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先生は世界を救った英雄ですが、外道です。  作者: 火澄 鷹志
炎の修学旅行編
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朝イチの珍騒動

 夜が明け、時刻は午前の7時。昨夜のレクトの指示通り、S組メンバーは既に起床して身支度を整えた状態だ。…ただ1人を除いては。


「アイリス、ニナはどう?」


 そう質問したエレナの視線の先では、アイリスとフィーネが未だに寝巻き姿のまま布団にくるまっているニナを揺さぶっていた。


「ダメです。ピクリとも動かないですね」


 アイリスはがっかりした様子でエレナの方を見る。一方、半分諦めた様子のアイリスを他所にフィーネはやや声を荒げながら布団にくるまったままのニナを揺さぶっていた。


「ニナ、いい加減に起きなさい!」

「う〜ん、あと5分…」


 典型的な寝坊助ねぼすけのセリフを吐きながら、ニナは布団から出ようとしない。お手上げ状態のニナにフィーネが呆れる中、その様子を黙って見ていたベロニカとリリアが口を開く。


「ちょっとヤバいんじゃないか?もしセンセイに見つかったら何されるかわかんないぞ」

「そうね、文字通り実力行使で叩き起こされるんじゃないかしら」


 この状況で一番恐ろしいのは、他でもないレクトに見つかることだ。悪いのはニナであるのだが、連帯責任だのなんだのでそれに自分たちが巻き込まれる可能性もゼロであるとは言い切れない。

 そんな中、皆と同じように既に身支度を済ませた状態のサクラがリリアに尋ねる。


「リリア様、ニナ様は寝起きがあまりよろしくはないのでしょうか?」


 当然だが、ニナの寝起きの悪さなどサクラが知る筈もない。そしてその質問に、リリアはため息混じりに答えた。


「良くないというか、最悪ね。この状況を見れば説明しなくてもわかるでしょ?」

「まぁ、確かに…」


 リリアの返答を聞いて、サクラは苦笑いを浮かべる。とはいえこの状況下では、むしろ苦笑する他ないだろう。


「ニナの寝起きの悪さは前からずっとだもんなぁ。何ヶ月か前に泊まりがけで遠征に行ったときも、ニナが全然起きなくて当時の担任が半泣きだったし」


 フィーネたちに揺さぶられるニナを眺めながら、ベロニカは懐かしそうに語る。しかし、それを聞いていたリリアは急に冷めたような口調になった。


「所詮、ああいう名門校出身の頭だけエリートなお嬢様教師には、あたしたちの担任なんて荷が重すぎたってだけの話よ」


 当時の担任に対してあまりいい感情を抱いていないのか、リリアは吐き捨てるように言う。だがベロニカもそれに関しては同意見であるのか、咎めるどころかケラケラ笑っていた。


「他のクラスはどうだか知らないけど、アタシたちはとにかく反抗しまくったよなぁ〜。担任も今まで4回変わったんだっけ?」

「3回よ」


 ベロニカの間違いを、リリアが手短に訂正する。学校そのものには通っていないサクラでも、3回も担任が変わるのは流石に異常な事であるというのは容易に想像がついた。


「でも、皆さん流石にレクト様には反抗はしていませんよね?…というより、できませんよね?」


 まだ1日しかレクトと一緒に行動していないサクラであっても、レクトに対して反抗する…というか逆らうのがどれだけ恐ろしいことなのかは容易に想像ができた。そんな末恐ろしい事など、自分よりもレクトをよく知るS組メンバーがする筈がないと思ったからだ。

 だがサクラの考えとは裏腹に、ベロニカは相変わらず笑い続けながらリリアのことを指差す。


「いや、こいつはした。その結果、山奥で危うく死にかけるような目に遭わされて、それ以来二度と反抗しないようになったってだけ」


 ベロニカたちは現場にいなかったのでキングキマイラの件については話半分に聞いただけであるが、当事者であるリリアに刻まれたあの時の恐怖はとても言葉にできないものがあった。

 だが、言われっぱなしなのはリリアとしても当然面白くはない。恥ずかしさで顔を赤くしながらも、目には目をとでも言わんばかりに同じく過去の出来事を引っ張り出す。


「うっ、うるさいわね!それを言うならあんただって初日から先生に喧嘩ふっかけたあげく、惨敗して大泣きしたんじゃない!」

「だーっ!今それを言うな!」


 思わぬカウンターを喰らい、今度はベロニカが赤面する。そんな2人のやり取りが面白かったのか、サクラからは思わず笑みがこぼれた。

 だがここで、ベロニカとリリア…というよりニナを除いたメンバー全員が危惧していたことが現実のものとなってしまう。


「おい朝だぞ。小娘ども、起きてんのか?」


 部屋の扉を開けて中に入ってきたのは、正に話題に上がっていたレクトその人であった。当然といえば当然なのだが、出で立ちもいつも通りである。

 だが、その()()()()()という事実にフィーネは思わず心の中で叫んでしまった。


(普通に起きてる!)


 昨日あれだけ酔っていたにも関わらず、二日酔いのような様子は一切見せていない。その事にフィーネだけでなくリリアまでもが少し驚く中、肝心のレクトの質問にはそれまで窓際の椅子に座りながら黙って本を読んでいたルーチェが答えた。


「約1名を除いて、全員起きてます」

「あん?約1名だ?」


 怪訝そうな顔をしながらレクトが部屋を見渡すと、ニナを除いたメンバー全員が既に制服に着替えて準備万端といった様子であった。無論、レクトたちに同行しているサクラもきちんと身なりを整えた後である。

 そしてアイリスとフィーネの足元の膨らんだ布団を見た瞬間、レクトの眉がピクッと動いた。


「まだ寝てんのかよ、その大食い娘」

「す、すみません。さっきから何度も起こしてはいるんですが…」


 レクトの問いに、フィーネは申し訳なさそうに謝る。とはいえ別にフィーネ自身が悪いという訳ではないのだが、やはりクラス代表として多少なり責任を感じているのだろう。

 ある程度状況が把握できたのか、レクトはやれやれといった様子で頭をかく。


「ったく、仕方ねえな。任せろ」


 そう言ってレクトは部屋に入ると、ニナの布団の横にいたアイリスとフィーネを退けた。そして布団の端を掴むと、それを乱暴に剥がす。


「おいニナ、起きろ」


 布団の中から姿を現した寝巻き姿のニナに、とりあえずレクトは声をかける。しかし、それでもニナが起きる気配は一向に無い。


「うーん…あとちょっと…」

「このガキが…」


 うわ言のようなニナの返答にイラッときたのか、レクトは小さく舌打ちをするとすぐさま行動に移った。

 レクトは未だに布団に寝そべったままのニナの脇腹に左手を回すと、ひょいと脇に抱える。小柄とはいえ小娘1人を抱えるのは結構な力がいる筈だが、普段からそれよりも遥かに重い大剣を振り回すレクトにとっては造作もないことなのだろう。

 レクトはそのまま、おもむろに部屋に備え付けられている洗面所へと向かっていった。


「先生、何するつもりかしら…?」

「何って、洗面所だろ?ってことはさ…」


 事の成り行きを見守りながら、リリアとベロニカが小声で話す。その直後、洗面所からは水道から水を流すような音が聞こえ始めた。そして次の瞬間。


「ぶぼぼべべ!?ぶへっ!?ぜ、ぜんっ…ぼほぉっ!?」


 洗面所から聞こえてきたのは、バシャバシャという水音とニナの言葉にならない言葉であった。フィーネたちのいる位置から部屋の様子が見えるわけではないが、どう考えても顔を無理矢理水に突っ込まれたのは想像に難くない。


「あー、やっぱりか」


 ベロニカが予想通りといった様子で呟く。もっとも、声には出さないが他のメンバーも大体想像通りの展開であったようだ。

 それからほどなくして、洗面所からレクトが戻ってきた。しかも、脇にはニナを抱えたままである。


「ほれ、さっさと着替えろ」

「ごふっ!?」


 レクトがやや乱暴にニナを布団の上に下ろすと、まだ少し寝惚け気味のニナが鈍い声を上げた。しかし、布団の上でぐったりしているニナを尻目にレクトはさっさと部屋の出入り口へと向かう。


「部屋の外で待ってるから、10分で着替えさせろ。もしできなかったらお前ら全員、連帯責任で朝メシの前に滝行だからな」


 レクトの発した連帯責任という言葉に生徒たちはビクッと反応するが、肝心の罰の内容がよくわからないのか頭に疑問符を浮かべている。


「滝行?って何?」


 皆が思っている疑問を、ベロニカが口にする。だがその質問に答えたのはレクトではなく、ただ1人滝行の意味を理解しているのか少し血の気が引いている様子のサクラであった。


「…装束を着て冷たい滝に打たれる、僧侶の修行のことです」

「げっ!マジかよ!?」


 滝行の具体的な内容を聞いて、ベロニカがぎょっとする。他のメンバーも口には出さないが仰天しているのは確かなようだ。

 だが彼女たちの驚きはそれで終わらなかった。レクトの口からは、更に追い討ちをかけるような言葉が続く。


「しかもお前らの場合、修行用の装束なんて用意してねえからな。下着姿で滝壺に放り込むぞ」


 脅迫めいたレクトの言葉を聞き、生徒たちは血相を変えて一斉にニナの元へ群がった。


「ニナ!急いで!」

「ベロニカ!ニナのパジャマ脱がせて!」

「おう!制服は!?」

「ここにあります!スカートも!」

「エレナ!枕元の靴下取って!」

「わかった!」


 未だ寝起きで思考が回らないニナとは対照的に、他のメンバーはあれこれとテキパキ動く。当然、誰もが連帯責任に巻き込まれることなど望んでいないからだ。

 常識的に考えれば滝行など冗談に他ならないのだが、そんな冗談のような事でもこの男の場合は本気でやりかねない。それがレクトという男なのだ。


「それじゃあ、あと5分、頑張れよー」

「10分じゃなかったんですか!?」


 笑いながら部屋を出て行くレクトに、アイリスが少し泣きそうな様子で叫ぶ。しかし抗議したところで無駄な努力に終わるのは皆わかっているので、レクトに文句を言う余力を全てニナの着替えに注ぎ込むのであった。

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