教団の長との邂逅⑤
レクトに大剣の切っ先を向けられていたソウゲンは、必死に思考を巡らせていた。事前に用意していた策も破られ、更には相手自身も反則級の強さときた。これでは作戦をしくじったカゲロウを咎めるどころの話ではない。
「かくなる上は…!」
苦し紛れの言葉と共に、ソウゲンは折れた錫杖を掲げる。真ん中から折れているため武器として使うには心許ないが、先端にはまだ鈴が付いたままだ。
「あいつ、また術を!?」
ソウゲンが何をしようとしているのか気付いたのか、フィーネが声を上げた。経緯はどうあれ何とかレクトの手によって洗脳が解けたというのに、これでは振り出しに戻るだけである。
ところが、今回はそうはいかなかった。
「なっ…!?」
鈴を鳴らそうとした正にその瞬間、ソウゲンの目の前には既に剣を振り抜いた後と思わしきレクトが立っていた。それと同時に、錫杖の先端に付けられていた鈴がバラバラになって地面に散らばる。
「もう一回それをやろうとしたら、本気で潰すって決めてたんでな」
レクトの雰囲気が変わった。もともと戦闘開始の時点でソウゲンに対して只ならぬ敵意はむき出しにしていたのだが、今はそれすらも上回る殺意のようなものを感じる。
「くたばれ!」
「ぐはぁっ!?」
振り抜かれた大剣の一撃によって、ソウゲンの体が地面を高速で転がっていく。斬られた、というよりは衝撃波を喰らって吹き飛ばされたという表現の方が正しいだろう。
ソウゲンは何とか立ち上がるが、足元がおぼつかない様子だ。だがレクトは一切の容赦をせずに再び斬りかかる。
「貴様ぁ!若い女子の下着を腕に巻きながら戦うなど、英雄として恥ずかしくないのか!?この外道が!!」
「全っ然!あと俺にとって外道は褒め言葉だ!覚えときな!」
追い詰められたソウゲンは何とか動揺を誘おうと罵詈雑言を浴びせるが、レクトには全く通じない。
ソウゲンは折れた錫杖でレクトの攻撃を受け止めるが、元々身体能力だけでもレクトには勝てないのに今は手負いの状態である。
「くっ、くそ…!」
苦しそうに呻くソウゲンを見て、レクトは一旦距離をとる。だがそれは、決して情けや哀れみからくる行動ではない。
この戦いに、ケリをつけるためだ。
「一回、地獄でも見てこい」
そう言ってレクトは大剣を真正面に構え、集中力を高める。その瞬間、レクトの全身を禍々しい紫色のオーラが包んだ。
「何あれ!?なんかヤバそうなんだけど!」
「なんか…怖いです…」
これまでに見たことがないレクトの雰囲気に、リリアとアイリスは若干の恐怖を覚えたようだ。無論、只ならぬ空気を感じているのは他のメンバーも同じである。
「皇帝の!」
掛け声と共に、レクトが剣を振り上げる。そして。
「凶刃!!」
レクトが剣を振り下ろした瞬間、巨大な轟音とともに周囲に衝撃が広がった。
「きゃっ!」
「うぅっ!」
その凄まじい威力によって、大量の砂埃が舞い上がる。それこそ技を喰らったソウゲンはおろか、技を放った張本人であるレクトの姿すら見えないほどだ。
ようやく砂埃がおさまり始めたのは、レクトの攻撃がソウゲンに直撃してから10秒近く経ってからであった。
「はっ…はぁっ…!」
砂埃の中から姿を現したのは、満身創痍のソウゲンであった。かろうじて立ってはいるものの息も絶え絶えで、全身が血みどろである。
何より、彼の右腕の肩から先の部分が無くなっていることが、レクトの本気の一撃の威力とそれによる多大なダメージを物語っていた。
「へえ、中々タフじゃん。俺の皇帝の凶刃を受けてなお、かろうじて人の形を保っていられるなんてさ」
感心したようにレクトは言うが、それでも表情は余裕しゃくしゃくだ。そもそも、満身創痍のソウゲンに対しレクトは攻撃の1つも喰らってはいないのだから当然といえば当然である。
だが、レクトの皇帝の凶刃によるソウゲンへの影響はもう1つあった。
「あっ、仮面が…!」
その変化を見て、エレナが言った。というのも、彼の顔を覆っていた仮面がレクトの一撃によって粉々に砕かれてしまったのだ。
仮面の下の素顔自体は特に何の変哲もない中年男性そのものであったのだが、その素顔を見てサクラは顔色を変えた。
「あなたは…もしかして、シュラ!?」
露わになったソウゲンの顔を見たサクラが驚愕の声を上げるが、当然のようにその聞き覚えのない名前にS組メンバーは首をかしげている。そんな生徒たちの疑問を代表するかのように、レクトは大剣を肩に乗せながらサクラに尋ねた。
「知ってる奴か?」
「かつて、将軍に仕えていた侍の1人です。腕も立ち、マサムネ様や他の家臣たちからも信頼されていました」
どうやらサクラの話によれば、目の前にいる大男はかつて将軍に仕えていた身であったらしい。それが本当であれば最初にサクラがどこかで会った気がすると言っていたのも納得がいく。
その頃を知らないレクトたちからしてみればいまいちピンと来ない話ではあるが、サクラ自身はソウゲンの素顔を見て大層驚いているようだ。
「ですが彼は2年前、魔物の討伐任務中に事故で亡くなったと聞きました。その彼が、どうして教団の長に…?」
サクラは未だに目の前の現実が信じられないといった様子である。それとは対照的に冷静なレクトは、ボロボロのソウゲンに向かって問いかけた。
「さっき、間者を潜り込ませてたことがあるとか言ってたよな?それってもしかして、お前自身のことだったのか?」
「…」
だがレクトの質問にも、ソウゲンは答えない。答えたくないのか、それとも多大なダメージを負って口も満足に動かせない状態であるからなのかは定かではないが。
「レクト様!彼を捕らえてください!彼には聞きたいことが山ほどあります!」
「言われるまでもねえ」
懇願するサクラに軽く返事を返しつつ、レクトは再び剣を構えた。それを見たソウゲンも、流石に2発目は喰らうまいと何とか動こうと試みる。
「くっ…!」
しかしあまりのダメージの大きさ故か、体が思うように動かない。
万事休すかと思われた矢先、窮地に立たされたソウゲンの元へ思わぬ助っ人が現れた。
「おいおい、何やってんだよ旦那?ボロボロじゃねえかァ!」
甲高い声と共に両手に大太刀を構えた剣士がいきなり2人の間に割って入り、すぐさまレクトに斬りかかった。しかしそこはやはりレクト、即座に攻撃の態勢を解いてその一撃を難なく躱す。
「グレン…?」
突然現れた援軍、しかもそれが予想外の人物であったからか、ソウゲンも少し困惑しているようだった。
「誰だお前」
一方で新たな敵の出現に対しても至って冷静な様子のレクトは、当然のように目の前の剣士に質問を投げかける。それを聞いた剣士は何故か楽しそうな表情を浮かべつつ、再びレクトに斬りかかった。
「俺の名はグレン!テメーを殺す男だ!」
「そんな奴、この世には存在しねえ」
グレンの言葉に冷たい返しをしつつ、レクトは攻撃を受け止める。
グレンの太刀がレクトの大剣にぶつかった瞬間、周囲に物凄い轟音が響く。その音から、グレンの放った攻撃が生半可ではない威力であったというのが誰の目から見てもわかった。もっとも、受け止めたレクト自身は全く動じていないのだが。
「邪魔すんな!」
「うおっ!?」
グレンの体ごと吹き飛ばすように、レクトは剣を振り抜く。グレンの方もこれまでの仲間の報告からレクトが強いというのは理解していたが、実際にその攻撃を受けてみるとやはり驚きを隠せないようだった。
「危ねえ危ねえ。やっぱし只者じゃねえってか」
うまく着地しながら、グレンが言った。戦闘狂を自称するような男である故か、先程からずっと楽しそうな表情を浮かべている。
「せっかく四英雄と戦える機会なんだ、存分に楽しまねえとなァ!」
「そういうことを言う奴は何人も見てきたが、実際に戦った後で楽しかったって言えた奴は見たことがねえな」
「あぁ、そうかよ!なら俺が初めてかもな!」
グレンとレクトは互いに軽口を叩きながら、高速の剣戟を繰り広げている。無論、レクトが押されているということはないのだが、普段からレクトの動きを見慣れているS組メンバーからすると何か違和感のようなものが感じられる光景がそこにあった。
「そらよっ!」
「ちぃっ!」
グレンが繰り出した2連撃を避けた際、2撃目を避けた際にレクトらしからぬ舌打ちのようなものが聞こえたのだ。
「今、なんかセンセイ、ギリギリで避けてなかった?」
「私も思った。なんというか…見切ってた筈なのに咄嗟に何かに気付いたみたいな…」
ベロニカとエレナがその違和感を口にする。上手く言葉に表せないが、いつも相手の攻撃を軽々と避けたりいなしたりするレクトが、かろうじて寸前で躱したということがどうにもしっくりこないのだ。
だが、違和感を感じていたのは彼女たちだけではない。
(間合いがおかしい?)
グレンの攻撃に対応しながら、レクト自身も自分が感じた違和感の正体を探っていた。間違いなく当たらないと思っていた筈の間合いの攻撃が、何故か次の瞬間には自分に当たる位置まで伸びていたのだ。
(何かの術か、あるいはあいつ自身が特異体質とか…)
グレンの攻撃を捌きながら、レクトは思考を巡らせる。苦戦しているというほどではないが、いくら格下が相手でも手の内がよくわからない状態では迂闊に踏み込むべきではないという、戦闘経験の豊富なレクトならではの判断だ。
そんな2人の攻防を呆然と見つめるソウゲンの横には、いつの間にかもう1人の見知った人物が立っていた。
「やはり、待機しておいて正解であった」
「シラヌイ…」
ボロボロになったソウゲンに肩を貸しながら、シラヌイが呟いた。よく見ると、配下の忍者も2名ほどついてきているようだ。
「自信があるようだったので止めはしなかったが、もしや奴にはソウゲン殿でも歯が立たないのではないかと思ったのでな。勝手ながら、近くで様子を伺っていた」
「そうか…」
シラヌイの説明を聞いて、ソウゲンは納得と安堵の入り混じったような声を漏らした。やはり今の状態では満足に喋ることすらもままならないようだ。
「グレンが奴を引きつけている間に撤退するぞ。いくらグレンでもレクト・マギステネルが相手では、おそらく5分が限界だろう」
「「はっ!」」
シラヌイの指示を受け、2人の忍者が返事をする。だがそんなシラヌイの予想は、最強の男によって瞬く間に覆されることとなった。