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先生は世界を救った英雄ですが、外道です。  作者: 火澄 鷹志
炎の修学旅行編
101/152

襲撃される温泉街 ⑤

 先程の揺れによって魔導船の船体はやや傾き、立っているのも精一杯といった状態だ。これでは最早、戦闘どころではない。


「てめえら、一体何をしやがった!?」


 大剣を構えながらも、レクトはシラヌイに問いただす。その一方でシラヌイの方はこれ以上戦闘を続ける気がないのか、短剣を腰に戻しながら答えた。


「なに、この魔導船の動力を止めただけのこと」

「なんだと!?それじゃあ…」


 船が墜落するじゃねえか、とレクトが言いかけたところで、その予想が現実のものとなった。

 浮力を失った船はバランスを崩し、ガクガクと船体が大きく揺れる。そのことが前もってわかっていたシラヌイは冷静に甲板の上を素早く移動するが、一方のレクトはたまらずよろめいてしまった。


「うおっ!おおっ!?」


 何とか踏ん張ろうと、レクトは大剣を甲板に突き刺す。しかしそんなレクトのことなどお構いなしにシラヌイは甲板の隅へと移動し、何の迷いもなく飛び降りた。


「忍法・大凧の術!」


 シラヌイが叫ぶと同時に、彼の背後に大きな四角い布が現れた。いつの間にかシラヌイの四肢は布の四隅に結び付けられており、シラヌイは強風を上手く受けながら滑空を始めた。

 よく見ると、船に乗っていた他の忍者たちも同じように滑空して次々に船から脱出している。


「何だと!?あいつら飛べるのかよ!?」


 突き刺した大剣で踏ん張りながら、レクトは驚愕の声を上げた。そんなレクトを尻目に、まるで勝ち誇ったかのような口調でシラヌイが叫ぶ。


「残念だったな四英雄レクト!少々予定は狂ったが、この船が街の中心に落ちれば我々の目的は達成だ!」


 これだけ立派な魔導船を失うにも関わらず、シラヌイ自身は全く悔しそうな様子を見せていない。それどころか、意味深な言葉を残しながら高笑いしている。


「目的だと!?どういう事だ!?お前らの狙いは姫巫女じゃねえのかよ!?」


 レクトはシラヌイに向かって大きな声で問いかけるが、そんな事などお構いなしにシラヌイと配下の忍者たちはどんどん遠ざかっていく。


「さらばだ、英雄よ!」

「くそっ!待ちやがれ!」


 そんなレクトの問いかけにも答えることなく、シラヌイ率いる忍者部隊は飛び去っていってしまった。後に残されたのは、墜落を始めた巨大な船だけだ。このままでは最初にレクトが予想したように街の中心に落下して大惨事になることは間違いない。

 こうなってしまった以上、レクトが今やるべき事は1つだけだった。


「仕方ねえ、こうなったら…!」


 レクトは甲板に刺していた大剣を抜き、それを高く掲げる。不安定な足場などものともせず、渾身の力を込めて一気に振り下ろした。


巨神(ギガント)の一撃(・ストライク)!」


 巨大な一撃と共に周囲に轟音が響き渡り、船体が一瞬にしてバラバラになる。当然のようにレクトは船の残骸と一緒に街の中心部へと落下していくが、レクト自身は手を止める事なく更に剣を振り続けた。


「おりゃあああぁぁぁ!!!」


 落下しながらもレクトは高速で剣を振るって船の残骸を次々に切り裂いていき、残骸は半分、また半分と見る見るうちに細かくなっていく。


 


 


 一方、地上ではその様子を人々が何事かと思いながら見上げていたが、そんなレクトの意図にいち早く気付いたのはフィーネであった。


「まさか先生、落下までに船の残骸を少しでも細かくしようとしてるんじゃ…!」


 最早船の落下は防ぎようがないが、落下するまでに残骸を少しでも小さく刻むことができれば被害を少しでも抑えること自体は可能な筈だ。レクトの思惑を理解したフィーネは、周囲の人々に向かって大声で叫んだ。


「みんな!魔法が使える人は全員、船の残骸に向かって攻撃魔法を放って!少しでも残骸を小さく砕くのよ!」


 フィーネの指示を受け、エレナとルーチェの2人は頷くと、迷わず上空に向かって火球を撃ち始めた。それに続き、リリアとアイリスも魔法の詠唱を始める。


「ニナ、魔法ニガテなんだけど…」

「やらないよりはマシだろ!文句言うヒマがあったらさっさと撃てっての!」


 苦々しい顔をしているニナに向かって、ベロニカが怒号を飛ばす。ニナの方も意を決したのか、不恰好ながらも上空に向かって両手を構えた。

 しかしそんな彼女たちに対して、周りの人間は魔法を撃つことにためらいを感じているようだった。


「だ、だが!そんな事をすれば英雄レクトに当たってしまうかもしれん!」


 レクトが船の残骸の中心にいる以上、それに向かって魔法を撃てばレクト自身に当たってしまう危険性がある。しかしレクトの事を信じているリリアは、叱咤するように叫んだ。


「ウチの先生は魔法の100発や200発が当たったって死にはしないわ!」


 割と無茶苦茶なことを言っているようにも聞こえるが、カリダの高等魔法が直撃しても普通に生きているレクトだ。リリアの言うように魔法の100発や200発が当たったところでどうということはないだろう。

 だがそれでも尚、周りの人々は撃つのを躊躇しているようだった。


「し、しかしだな…」


 レクトの頑丈さをよく知っているS組メンバーであればまだしも、やはり普通の人間からしてみれば抵抗があるのは当然といえば当然である。

 だが、そんな彼らの態度にしびれを切らしたリリアは更に声を荒げた。


「先生はあんたたちの街を守る為にあそこにいるのよ!?そのあんたたち自身が指を咥えて見てるだけでどうすんのよ!!」


 このリリアの一喝によって、場の空気が一変した。彼女の一言で人々も迷いがなくなったのか、空に向かって一斉に魔法を撃ち始めた。

 



 当然のことではあるが船の残骸に向かって魔法を撃つということは、その中心で剣を振り続けるレクトに向けて魔法を撃つということに等しい。


「まったく、俺に当たるっていう心配はゼロかよ!」


 自身のすぐ真横をファイヤーボールが通過したのを見て、レクトは嫌味っぽく言った。火球はそのまま近くの残骸に直撃し、バラバラに粉砕する。


「ま、それも俺の想定通りだがな!」


 微笑を浮かべたレクトは、そのまま高速で剣を振り続ける。切り刻まれた船の残骸も大きさにこそばらつきがあるものの、最初の船の大きさからすれば随分と小さくなったものだ。

 だが、頃合いを見計らってレクトは呟く。


「どうやら、ここまでが限界のようだな」


 自分の手ではこれ以上細かくするのは不可能だと判断したのか、レクトは剣を振る手を止めた。というのも、彼にとっては大きな課題が残されていたのである。


「さて。船はともかくとして、俺自身の着地をどうするかだな…」


 いくらレクトとはいえ、流石にあの高さから落下して無傷というのも無理な話だ。船の残骸への対処は地上にいる人々に任せるとして、同じように落下する自分がどうやって地上に降り立つかを考える必要があった。


「あぁ、丁度いいや。アレを使わせてもらうか」


 何かを思いついたのか、レクトはすぐさま次の行動へと移った。


 


 当然だが、地上の方もてんやわんやである。いくら船の残骸が小さくなったとはいえ、多少なり被害が出るのは想像に難くないからだ。


「船の残骸が落ちてくるぞぉー!!全員、避難しろ!」

「逃げろ!なるべく離れるんだ!」


 その声を皮切りに、それまで落下する船の残骸に向かって魔法を撃ち続けていた人々が一斉に逃げ出す。たとえ小さな残骸であっても、当たったらただでは済まないのは明白だ。

 だが、S組メンバーの中には中々割り切れずにいない者もいた。棒立ちしたまま心配そうに上空を見上げるアイリスに、後ろからベロニカが声をかける。


「何してんだよアイリス!そこにいたら巻き込まれるかもしれないぞ!?」

「で、でもまだ先生が…!」


 アイリスが言っているように、レクトは船の残骸と共に落下している最中だ。このままでは地面ないし建物に激突してしまうのは間違いないが、意外にもアイリス以外のメンバーはそこまで心配した様子を見せていなかった。


「先生が何の考えもなしにそのまま墜落するわけないでしょ。きっと何か手を打っているはずよ」

「そ、そうですね…」


 冷静な様子のルーチェの言葉にアイリスもいくらか落ち着きを取り戻したのか、心配そうな素振りを見せつつも他のメンバーと共にその場を離れる。

 全員が船の真下から100メートル以上は離れた場所へと避難を済ませたその直後、周辺に船の残骸が一斉に落ちてきた。


「きゃっ!」「うわっ!」


 落下した船の破片が、大きな音を立てて近くの商店の屋根に突き刺さった。だが幸いにも破片自体が小さかったので、建物自体は壊れずに屋根の瓦が数枚割れただけで済んだようだ。

 船の破片は大きな音を響かせながら、道や建物などあちこちに降り注いだ。その衝撃によって地面には大きなへこみができたり、中には大きな破片が衝突したことによって半壊する建物もあった。

 最初の屋根への落下から十数秒が経過したところで、ようやく音が止んだ。


「お、終わったの…?」


 それまで頭を押さえ、姿勢を低くしていたフィーネが顔を上げる。どうやら船の残骸は全て落下しきったようだ。


「そうだ!先生は!?」


 残骸は全て落ちてしまったようだが、肝心のレクトの声がしない。フィーネは心配そうに周囲を見渡すが、魔導船が浮いていた地点の真下には誰もいなかった。

 だが次の瞬間、ダン!という大きな音と共に1つの影が地面に降り立った。


「ふー、何とか着地できたか」


 やれやれといった様子で右手に持った大剣を背中に戻しながら、レクトは額に浮かんだ汗を拭う。誰がどう見ても重労働どころではない作業であった筈なのだが、レクトは何事もなかったかのようにパンパンとコートに付いた汚れを払っている。


「「「せ、先生ぇ―!!!」」」


 そんなレクトの姿を見て、一目散に駆け寄ったのはやはりS組メンバーであった。

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