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先生は世界を救った英雄ですが、外道です。  作者: 火澄 鷹志
炎の修学旅行編
122/152

教団の長との邂逅④

 レクトが生徒全員を正気に戻したのとほぼ同時に、ソウゲンと警備の侍たちとの決着がついた。


「ぐあっ!」


 最後に残っていた侍が、うめき声を上げながら地面に倒れこむ。侍は右腕をおさえており、どうやら腕の骨を折られてしまったようだ。これでは戦闘を続けることなどできるはずもない。


「まったく、侍ごときが手こずらせおって」


 地面に倒れた侍を見下ろしながら、ソウゲンは吐き捨てるように言った。苦戦しというほでではないものの、侍たちも戦闘の素人ではない。ソウゲン自身も多少なりは消耗しているようだった。


「本来であればここ貴様らの息の根を止めておくべきなのだろうが、どうも今の私にはそんな余裕は無いらしいな」


 そう言いつつ、ソウゲンは振り返る。彼の視線の先には、余裕のある表情で腕組みをしたレクトが立っていた。ただ、腕には女性用の下着7枚を嵌めたままという実にコメントに困る出で立ちである。

 その後方では、サクラと正気に戻った生徒たちが事の成り行きを見守っていた。ただしアイリスだけは、未だに大泣きしているニナを必死に慰めているが。


「正直、予想外であった。まさかあのような下卑げびた方法で小娘どもを正気に戻すとはな」


 ソウゲンは皮肉めいた口調で言ったものの、最初にS組メンバーに術をかけた時のような余裕はないようだ。教団の長である彼としても、流石にレクトのあの手段は想像を遥かに超えていたらしい。


「俺から言わせてみれば洗脳も十分、下卑げびた術だけどな」

「ふん、何とでも言うがよい」


 冷やかすように返すレクトに対し、ソウゲンは静かに答えた。


「だが良かったのか?こんな方法を使ってしまっては、生徒たちに対する貴様の品位を地に堕としてしまったのではなかろうか」


 ソウゲンはレクトの行動に対して更に皮肉を飛ばす。だが、レクトはその程度の皮肉で動揺するような男ではないのも事実だ。


「安心しろ。品位に関しては元々あると思われてねえからよ」

「「「ええ!全く!!」」」


 レクトの発言に、間髪入れずに生徒たちが大きな声で続く。何しろ彼女たちは未だに下着を奪われたままの状態なのだ。言葉にも恨みがこもっている。


「そんな一斉に言わなくてもいいだろうが」


 レクトは少し嫌そうな顔をしながら頭をかいた。とはいえ彼女たちに怒鳴られるような事をしたという自覚自体はあるのか、それ以上言及することはなかったが。


「しかし、英雄というのはもっと高潔な戦士であると思っていたのだがな?」


 ソウゲンは更に皮肉のこもった言葉を投げかける。レクトの動揺を誘っているのか、それともただ単に煽っているのかはわからないが、どうやらそれもレクトには全く通用しないようであった。


「そういう先入観というか、決めつけはやめて欲しいね。第一、英雄なんてもんは他人が勝手につけたようなレッテルだ。俺たちが自ら名乗ってるわけじゃない」


 達観したような様子で、真顔のままレクトは答える。無論、レクトが英雄と呼ばれるのを不満に思っているのはS組メンバーにとっては周知の事実であったので特に驚くことはなかったが、対照的にレクトのことをよくは知らないソウゲンは表情こそ仮面で読めないものの、少しばかり驚いているようだった。

 そんなソウゲンの反応などどうでもいいといった様子で、レクトはやや呆れた口調のまま話を続ける。


「それに世界を救ったっていっても、他のメンバーも食意地が原因で敵の総大将の城で腹下すような下痢女と、決戦前夜に酒場でワインをガブ飲みして二日酔い起こしてたアル中だぜ?そんな悪い意味で濃いメンツの中に俺みたいなのが1人混じってたって、対して問題にはならねえっての」


(なんか先生の話を聞いてると、勇者ルークスが相当な苦労人だったような気がしてくるわね)

(もしかして、先生って勇者のパーティ内では割と常識人枠?)


 勇者パーティにおける新たな残念エピソードを聞いて、ルーチェとフィーネがヒソヒソ話をしている。ソウゲンの方も多少なり驚いてはいたようだが、やはり敵に動揺を見せるのはまずいと思ったのか微動だにせず話を聞いている。

 とはいえ、レクト自身はこんな無駄話で相手の動揺を誘おうなどとは微塵も考えていない。


「さて、話を戻そうか。ウチの生徒を大泣きさせた落とし前はつけさせてもらうぜ」


 目を細めながら、レクトは自分の後方にいるニナを親指で指し示した。そこでは相変わらず泣き続けているニナをアイリスが慰めている。よく見ると、流石に見兼ねたのだろうかエレナとリリアまでもがニナを慰めるのに尽力している。


「あの小娘が泣き喚いているのは貴様が原因なのだろう」


 流石にこれには呆れたのか、低い声でソウゲンが言った。もっともソウゲン自身はちょうど侍たちと戦っていたのでレクトの後ろにいる小娘が何故大泣きしているのか知る由もないのだが、少なくともレクトが何かしたのが原因で泣いているというのは容易に想像がつく。

 だが、レクトはそんなことで素直に納得するような男ではない。


「そもそもテメェが洗脳なんてくだらねえマネしなきゃ、こんな事にはなってねえんだ。おかげであいつら全員、ノーパンのまま突っ立ってるハメになってんだぜ?」

「それは貴様が小娘どもに下着を返せば済む話ではないのか?」


 レクトの文句に、ソウゲンが至極真っ当な意見を返す。立場上は敵なのだが、これに関しては下着を奪われた身であるS組メンバーも同意見のようであった。


「もちろん返すさ。ただそれは…」


 言葉を発しながら、レクトは背負った大剣の柄に手をかける。そして剣の切っ先をソウゲンに向けた途端、場の空気が一変した。


「テメェを完膚かんぷ無きまでに叩き潰して、俺の苛立ちが収まってからだ!」


 レクトの声が、いつになく威圧感を帯びたものになった。その様子は、サクラはおろか普段からレクトと接している生徒たちですら恐怖を覚えるものであった。


「先生がここまで敵意をむき出しにしたの、初めてじゃない?」

「そうね。普段の先生なら“自分の意思で倒す”じゃなくて“向かってくる敵を薙ぎ払う”っていう感じだもの」


 これまでに見たことがないレクトの様子を目の当たりにして、フィーネとルーチェは冷や汗を流しながらも冷静に分析している。何しろこれまでレクトが誰かと戦っている光景は何度か目にしてきたが、ここまで明確に敵意を示したレクトを見たのは皆初めてだったからだ。


「むぅん!!」


 レクトが臨戦態勢に入ったのを見て、ソウゲンは唸りながら手にした錫杖を地面に突き立てる。すると、ソウゲンの体になにかモヤのようなものがかかり始めた。


「なにこれ!?分身!?」

「みたいね」


 目の前で起こった光景に、リリアとエレナが驚いたような声を上げた。というのも、つい今し方モヤのかかっていたソウゲンがあっという間に複数体に増えたのだ。しかもその数は、パッと見ただけでも十数体はいるのが確認できる。

 だが、相変わらずレクトという男はブレることがない。


「つまんねえ小細工だな。分身つったって、所詮は単なるこけおどしだろ」


 やれやれといった様子で、レクトは剣を構える。


「「「ならば本当にこけおどしかどうか、その身で確かめてみるがよい」」」

「同時に喋んな、うるせえから」


 分身を含めたソウゲンが一斉に喋ったので、レクトはいかにも鬱陶しそうな様子で返事をする。しかし折角の挑発なので、どうせなら乗ってやろうとレクトは地面を大きく蹴った。そして次の瞬間。


「ぐはぁっ!?」


 何かが砕けるような鈍い音と共に、ソウゲンの体が吹き飛ぶ。同時に、周囲に立っていたソウゲンの分身は跡形もなく全て消えてしまった。


「え!?一発で!?」


 リリアが大きな声を出した。何しろソウゲンが意気込んで出した多数の分身を、わずか数秒で無かったことにしてしまっているのだから無理もない。


「先生、どうやって本物を見破ったんですか!?」


 フィーネから当然ように質問が飛んできた。見た目では全く区別がつかないような分身体であったので、それをどのような方法でレクトが見破ったのか気になるのは当たり前のことだろう。

 だが、そんな質問に対するレクトの答えは意外なものであった。


「見破ってねえよ」

「「「えっ?」」」


 予想外のレクトの返答に、数名が素っ頓狂な声を上げた。


「片っ端から順番に斬っていったら、たまたま3番目に斬った奴が本物だったってだけの話だ」


 遠くに倒れているソウゲンを眺めながら、レクトは淡々と話す。彼にとってはごく当たり前のことなのかもしれないが、生徒たちからしてみれば理解できないことだらけだ。


「順番に斬ったって…あの間、1秒ぐらいしかなかったですよ!?」


 普通に考えたらあり得ないレクトの言動に、エレナが突っかかる。

 確かに彼女の言う通り、レクトが地面を蹴ってからソウゲンが吹き飛ばされるまでの時間はほんの1秒程度しかなかったのだ。その間に3回剣を振ったなど、普通の人間であればまず不可能だ。普通の人間であれば、だが。


「分身1体につき0.5秒ぐらいのペースで斬ったことになんのかな?いちいち覚えてねえけど」

「あぁ…そうですか…」


 常識外れのレクトの動きに、エレナはもう諦めたかのような声を出した。レクトの身体能力が規格外なのは皆もよく知ってはいることではあるが、それに慣れろというのも難しい話ではある。

 そんな話をしていると、レクトに吹き飛ばされて地面に倒れていたソウゲンがゆっくりと立ち上がった。当然といえば当然なのだろうが、決して小さくはないダメージを負わされたようだ。


「とっさに錫杖でガードしたか。折っちまって悪かったなぁ。多分だけど高かったろ、それ?」


 完全に相手を嘲るような口調で、レクトが言った。その言葉の通り、ソウゲンが手に持っていた大きな錫杖は無残にも真ん中からボッキリと折れてしまっている。レクトの言ったように錫杖をガードに使ったが、耐えきれずに折れてしまったのだろう。


「はぁっ…はぁっ…どうやら…一筋縄ではいかぬ…ようだな…」


 息を切らせながらも、ソウゲンは折れた錫杖を手に再び構える。武器として使うのは心許ないが、このままの状態でも何かの術は使えるのだろう。


「一筋縄じゃねーよ、テメェごときじゃ勝ち目ゼロだ」


 ソウゲンの言葉を否定するように、レクトが言い切った。武器は折れても、まだ闘志は折れていないソウゲンに内心では少しばかりの関心を寄せながらも、レクトは大剣の切っ先を目の前の敵に向ける。


「さあ、俺とニナに土下座して謝ってもらおうか?」

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