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先生は世界を救った英雄ですが、外道です。  作者: 火澄 鷹志
炎の修学旅行編
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突然の襲撃 ②

 グレンは大きく深呼吸をすると、おもむろに空を見上げる。そして。


「ウオオオオォォォォ!!!」


 辺り一帯に響くほどの巨大な咆哮ほうこうを上げた。並みの剣士であれば、その気迫だけで圧倒されてしまっても不思議ではない。

 もっとも単純な威圧いあつが目的であればそんなものはレクトに対しては微塵みじんも通用しないというのは、この場にいる誰しもが理解している。だがグレンの目的はそんなことではなかった。


「ねえ!見て、アレ!」


 少し離れた位置からその光景を見ていたエレナが、唐突とうとつにグレンを指差す。というのも、咆哮を上げたグレンの姿が瞬く間に異形の怪物へと変化を遂げていたからであった。

 太刀を握る手には獣のような灰色がかった毛が生え、全体的にも体格が一回り大きくなっている。そして−。


「あいつ、イヌみたいになっちゃった!」

「オオカミじゃない?」


 その風貌ふうぼうを大きく変化させたグレンを見てベロニカが叫ぶが、すぐさまエレナが訂正を入れた。しかし、それがイヌなのかオオカミなのかは彼女たちにとっては大した問題ではない。重要なのは、“グレンが獣人に変化した”という事実そのものだ。

 だが唯一人、レクトだけは心当たりがあるような様子で口を開いた。


「こいつは驚いた。お前、『リカント』だったのか」


 口では驚いたと言っているものの、相変わらずレクトは冷静そうである。数多の敵と戦ってきたレクトにしてみれば、この程度の事は予想外の事態には含まれないのかもしれない。


「ほう、やっぱり知ってたか。流石は英雄サマってところか。伊達に世界中を旅してねえってか?」

「男にめられても嬉しくはねぇな」


 茶化すように言ったグレンであったが、レクトはそれを軽く受け流した。姿が変わっても、グレンの口調そのものには変化は見られない。見た目は大きく変わったものの、人格面には特に影響はしないようだ。

 とはいえ、状況が理解できているのはレクトだけだ。離れた位置にいるS組メンバーにとっては、状況どころかまずレクトの言っている事が自体が何のことかがわからない。


「リカントって何?」


 至極しごく当然の質問を、皆を代表するかのようにニナが呟いた。


「えっと…何だったっけ…どこかで聞いたことあるような…」

「リカントっていうのは、獣人に変身する能力を持つといわれる希少種族よ」


 おぼろげな記憶を必死に辿っていたフィーネの横で、ルーチェが端的に答えた。普段からの読書の賜物たまものであろうか、知識量は豊富である。


「といっても私も本で読んだことがあるだけだから、実際に見るのは初めてだけど」


 他のメンバーから質問が来る前に、ルーチェは先にことわった。実際問題、単に本で読んだだけではにわか知識であることは否めないのだが。

 それとは反対に、やはりとでもいうべきかレクトはリカントの事をそれなりに知っているようだった。


「ウサギやトラに変身する種族になら俺も会った事はあるが、オオカミに変身する奴は初めて見るな」


 レクトの話によると、どうやら一口にリカントといっても様々な種族があるようである。もっとも、レクトにしてみれば敵が初めて見る種族であっても一切関係などないのだが。


「体格に合わない刀を使っていたのも合点がいったよ。その刀は元々、変身後の体格に合わせた長さだったんだな?」


 レクトが指摘したのを聞いて、他のS組メンバーやサクラたちにも合点がいった。

 昼間にレクトが言っていたようにグレンの持っている大太刀は小柄な彼の体格からすればやや大きな得物ではあるが、それが一回り以上大きくなった今の状態だとちょうど良いサイズである。


「その通りだ。獣人への変身、体格に合った長さの太刀、そして満月。この3つが揃って、ようやく俺はフルパワーで戦うことができるからなぁ!」


 狼顔になったグレンは、大きく鼻を鳴らした。一方で、彼の言葉を聞いたレクトは少し不思議そうな表情を浮かべている。


「リカントが満月でパワーアップだと?そんな話は聞いた事が…」

「そりゃそうだろうな!何しろ、満月の下でパワーアップできるのは俺たち狼の獣人(ウルフ・リカント)だけだ!他の連中リカントどもは知る由もないだろうよ!」


 レクトの言葉を途中で遮るように、グレンは大声で答えた。

 兎にも角にも、今のグレンは間違いなくベストコンディションであるということになる。昼間の段階ではレクトの猛攻に何とか食らいつくのが精一杯であったが、今はそれもどうかはわからない。

 だが、不安そうなS組メンバーやサクラたちとは対照的に、レクトは至って冷静である。グレンの方もそんなレクトの様子を見て、寧ろ戦闘意欲が更に高まったようであった。


「先に言っておくぜ英雄レクト!俺はシラヌイの野郎みてえな姑息こそくな手段は好きじゃねえし、ソウゲンのダンナみてえな妖術ようじゅつも使わねえ。ただ圧倒的な力で、真っ向からぶった斬るだけだ!」


 そう言って、グレンは意気揚々と2本の太刀を構える。先程よりも更に気迫が増しているが、その程度で怯むレクトではない。


「なら、お望み通り真っ向から叩き潰してやるよオオカミ頭!」

「上等だァ!!」


 レクトのその言葉を皮切りに、グレンは再びレクトに斬りかかる。ただ、その動きはつい先程までとは明らかに違っていた。


「昼間の時よりパワーもスピードも上がってる!」


 グレンの動きを目の当たりにして、ベロニカが叫んだ。もっとも、それについては他の皆も一目で理解できたようである。

 まず、グレンの太刀がレクトの大剣とぶつかり合った時の音が違う。そしてその際に彼女たちにまで伝わってくるビリビリとした衝撃も、今まで以上に激しいものになっている。

 剣戟そのものは超が付くほどの高速であったが、目が慣れてきたのと普段からレクトの動きを見ているのが影響してか、皆グレンの動きを少しずつ目で追えるようになってきていた。


「それだけじゃないわ。獣人になって動きがもっと荒々しくなると思っていたのに、太刀筋そのものはかなり洗練されていて的確よ」


 リリアの言う通り、グレンの太刀筋は荒々しい見た目とは裏腹に非常に洗練されたものであった。華麗、と言っても過言ではないだろう。


「どうした英雄殿!?動きが遅くなってるぜぇ!!」

「お前が速くなったんだろうが。俺は変わってねえ」


 猛攻もうこうを続けながら挑発ちょうはつするグレンを、レクトは軽くあしらう。とはいえ、顔色こそは変わらないものの、グレンが獣人に変身する前と比較するとレクト自身にもあまり余裕があるようには見えない。

 だがここで、グレンは思いがけない一言を発した。


「なら、もっと速くしてやろうか!」


 グレンはそう言うと、更に太刀を振るスピードを上げた。当然のことながら、ただ闇雲やみくもにスピードを上げただけではなく、レクトの大剣の隙間をうようにして連撃を加えていく。


「あいつ、まだ速くなるの!?」


 エレナが驚愕きょうがくの声を上げた。獣人に変化したことでパワーとスピードが上昇したことでさえ驚きであるのに、それでもまだ本気ではなかったというのだからそう叫びたくなるのも無理はない。

 急な変化に対応するのが少し遅れたのか、レクトの動きもやや守勢に回っているようである。


「本当ならもっと斬り合いを楽しみたいところだが、生憎この後も予定があるんでな。ここらで決めさせてもらうぜ」


 グレンはそう言うと、一旦後ろに下がって太刀を構えた。そして全身に赤黒いオーラをまとうと、そのオーラを2本の太刀に集中させる。


「あばよ!英雄レクト!!」


 大きな掛け声と共にグレンは2本の振りかざし、レクトに斬りかかった。


猛獣の斬裂(ビースト・リッパー)!!」


 グレンが太刀を振り下ろしたと同時に、大きな衝撃が巻き起こる。その轟音と衝撃は、少し離れた位置に立っていたS組メンバーたちにも十分に伝わるほどの大きさであった。


「「「せ、先生!?」」」


 思わず大きな声を上げた生徒たちの視線の先の地面には、大きな十字傷が刻まれていた。間違いなく今の一撃のあとだろう。そして、その十字傷の中央に立っていたのは。


「正直、今の攻撃はすごかったな。俺じゃなければ間違いなくあの世行きだったろうな」


 おそらく防御に使ったのだろう、横向きにかざした大剣をゆっくりと下ろしながらレクトが小さく漏らした。


「「「先生!!」」」

「センセイ!」


 生徒たちの心配と安心の混じった声を受けながら、レクトは大剣を地面に突き刺した。着ているコートの肩部分には小さな切れ目が入っていたが、その周囲に血がにじんでいないあたりレクト本人には傷はなさそうである。

 一方でレクトが無事な様子を見て、グレンの額に冷や汗が浮かぶ。もっとも、獣人の状態では毛皮のせいで周りからは見えないのだが。


「おいおい、今のは正に渾身こんしんの一撃だったんだぜ?それをほぼ無傷で受けるなんて、お前どういう身体の構造してんだ?」


 それまでかなりのハイテンションであったグレンの声のトーンが、やや下がった。グレンとしても己の渾身の一撃を受けて尚、レクトが全くの五体満足で耐え切ったことに驚きを隠せないようだ。

 一方で、レクトはかなりの余裕を見せていた。切れ目の入ってしまったコートを手早く脱ぐと、それを自身の真後ろに放り投げた。下に着ていたのであろう紺色のノースリーブ姿になったレクトは、大剣を地面から引き抜くと、切っ先をグレンに向ける。


「お前、気に入ったよ」


 微笑を浮かべながら、レクトは満足気に言った。

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