御神刀 ③
特に怖れた様子もなく、レクトは御神刀へと手を伸ばす。しかし刀の試練を全く怖れていないのはあくまでもレクトだけなので、周りで見ている生徒たちは内心ハラハラしていた。
「先生、無茶はしないでくださいよ?」
心配性のアイリスが声をかけた。勿論、レクトのことが心配なのはアイリスだけではない。いくらレクトが強いといっても、それと御神刀の試練はまた別のことであっても何らおかしくはないからだ。
しかし、相変わらずこの男はブレない。
「問題ない。昔から精神力の強さには自信があるからな」
軽く返事をし、レクトは御神刀の柄を握る。そうして次の瞬間、レクトの頭の中には何者かの声が響いてきた。
(力を求める者よ…)
「なるほど、こういうことか…」
つい先程に体感したベロニカが言っていたことが理解できたのか、レクトは小さく声を漏らした。しかし周りにいる生徒たちにはその声は聞こえていないため、実際に体感したベロニカ以外はレクトの身に何が起こっているのかは全くわからない。
(強大な力を求めるのであれば、相応の代償が必要になる。それを理解しているのか?)
「…」
時間が経過するにつれ、レクトの表情が少しずつ変化していく。だがそれは、決して恐怖や萎縮といった表情ではなかった。
このレクトの表情は、生徒たちには見覚えがあった。間違いなく、彼がイライラしているときのものである。
(業火に身を焼かれる覚悟はあるか?さもなくば…)
「うるせえぇぇぇ!!!」
頭の中に響く声を遮るように、レクトは急に怒声を発した。当然だが、何が起こっているのかわからない生徒たちは困惑している。
「せ、先生!?」
「一体どうしたんですか!?」
「びっくりさせないでよ!」
生徒たちは口々にレクトに質問を投げかけるが、レクトは答えない。その代わりにレクトは手に持った刀を高く掲げると、試し斬りをするかのようにその場で2、3回軽く振った。
「よし、問題ない」
レクトはそう言うと箱の中に残されていた鞘を手に取り、御神刀を納める。質問に答えずに真顔のまま事を進めているので、見ている生徒たちは何が何だかわかるはずもない。
「え!?何!?何が起こったの!?」
「先生が怒鳴って、刀を鞘に納めたわ」
「いや、それは見りゃわかるわよ!」
何も知らない人間からすれば、ただ刀を鞘に納めただけである。ところが、困惑するリリアと冷静なルーチェの掛け合いの横で、一連の流れを見ていたハクレンは大層驚いたような表情を浮かべていた。
「これは驚いた…!まさか、御神刀の意思を精神力の強さだけで抑え込むとは…!」
どうやらたった今レクトがやってみせたことは、とんでもなく凄いことであったようである。その証拠にハクレンだけでなく、横にいたサクラまでもが仰天した様子を見せていた。
「抑え込んだっていうか、有無を言わさず無理矢理ねじ伏せたような感じだったけど」
「先生らしいと言えばらしいけどね」
フィーネとエレナがもっともらしい見解を述べる。普通に考えるととてつもないことであったとしても、「レクトだから」で何となく納得ができるのだから慣れというものは恐ろしい。
「おいおっさん。この刀、借りてくぞ」
御神刀をハクレンに見せながら、レクトが言った。だが、ハクレンは未だに呆気にとられたような様子のままである。
「先生!?話ちゃんと聞いてました!?これ国宝なんですよ!?」
皆の意見を代弁するように、フィーネがもっともな事を指摘した。そりゃあ、厳重に保管されている国宝を無造作に持ち出そうとしているのだから当たり前と言えば当たり前であるが。
だが、今は状況が状況である。レクトが返事をする前に彼に代わってルーチェが冷静に反論する。
「でも、本来の担い手である神官がいない以上、ここは無理矢理にでも扱えそうな先生が持っているのが一番いいんじゃない?」
「それは、そうだけど…」
ルーチェの意見も一理あるというのは理解できていたが、フィーネとしてはやはり国宝を持ち出すという行為自体に抵抗があるらしい。
そんなフィーネに対する気休めとまではいかないが、アイリスがやんわりとレクトに釘を刺す。
「とりあえず先生、手荒に扱わないようお願いしますね」
「努力はする」
何となくあてにならなそうな返事をしながら、レクトは御神刀を背中に携えた。彼が着ているのはロングコートであるため、ヤマトの侍のように刀を腰に携えるのは収まりが悪いのであろう。
「そういえばセンセイって普段は大剣だけど、刀は扱えるのか?」
不意にベロニカがレクトに尋ねた。だが、確かに重要な問題ではある。そんなベロニカの質問に対し、レクトは至極当然といった様子で答える。
「刀に限らず、よっぽど特殊なモノでなければ大抵の武器は扱えるぞ。大剣は俺の戦闘スタイルに一番合ってるってだけの話だ」
「確かに、扱い方を知らなければ私たちにあそこまでの指導はできませんよね」
レクトの話を聞いて、エレナは納得したような表情を浮かべている。よくよく考えてみれば普段の授業の時の指導も、レクトが武器ごとの特性を理解しているが故のものだということなのだろう。
「よし、ここにはもう用は無え。街に戻るぞ」
「「「はい」」」
用事は済んだので、レクトたちは街へ戻ることにした。だが先導するレクトが神殿の出口へ向かおうとした時、不意に後ろからハクレンの声がした。
「それでは、私もご一緒しましょう」
その声を聞いてレクトたちがハクレンの方を見ると、彼はいつの間に取り出したのか立派な長槍を手に持っていた。そんな彼を見て、驚きと期待が入り混じったサクラが尋ねる。
「ハクレン様も一緒に来てくださるのですか!?」
「私の役目は御神刀を管理することですから。その御神刀がこの神殿に無ければ、私もここに留まっている意味がないでしょう?」
サクラの質問に対し、ハクレンはさも当然といった様子で答えた。しかし、彼のことをよくは知らないレクトは少し胡散臭そうな目で見ている。
「守るって言ったって、俺より弱い人間の護衛ならいらねえぞ」
「無茶言わないでください」
無茶苦茶…というか理不尽なことを言い出すレクトを、アイリスが目を細めながらたしなめる。とはいえ、実際問題レクトより強い人間を探すなどほぼ不可能なことであるのだから仕方ない。
「ハクレン様は元は僧兵なのです。なので決して足手まといになったりはしませんよ」
「そうへい?」
サクラの説明の中で、聞き慣れない言葉にニナは首をかしげる。その疑問についてはサクラに代わって、ハクレン自身が答えた。
「端的に言えば、武術に精通した僧侶のことです。私の場合、槍の扱いならばそれなりの心得がありますので」
「僧侶が武術を学ぶのですか?」
今度はフィーネが疑問の声を上げる。だが、ハクレンがその質問に答える前にエレナが横から口を挟んだ。
「別におかしなことはないんじゃないかしら。フォルティスにも祓魔師や修道士のように、戦闘に特化した僧侶はたくさんいるもの」
宗教的な違いこそあるものの同じ聖職経験者であるからか、エレナの説明も真っ当ななものでありそれを聞いたフィーネも納得の様子だ。
「エレナも戦う修道女だものね」
「私は修道院時代には戦闘の技術は学ばなかったわ。学園に入ってからよ」
ルーチェが入れた茶々を、エレナは真顔で訂正する。
一通りのやりとりが済んだところで、レクトが改めて生徒たち全員に声をかけた。
「んじゃ、戻るとするか」
「「「はい」」」