質問。初めて会って自己紹介してるわけじゃねえんだぞ」

「そ、そうですよね…」


 レクトに指摘され、急に恥ずかしくなったのかアイリスの声が小さくなった。やはり口にした本人も少しおかしいと思ったのだろう。


「ホットドッグ」

「答えるんかい!」


 質問に難癖をつけておきながらレクトがしっかり答えたので、リリアが当然のようなツッコミを入れた。


「というかホットドッグって、こう言うのもなんですけど割と庶民的ですね。ちょっと意外です」


 ホットドッグという答えが意外に感じられたのか、ルーチェが言及した。しかしレクトはさも当然といった様子で返答する。


「庶民的というか、俺は庶民だぞ。アホみたいに長いテーブルに座ってコース料理を行儀良く食べるなんざ性に合わねえ」

「確かに、学校でもパンばっかり食べてますもんね」


 レクトの話を聞いて、アイリスが納得したように言った。兎にも角にも基本は一問一答形式なので、レクトは次の質問者を指名する。


「そんじゃ次は…、フィーネにしとくか」

「わ、私ですか…」


 フィーネは少しだけ戸惑ったように返事をした。順番は完全にレクトの気まぐれのようなので誰が指名されても別におかしくはないのだが、それでも急に指名されたからかすぐには質問が思いつかないようだ。

 十数秒ほど考えて、フィーネはあることを口にする。


「質問といえるのかわかりませんが、先生の学生時代の話とか聞きたいです」

「あぁ、そういえば先生から学生時代の話なんて聞いたことなかったわね」


 先程のアイリスの質問とは打って変わって盲点であったかのようなフィーネの質問に、エレナが同意するように言った。しかし、当のレクトは少しばかり返答に困っているようだった。


「学生時代っていってもなぁ。具体的に何が聞きたい?」


 レクトにしてみれば、一口に学生時代といっても範囲が広すぎるのも事実だ。ある程度は質問の内容を絞ってもらわないと困る。

 と、ここで何故か質問者のフィーネではなく、唐突にベロニカが声を挙げる。


「モテてたかどうか!」

「なんであんたがしゃしゃり出てくるのよ」


 ベロニカが妙なことを言い出したので、リリアが冷ややかに指摘した。ただレクトが学生時代に女子に人気があったかどうかという問題については程度はあれど全員が気になるようで、内心ではベロニカの質問を称賛している者もいるようだった。

 そして、その質問に対するレクトの返答はというと。


「モテるどころか、むしろ男女問わず周囲の人間からは敬遠されてたな」

「「「えぇー?」」」


 レクトの話を聞いて、数人の生徒が声を揃えた。冷静に考えればレクトが他人から敬遠される理由もわからなくはないのだが、それでも多少の驚きはあったようだ。

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