教団の長との邂逅⑥
大剣でグレンの左の太刀を受け止めたレクト。だがその瞬間、受け止めた太刀の刀身を見て何かに気付いたようにははーんと声を漏らす。
「なるほど、読めた」
「読めた、だと?」
レクトの表情が変わったことに危機感を覚えたのか、グレンは一旦バック宙でレクトと距離をとる。当のレクト本人は合点がいったような様子で、両手で握っていた大剣の柄から左手だけを離した。
「意外と単純な話だったわ。その刀、左右で長さが違うだろ?さしずめ5センチってところか。かなり長い刀だったから最初は気付かなかったよ」
左手でグレンの両の太刀を交互に指差しながら、レクトは得意気に言った。
どうやらレクトが間合いがおかしいと感じていたのは、グレンの持つ2本の太刀の長さが微妙に違っているのが原因であったようだ。
「ほう、たった数回斬り結んだだけで見切るとはねぇ」
グレンの方も隠すことなく、あっさりと公言する。彼としては別に隠していたというわけでもなく、バレても大した問題ではないのだろう。
「ちなみに正確に言うと2寸だ」
「わざわざ情報ありがとよ」
言葉の掛け合いと共に、2人は再び高速の剣戟を再開する。ただし今回は間合いの謎が解けた分、レクトがより攻勢に出ているが。
「2寸?」
一方で2人の剣戟を見守りながらも、リリアが疑問の声を上げる。聞きなれないその単語に、解説を行ったのはやはりサクラであった。
「ヤマトで使われている長さの単位です。海外の長さで表すと、2寸は約6センチですね」
「へぇー」
リリアが感心したように言った。普通に考えれば敵幹部と戦っているとなるとかなり切羽詰まった状況であるのだが戦っているのが他でもないレクトであるからか、見守っている皆にも多少の余裕があるようだ。
「タネがわかれば後は簡単だ。さっさと決めさせてもらうぜ」
相手の手の内がわかったところで、レクトは一気に攻勢に転じる。
昨日のシラヌイとの攻防でもそうであったが、そもそもレクトは自分の力に絶対的な自信を持っていても相手のことはしっかり見ている。以前に戦ったことがある相手ならばともかく、初めて対峙する場合は様子を見ながら相手の力量や戦術を見定めるのが彼のセオリーだ。
「その刀、お前の体格に合ってないだろ?もう少し短いヤツに変えたらどうだ?」
「ご心配ありがとよ!だがわざわざこの太刀を選んだのにはちゃんと意味があるんでな!」
余裕の表れなのか、レクトは攻撃を加えながら敵の戦い方に対しての駄目出しを行っている。一方で先程の猛攻からは一転、口調は強いながらもグレンは攻撃を防ぐのだけで手一杯のようだ。
「そもそもお前、ヤマトの人間じゃねえな?肌の色でわかるわ」
激しい攻防の最中であっても、レクトは質問を続ける。側からみれば悠長にも思えるが、彼にとってはそれだけ余裕があるということの現れなのだろう。
そしてレクトの見立て通り、グレンの肌の色はヤマトの人間と比べるとやや白色で、どちらかというとレクトたちと同じ大陸側の人間に近い。
「その通り、お前と同じで大陸側の出身だ。もっとも、俺の出身地なんざ地図にも載ってねえようなド辺境だがな!」
質問に答えながらも、グレンはレクトの攻撃を捌く。最強の傭兵であるレクトには遠く及ばないようだが、彼の攻撃をなんとか防いでいるあたりグレンの剣技も相当なものなのだろう。
「その辺境出身の人間が、どうして島国の教団なんかに属してる?」
「なんでもいいだろうが!テメーはここで死ぬんだからよ!」
「まったく、どの状況を見てそんなセリフが出てくるんだ?」
あくまでも強気な態度を崩さないグレンに対しこれ以上の問答は無駄だと判断したのか、レクトはそれ以上喋るのを止めた。その代わりに、剣の振りを大きくして威力を一層高める。
「おおっと!」
流石にこれは受け切れないと感じ取ったのか、グレンはバックステップで一旦レクトと距離を取った。剣の腕だけでなく、相手を観察する技能もそれなりにあるようだ。
「ひゃっひゃっひゃ!流石だなぁ英雄殿!強過ぎて寒気がすんぜぇ!」
尋常ではないレクトの強さに恐怖を感じつつも、グレンには未だに戦いを楽しんでいる節があるようだ。
このままでは本当にグレンがやられてしまうと危惧したシラヌイは、らしからぬ大声でグレンに呼びかける。
「グレン!熱くなるな!今の我々の目的はソウゲン殿の救出だけだ!」
「うるせえな!わあってるよ!」
シラヌイの忠告に、グレンはやや乱暴な口調で返事をした。一応、反発はしていないあたり本来の目的は忘れてはいないようであるが。
だが、グレンとしても撤退しようにも1つ大きな問題があった。
「くっ、この…!」
「どうした?俺を倒すんじゃなかったのか?」
グレンが冷静さを取り戻したところで、レクトの猛攻は止まらない。頃合いを見て離脱しようにも、目の前の男には全くと言っていいほど隙がないのだ。
少しでも怯ませたり、傷の1つでも負わせることができれば十分なのだろうが、それすらも叶わないほどにレクトの動きには寸分の狂いが無かった。
「くそ、このままでは…!」
苦戦するグレンの様子を目の当たりにして、シラヌイは額に冷や汗を浮かべている。普段から冷静なシラヌイも、流石にこの状況ではどうしようもないようである。
二進も三進もいかなくなったこの状況下で、シラヌイの配下の忍者の1人が前に出た。
「隊長、私にお任せください」
「何をする気だ」
唐突な部下の発言に、シラヌイは少し驚いた様子を見せる。何しろ自分やグレンですら軽くあしらわれるような相手に、部下の忍者が対抗できるなど到底思えないからだ。
「使命を全うするだけです」
忍者はそう答えつつ、懐からなにか筒のようなものを数本取り出してみせた。それを見たシラヌイは、部下の忍者がやろうとしている事を察して小さく頷く。
「そうか…世話をかけるな」
シラヌイは少し残念そうな声になりつつ、部下の忍者から目を背けた。
作戦の許可を得た忍者は、迷うことなく一目散に駆け出す。そしてレクトの大剣とグレンの太刀が互いに弾き合った一瞬の隙に、2人の間に割って入った。
「グレン殿!離れてください!」
「えっ?あ、あぁ…」
急に現れた味方に少し戸惑いながらも、グレンは言われた通りに後ろへ下がる。グレンの性格上、戦いの邪魔をされたことで多少なり怒るのが普通なのだろうが、どうやら今回は忍者がやろうとしていることをすぐに察したらしい。
しかし、レクトにとっては忍者もグレンと同じく敵である。立ちはだかるのならば薙ぎ払うだけだ。
「何だお前?邪魔すん…」
ところが邪魔な忍者に攻撃を加えようとしたところで、何かに気付いたのかレクトは急に剣を止めた。彼の視線は、忍者の胴体部分に注がれている。
「爆弾!?」
レクトの言葉の通り、忍者の胴体にはいくつもの爆弾がくくり付けられていた。大きさそのものは大したことはなく、せいぜい半径数メートルを巻き込むようなものであろう。しかしこのまま相手を斬ってしまえば、それこそその爆弾が誘爆するおそれがある。
だが、レクトが攻撃を一瞬止めた隙に忍者は一気に間合いを詰めた。
「シラヌイ様!あの世でお会いしましょう!」
「さらばだ」
部下の覚悟を見届けたシラヌイは、肩に瀕死のソウゲンを抱えたまま塀を飛び越えた。そして後に続くようにグレンも両の太刀を鞘に納めながら、同じように塀を飛び越える。そして。
ドカァァン!!
「きゃっ!」
「うわっ!」
大きな爆発音と共に、砂埃が舞い上がる。爆発の規模自体は大したものではなかったようで、爆発の中心から数十メートル離れていたS組メンバーやサクラは幸いにも衝撃波や爆風でバランスを崩す程度で済んだ。
だが、それはあくまでも離れた位置にいた彼女たちの話だ。爆発の中心にいたレクトは無傷というわけにはいかないだろう。
「「先生!」」「センセイ!」「レクト様!」
皆が口々に叫ぶ。すぐには反応は返ってこなかったものの、数秒が経過して砂埃が収まると同時にレクトの声が聞こえてきた。
「心配ない。ちゃんと生きてる」
砂埃の中から姿を現したのは、五体満足のレクトであった。しかも、衣服に損傷や乱れは全くなく、焼け焦げたような跡も見られない。
「先生、大丈夫なんですか?」
「平気だ。ダメージも無え」
心配そうなアイリスの質問に、ほぼ無傷の状態のレクトは真顔のまま答えた。
レクトが無事であったことに生徒たちは一瞬安堵の表情を浮かべるが、彼の周りの様子を見て思わず顔を引きつらせた。サクラに至っては見たくないのか、両手で顔を覆っている。
そんな彼女たちの視線の先では、つい今しがた自爆した忍者のものと思わしき肉片や血痕が散乱していた。
「見ない方がいいぞ。あんまり気持ちのいいもんじゃねえからな」
そう言いつつ、レクトは自分のブーツのつま先に転がっていた左腕の残骸を邪魔くさそうに蹴飛ばす。様々な戦場を渡り歩いた経験からかレクト自身はバラバラになった死体など見ても動揺することはないが、それでもやはり気分的には良いものではないらしい。
気分を変えたかったのかどうかは定かではないが、ここでフィーネがあることについてレクトに尋ねた。
「先生。今のって、もしかして前に授業でルーチェの火球を防いだのと同じですか?」
「あぁ、そういやそんなことあったなぁ」
フィーネの質問を聞いて、ベロニカが思い出したように呟く。
フィーネが言っているのは、レクトが学園にやって来てまだ間もない頃にルーチェの挑発にわざと乗って彼女と勝負をした時の話だ。ルーチェの時間魔法によって体感時間をズラされたレクトが、そのすぐ後に火球が直撃したにもかかわらずなぜか全くの無傷であったのを思い出したのだ。
「うん、そう。同じヤツ」
レクトは質問に答えながら、生徒たちの元へと戻る。戦いに負けたわけではないが、敵の頭領を取り逃がしてしまったという事実が彼にとっては不満のようだ。
「あの時は教えてもらえませんでしたけど、一体どうやったんですか?」
「あ、それ私も知りたかった」
フィーネの質問に、エレナも同意するように頷いた。しかし、レクトはコートについた砂埃を払いながら素っ気なく答える。
「んー、今は状況が状況だし、もっと余裕のある時にな」
「「えー?」」
レクトの返答に、2人は当然のように不満の声を上げた。そしてその件とは別に、今度はおもむろにルーチェが手を挙げる。
「というか先生、その前に1ついいですか?」
「何だ?」
質問をしたルーチェの指先は、レクトの左上腕部を指していた。それを見た生徒たちはハッとしたように思い出すと、声を揃えて大声で叫んだ。
「「「パンツ返してください!!」」」
「パンツ返せって!」
「パンツ返して!」