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先生は世界を救った英雄ですが、外道です。  作者: 火澄 鷹志
炎の修学旅行編
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飛ばされた先は

「こ、ここは一体…?」


 周囲を包んでいた光がなくなり、視覚が戻ったリリアは辺りを見回した。

 どうやら先程までいた中心街とは全く異なる場所に飛ばされたようで、辺りには建物などまったくなく視界の先にはただひたすらに岩の壁と天井が広がるばかりだ。そして何よりも。


「というか暑っ!何なのよここ!?サウナ!?」

 

 周囲は異常なほどの熱気に包まれており、地面からは蒸気なのか、湯気なのかよくわからない煙が立ち上っている。流石にサウナではないのは明らかであるが、そう言いたくなるのも無理はなかった。

 よく見ると、前後数十メートル先の岩壁にそれぞれ穴が空いている。それを見たリリアは、おそらくここは洞窟か何かの中なのだろうと推測した。


「…リリアさん、無事ですか?」


 ふと、リリアの背後から声がした。その声にリリアが振り返ると、彼女と同じように困惑しているアイリスと、すぐ横にサクラがいた。2人とも無傷のようだったので、少し安心したのかリリアは小さくため息を吐く。


「一応ね…。でもここが一体どこなの…」


 言いかけたところで、リリアの表情が変わった。その理由はいたって単純である。


「危ない!」


 リリアが大声で叫び、その叫び声に驚いたアイリスはすぐにリリアの視線の先に目を向ける。するとそこでは、彼女たちが凍りつくような光景が広がっていた。


「がっ…」


 苦痛の表情を浮かべるサクラの背後には、いつの間に現れたのか黒装束を着た男が立っていた。しかも右手には短刀が握られており、その刀身はサクラの右の脇腹付近に刺さっている。

 だがリリアとアイリスが武器を構える前に何かに気づいた男は、即座に短刀を引き抜いてその場から飛び退いた。


「何してんだてめぇコラ!」


 轟音と共に、ほんの一瞬前に男が立っていた地面が大きくえぐられる。男が飛び退くのがあと1秒遅ければ、ほぼ間違いなく半身を失っていただろう。

 怒声の主は、大剣の切っ先を黒装束の男へ向ける。


「3度目の正直だ。今度こそ始末してやるよ、ニンジャ野郎」

「先生!」


 最も頼りになる人間が一緒にいたことで、アイリスが安堵の表情を浮かべた。勿論、レクトがいるこの状況が幸いだと思っているのはリリアも同じだ。

 だが、今はレクトの登場ばかりに気を取られている場合ではないのも事実だ。


「アイリス!」

「はい!」


 リリアが叫ぶと同時に、アイリスはすぐさまサクラの脇腹あたりの、血の滲んだ制服の一部を破く。腹部には、思ったよりも酷くはなさそうな刺し傷が確認できた。


「大丈夫です!傷はあまり深くないし、急所も外れているのでこれなら応急処置で何とかなります!」


 そう言ってアイリスは腰のバッグからガーゼやら消毒液やら、治療に必要な道具を取り出す。やはり治療に関しては専門であるからか、不測の事態にも関わらず冷静に対処している。


「一緒に飛ばされたのがアイリスだったのが不幸中の幸いだったな」

「ホントにね」


 命に別状はないということで少し安心したのか、レクトとリリアは率直な感想を漏らした。とにかくサクラの腹部の刺し傷に関してはアイリスに任せておけば問題なさそうなので、自然とレクトとリリアの意識は目の前の男へと向けられる。


「先生、この人って昨日の昼にパレードを襲撃した奴よね?ということは…」

「そうだ。例のニンジャ集団のリーダーだ」


 目の前に立っているのが昨日レクトと斬り合った男だと知って、リリアは警戒心を強めた。

 何しろ、精鋭の侍たちを瞬く間に蹴散らした人間である。そんな男にしてみれば自分など足元にも及ばないのは明らかだ。レクトがいる以上は決して不利な状況というわけでもないのだが、それでも油断はできない。


「ここはどこだ?見たところ火山の火口か、その付近のようだが」


 レクトの方も気を緩めることなく、退治しているシラヌイに向かって問いかける。そのレクトの見解に、リリアも合点がいったような顔になった。


「火山?それでこんなに暑いのね」


 確かに火山の中であればこれだけ温度が高いことも、周りから蒸気が立ち上っていることにも説明がつく。ここからでは流れる溶岩などは確認できないが、これだけの暑さであれば足元の下がマグマであっても何ら不思議ではない。


「答えるつもりは無い。敵に余計な情報を与える意味も無いのでな」


 レクトの質問に対し、シラヌイは当然とでもいった様子で返答した。無論、レクトにしてみても想定の範囲内の回答であったのだろう、さっさと次の質問へと移る。


「なら、空間転移魔法を使うババアはどこだ?一緒に飛ばされた筈だが」


 確かにレクトの言う通り、彼らをこの場所へと飛ばしたカゲロウ自身の姿が見当たらない。


「その質問も、答えると思うのか?」

「思わねえよ。一応聞いてみただけだ」


 やはりシラヌイは答えるつもりがなさそうであるが、その程度のことはレクトもわかりきっていた。これ以上の問答は無意味であると悟ったレクトは大剣を構え直し、臨戦態勢に入る。

 だがそれを見たシラヌイは、すかさず空いていた左手を素早く振った。


「ちっ!」


 手首に仕込んでいたのだろう、シラヌイが投げた小さな刃をレクトは大剣で即座に叩き落とす。素人なら不意を突かれて対応しきれないだろうが、常人離れした反応速度を誇るレクトにとっては造作もないことだ。


「ふん!」


 だがその一瞬の隙をついて、シラヌイは奥の穴に向かって一目散に走り出した。どうやら今の投擲とうてきナイフは攻撃ではなく、レクトの意識を逸らすための牽制の目的だったようだ。


「逃がすか!」


 逃げたシラヌイを追って、レクトも奥の穴へと向かう。

 ここがまだ具体的にどんな場所であるのかもわかっていないのに、負傷したサクラと戦闘技術的にはまだ未熟なリリアとアイリスの2人を置いて行くというのは危険極まりない行為だ。普段のレクトであれば、まずそんな判断はしないだろう。

 だが、今は違っていた。


『ここで奴を取り逃がしたら、とんでもない事態になる』


 レクトの頭の片隅で、何かが警鐘を鳴らしていた。具体的にどんな事が起こるかは知る由も無いが、少なくとも今ここであの忍者を逃がしてはならないとレクトは直感していた。


「あ、ちょっと先生!」


 そんな事など知らないリリアは、咄嗟とっさに後ろから声をかける。が、当のレクトは答える間も無くあっという間に洞窟の奥へと消えてしまった。


「もう!何なのよ!」


 敵を追うという理由上、レクトの行動もこの場合は仕方のないことであったが、それでも置いてけぼりを食らったリリアは不満そうに言った。

 兎にも角にも、すぐにレクトを追わなければならない。リリアはサクラの治療にあたっていたアイリスに問いかける。


「アイリス!サクラの怪我は!?」

「応急手当てならできました!」


 アイリスの返事を聞いたリリアがサクラを見ると、腹部には包帯が巻かれていた。止血も済んでいるのだろう、包帯に血が滲んでいる様子もない。


「サクラは!?動ける!?」

「な、何とか…小走り程度であれば」


 リリアの質問に、サクラは少しばかり小さな声で答えた。傷そのものは深くはないとのことであったが、まったく痛みが無いと言えば嘘になるだろう。

 だが、どんな場所かもろくにわからないこの場に置いておくのも危険だ。それならば、たとえ敵がいようと一番頼りになるレクトの側が安全だというのは誰が考えてもすぐにわかることだ。


「アイリス、サクラに肩を貸してあげて。もしもの時の戦闘はあたしが引き受けるわ」


 そう言って、リリアは剣の柄に手をかける。何しろ一時的ではあるものの、頼りのレクトはいないのだ。そうなると、万一の時は2人のうちのどちらかが戦わなければならないのは間違いない。


「わかりました。サクラさん、掴まって」

「も、申し訳ありません…」

「気にしないで!」


 痛みに耐えるサクラに、アイリスが肩を貸す。あまりサクラの傷を刺激しないように気をつけながら、3人は少し急ぎ足で洞窟の奥へと向かっていった。

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