御神刀 ②
箱の中に入っていたのは、刀身が黒い色をしたやや大振りの刀であった。これまでに聞いた話から考えると数千年前から存在するのは間違いないのだが、手入れが行き届いているのか錆や刃こぼれは全くないようだ。
むき出しのまま置かれた本体の横には、一緒に鞘も置かれている。
「見た目はただの刀みたいだけど…」
「そうね。なんかイメージと違ったわ」
もっと派手なものを想像していたのであろうか、フィーネとリリアが少し拍子抜けしたような様子で言った。
「ベロニカが使ってるものより、一回り大きいぐらい?」
「そうだなぁ」
黒い刀身を眺めながら、エレナとベロニカが言葉を交わす。確かにエレナの言う通り、ベロニカが使っている刀より少しばかり大きなものであるようだ。
「本当にこれが国宝の刀なのですか?」
失礼な質問だと理解していたが、それでもやや疑わしげな様子のフィーネが尋ねた。もっとも疑わしげなのはフィーネだけでなく、S組メンバー全員がそうであったのだが。
「はい。ヤマトに伝わる国宝、御神刀『天翔煌翼』です」
彼女自身は以前に見たことがあるのであろう、サクラは真面目な表情で答えた。
「刀身は何でできてる?少なくともただの鉄ってことはないだろ」
黒い刀身を眺めながら、レクトはハクレンに尋ねた。
何しろ、国宝とされている刀である。しかも数千年以上も前から存在しているのに錆や刃こぼれが無いとなると、やはりレクトの言うように普通の金属ではないのだろう。
「学者の間ではヒヒイロカネだとか、オリハルコンが使われているなど様々な説がありますが、実際のところよくわかっていないのです」
「ま、流石に国宝を削って調べるわけにもいかないよな」
明確な答えを示せずハクレンは申し訳なさそうであったが、レクト自身は予想通りといった反応を見せていた。
ここで、ハクレンが口に出した金属の名前にベロニカが食いつく。
「ヒヒイロカネとオリハルコンって、どっちも超が付くほど稀少な金属だよな?硬度もすごいから加工が難しいって聞いたぞ」
「詳しいですね、ベロニカ様」
「一応、実家が鍛冶屋だからな」
サクラは少し驚いたように言ったが、ベロニカ自身はごく当たり前といった様子で返す。当然だが、ベロニカの実家が鍛冶屋であると知っているS組メンバーはそれほど驚いた様子を見せてはいないが。
兎にも角にも目の前にある刀が目的のものであるということはわかったのだが、今のところ特別な力や雰囲気は感じられない。そこでベロニカは何を思ったのか、唐突にとんでもないことを言い出した。
「なぁなぁ、触っていてもいい?」
「あっ、ベロニカちゃんずるい!」
抜けがけしようとするベロニカを見て、それまで静かだったニナが大きな声を出す。しかし、そんな2人を見てリリアはやれやれといった様子で注意を促した。
「あのねぇ、遊びじゃないのよ?」
「う…」
リリアに諭され、浮ついた気分であったベロニカは少し恥ずかしくなったのか黙り込んでしまう。だが、ベロニカの質問に対するハクレンの回答は意外なものであった。
「触るのは構いませんよ」
「えっ、いいの!?」
場の空気的に予想外の回答であったので、思わずベロニカの声が少し裏返った。当たり前だが、驚いているのはベロニカだけでなく他のメンバーも同じである。
ところが、それについてハクレンから1つ警告が入った。
「ただし、危険を感じたらすぐに手を離してください」
「どういうこと?」
刀を触るだけなのに危険と言われて、ベロニカはいまいちピンとこなかった。しかしハクレンは詳しい説明はせず、忠告を繰り返すのみだ。
「触れてみればわかると思います。とにかく、少しでも危険を感じるようであればすぐに手を離すようお願いします」
「わ、わかった…」
先程までの好奇心は何処へやら、ベロニカは少しビビりながら刀の柄に右手を伸ばす。だがそうして伸ばした手が柄に触れた瞬間、唐突にベロニカの脳裏に何かのイメージのような光景が浮かんできた。
「な、なんだこれ…?」
「どうしたの?」
表情のこわばっているベロニカにエレナが尋ねたが、ベロニカは答えない。そのため、レクトをはじめとしたS組メンバーには何が起こっているのかさっぱり検討もつかなかった。
(人間よ…力を求めるか?業を背負う覚悟はあるのか?)
「こ、声がする…!」
「声?」
ベロニカの一言に、アイリスは首をかしげる。ベロニカには聞こえている何者かの声も、周りには一切聞こえていないようだ。おそらくは刀に触れている人間にのみ聞こえる声なのだろう。
(業火に身を焼かれる覚悟が、貴様にはあるのか!?)
「う、うわぁぁぁ!!」
大きな叫び声を上げて、ベロニカは御神刀から手を離す。しかし他のメンバーにとっては何が起こったのかが全くわからないので、心配よりもまず困惑が先に来ていた。
「ど、どうしたのよベロニカ!?」
「一体、なんなの!?」
「だ、大丈夫ですか!?」
他のメンバーが声をかける中、呆然としたベロニカは右手を押さえながら下を向いていた。
数秒が経過したところでようやく落ち着いたのか、ベロニカは顔を上げて今しがた起こった出来事をありのままに話す。
「な、なんかよくわかんないけど、たくさんの人が炎で焼かれて苦しむ姿とか、そういうのが見えた…!」
「たくさんの人が…?」
ベロニカの話を聞いて、エレナの表情が引きつった。エレナ自身はその光景を見たわけではないが、少なくとも見ていて気持ちの良い光景ではなかったであろうことは容易に想像ができたようだ。
「この天翔煌翼は、触れた者にかつてヤマトで起こった争いや災害の光景を見せると言われています」
ハクレンは真剣な様子で言った。その話を聞いて、フィーネはあることを思い出す。
「それってもしかして、エンスウジで見た巻物に描かれてた出来事のことですか!?」
フィーネの言葉を聞いて、他のメンバーも先程立ち寄った炎崇寺で見せてもらった巻物に描かれていたものを思い浮かべた。言われてみれば確かに、例の巻物には争いや災害について多くのことが記されていた。
「おそらくは。不死鳥エンスウの意思が、そのまま御神刀の意思となって使い手を試しているのでしょう。心の弱い人間であれば、御神刀を扱うに値しないと判断しているのだと思われます」
ハクレンの説明を聞いて、皆が納得した様子になった。御神刀そのものが使い手を試すというのであれば、厳しい修行に耐える必要があるという話にも頷ける。
それに関連して気になったことがあるのか、ルーチェがベロニカに問いかけた。
「ベロニカ。さっき声がするって言ってたけど、どんな声だったの?」
「わかんない…。わかんないけど、覚悟はあるかとか、そういうことを問いかけてきてた」
自分でもあまりよくは理解できていないのだろう、ベロニカは少し困ったような様子で述べた。そしてベロニカが聞いたという声について、ハクレンから補足説明が加わる。
「伝承によると、この刀を握った際に聞こえてくる声はこの国の守護神である不死鳥エンスウのものであるそうです」
「鳥なのに喋るの!?」
鳥が人語を話すという事実に驚いたのか、リリアが上ずった声を上げた。しかし、いたって冷静な様子のルーチェが横から口を挟む。
「守護神っていうぐらいだから、人知を超えた存在であってもおかしくはないんじゃない?」
「うーん、そういうものなのかしら…」
実感はできないものの一応は納得したのか、リリアはブツブツ言いながら顎に手を当てる。実際問題、ただの学生である彼女たちは神の名を冠する存在など伝承や神話でしか耳にしたことがないので、理解しろというのも無理があるのだが。
「つまり、この試練に打ち勝たないと御神刀を扱うことはできないっていう話でいいんですか?」
話がようやくまとまってきたところで、フィーネが尋ねた。ハクレンは小さく頷くと、詳しい説明を続ける。
「そうなります。とにかく精神にかかる負担が尋常ではないので、通常はまず精神修養から始めますね。そして十分な精神力を身に付けてから、数ヶ月かけて徐々に御神刀に身体を慣らしていく必要があるのです」
「数ヶ月…」
ハクレンの発した数ヶ月という長さに、アイリスが小さく声を漏らした。何しろ身体を慣らすだけで数ヶ月かかるというのに、その上事前に精神修養まで行わなければならないというのだ。
「昔コンゴウに聞いたことがあるのですが、彼は精神の修行に2年、そして御神刀に身体を慣らすのに半年かかったと言っていました」
追い討ちをかけるかのように、不安そうな表情をしたサクラが説明を付け加えた。
「半年!?そんな時間ないわよ!?」
「しかも精神修養に2年かかってるって言うのだから、合計で2年半かかるって事よね」
大きな声を上げるリリアに、冷静な様子のルーチェが補足を加える。だがルーチェ自身も態度自体は冷静ではあるものの、事態を決して楽観視はしていないようだ。
全員が不安そうな様子になる中、それまで黙って事の成り行きを見守っていたレクトが唐突に名乗りを上げた。
「ウダウダ言っても仕方ねえよな。とりあえず俺、試してみるわ」