英雄 VS 優等生 ①
レクトがS組の担任となって最初の授業は、まさかの実戦訓練であった。といってもこれは半ば強引にレクトが設定したものであり、それもある目的があってのことである。
「よーし、全員着替えたな?」
レクトは確認するように言う。現在、S組の面々は着替えた上で校舎に隣接した訓練場に来ている。
こういった教室の外で行う授業の際は制服だと動きづらいので、専用の運動着に着替えるのがこの学園の授業での基本となっている。担任であるレクトはコート姿のままではあるが。
「さて、記念すべき最初の授業なワケだが…俺としてはまずお前らの実力を知っておきたいです」
レクトにとって、この授業での目的は2つあった。1つは言葉の通りS組のメンバーの実力を知る事であるが、もう1つは自分の実力を見せつけて、生徒たちに“自分たちはまだ弱い”という現実を知らしめる事だ。
「ルールは簡単だ。今から制限時間10分やるから、各自好きなタイミングで俺に挑んでこい。手持ちの武器が俺の頭か胴体に触れるか、俺に“合格”って言われた奴はそれで終了」
レクトは授業の内容を説明する。手持ちの武器とはいっても、あくまでも練習用の物なので金属ではなく木や竹でできている物だ。当然だがレクトの方も自己紹介の時に背負っていた大剣ではなく、それを模した木製の剣を持っている。
S組メンバーも得意な武器は個々によって異なるようで、形状は片手剣、レイピア、ナイフなど様々だ。中でもニナは身の丈以上の長さのハルバード、エレナにいたっては鞭を持っている。
「あと大事な事言っとくけど、各自で協力し合ったり相談するのはアリな。ただし魔法はダメ。今回はあくまでも白兵戦のみだ」
補足も含めレクトが一通りの説明を終えると、すかさずフィーネが手を挙げた。
「先生、制限時間内にどちらも達成できなかった場合はどうなりますか?」
質問自体をしたのはフィーネであったが、それに関しては他の一部メンバーも薄々気になっていた。というのも合格の条件が設定されている以上は、言い換えれば不合格という事態もあり得るという話だ。
不合格者には何かしらのペナルティがあるというのは誰しもが想像でき、その内容自体も非常に気になるところではある。しかし、レクトからの返答はやや曖昧なものであった。
「そいつは後で補習」
明確な内容は知らせずに、レクトは“補習”と簡単な言葉だけで済ませた。そうは言っても自ら補習を受けたがる人間など普通はいないので、皆多少なりはやる気を見せ始める。
「それじゃ、開始」
レクトは開始を宣言した。しかし仮にも相手は魔王を倒した英雄であるためか皆挑むのに多少の戸惑いを見せている。だがそんな中、唯彼が本物の英雄であると認めようとしないリリアが一目散に木製の片手剣で斬りかかった。
「てやあぁ!」
「はい、全然ダメ」
リリアは思い切り力を込めて振ったつもりであったが、レクトはその一撃をいとも容易く大剣で受け止め、そのまま弾く。その勢いだけでリリアは軽く吹き飛ばされてしまった。
「きゃあ!」
「今のは良くないな、リリア。いかにも正面から斬りかかるってのが丸わかりだ。それに今の間合からだと体重をかけて剣を縦に振るよりも、横に素早く振り抜く方が隙が少なくていい」
レクトの人を小馬鹿にしたような態度は相変わらずであるが、直した方がいい点については教師らしくアドバイスする。しかし未だに彼の事を信用していないリリアは全く聞き入れる様子はない。
「うるさい!あたしに命令するんじゃないわよ!」
リリアは立ち上がりながら、吐き捨てるように言う。相変わらず反抗的な態度ではあるものの、一方のレクトも澄ました様子で彼女を挑発する。
「ふーん。ま、いいけど。そんな太刀筋じゃ一生俺には届かないな。」
「くっ…!見てなさいよ!」
悔しそうに歯ぎしりをするリリアであったが、そんなやり取りなどお構いなしに反対からニナがハルバードを振りかざす。
「もらったぁぁ!!」
武器の大きさが全く違うというのもあり、先程のリリアの一撃とは比べ物にならない程の重さであった。が、それでもレクトにとっては大した差ではなく、その場から微動だにせずに大剣を持った手だけを動かしてその一撃を受け止める。
「それじゃ完全に力任せだぞ、ニナ。腕っぷしに自信があるのは結構だが、実力が上の相手だと弾かれて終わりだ」
言葉の通り、レクトはそのまま受け止めたハルバードごとニナを吹き飛ばした。しかし、剣を振り抜いた直後のレクトの隙を狙って今度はフィーネがレイピアの突きを繰り出す。
「これで!」
「甘い」
レクトはこの攻撃も横目で確認しており、即座に剣を軽く一振りしてフィーネのレイピアを弾き飛ばす。弾かれたレイピアは宙を舞い、カランと音を立ててフィーネの数メートル後ろに落下した。
「フィーネ、使い方自体は悪くない。隙を狙ったのも良かったが、もう少し死角になる場所から攻撃した方が良かったな」
「は、はい…」
吹き飛ばされたレイピアを取りにフィーネが下がると、入れ替わるようにしてベロニカが間合いを詰める。今回は以前レクトと対峙したときのようにわかりやすく突っ込むのではなく、太刀を持つ手をなるべくレクトから見えないようにしながら、緩急をつけて近付く。
「くらえ!!」
ベロニカは自身の間合いにレクトが入ったのを確認すると、一呼吸置いて太刀を振り抜いた。だがその太刀はレクトに届くことはなく、即座に大剣を盾にすることによって防がれてしまう。
「いいぞベロニカ、前回の反省が活かされてるな。何の考えも無しに真正面から突っ込まなかった事は褒めてやる。ちゃんと学習してるじゃねえか」
以前勝負を挑まれた時よりも若干の成長を見せたベロニカを前に、レクトは少し嬉そうに言う。一方でそれを聞いたベロニカは、刀を引きながら悪態をつく。
「うるさい!次は当てるからな!」
口では文句を言っているが、何故か顔はどことなく嬉そうだ。レクトはそのことに気付かなかったが、その様子を遠巻きに見ていたアイリスとルーチェはそのことについてヒソヒソ話している。
「ベロニカさん、なんかちょっと嬉しそうです」
アイリスはベロニカが少し嬉しそうな顔をしていたのを疑問に思ったが、その答えはルーチェのやや毒の含まれた一言によってあっさり解決することとなる。
「褒められたからでしょ。それも“英雄”にね。相変わらずわかりやすい性格よね」
「あぁ、なるほど」
アイリスは納得したような表情になった。そんなことを遠くで噂されているとはつゆ知らず、ベロニカは少し嬉しそうな顔をしながら一旦下がる。
レクトは立て続けに4人の攻撃をあっさり捌いて見せたが、残りの3人は中々自分から踏み出そうとはしなかった。というのも、これまで挑んだ4人はS組の中でも白兵戦が得意なメンバーであったため、彼女たちで駄目ならば自分たちなど到底無理だろうという思いがあったからだ。
「どうした?このままだと全員補習コースだぞ?」
レクトもそんな彼女たちの心情を察したのか、若干の挑発も兼ねて焚きつけるように言う。その言葉に触発されたのか、真っ先に動いたのはエレナだった。
「それもそうですね」
エレナは小さく答えると、手にした鞭を振る。鞭は大きくしなりながらレクトの背後を襲うが、振り向きざまに両手で構えた大剣を盾にすることで防がれてしまった。
「エレナ、鞭のコントロールは中々良いな。次はもう少し隙を狙ってみるといい」
「はい、わかりました」
レクトのアドバイスを素直に受け入れながら、エレナは弾かれた鞭の先端を自分の方へと引き戻す。その様子を見て士気が上がったのか、今度はアイリスが木製のナイフを構えてレクトの背後へと回った。
「やぁ!」
しかしこの攻撃も大剣を盾にして防がれる。それだけでなく、ナイフが剣に当たった際の感触だけでレクトには彼女の直すべき部分がわかってしまった。
「アイリス、ナイフを逆手に持つのは戦術としてあまり現実的じゃない。基本は順手で使え。その方が威力も大きい」
「は、はい!」
言われるがまま、アイリスは逆手に持っていたナイフを順手に持ち替えた。その感触を確かめるように、その場で何度か素振りをしてみる。
そうやって6人がそれぞれ挑んで返り討ちに遭う中、ルーチェだけはただ1人杖を持ったままレクトの動きを観察するだけであり、自ら挑もうとはしていなかった。
「ルーチェ、杖が白兵戦に向いてないってのはわかるけどよ、1回ぐらいは無謀に突っ込んだっていいんじゃねえか?」
まるで最初から諦めているかのような様子の彼女に、レクトが声をかける。これは挑発でも何でもなく本心で言ったのだが、やはり無理だと思っているのかルーチェは積極的には動こうとはしない。
「嫌です。私が杖で叩いたとして、それを先生が防げないなんて事があり得ますか?」
そもそもルーチェ自身、自分は明らかに前衛が向いていないという事はよく理解している。その上自分以外のS組メンバー全員でも駄目だったのなら、自分が一撃加えるなど到底無理だとしか思えなかったのだ。
「そう言うなって。実戦では魔法じゃなく杖で戦わなきゃいけない場面だってあるぜ?実際、魔術師カリダだって杖でモンスターと戦う事が何度もあったからな」
ルーチェの心境を何となく察したのか、レクトは何とか彼女をその気にさせようと英雄カリダを引き合いに出す。それを聞いたルーチェは、渋々ながらも了承した。
「わかりました」
反抗するのを諦めたルーチェは杖を構え、振りかぶった。しかし当然のように大剣で防がれてしまい、彼女は不満そうな表情になる。
「ほら、やっぱり無理じゃないですか」
ルーチェはふて腐れたような口調で言った。だがレクトはルーチェが突っ込んできたこと自体は良しとしても、彼女のその態度には難色を示す。
「それはあくまでも結果だろ。俺はやる前から諦めてどうするんだ、って言ってんだよ。それとも勝てないとわかったら諦めて命乞いでもするってのか?」
「それは…そうかもしれませんけど」
痛い所を突かれ、ルーチェは思わず目を泳がせる。態度は軽いが、レクトの言葉には確かな重みと現実性があったからだ。しかしそこへ空気を読まずにハルバードを構えて飛び込んできたニナからの2撃目が襲いかかる。
「隙ありぃ!」
「だから力任せはダメだっての。少しは学習しろ」
そんなニナの一撃をレクトは剣であっさり受け止め、最初と同じようにニナの体ごと吹き飛ばす。3メートルほど吹き飛ばされたニナは、背中から地面に落ちる形になった。
「いったぁ!ダメか…」
腰をさすりながら立ち上がるニナを横目に、レクトは他のメンバーに向けて軽口混じりの指示を出す。
「ほらお前らもドンドンかかってこい。早くしねえと制限時間なくなるぞ」
若干煽るような口調でレクトは皆の挑戦を促す。その挑発を皮切りに、頭に血が上った様子のリリアがレクトへ襲いかかった。
その後も7人は攻撃の頻度の差こそあるものの、次々にレクトに向かっていく。しかし、誰一人として一向に一撃を加えられるような気配は感じられない。
大半のメンバーが息も絶え絶えになる中、校舎上部に設置された時計塔を見てレクトが大きな声で指示を出した。
「10分経ったな。一旦終了。全員5分休憩しろ」
その言葉を聞き、数名がその場にへたり込む。皆それぞれ自分なりに猛攻を加えた筈であるのに、レクトは身体に触れられるどころか息を切らせてすらいない。当然、“合格”と言われた者も未だゼロだ。
一方でレクトとしては全て予定通りであった。自分の実力を見せつける事で、S組メンバーに多少なり現実を知らしめる事ができたからである。この後の後半戦に向けて、レクトは更なる起爆剤を投下した。
「なんだよ。お前ら、弱いじゃん」