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先生は世界を救った英雄ですが、外道です。  作者: 火澄 鷹志
炎の修学旅行編
118/152

お楽しみの溶岩焼き

「それでは、ご注文をお伺いします」


 肉の焼ける香ばしい匂いが立ち込める店内で、店のウェイトレスがペンを片手にレクトたちに言った。ここら一帯の店にしては珍しく、店員の服装は着物ではなくエプロンのような制服を着ている。


「ヤマト牛のヒレステーキとかま海老えびのグリル。ヒレはレアで頼む」

「はい、かしこまりました」


 レクトの注文を、店員は手際よくメモしていく。その間にも、生徒たちは手元のメニュー表を見て品定めをしている。


「ハンバーグ、トマトソースで。あとアボカドのサラダを」

「ヤマト牛のサーロインステーキをレアでお願いします」

「あたしもサーロインをミディアムレアで」


 エレナ、フィーネ、リリアの3人が続けて注文を口にした。店員はそれらを素早くメモすると、リリアの隣に座っていたニナを見た。何というか、他のメンバーと比較して明らかに目の輝きが違う。


「えーっとね、ヤマト牛のリブロースとヒレと、サーロイン!それとオニオンソースハンバーグと海鮮の盛り合わせ!あと海藻サラダとローストビーフサンドも!あ、ご飯は特盛りで!」

「は、はい…」


 店員はメモをしつつも、ニナの注文の量に圧倒されているようだった。とはいえ身長2メートルもあるような大男ならまだしも、自分とさして変わらないような背丈の少女が食べると言っているのだから無理もないが。

 昨日の今日でニナが大層な大食らいだと理解しているサクラでさえ、少し驚いたような表情を浮かべている。一方でレクトや他のS組メンバーはすっかり慣れた様子で軽く流しているが。


「わたしはヤマト牛のヒレをミディアムレアで」

「アタシはリブロースのレア!あと生ハムのサラダ!」

「私はチキンステーキのトマトソースにしようかしら」


 続けてアイリス、ベロニカ、ルーチェの3人がオーダーする。店員はすかさずメモを取ると、最後にサクラの方を見た。


「サクラ様はいかがいたしますか?」


 質問自体はごく普通のようだが、何故か店員は少しばかり緊張しているようであった。もっとも相手はこの国では超が付くほどの有名人なので、緊張するのも無理はないのだろうが。


「えっと、じゃあ…ヒレをミディアム…レアで」


 ミディアムレアという言葉を言い慣れていないのか、サクラは少しつたない発音で注文を口にした。おそらくは普段から城の中での食事ばかりで、こういった海外からの観光客向けのレストランには入った経験がないのだろう。


「かしこまりました。ではご注文を確認いたします」


 全員分の注文を受けると、店員は確認のために注文を読み上げる。オーダーに間違いがないとわかると、店員は頭を軽く下げて店の奥へと消えていった。


「しかしホント、姫巫女さまさまよね。店の人、サクラの顔を見るなりすぐに席を用意してくれたし」


 店員がいなくなるなり、リリアが唐突に口を開く。

 だがそう思うのも無理はない。何しろ、昼食をとるために予約必須といわれる有名な溶岩焼きの店にいきなりふらっと入ったのだ。たとえ客であっても予約がないのであればお帰りいただくのが普通なのだが、入ってきた客が姫巫女サクラだとわかるなり店員は急いで店長を呼び、こうして席を用意してもらったというわけである。


「そうね。おかげで先生が店の人に剣を突きつける手間が省けたもの」

「冗談でもそういうこと言うのはやめなさいって」


 やや黒いジョークを飛ばすルーチェを、エレナが注意する。店に入れないようであれば店員を脅せばいいとレクトが言っていたのがつい昨日のことなので、生徒たちからしてみれば冗談では済まない部分がある。


「けど、やっぱり有名な店だからなのかな?学食のメニューの4、5倍の値段はしてるぞ」


 メニュー表を眺めながら、ベロニカが呟いた。学校の食堂と観光地の人気レストランのメニューの金額が違うなど普通に考えれば当然のことであるのだが、やはり学生の身である彼女たちにとっては少々ギャップを感じるらしい。貴族であるリリアを除いては。


「まぁ、ちょっとした贅沢だと思えばいいんじゃないの?」

「そうは言ってもねえ…」


 あっけらかんと言うリリアに、フィーネが苦言を呈する。

 とはいえ、実家はフォルティスでも指折りの貴族ではあるものの、普段から学食や購買を利用しているからかリリアの金銭感覚は存外まともである。貴族が一晩の宴会で使う金額が、実は場合によっては庶民の1ヶ月の生活費に相当することも多々あるというのも父親からの教育により知ってはいた。


「気にすんな。ニナ以外の食費ならドラゴン1匹狩るだけで十分にお釣りがくる」


 数名が食事の代金を気にしていた様子だったので、レクトはきっぱりと言い切った。ちなみにレクトの言うように、最低でも危険度A級はあるドラゴン種を何かしら1匹でも狩猟すれば、1〜2週間なら生活に困らない程度の報酬はもらえる。


「当たり前のようにニナを除外しましたね」

「さっきの注文量聞いてれば誰でもそう思うわよ」


 冷静にツッコミを入れるエレナに、更にルーチェがフォローとも皮肉ともとれる発言をした。

 そうやって10分ほど雑談をしていると、先程の店員が大きなカートを押してレクトたちのテーブルへとやってきた。


「お待たせしました。こちら、チキンステーキになります」

「私よ」


 ルーチェが小さく手を挙げるのを見て、店員はルーチェの前にチキンの乗った黒い皿を置く。どうやら黒い皿の正体は石でできた板のようで、これが例の溶岩から作られた調理器具なのだろう。鉄板で出される料理と同じように、石の板自体も高温に熱せられているようである。


「それと、こちらはリブロースになります」

「あ、ニナの!」

「アタシもリブロースだ」


 返事をした2人を見て、店員は彼女たちの前にリブロースの乗った皿を置いた。こちらも先程のチキンと同様、石の板自体が熱々で上に乗っている肉もジュージュー音を立てている。

 その後も、店員は次々に注文の品をテーブルに並べていった。ただ、注文の量が量であったのでカート1台には乗せきれず、厨房とテーブルの往復を1度挟まねばならなかったが。

 兎にも角にも全員に注文の品が行き渡ったところで、ようやく念願の昼食である。


「「「いただきます」」」


 全員が声を揃える。もっとも当然のようにレクトは無言だったが、昨日の今日なので何を言っても無駄だとわかっているのか、その点については誰も何も言及しなかった。


「お肉がやわらかいです!ナイフですっと切れます!」


 上質な肉の柔らかさに驚いたのか、アイリスが素直な感想を漏らした。


「おいしい!すごいおいしい!!」


 味を絶賛しながら、ニナは物凄い勢いでハンバーグを口に運んでいる。しかしそうかと思えば今度はサラダをかき込んだりと、とにかくあっちやらこっちやら忙しそうだ。


「比べるのは悪いけど、やっぱり学食のメニューとはちょっとレベルが違うわね」

「まず肉の質が違うんでしょ」


 フィーネの感想に、ルーチェがもっともな意見を述べる。確かに学校の食堂と観光地のレストランでは、レベルが違うと言われても仕方のない部分はあるのだろうが。


「でも、うちの学園の食堂も十分レベル高いと思うけど。少なくとも、街角にあるようなレストランよりかはずっと上よ」


 ハンバーグをナイフで切りながら、エレナが自分たちの学園の食堂についてのフォローを入れる。それに関しては共感できる部分があったのか、何人かが「あー」だの「うんうん」だの、同意するような声を漏らした。

 しかし、学園の食堂のレベルが高いのにはれっきとした理由がある。


「そりゃそうだろ。何しろウチの学食はその辺の定食屋のオバちゃんとかじゃなく、名門レストランで働いたシェフを何人も揃えてるらしいからな。まったく、校長も変なトコこだわるよな」

「えっ、そうなの!?」


 嫌味っぽく言うレクトであったが、それを聞いたベロニカは随分と驚いた様子を見せていた。


「結構有名な話よ。知らなかったの?」

「ぜんぜん」


 フィーネの問いかけに、ベロニカは真顔で答える。しかしベロニカ以外のS組メンバーはレクトの話を聞いても特に顔色を変えることはなかったので、フィーネの言う通り学園の食堂で腕利きのシェフが働いているというのは有名な話なのだろう。

 そんなベロニカの疑問など耳にも入っていないのか、猛烈な勢いでサーロインをがっつくニナを見て、リリアが少し呆れたような目をしながら尋ねた。

 

「ニナ、あんたちゃんと味わって食べてるの?」

「当たり前じゃん!」


 リリアの質問にニナは至極当然といった様子で答えると、再びサーロインをがっつき始めた。台詞と行動がどう見ても噛み合っていないが、リリアもこれ以上言っても無駄だと判断したのか自分の肉に視線を落とした。

 しかし流石は有名なレストランとでもいうべきか、味に間違いはなかった。そうやって皆が舌鼓を打つ中、ふとベロニカの頭をある疑問がよぎる。


「で?結局、普通に鉄板で焼いた時とどう違うの?」


 率直かつ、皆が一番気になっているであろう事を口にした。ベロニカ本人としては自分で食べてもわからないから聞いてみたのだろうが、生憎とメンバー全員がその疑問に対する答えを出せないでいた。


「うーん…もしかしたら鉄板で焼いたものと食べ比べてみれば何かわかるのかもしれないけど、今のこの状態じゃなんとも言えないわね」

「そうですね…。そもそもわたしたち、美食家でも評論家でもないですし」


 エレナがもっともな意見を挙げ、アイリスもそれに同調する。結局のところ答えにはなっていないが、わからない以上は何を考えても意味はない。

 そんな彼女たちの疑問に終止符を打ったのは、猛スピードで食べ進めていたニナだった。


「おいしければそれでいいんじゃない?」


 おそらく、というか間違いなくニナは本心で言ったのだろう。何の気なしに発言したニナは、ナイフを右手に持ったままローストビーフサンドに手を伸ばす。実にニナらしいといえばらしい発言であったが、S組の全員にとって今のこの状況ではある種もっとも的を射た言葉であった。

 そんなこんなで皆が食べ進めていく中、ふとベロニカが奇妙な行動に出る。


「アイリス、トマトあげる」

「あ、はい…」


 ベロニカが付け合わせのトマトを自身の皿にそっと置いたのを見て、アイリスが小さな声で答えた。

 その光景を見て、サクラは首をかしげる。


「アイリス様はトマトがお好きなのですか?」

「あ、えっと、好きというか…」


 否定はしないものの、アイリスは少し言葉に詰まっているようだった。その横では、ベロニカが「余計なこと言わなくていい!」とでも言いたげな表情をしている。

 そんなサクラの質問に答えたのはアイリスではなく、彼女の反対側に座っていたフィーネであった。


「逆よ。ベロニカがトマト嫌いなの」

「フィーネ!言うなよ!」


 食べ物の好き嫌いを指摘されて恥ずかしかったのか、ベロニカの声が少し大きくなる。それを聞いたサクラは「なるほど」といったような反応を見せていた。


「ベロニカちゃん!好き嫌いしてると大っきくなれないよ!」


 リブロース肉の塊を頬張りながら、ニナが力説する。いかにも食べることに強い執着を持つニナらしいセリフである。


「ならなくていいよ!大体、もう成長自体止まってるよ!」


 モリモリ食べながら力説するニナに対し、ベロニカが呆れた様子で反論する。そもそも彼女たちは皆が10代後半なので、ベロニカの言うように年齢的には成長が止まっていても別におかしくはないのだが。

 だがここで、ニナに対してリリアが更に口を挟む。


「というか、あんたの口から“大っきくなる”って言葉が飛び出すと、世の女性の大半にとっては嫌味にしか聞こえないのよ」


 リリアは目を細めて皮肉を飛ばしながら、左手に持ったフォークでテーブルの上にどんと乗っているニナの胸を指し示した。S組メンバーにしてみれば日頃から見慣れてはいるニナのそれであるが、それを聞いたサクラは少しげんなりとした空気を纏っている。


「そうなんだよねー。最近もまた大きくなって邪魔でしょうがないの」


 リリアの皮肉も伝わっていないのか、ニナは少し困ったような様子で自身の悩みを口にした。リリアの弁もあながち間違ってはいないのだろうか、聞く人が聞けばあからさまに恨みを買いそうな台詞だ。

 実際、聞いていたサクラは頭上に分銅でも落ちてきたかのようにがっくりとうなだれていた。


「カリダの奴が聞いたら逆上して最上級魔法でもぶっ放しそうなセリフだな」

「ですねー」


 ヒレ肉を噛み切りながら言うレクトに、アイリスが若干棒読み気味の相槌を打つ。冗談だからいいものの、もし本当にこの場にカリダがいたら反対に世にも恐ろしい事態に発展するのは明白であった。

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