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先生は世界を救った英雄ですが、外道です。  作者: 火澄 鷹志
炎の修学旅行編
133/152

火神復活の儀 ①

「遅くなって済まぬ、ソウゲン殿」


 何とかレクトをいたシラヌイは、少しばかり肩で息をしながら目の前の大男に向かって言った。

 だが、相手はあのレクトだ。一時的に撒いたとはいえすぐにこの場所へたどり着くのはまず間違いない。


「姫巫女を亡き者にできたか?」


 祭壇の前に仁王立ちしているソウゲンは、やや苛立いらだった様子で尋ねた。その怒りが単純に待たされたことに対してなのか、それとも部下たちの度重なる失態に対してなのかは定かではないが、機嫌がすこぶる悪いのは明らかであった。

 特に彼の横に付き従っているカゲロウは、怯えたような様子で2人のやり取りを見ている。


「面目ない。どうやら転移の際に姫巫女だけでなくレクト・マギステネルを含む3名が付いてきていたようで、寸前で阻まれた」

「何だと?」


 シラヌイからの予想外の報告に、ソウゲンは眉をひそめた。だがその様子を察したシラヌイは、妙に余裕のある態度であるものを差し出す。


「しかしながら、これを…」


 言葉とともにシラヌイが差し出したのは、先程彼がサクラを刺した時に使用した短刀であった。刃先には、まだ乾いていない真新しい血が付いている。

 ソウゲンは短刀を受け取ると、今度は侮蔑したような目で自身の横にいるカゲロウを見た。


「どいつもこいつも、不甲斐ふがいない奴らばかりだ。誰一人として私の言う通りに動くことができていないではないか」


 冷たい目をしたソウゲンの言葉に、カゲロウはビクッと反応する。


「も、申し訳ございませぬ…。まさか奴らがここまでついてくるとは…。ですが元はと言えばレクト・マギステネルを倒すと大口を叩いていたグレンの奴があの男を仕留め損なったのが…」


 何とか取り繕おうと、カゲロウは必死に弁解を試みた。だが実際のところ、確かにグレンがレクトを倒せなかったのは事実なのだが、それでもソウゲンにしてみれば単なる責任転嫁でしかなかった。


「もういい。今更どうこう言っても何が変わるわけではない」


 彼女の弁明をさえぎるように、ソウゲンはぴしゃりと言い放つ。

 そもそもソウゲンが憤慨しているのはカゲロウに対してだけでなく、レクトを倒せなかったグレンに対してもである。とはいえ彼の言葉の通り何を言っても現実が変わるわけではないので、いちいち言い訳など聞きたくないというのが本音であった。

 しかしソウゲン自身は態度そのものは不満そうではありながらも、どこか満足しているようにも見える。その理由は、彼がシラヌイから受け取った短刀にあった。


「だが、貴様らの働きでようやく目的が達成できた。そこは褒めてやろう」


 そう言ってソウゲンはきびすを返すと、祭壇の方を向く。だが彼が祭壇に短刀をかざそうとしたその時、出入口の方から彼らのものではない声がした。


「やっと追いついたぜ」


 その声に気づいた3人は、一斉に声のした方に視線を向ける。そこに立っていたのは、これまで自分たち焔神教団の邪魔をしてきた張本人であった。


「やっぱり火山の中だったか。マグマがグツグツじゃねえか」


 周囲を見回しながらレクトが言った。彼の言葉の通り周囲の地面には所々穴が空いており、真っ赤なマグマが見え隠れしている。


「おや、なんだよ。教団の上層部勢揃いじゃねえか。あぁ、でも1人はさっき俺が叩き潰したっけ」


 軽口を叩きながら、レクトはゆっくりと祭壇の方へ歩み寄る。無論、グレンが既にやられてしまったことはカゲロウからの報告でソウゲンも把握していた。


「レクト・マギステネル…!よりにもよって一番面倒な男がついて来るとは…!」


 邪魔者の登場に、カゲロウは声を震わせる。しかも昼間にはレクトに思い切り蹴飛ばされているのだ。彼女にとっては忌々しいことこの上ない。


「少し黙っていろ、カゲロウ」

「も、申し訳ございません…」


 冷たい態度をしたソウゲンに咎められ、カゲロウはビクビクしながら黙った。だが、そんなことなどお構いなしにレクトの軽口は止まらない。


「おや、例の他人を操る豪華な錫杖はあれ1本しかなかったのか?それとも利き腕を失くしたから術はもう使えないのか?」

「貴様ぁ…!ソウゲン様に何という口を…!」


 レクトが煽りに煽りまくるので、つい先程ソウゲンに黙れと言われた筈のカゲロウは思わず口を開いた。

 だが、煽られた当の本人であるソウゲンは全く意に介してははいないようだった。


「ふん、今となっては片腕を失くしたことなどどうでもよいわ。火神さえ蘇れば、世界を変えるほどに強大な力が手に入るのだからな」

「世界を変える力ねぇ」


 自信たっぷりなソウゲンの言葉とは対照的に、レクトは胡散臭そうな目で彼のことを見ている。というのも、レクトにとって世界をどうこうという台詞は魔王を倒すための旅の中で既に聞き飽きていたからだ。

 と、ここで教団にとって更なる部外者が現れる。


「先生!って何ここ!?熱っつ!信じらんないんだけど!?」


 レクトの背後から、ようやく彼に追いついたリリアの声がした。しかし一歩足を踏み入れた途端、早速周囲のマグマに気づいたのか文句を垂れていた。


 続けて、サクラと彼女に肩を貸しているアイリスが大広間へと足を踏み入れる。


「治療は済んだか?」

「はい!命に別状はありません!」


 レクトの質問に、アイリスは即答した。レクトはサクラの方を見るが、命に別状はないといってもやはり顔色は良くはない。


「あっ、あいつ!昼間にあたしたちを操ろうとした男!」


 ソウゲンの存在に気づいたリリアは、彼を指差しながら大声で叫んだ。ソウゲンとの邂逅についてはリリア…ひいてはS組全員にとって忌まわしい記憶であるからか、声にも敵意がこもっている。

 一方、ソウゲンの方は口を閉ざしながらも、姫巫女であるサクラがまだ生きていたことを改めて確認しているようだった。


「残念だったな、お前らが狙ってた姫巫女はまだ生きてるぜ。もう不意打ちは通用しねえし、サクラを抹殺するんだったらまず俺を倒さないとな」


 ソウゲンの考えを見透かしたかのように、レクトが言った。それにレクト自身は、ソウゲンを含め3人とは既にり合っている。その時の彼らの実力から見積もれば、3対1で戦ったとしても勝算は十分にあった。


「ふん。姫巫女の命など、今となってはどうでもよいのだよ」


 ところが、ソウゲンの口からは思いもよらない言葉が発せられた。その言葉にアイリスとリリアはもとより、レクトですら驚きを隠せないようだった。


「どういう事だ?お前たちの目的は姫巫女の抹殺じゃなかったのか!?」


 ソウゲンに問いただすように、レクトの声がやや大きくなった。

 なにしろ、これまで教団はサクラを暗殺するために何度も刺客を差し向けてきたというのに、ここへきて彼女のことなどどうでもいいと急に言い出したのだ。いくらレクトでも混乱するのは無理もない。


「それについては半分正解であり、半分不正解だ。四英雄レクトよ」

「何だと?」


 意味深なソウゲンの言葉に、レクトは眉を釣り上げた。

 

「教えてやろう。我らが神の復活に必要なのは姫巫女の血、そして多くの人間の絶望の感情なのだ!」


 まるでレクトのことを見下すかのように、ソウゲンの声のトーンが一気に大きくなった。既に目的が達成されているからなのか、態度にも余裕が見える。


「命じゃなくて血…?なら、さっき刺したナイフで十分ってことかよ」


 レクトは納得と不満が入り混じったような表情を浮かべた。サクラの傷自体はそこまで深くなかったので出血も大したことはなかったが、ソウゲンたちの余裕そうな態度を見る限り血そのものは少量で十分なのだろう。

 そして更に、リリアがあることに気づく。


「そうか!大勢の人たちの前でサクラを殺害すれば、彼女の血を手に入れると同時に多くの人々に絶望を与えることもできる。だから隠れてじゃなく、あえて白昼堂々あんな大勢の人間の前で暗殺を決行したのね!?」


 またどうやら気づいたのはリリアだけでなく、レクトも合点がいったような表情を浮かべていた。シラヌイがサクラの抹殺をあえて大勢の人前で決行したことについてはレクトも気になっていたが、これでようやく線が一本に繋がった。


「その通りだ小娘。もっとも、その目論見に関しては四英雄レクトという予想外の介入もあり、完全に失敗してしまったがな」


 リリアのその見解に、ソウゲンは少し感心した様子で答えながら薄ら笑いを浮かべている。だがここで、リリアは更にもう1つの事実に気づく。


「ということは、魔導船を使って温泉街や中心街を襲撃したのは多くの人々の絶望の感情を集める為ね!?」

「中々察しがいいな。あの時は姫巫女の血が目的ではなかったのでな、外国人が多く集まる中心街や温泉街を襲撃したのだ。まさか温泉街に姫巫女がいたとは想定外ではあったがな」


 ようやく教団の計画が見えてきたリリアは問い詰めるが、既に隠す必要がないのかソウゲンは不気味なまでにあっさりと答えた。


「だが、絶望の感情の方もグレンがしっかりやってくれたようだ。将軍の死というのは、結果的に姫巫女よりも大きな影響があったかもしれんな?」

「それに関しては、見事にお前らの目論見通りだよ」


 嬉々とした様子で喋るソウゲンに向かって、今度はレクトが皮肉を飛ばした。狙われているのがサクラだと思うばかり、将軍マサムネに対する襲撃を許してしまったという責任感からくるのだろう。


「少しばかり遠回りになってしまったが、姫巫女の血と多くの絶望、双方を集めることができたのでよしとしよう。グレンをはじめ、それなりに多くの代償を支払ってしまったことには間違いないがな」


 ソウゲンはそう言うと、祭壇の前に立った。そして、祭壇の中央で燃え盛る炎の中にサクラの血が付いた短刀を投げ込む。すると祭壇の炎が一際大きくなり、周囲のマグマからはボコボコという音が鳴り出した。


「さぁ目覚めよ!我らが神、カグツチよ!!」


 ソウゲンが声高らかに叫ぶと、マグマの中心部に波紋のような大きな波が立った。

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