火神復活の儀 ③
「いやー、死ぬかと思ったなぁ」
「「こっちのセリフよ(です)!!」」
あっけらかんとしたレクトに向かって、リリアとアイリスが怒号を飛ばす。普段から強気なリリアはともかく、温厚なアイリスまでもが声を荒げているあたり、件の脱出劇は2人にとって壮絶すぎる体験だったようだ。
しかし、怒鳴られた当のレクト本人は至っていつも通りだ。
「まぁそう言うなって。とりあえず全員生きてたんだから良かったじゃねえか」
「そりゃあそうかもしれないけど…」
確かにレクトの言うことももっともであるが、リリアはどこか納得がいかない様子である。
そんなわけで現在、レクトたちは火山から少し離れた崖の上にいる。火山から脱出した後、なんとか噴火に巻き込まれない高さまで逃げ切ることに成功したのだ。
「どうやら噴火もおさまったっぽいな。周辺の森にもほとんど被害は出てないみたいだ」
レクトは周囲の様子を見下ろしながら言った。噴火による火砕流や流れ出た溶岩が少しばかり周りの森林地帯に広がってはいたものの、噴火の規模そのものは大したことはなかったのが幸いしてか被害もあまり深刻ではなさそうである。
「サクラさん、怪我は大丈夫そうですか?」
「はい、なんとか…」
怪我を気遣うアイリスに、サクラは小さな声で答えた。口では大丈夫と言ってはいるものの、あまり大きな声を出すと傷に響くのかもしれない。
「それで?この後はどうするの?」
この場にいる全員が気になっているであろうことを、リリアが率先してレクトに尋ねた。
「まずは皆と合流するか。火神カグツチが復活しちまった以上、今後どう動くか考えなきゃならねえし」
「そうですね。どこかゆっくり落ち着けるところで、サクラさんの治療もしっかり行った方がいいですから」
レクトの意見にアイリスが同意する。当然なのだろうが、リリアの方も特に異論はなさそうだ。だが、その前に1つ大きな問題があった。
「それで問題なのは結局ここが何処なのか、ってことなんだが」
レクトは腕組みをしながら呟く。
遠くの方に小さく町のようなものが見えるが、周辺はほとんど森林ばかりである。ヤマトには一度来たことがあるとはいえ、風景だけで具体的にどの辺りにいるのかなど外国人であるレクトにわかるはずなどない。
「サクラ、ここが何処だかわかるか?」
「おそらく、中心街の北東部にある白鴎山という山の近くだと思います」
怪我の痛みのせいか声はあまり出ていないが、サクラの返答そのものはしっかりしていた。この場所が白鴎山のすぐ近くであることに確信があるのだろう。
「はくおう?」
「カモメのことです。海が近いからカモメが飛んでいるのをよく見かけるのでその名前が付いたとも、上空から見ると山肌が横長で翼を広げたカモメのように見えるからだとも言われています」
別に答える必要もないのだが、リリアの疑問に対しサクラは律儀に山の名前の由来を説明する。
「ですが、まさか白鴎山が焔神教団の隠れ家になっていて、そのうえ火神カグツチが封印されていたなんて…」
どうやらサクラも教団がこの山を根城にしていたことや、火神カグツチが封じられていたことについては全く知らなかったようだ。
兎にも角にも、まずはレクトの言うように皆と合流するのが先決だ。確認のため、レクトは改めてサクラに尋ねる。
「中心街までどれくらいかかる?」
「歩いたことはありませんが、距離的に考えて徒歩だとおそらく2時間ほどでしょうか」
「2時間か…」
サクラの返答を聞いて、レクトは少し考え込む。無論、スピードだけでなくフィジカル面でもバケモノ級のレクトならば、それよりも遥かに短い時間で移動することは可能だろう。
だが、それはすなわち3人を置いて行かなければならないということだ。しかもサクラは怪我人である上に、敵が自分たちを追ってこないという保証はどこにもない。そうなると、最早レクトの答えは1つしかなかった。
「仕方ねえ、歩くか」
「まぁ、それしかないですよね」
レクトの一言に、アイリスが賛同する。リリアも異論はなさそうだ。
「サクラは俺が抱えていく」
そう言って、レクトは地面に座り込んでいるサクラをひょいと抱え上げた。今は背中に大剣を背負っている状態なので、前の方しか空いていないからだ。
「すみませんレクト様、お手数をおかけします」
レクトに抱えられながら、サクラは申し訳なさそうに言った。だが、レクトはこれといって気にも留めていない様子だ。
「気にすんな。女を抱き上げるのには慣れてる」
「え、えーと…?」
「気にしちゃ駄目よ。無視しなさい」
レクトの発言に少しばかり困惑するサクラであったが、これ以上話を発展させてはいけないと判断したリリアがスパッと切った。
それから一行は、山道を1時間ほど歩いた。サクラの話では周囲の森にはオオカミが生息しているとのことであったが、襲ってくる気配は全くなかった。なんでもレクトによれば、「俺からは常に“近づいたら潰すぞオーラ”が出てるから猛獣には滅多に襲われない」そうな。
最初は道もないような森林ばかりであったが、30分ほど歩いたところでようやく整備された山道に出たので、それから先は道をひたすら歩く形だ。命に別状なないものの、怪我による出血の影響と疲れが一気に出たのかサクラはレクトに抱えられたまま寝息を立てている。
「それにしても、先生の攻撃がまったく効かないなんて、やはり火神カグツチはとてつもない脅威であることは間違いなさそうですね」
不意に、アイリスが口を開いた。ただ言った後でレクトに対しては若干失礼だったのではないかという不安にかられたが、レクトからは予想外の答えが返ってきた。
「正確に言うと“効かない”んじゃないな。そもそも“干渉できない”んだよ」
「“干渉できない”って?どういうこと?」
レクトの言っている意味がよくわからなかったので、リリアが尋ねた。当然ながらアイリスも首をかしげている。
「神と呼ばれる存在にありがちなことなんだが、何しろ人間の常識から外れた連中だからな。強い弱い以前に、人間では干渉すらできないっていうこともある。だから攻撃も“効かない”んじゃなく、“受け付けない”って言った方がわかりやすいかもな」
「へ、へぇ…」
「っていうか、神様のことを連中って…」
2人にもわかるように、レクトは説明を続けた。もっとも2人にとっては話のスケールが大き過ぎるのか、いささか思考がついて行けていないようだが。
「俗に言う、神の領域ってヤツだ。強かろうが弱かろうが関係ない。干渉できないんじゃ満足にケンカすらできねえ」
レクトはやや不満そうに語る。いくら百戦錬磨のレクトといえども、こればかりはどうしようもない問題のようだ。
「そんな奴と、どう戦うっていうの?」
率直に、リリアが尋ねた。どんなにレクトの戦闘能力が高かろうが、レクトの言うようにそもそも攻撃が通らないのであれば話にならない。だが一方でそのことを問われたレクトは、自身が抱えているサクラのことをちらっと見た。
「考えが全然ないってわけじゃない。それにはまず…」
言いかけたところで、レクトが立ち止まった。急にレクトが話すのを止めたので、アイリスとリリアもレクトが見ているのと同じ方向に視線を向ける。
「先生―!」
「せんせぇー!」
「サクラ様ぁ―!」
100メートルほど先で、S組の面々とハクレンが手を振っているのが小さく見えた。街まではまだもう少し距離がある筈なので、おそらくレクトたちを探しにきたのだろう。
全員でレクトたちに駆け寄ると、すぐさまハクレンがサクラの怪我に気づいたようだった。
「サクラ様!?一体どうなされたのですか!?」
サクラの脇腹に包帯が巻かれているのを見て、ハクレンは血相を変えた。問いかけに返事をしない上に包帯には血が滲んでいるので、取り乱すのも致し方ないが。
「疲れて寝てるだけだ。教団のニンジャに刺されたんだが、幸いなことに傷は深くなかったんで命に別状はない。応急処置も済んでる」
「あぁ…御命が無事で何よりです」
レクトの話を聞いて、ハクレンは一安心したように胸に手を当てた。
「というかあんたたち、よくここがわかったわね」
とりあえず合流できたことは喜ばしいことなのだが、リリアとしてはなぜ皆がこの場所にやってこれたのかが気になるらしい。
「あなたたちが消えた後、何分かしてから…白鴎山だっけ?あの山が突然噴火したから、きっと何かあったと思ってこっちに来たのよ」
「あぁ、なるほどね」
ルーチェの回答に、リリアは合点がいったような顔をしている。その後ろで、1人場違いな様子ではしゃいでいるニナが後方を指差した。
「ねえねえ!あれ見て!すっごい速い馬が引いてる馬車なんだよ!」
「わかったから、あんたはまず空気を読みなさい」
おそらくここまで乗ってきたのであろう馬車に興奮しているニナを、リリアはバッサリと斬った。もっともニナが空気を読めないのは今に始まったことではないので、リリアもそれ以上は何も言わなかったが。
「先生、一体何があったんですか?」
「そうですよ。まさか、あの噴火に巻き込まれたんじゃ…」
エレナとフィーネが心配そうな様子でレクトに尋ねた。レクトたちも無事といえば無事だが、サクラは怪我をしている上に例の火山の噴火だ。気にならない方がおかしい。
ここで、ハクレンは何が起こったのかを察したのか意味深な様子でレクトを見る。
「レクト殿、もしや…」
ハクレンはおそらく、現状がどうなっているのかをある程度把握できているのだろう。レクトの方もハクレンが状況を理解したと見るや、小さく頷いてその場にいる全員を見回した。
「話すことは山ほどある。とにかく、一旦落ち着ける場所に移動しよう」