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先生は世界を救った英雄ですが、外道です。  作者: 火澄 鷹志
炎の修学旅行編
103/152

高級な宿は飯も違うね

 優に数十人どころか100人ほどは余裕で入れそうな広い宴会場では、着物を着た数人の従業員がせわしなく皿や鍋を運んでいる。先陣を切って大きな部屋へと足を踏み入れたニナはすぐに何かに気付いたようで、食事台の上を指差しながら声を上げた。


「あっ!お鍋だ!真っ黒いお鍋があるよ!」


 ニナの言うように台の上には3つの大きな黒い鍋が置かれており、その横にはいくつかの料理が乗った皿が並べられている。昼間に食べた寿司に乗っていたのと同じような魚の薄切りまではわかるのだが、今回は魚だけでなく生の肉や野菜が乗った皿まで用意されていた。


「えっと…お肉を生で食べるの?」


 エレナがやや不安そうな様子で言った。何しろ、肉を生で食べるなど聞いたことがないからだ。しかし、その横におかれていた鍋を見てアイリスはピンときたようだった。


「もしかして、今からその鍋で煮るんじゃないでしょうか?」

「あ、あぁ!そういうこと!」


 それを聞いて、エレナも納得したようだった。そう考えると、つい先程従業員が話していた“客の前で温める”というのにも合点がいく。

 そうやってS組メンバーが台の上に置かれた料理を色々と見ている中、唯一その料理に関して知っているのか、レクトが口を開いた。


「おっ、何かと思えばスキヤキじゃねえか。しかもまた随分と良い肉を用意してくれたもんだな」


 大皿の上に綺麗に並べられた薄切り肉を見て、レクトが素直な感想を漏らす。流石は政府御用達の高級旅館とでも言うべきか、はたまた姫巫女サクラへ出す料理であるからなのかは定かではないが、一目で上等な肉だとわかるほどの代物であった。

 だが当然のように、ヤマト特有の料理を知らない生徒たちからは疑問の声が上がる。


「スキヤキ?」

「というか、野菜の横にある半透明の糸みたいなのは何?食べ物なの?」


 頭に疑問符を浮かべているベロニカの横で、リリアは怪訝そうな顔をしながら皿の上にある半透明の物体をまじまじと見つめている。

 そんな2人の質問に、皿を並べていた従業員の1人が答えた。


「すき焼きとは、肉類や野菜を醤油や砂糖で作った割り下で煮込んだ料理です。こちらの糸状の物は、しらたきという食べ物ですね」

「ワリシタ?シラタキ?」


 外国人の客への説明は慣れているのだろうか、従業員は淡々と説明する。だがそれでもよくわからない単語の羅列に、リリアは頭に疑問符を浮かべていた。もっとも、いまいち意味がよくわかっていないのは他のメンバーも同様のようだ。


「えーと…簡単に説明すると、甘辛いスープで牛肉や野菜を煮込んだ鍋料理、といったところでしょうか」

「おお、なるほど!」


 すっかり解説役が板についたサクラが説明を改めたことで、ようやく納得できた様子のベロニカが声を上げる。また先程の反応から察するに、どうやらレクトはこの料理については知っているようだ。


「先生は食べたことがあるんですか?」

「1回だけな。もっとも、その時はこんな上等な肉じゃなかったが。流石、高級な宿は飯も違うね」


 フィーネの質問に答えながら、レクトは座敷に敷かれた座布団に腰を下ろす。そうして今度は、目の前に並べられた皿の上に乗っている緑色の葉野菜を指差した。


「その緑色の葉野菜が苦いとか言って避けて肉ばっか食ってたカリダのことを、好き嫌いするなってテラが注意したらカリダが逆ギレしやがったからよく覚えてるよ」


((子供か!))


 これまた意外な四英雄のエピソードを聞かされ、フィーネとリリアが心の中でツッコんだ。ありがちな話といえば確かにそうなのだが、聞かされる度に四英雄に対する評価がどんどん下がっていっているような気がしないでもない。

 そんな中、話題に上がっている葉野菜についてサクラが言及する。


「シュンギクですね。ヤマトの人間でも好きではないという人は結構多いですよ。実際、私もあまり得意ではありませんし」

「へえ、そうなのね」


 物珍しそうな様子で話題に挙がったシュンギクを見ながら、エレナはレクトの隣に座る。それに続き、他のメンバーも次々に座っていった。レクトの両脇にサクラとエレナが座り、あとはまばらに大きな食事台を囲んでいるといった形だ。


「あれ?生の卵が置かれてるぞ」


 目の前の皿の上に生卵が置かれていたので、ベロニカが不思議そうにそれを見ている。


「スキヤキはソースじゃなく、溶いた生卵につけて食うんだよ」


 以前にも食べた経験があるからか、レクトが当たり前のように言った。しかしフォルティスでは普段から生卵を食べる習慣があまり無いので、それを聞いたアイリスが大層驚いたようなリアクションを見せる。


「えっ!卵を生で食べるんですか?」

「ヤマトの人間は生卵を割と日常的に食うらしいぞ」

「「へえ〜」」


 レクトの話を聞き、数人が驚きと関心が入り混じったような声を上げた。昼間もそうだったが、こういったカルチャーショックも旅行の醍醐味であるといえよう。

 そんな風に会話をしていると、いつの間にかメインディッシュであるすき焼きの準備が整っていた。既に野菜類はある程度まで煮込まれており、鍋の中の空いているスペースに従業員が慣れた手つきで生の牛肉を並べていく。


「新鮮なお肉ですので、少し火を通しただけでお召し上がりいただけます。あまり煮込みすぎるとかえって固くなってしまうのでお気をつけください」

「おう、わかった」


 従業員の説明に、レクトは返事をした。どうやらレクトの前だけでなく、他の2つの鍋も準備が整ったようだ。


「「「いただきます」」」


 全員が声を揃えたところで、早速と言わんばかりに食べ始める。…筈だったのだが。


「先生!今、“いただきます”って言いませんでしたね!?」

「言ったと思うが」

「とぼけないでください!」


 いい加減なレクトに対し、フィーネが注意をした。もっとも、注意された側のレクトはいかにも面倒くさそうな表情を浮かべている。そうやって憤慨しているフィーネに、横からリリアが声をかける。


「フィーネ。多分、何を言っても無駄よ」

「そういうこと。流石、リリアはよくわかってるな」


 この問題の原因であるにも関わらず、レクトは得意気な様子でリリアに同意する。しかし真面目に相手をする気などさらさら無いのか、リリアは空返事で「はいはい」と返事をするとそのまま箸を手にした。

 それを見てフィーネも半ば諦めたのか、渋々といった様子で鍋に箸を伸ばす。他のメンバーも同様に、各々のペースで食べ始めた。


「砂糖がきいているのかしら、本当に甘めの味だわ」

「肉すごい美味い!なんだコレ!?」

「ベロニカ!お肉一気に取りすぎ!」

「野菜も美味しいですー。シャキシャキした食感がいいですね」

「あっ、崩れちゃった!この四角くて白いの、やわらかすぎない?」

「お肉もお野菜も足りないよー。もっと持ってきてー」

「あんたの食べるペースが速すぎるだけでしょ」


 やはり高級な旅館の食事であるからか、すき焼きをはじめとした料理の味は絶品という言葉がピッタリ当てはまるようなものであった。しかしそこは10代の少女たち、舌鼓を打つという表現とはかけ離れた無邪気な様子でもぐもぐ、というかばくばくと食べ進めている。


「…」


 昼間の時と同じか、それ以上に騒がしいS組の面々を見て、サクラは1人呆然としていた。そんなサクラを見兼ねたのか、一人黙々と肉を食らっていたレクトが唐突に指摘する。


「ボサッとしてないで、さっさと食った方がいいぞ。モタモタしてると全部あのガキどもに食い尽くされるからな」

「あ、はい」


 レクトの言葉に、ハッとした様子でサクラは手を動かし始めた。しかしそれでもS組メンバーの食事の様子が気になったのか、不意にあることをレクトに尋ねる。


「海外では、こういう風に賑やかに食事をするのが普通なのですか?」

「いや、別にそういうわけじゃない。王族や貴族の連中はテーブルマナーとかにはうるせえし、高級レストランなんかだとこういう風に騒がしくしたら途端に追い出されるな」


 サクラの質問に答えながら、レクトは先程エレナが騒いでいた白くて柔らかい物体…もとい豆腐を箸で器用に持ち上げた。だがサクラはサクラでまだ知りたいことがあるのか、構わず質問を続ける。


「レクト様は今は教師なのですよね?テーブルマナーの指導等はされないのですか?」

「無いな。基本、俺がこいつらに教えるのは学問と戦い方だけだ」


 人によっては返答に困りそうな質問ではあったものの、レクトはきっぱり断言する。相変わらず、この男はブレるという言葉を知らない。


「大体、礼儀だのマナーだの何だのは普通、家庭で教えるようなもんだろうが。そんなもん、いちいち教師に求めること自体が間違いだってんだよ」


 持論を語りながら、レクトは白菜を口にする。それを咀嚼すると、少し冷めたような目でサクラを見た。


「騒がしいのが気になるのか?悪いがお前がどう思っていようが、さっき言ったように俺は飯の食い方までこいつらにとやかく言うつもりは無いぞ」


 レクトからしてみれば、教師という立場にも関わらず生徒たちのテーブルマナーに対して一切言及しないことにサクラが不満を抱いていると思ったのだろう。しかし、それに対するサクラの反応は意外なものであった。


「いえ、そうではありません。むしろ、とても新鮮で何だか面白いです」

「面白い?」


 サクラの返答を聞いて、レクトは少し怪訝そうな顔になる。どうやらサクラとしては、こうやってわいわい食事をするのが新鮮に映るようだ。


「私は今まで、学校に行かずに姫巫女として将軍の下で大切に育てられました。なので日常的にこういった大勢で、しかも同年代の方々と食事をする機会など全くと言っていいほど無かったのですよ」


 サクラは感慨深そうに話している。もっとも彼女の立場を考えれば、それも別段不思議な話ではないが。


「食事もほとんど1人でしていました。とはいっても、私1人が食事をしていてすぐ側では家臣が見守っている、という形でしたが。大勢で食事をするのは、式典や来賓の方がいらした会食の時だけですね」

「1人って、家族とかは?」


 彼女の身の上が少し気になったのか、レクトは何の気なしに尋ねた。しかし、聞かれた方のサクラは少し寂しそうな表情になる。


「先代の姫巫女であった祖母は、私が生まれるより10年以上も前に亡くなったそうです。それと父は将軍の補佐役でしたが、私が2歳の頃に病で他界しました。母は…今は城下町から少し離れた所で暮らしているらしいので」


 あまり良い思い出がないのだろう、サクラの声のトーンが少し小さくなった。

 レクトはとっくに気付いていたが、いつの間にかエレナとフィーネも箸を止めて2人の話に聞き入っていた。その奥では、レクトの言葉など全く耳に入っていない様子のニナが大量の肉と野菜をかき込んでいる。


「らしいって…また随分と他人事みたいな言い方だな」


 側から見ればこれ以上聞くのも少し不躾な話のようにも見えるが、レクトは構わず質問する。エレナとフィーネの2人も失礼な話だとはわかっていたが、知りたいという欲求の方が強かったのかレクトを咎めることはしなかった。


「すみません。私、面と向かって母と話をしたことは1度しかないもので」

「あぁ、なるほどな」


 苦笑しながら答えたサクラを見て、エレナとフィーネの2人は思わずぎょっとしてしまった。一方でレクトは何となく察していたのだろう、特に驚いた様子もなく茶をすすっている。


「もしかして、親族全員がそうやって育てられているの?」


 サクラの話があまりにも衝撃的だったのか、思わずエレナは2人の会話に割って入った。エレナが聞いていた事にサクラは少しだけ驚いたようだったが、気にせず彼女の質問に答える。


「いえ、家系の人間全員がそうなるわけではありません。そうやって将軍の下で育てられるのは、あくまでも姫巫女の力を発現した者だけです。事実、姫巫女であった祖母は私と同じような育てられ方をしたそうですが、母にはその力が発現しなかったので城の外で普通に生活しています」


 要するに、たとえ姫巫女の家系の人間であっても将軍の元で育てられるのは姫巫女の力を持った者だけで、そうでない者は一般人と変わらぬ生活を送るということだ。

 そんな複雑な事情を聞かされ、エレナとフィーネは呆然としている。


「勿論、それを不満に思ってはいません。姫巫女であることは寧ろ誇るべき事ですし、姫巫女として生まれた以上はその使命を全うすることが私の生きる意味ですから」


 2人の思っている事を知ってか知らずか、サクラは気丈な振る舞いのまま話を続けた。だがここで、サクラは少し言葉に詰まったような様子になる。


「でも…皆さんのように学生として友達と一緒に過ごすという当たり前のことを、少し羨ましく思います」


 それまでしっかりとした面持ちで話していたサクラが、急にしおらしくなった。いくら強く振る舞っていても、やはり10代の少女故の弱さも持ち合わせているとでも言うべきか。

 そんなサクラを見て、フィーネがある事を質問する。


「学校には行かせてもらえないの?」


 学校へ行くなど、普通の人間にとってはごく当たり前のことだ。しかしそれでも姫巫女であるサクラにとっては、そんな当たり前のことが当たり前ではないのだ。


「いつどこで誰が命を狙っているかわかりませんので、生活の大半は安全な城の中ですね。礼儀作法や学問などは、全てそういった専門教養のある家臣から教わりました」


 サクラは至極当然といった様子で答えた。フォルティスは比較的平和な国なので王族が命を狙われるといった物騒な話は耳にしないが、いざこういった話を聞かされると改めて姫巫女サクラが政治的な面でも重要な人物だというのが実感できる。

 ところが2人の思いとは裏腹に、サクラは意外なことを口にした。


「だから今回の護衛の件は、少しだけ私の個人的なわがままも含まれているんですよ?修学旅行という、このまま姫巫女として生きていれば一生経験することのなかったであろうイベントを疑似的にさせてもらえるのですから」

「サクラさん…」


 前向きな発言をするサクラであったが、フィーネはどう言葉をかけていいかわからなかった。気丈に振る舞ってはいるものの、サクラの内面に少しの寂しさが見てとれたからだ。それはエレナも同じようであった。

 そんな2人に唐突にレクトから指摘…もとい助け舟が入る。


「エレナ、フィーネ、呆けてるとあのドカ食い娘に全部食われるぞ」

「「あぁ、はい!」」


 2人ははっとした様子で、慌てて箸を動かす。とは言っても、2人ともこれ以上食べる気は無いようだったが。ただ、少し気まずくなった状況でレクトが気を利かせて声をかけてくれたので、2人としてはむしろありがたいことだった。

 そうやって食事が済んだ頃には、時計の針は既に9時半をまわっていた。

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