突然の襲撃 ①
それは、唐突に起こった。
演説…もとい祭りの前の挨拶の真っ最中である将軍マサムネの立っている台の上に、何の前触れもなく1人の男が飛び乗ってきた。突然の出来事に、当然のように辺りは騒然となる。
「おい、なんだアイツ?」
「マサムネ様のファンか?」
「失礼な奴だなぁ、挨拶が終わってからにしろよ!」
周囲からは戸惑いの声やブーイングが巻き起こる。将軍の挨拶に水を指すような形になったので、当たり前の結果であるといえよう。
あまりに唐突な事であったからか警備の侍たちは一瞬だけ呆気にとられたような顔つきになったが、すぐに我にかえると男に向かって警告する。
「そこの者、今すぐに台の上から降りるのだ。将軍様の前で無礼な振る舞いは許さんぞ」
そう言って、侍たちは腰に携えた刀の柄に手をかける。何しろ、台の上の男は腰の左右に体格には不釣り合いなほどの大太刀を身につけていたのだ。
だが次の瞬間、男は侍の警告を無視して2本の大太刀を抜いた。そして。
「ぐっ、ぐああぁぁぁ!!」
将軍マサムネの叫び声とともに、鮮血が迸った。肩から腰にかけて十文字に切り裂かれたマサムネは、台の上に倒れ込んで動かなくなる。
「将軍様!」
「いやあぁぁ!!マサムネ様が!」
「だっ、誰か!誰か!」
観客からは阿鼻叫喚の声が上がる。これから祭りが始まるという矢先に国家元首が目の前で斬られたのだ、とてつもないショックを受けるのは当然である。周囲にいた侍たちも、あまりにも突然すぎる出来事に身動きがとれなかった。
辺り一帯がパニックに陥る中、冷静に状況を分析した男が1人、即座に動く。
「ハクレン、サクラを頼んだ」
「お任せあれ!」
ハクレンにサクラの護衛を任せ、レクトは背負った大剣の柄に手をかける。
ハクレンの方も威勢よく返事をしたものの、やはり目の前で将軍が斬られたことに対するショックは隠せないようだ。その横にいるサクラに至っては、口元を両手で覆って絶句している。
「「先生!」」
「センセイ!」
「任せとけ」
心配する生徒たちを尻目に、レクトは軽く跳躍して台の前へと降り立つ。多くの人々が逃げ惑う中、台の上にいた男はレクトの存在に気づくと、薄ら笑いを浮かべながら右手に持った大太刀の切っ先を彼に向けた。
「よう。また会ったな、英雄レクト殿」
グレンはそう言うと、台の上から飛び降りる。グレンの発したレクトという名を聞いて、侍たちも一瞬だけレクトの方を見た。
台の周りでは既に10人ほどの侍が刀を手に持ってグレンを取り囲むようにしているが、当のグレン本人は気にもとめていない。侍程度に負けることなどない、という余裕の現れなのだろう。
「ここの国民は学習能力がまるで無えな。式典が襲撃されたのがつい昨日のことだっていうのによぉ、それも忘れて手薄な警備で呑気に開会の挨拶ときたもんだ」
「何だと…!?」
「貴様、よくもマサムネ様を…!」
小馬鹿にした様子でグレンは淡々と述べており、その態度に侍たちは怒りを隠しきれないようだ。一方で、レクトは取り乱した様子もなく真顔のまま返す。
「祭りの運営に対しての文句だったら、後で紙に書いて投函でもしたらどうだ?」
「ハッ、それも悪くねえかもな!もっとも、それを読まなきゃならねえ一番大事な人間はたった今死んじまったんだけどなぁ!」
レクトの皮肉に対し、グレンも皮肉で答えた。
怒りに満ちた周囲の侍たちからはすぐにでもグレンに斬りかかろうという気迫が感じられたが、唯一冷静な状態でいるレクトがそれを制止するように言う。
「こいつが昨日の昼に大勢のサムライを殺した奴だ」
「何だと!?」
「この男が…!」
レクトにその事実を知らされ、侍たちは一瞬たじろいだ。目の前の小柄な男がたった1人で数十人の自分たちの同胞を殺害したというのだから、多少なり恐怖を覚えるのも無理はない。
「こいつはお前らじゃ手に負えねえ、俺がやる。周囲に他の仲間がいるかもしれねえから、そっちを警戒しとけ」
レクトは大剣を構えながら、侍たちに退くように促す。勿論、言葉の通りグレンの仲間…つまり他にも教団の人間がいないか探させるというのもあるのだが、何より侍たちに無駄死にさせるわけにはいかなかったからだ。
ところが、侍たちは中々退こうとはしなかった。
「だが、このままではマサムネ様が…!」
侍の1人が心配そうな声で言った。主君である将軍が倒れている以上、家臣としては見捨てるわけにはいかないという忠義の表れであろうか。
そんな侍たちに対し、レクトは残酷な言葉を言い放つ。
「気づいてんだろ?ショウグンなら手遅れだ。多分、もう事切れてる」
現実を見ろ、とでも言わんばかりのレクトであったが、侍たちはあまり驚いたような素振りは見せず、悔しそうに歯軋りをするだけであった。おそらくレクトの言うように、将軍が手遅れであることには気づいていたのだろう。
「くっ…、わかった。ここは任せたぞ」
「必ず、奴を倒してくれ!」
そう言い残すと、侍たちは刀を鞘に納めて走り去っていった。周りにいた観客たちはほとんどが逃げ出してしまった後だが、それでも野次馬と思わしき人間たちがチラホラ点在している。もしかするとその中に教団の人間が紛れているかもしれないと、侍たちは彼らのいる方へと向かった。
侍たちが離れていったところで、それまで律儀に黙って見ているだけであったグレンが口を開く。
「しかし、ありがたい話だ。そっちから出向いてくれて手間が省けたぜ」
「手間が省けた、だと?」
グレンの言葉に、レクトは率直な質問を投げかける。周りに人がほとんどいなくなったので、2人の会話は少し離れた位置にいるS組メンバーたちにも聞こえていた。
「俺の仕事は2つだ。1つは公衆の面前で将軍マサムネを無残な姿にしてやることと、もう1つは…」
左手に持った太刀でマサムネの亡骸を軽く叩きながら、グレンは右手の太刀の切っ先をレクトに向けた。
「英雄レクト。てめぇを八つ裂きにすることだ」
グレンは言葉とともに、むき出しの殺気をレクトに向ける。さながら、獲物を目の前にした猛獣とでもいったところであろうか。
常人なら、足がすくんでしまうかもしれないほどの威圧感である。だが生憎と、目の前の絶対強者にとっては取るに足らない程度の威嚇であった。
「昼間もそんなことぬかしてやがったが、例えるならそれはステーキを生肉の状態に戻すっていうのと同じことだぜ?」
「何だと?」
レクトが唐突に意味不明なことを言い出したので、グレンは少しばかり眉を釣り上げる。
「不可能だ、って言ってんだよ」
挑発的な口調で、レクトは先程の言葉の意味を述べる。誰がどう見てもあからさまな挑発であったが、グレンは怒るどころか楽しそうな笑みを浮かべた。
「そうかい。なら、試してみようかねぇ!!」
グレンは台の上から勢いよく飛び降りると、両手の太刀を振り下ろしてレクトに斬りかかる。
「無駄に決まってんだろ」
グレンの一撃を軽く躱し、すぐさまレクトも反撃に出る。振り抜かれたその大剣を、グレンは受け止めることなくバックステップで回避した。
「生憎だが、単純な力比べだと競り負けそうなんでな。ここはスピード勝負で行かせてもらうぜぇ!」
「スピードで俺に勝てるのならいいけどな」
挑発的なグレンの言葉を、レクトは皮肉も交えて軽く受け流す。対するグレンは、両の太刀でタイミングをズラしながらレクトに斬りかかった。
「コマ切れになりな!」
並みの剣士が相手ならば、一瞬で勝敗が決していただろう。それほどまでにグレンの斬撃は激しさを増していた。しかも、ただ激しいだけではない。両手の太刀で上下左右から、予測不可能な攻撃を次々に繰り出しているのだ。
とはいえ、グレンが今まさに相対しているのは並どころではない人間だ。レクトは不規則なグレンの攻撃に冷静に対処しつつ、隙をついて反撃に出る。グレンの方も神経がいつも以上に研ぎ澄まされているのか、レクトの攻撃に対し紙一重の回避を見せていた。
「いいぞ!いいぞ英雄殿!今まで会ったどの人間よりも強ぇよ!ゾクゾクするぜ!」
「忠告しておくが、戦闘狂は大抵長生きしねぇぞ」
「短命で結構!俺は戦いの中で死ねれば本望だ!」
「あぁ、そうかい」
互いに言葉を交わす余裕を持ちながらも、2人は超高速の剣戟を繰り広げている。その光景を、S組メンバーは少し離れた位置から見守っていた。
「な、何なのよあの戦い…」
「少なくとも、私たちじゃ踏み込めない領域であることは確かね」
目にも留まらぬ攻防を見て冷や汗を流すリリアの横で、フィーネが率直な感想を漏らす。普段からレクトを相手に訓練を行っている彼女たちではあるが、やはりその時にレクト自身が見せている力はほんの僅かでしかないという事実を改めて実感していた。
「えーと…今、どっちが押してる?」
「センセイに決まってんだろ」
ニナの疑問に対し、レクトが負ける筈などないと信じて疑わないのか、ベロニカは少し落ち着いた様子で発言した。だがそれは決して盲信などではなく、実際にもレクトの方が実力的には上回っているようだった。
「くっ、この…!」
最初は攻勢を保ち続けていたグレンであったが、レクトの反撃に対応するのに手一杯で気づけば守勢にまわっている。少し苦しそうな表情を見せるグレンに対し、レクトは顔色1つ変えていない。
だがここでグレンはいきなり大きく跳躍し、一旦レクトと距離をとった。
「ハッハァー!流石は英雄レクト、やっぱし一筋縄じゃいかねえようだなァ!」
威勢良く言ったものの、グレンは息が少しばかり乱れている。昼間のときもそうであったが、素人目にはほぼ互角に見える剣戟であっても実際のところはレクトの方が圧倒的に優勢であるのにはまず間違いない。
「そろそろ諦めて降参したらどうだ?どう足掻いたって俺には勝てないってことがわかっただろうが」
自分との実力差を踏まえた上で、レクトは降参することを促した。もっともレクト自身、目の前の戦闘狂はその程度で諦めるようなタマではないということも理解してはいたのだが。
「いや、今回は俺も本気でいかせてもらう」
レクトの提案を突っぱねると、グレンは呼吸を整えた。