守護神エンスウ ①
『守護神エンスウ!500年振りの起床ォォー!!』
威勢の良い大声を発しながら、マグマの中から巨大な鳥の上半身が現れた。下半身はマグマの中なので見えないが、上半身だけで数メートルはあるので全長は10メートル近くあってもおかしくはないだろう。
体色は鮮やかなオレンジ色で、トサカや翼、胸元ではボウボウと炎が燃え盛っている。どう見ても普通の鳥ではないことは明白だ。
だが何と言っても、一番インパクトがあったのは他ならぬそのエンスウのテンションの高さであった。
『かーっ!久しぶりのシャバだぁーっ!なのに相変わらずこの火口は代わり映えしねーよ!映えねーよ!地味だよ地味!もっと装飾するとか、彫刻作るとか色々あんだろーが!?』
目覚めて早々、巨鳥は周りを見渡しながら文句を垂れた。その様子を見て、サクラやS組メンバーは唖然としている。
「こ、これがヤマトの守護神、不死鳥エンスウなの…!?」
「なんか、イメージしてたのと大分違うわね…」
「おい、マジかよ…」
エレナとリリアが率直な感想を漏らした。百戦錬磨のレクトですら、予想外の自体に少々困惑しているようだ。
巨鳥は一通り文句を言い終えると、ようやく自身の前にいるレクトたちの存在に気づいたようだ。
『あーん?なんだガキども?俺様になんか用か?』
巨鳥…もといエンスウはレクトたちを見下ろしながら、気怠そうに言った。エンスウの言う“ガキども”というのはおそらくレクトも含めてのことなのだろうが、数千年以上も生きている守護神からみれば所詮は20代の人間などガキでしかないのだろう。
「あ、あの!もしかして!あなた様がかのヤマトの守護神でいらっしゃっておらしていますのでしょうか!?」
余程動揺しているのか、サクラの喋りも滅茶苦茶になっている。しかしそれを聞いたエンスウは、肯定するどころかとても不機嫌そうな様子でサクラの方を見た。
『あぁ!?聞いてなかったのかよ小娘!?さっき名乗ったばっかだろーがぁ!お・れ・さ・ま・が!守護神エンスウ様だっつーんだよ!耳クソ詰まってんのかコラ!?』
「ひっ!」
エンスウのドスのきいた…もといキレ気味の返答に、サクラはビビり気味だ。そんなサクラとエンスウのやり取りを見ながら、ルーチェとリリアは小声でヒソヒソ話をしている。
(なに?このヤンキー鳥)
(こんなのが神様なの?)
S組メンバーはとにかく各々が疑いの眼差しをエンスウに向けている。ただ言動はともかく見た目は自分たちの常識からは外れた巨大な生物であることは間違いないので、決して甘く見ているというわけではないのだが。
「エンスウ様、どうか私たちの願いを聞いてください!今、ヤマトの国は存亡を揺るがす危機に直面しているのです!」
サクラは両手を掲げ、エンスウに向かって叫ぶ。だがその願いに対するエンスウの返答は、イエスかノーか以前の話であった。
『その前にまず名乗れよ!相手が名乗ったら自分も名乗るのが礼儀っつーもんだろうがぁ!?親に習わなかったのかテメェコラ!』
「ひっ」
再びエンスウに怒号を飛ばされ、怯えたサクラは思わず手で顔を覆った。しかしここで怖気づいてはならないと思い直し、改めてサクラはエンスウに向かって深々と頭を下げる。
「も、申し訳ございません、エンスウ様。私は今代の姫巫女、サクラ・ヒメラギと申します」
『あん?姫巫女?』
聞き覚えのある単語を耳にして、エンスウの態度が少し変わった。ところが、次にエンスウの口から飛び出したのはこれまた予想外の言葉であった。
『何だよ、お前が今代の巫女なのか?ったく、この国の巫女ってのは何千年経っても相変わらずチンケでどこも出っ張ってない貧相な体つきしてんなぁ』
「うっ…」
気にしている体型のことをハッキリと言われ、サクラはずーんと気落ちした。
だが、そんなサクラの心情など全く意に介した様子もなくエンスウは相変わらずの怒り口調で話を進める。
『んな事より腹ごしらえが先だ!何しろ500年間何も食ってねえんだ、こちとら空腹で何もやる気が起きねえんだよ!』
エンスウは虚空に向かって大声で叫んだ。ここまでくると、最早単なるワガママにしか見えない。神が偉いというのはわからないでもないのだが、自分勝手もいいところである。
ところがここで、そんな自分勝手な神に向かって、恐れを知らぬもう一人の“自分勝手”が牙を剥く。
「500年何も食ってねえって、寝てたんなら当たり前だろうが」
「せ、先生!」
あろうことか、レクトが神に向かって敬意の欠片も無い言葉を吐いたのを見て、慌てた様子のフィーネが制止するように口を挟んだ。だがレクトはフィーネの言葉には耳を貸さず、淡々と話を続ける。
「悪いが、こっちは供物なんざ用意してねえぞ。まさか復活早々腹ごしらえなんて考えもしなかったもんでな」
『何だとォ?』
食べるものが無いと聞いて、エンスウは少しイラっとした様子を見せた。だが、何かに気づいたエンスウはすぐに別のことを思いついたようだ。
『じゃあ、仕方ねえからその後ろの嬢ちゃんたちでいいや。姫巫女よりは肉付き良さそうだし。本当は人間の肉は20代半ばぐらいが一番なんだがなぁ』
「えっ…」
唐突なエンスウの発言に、サクラの顔色が変わった。それは即ち、S組の少女たちを生贄として差し出せという意味に他ならない。いくらヤマトを守るためとはいえ、本来ならば無関係な彼女たちを犠牲にするなどサクラにとってとても許せるものではない。
だが同時に、エンスウのその発言はレクトの触れてはならない部分に触れてしまった。
「残念だが、お前みたいな奴に食わせるような娘はウチに1人もいねえ。そのみっともねえトサカ頭で理解できたんなら、とっとと失せろ手羽先」
「ちょ、ちょっと先生!?」
性格がどうあれ、曲がりなりにもヤマトの守り神に対して暴言を吐いた上、あろうことか手羽先呼ばわりしたレクトに、慌ててフィーネが静止を入れようとする。
だが、それよりも先にエンスウが動いた。
「ぐっ!?」
マグマの中に沈んでいたのであろう、まるで尻尾のようなエンスウの長い尾羽がいきなり飛び出し、巨大な鞭の一撃が如くレクトを吹き飛ばした。
吹き飛ばされたレクトは大きな音を立てて火口の壁面にめり込み、崩れた壁面に覆われて見えなくなってしまった。
「「「先生!!」」」
突然の出来事に、生徒たちは驚きと心配の声を上げる。
レクトのことが心配なのは当然なのだが、一番驚いたのは不意打ちに近い形だったとはいえ、万全の状態のレクトがエンスウの攻撃に対応しきれなかったという事実だ。やはり守護神というのは名ばかりのものではないのだろう。
『さっきから聞いてりゃいい気になりやがって。のぼせ上がんじゃねえぞクソボウズが。たかが数十年しか生きられねえような人間如きがこの俺様に楯突こうなんざ、身の程知らずもいいとこなんだよ』
見下すようにエンスウが言った。しかも、レクトがめり込んだ岩壁の方など見ようともしていない。正に眼中にないというのはこのことだろう。
だが、その油断がエンスウにとって足元を掬われる原因となった。
『!?』
エンスウが気付いた時には、既に眼前に巨大な三日月型の衝撃波が迫っていた。完全に油断していたエンスウには防御する手立てもなく、衝撃波はエンスウの腹部に直撃する。
『グハァッ!』
三日月型の衝撃波によって、エンスウの巨体が先程レクトが吹き飛ばされた方とは反対側の壁へと激突する。S組メンバーには、今の攻撃がレクトの三日月の制裁者であることがすぐに理解できた。
技を放ったであろう当の本人は、先程叩きつけられた壁の瓦礫の中から悠々と姿を現した。当然というべきか、右手には大剣を握っている。
「この程度の力で神サマになれんのか。それともあれか?神サマになるための資格試験ってのは異常にハードルが低いのか?」
いつものように傲慢な態度で、エンスウのことをを煽りながらレクトは大剣を構える。一方で壁に叩きつけられたエンスウは、文字通り怒りに燃えている様子であった。
『上等だよ…!今のは少しだけ効いたぜ。人間風情が舐めたマネしてくれんじゃねえかぁ!!』
「きゃあ!」
エンスウの声が一際大きくなり、周囲には炎と熱風が巻き起こった。あまりの衝撃の大きさにある者は顔を覆い、またある者は膝をつく。
しかしレクトだけは全く動揺することなく、大剣を構えたまま一歩前に出た。
「お前ら下がってろ。こいつは一筋縄じゃいかねえ」
「まさか先生、守護神と戦う気ですか!?」
レクトのとんでもない発言を聞いて、フィーネは信じられないといった様子で聞き返した。そりゃあ力を借りる目的で守護神の元へやってきたというのに、その守護神と戦うなど普通に考えればありえない展開だ。
「無論だ。腹が立ったから、完膚無きまでに叩き潰す」
レクトはレクトで相変わらずの平常運転だ。どうやら本気でエンスウと戦うつもりらしい。もっともエンスウの方も既に闘る気満々のようなので、今更謝罪したところで許してもらえるとは思えないが。
ただ、レクトは短絡的な部分こそあるものの決して浅はかな男ではない。エンスウと戦うことに関しても何か考えがあるようだった。
「それにこいつはカグツチと違って、俺の攻撃が通用するみたいだしな」
「あっ…!」
レクトの言葉を聞いて、アイリスが小さく声を漏らした。確かに同じ神と呼ばれる存在である筈なのに、油断していたとはいえエンスウはもろにレクトの攻撃を喰らっていた。
『カグツチだと?』
一方でレクトの発したその名前に、エンスウが少しだけ反応した。だがレクトはそれに気づかなかったのか、後ろにいる生徒たちに向かってもう一度指示を出す。
「早くしろ。この距離だと間違いなく巻き込まれるぞ」
「っ…!」
レクトに急かされたフィーネは何か言いたそうであったが、これ以上何を言っても無駄だと悟ったのか黙って後ろに下がった。他のメンバーたちも、フィーネに続いてできるだけレクトから離れた位置へと移動する。
全員が安全なところへ避難したのを見計らって、レクトは改めて大剣の切っ先をエンスウに向ける。
「さて、始めるか。そういや聞いたところによると、確かこの国には“タツタアゲ”っていう鶏肉料理があるらしいな?」
『いいだろう、ガキが。テメェを焼いてできた灰は特別に大海原のど真ん中にでも撒いて、魚のエサにしてやるよぉ!』
憎まれ口を叩き合う互いの口調からはとても想像ができないが、最強の剣士と伝説の守護神の戦いが今、始まろうとしていた。