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先生は世界を救った英雄ですが、外道です。  作者: 火澄 鷹志
炎の修学旅行編
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襲撃される温泉街 ④

 中心街の上空を旋回する魔導船の甲板では、変わらず忍者たちが大砲を撃ち続けている。司令塔であるシラヌイは、忍者たちに指示を出しながらそれを満足気な様子で眺めていた。

 ところが周囲を警戒しながら砲身の角度を調整していた1人の忍者が何かに気付いたのか、急に大声を上げてリーダーであるシラヌイを呼ぶ。


「総隊長!周りの様子が変です!」

「変だと?一体何がだ?」


 部下の声を聞きつけ、シラヌイは船の縁から周りを見渡す。すると、本来ならばこの時間帯ではあり得ないものが目に飛び込んできた。


「これは…祭り用のバルーンか?」


 船の周りを取り囲むように浮いていたのは、様々な食べ物やキャラクターを模した祭り用の巨大なバルーンであった。しかもその数、10や20ではない。数えきれないほどの量のバルーンがそこら一帯に浮いているのだ。


「どういうことだ、何故こんな時間にこれが浮いている?」


 答えを返してくれる人間などいないとわかっていながらも、シラヌイは率直な疑問を口にする。

 本来であればこれらのバルーンは観光客の多い昼間に浮かべておくべきものであり、夜には片付けられてしまう。それが陽が沈んだ後、しかも街の人間にしてみればテロリストに襲撃されている最中にこんなものを浮かべている余裕などない筈だ。

 だが、そんなシラヌイの疑問はすぐに解決することとなった。


「あれは…まさか!?」


 何かに気付いたのか、シラヌイの声が一気に大きくなる。というのも彼の視線の先には、浮いているバルーンの上から別のバルーンの上へと、次々に高速で移動している影が見えたからだ。


「馬鹿な!?バルーンの上を飛び移ってきているというのか!?」


 驚愕したシラヌイの叫び声を聞いて、周囲の忍者たちも耳を疑った。宣伝用のバルーンを使って高度数百メートルの上空まで登ってくるなど、常識的に考えてまずあり得ない。

 だが、そんな夢物語でも見ているかのような忍者たちの思考を、船体から響いた声が一気に現実へと引き戻した。


「見ぃーつぅーけたぁ!!」


 昼間に戦った忍者の姿を視界に捉えたレクトは、かくれんぼの鬼をしている子供のような声を上げたのだった。


 


 


 当然だが、浮かべられたバルーンの持ち主は大半がこの街で店を出している商人たちである。その商人たちは今、レクトを上空へと導くために大量のバルーンを上へ上へと上昇させている真っ最中であった。


「ありったけのバルーンを浮かべろ!まとめて敵に撃ち落とされないよう、広範囲に広げるんだ!」


 ガタイのいい商人が、自分の店の店員らしき若い男たちに大声で指示を出している。他の場所でも同様に多数の人間が自分の店で使っている宣伝用のバルーンをせっせと準備していた。

 そんな商人たちの奮闘を、地上に残されたS組メンバーはじっと見つめている。


「にしても、まさか大量のバルーンを階段状に浮かべて、その上を次々に飛び移っていくなんて…」

「レクト先生にしかできない方法ですね」


 感心半分、呆れ半分といった様子のリリアに、アイリスが賛同するように答えた。常人ならばまず不可能であるし、到底考えつかないようなとんでもない奇策をレクトが言い出したときには、周りにいた人々を含め全員が耳を疑ったものだ。


「あとは先生を信じるしかないわね」

「センセイなら大丈夫だろ」


 心配そうに呟くフィーネに対し、ベロニカは当たり前のように答える。普通に考えれば無謀としか言いようがない作戦だが、尋常ではないレクトの強さと行動力をこの場にいる誰よりも分かっているのが彼女たちだ。


「そうね、きっと大丈夫よね」


 フィーネは少し安心したように小さく呟くと、上空に浮かぶ魔導船を見上げる。


 

 


 


 一方、魔導船の甲板では次々にバルーンの上を渡っていくレクトをなんとか船に近づけまいと、シラヌイや配下の忍者たちが奮戦していた。


「今すぐに周囲のバルーンを撃ち落とせ!あの男を船へ近付けるな!」

「「はっ!」」


 シラヌイに命じられるまま、十数人の忍者たちは周囲のバルーンに向けて銃を構える。


「撃て!!」


 シラヌイの号令と共に、忍者たちは一斉に銃の引き金を引いた。直後、火薬の炸裂する音が周囲に鳴り響く。


 パァン!パァン!


 ところが一度に十数人が発砲したのにも関わらず、銃弾が命中して割れたバルーンはたったの2つだけであった。

 無論、忍者たちも銃の素人というわけではない。大きなバルーンなど普通に狙えば簡単に命中させることが可能なのだが、今はこの状況がそれすらも困難なものに変えていたのだ。


「駄目です!風が強くて狙いが定まりません!」

「しかもバルーン自体が風に煽られて大きく揺れているので、あれを狙うのは至難の業です!」


 言い訳のようにも聞こえるが、何しろここは高度数百メートルの上空である。地上よりも遥かに強い風が吹いている影響で、撃った銃弾も飛んでいるバルーンも明後日の方向へと流されてしまうのだ。


「くそっ…!」


 シラヌイは悔しそうに小さく唸った。自らが選んだ上空というフィールドが、完全に仇となってしまったからだ。

 しかしその一方で、バルーンからバルーンへと渡るレクトの動きは正確無比であった。風の流れすらも読んでいるのか、変則的に動くバルーンの上を次々に飛び移っていく。


「あらよっ…と!」


 最後に船に一番近いバルーンを踏み台にして、レクトは大きくジャンプする。そのままダンッ!という大きな音と共に、レクトは魔導船の甲板へと降り立った。


「よう。また会ったなニンジャ野郎」

「レクト・マギステネル…!」


 余裕の表情を浮かべながら、レクトは挑発するような言葉をシラヌイに向かって投げかける。その一方、最も計画の邪魔になるであろう男の登場にシラヌイは焦りと怒りを隠しきれなかった。


「今度は上空だ、逃げ場はねえぞ?」


 相変わらず余裕の態度を浮かべながら、レクトは背負った大剣を手にする。もっとも態度そのものは軽いが、レクトから静かに発せられる強大な闘気をシラヌイをはじめとした忍者たちは静かに感じとっていた。


「こ、この男が四英雄レクト…!」

「魔王を倒した剣士か!」


 シラヌイの周りにいる忍者が思わず声を漏らす。やはり相手が相手であるからか、それとも自分たちの隊長を遥かに上回る実力を持つ者であるからか、緊張や恐れの感情が入り混じっているようにも見える。


「えーっと、確か名前はシラヌイで合ってるよな?」


 確認するように、レクトは敵の名前を呼んだ。だが、反対に呼ばれた方のシラヌイは釈然としない様子でレクトに聞き返す。


「貴様、何故拙者の名を知っている?」

「オボロだっけ?お前の部下の女から聞き出した」


 何の気なしにレクトは答えたが、それを聞いたシラヌイは態度を一変させる。


「馬鹿な!オボロが口を割ったというのか!?そんな筈はない!」


 信頼していた部下が情報を吐いたなど、シラヌイには到底信じられなかったようだ。しかしそんなシラヌイの思いとは無関係に、レクトは淡々と語る。


「確かに強情な女だったぜ。まあ、そのおかげで随分と楽しませてもらったがな。泣きながらお前の名前を吐いた時の恥辱にまみれた顔なんて最高だったぜ?」


 相手が明確に敵であるとわかっているからか、レクトの方も容赦なく外道全開である。これではどちらが悪人なのかわかったものではない。

 シラヌイは覆面の下で小さく歯ぎしりをすると、下衆を見るかのような目でレクトを睨んだ。


「どうやら英雄というのは剣だけでなく、拷問の腕前も相当なもののようだな」

「ありがたく褒め言葉として受け取っておこうか」


 シラヌイの皮肉も、根っからのドSであるレクトには全く通じないようだ。シラヌイの方もそれを理解したのか、その点についてはそれ以上触れなかった。

 一方のレクトとしては、敵であるシラヌイに聞いておきたいことがいくつかあった。


「あの女と戦ったとき、何かの術で土から戦闘用の人形を作ってるのを見たよ。温泉街を襲ったマグマスライムも同じような術で作ったんだろ?」


 聞いたところで何がどうなるわけではないのだが、一応の確認の為にレクトは尋ねた。しかし、聞かれた方のシラヌイは一瞬だけ疑問符を頭に浮かべる。


「マグマスライム?…あぁ、溶岩獣のことか」

「あ、正式名称はそーいう名前なんだ」


 便宜上ではあるが自分が名付けたマグマスライムの正式名称を聞いて、レクトは少し不満そうな顔になった。単純に名前が気に入らなかっただけのようだ。


「術自体は少し異なるが、貴様の考察するように原理は似たようなものだ」


 術のこと自体は特に隠すようなことでもないのだろうか、シラヌイは敵である筈のレクトの質問にもあっさり答えた。その答えを聞いてレクトは納得したような様子のまま、改めて剣を構える。


「さて。本当はまだ聞きたいことが山ほどあるんだが、それはお前らをボコボコにした後でもいいよな?」

「ふん」


 レクトに挑発的な言葉を浴びせられるが、シラヌイは冷静に受け流しながら2本の短刀を抜いた。


「総隊長!我々も加勢します!」


 隊長であるシラヌイが武器を構えたのを見て、部下の忍者たちも各々が身に付けた武器の柄に手をかける。だが、彼らが剣を抜く前にシラヌイがそれを制止した。


「いや、奴の相手は拙者がする。お前たちは次の作戦の準備をしろ」

「は…はい!」


 次の作戦という言葉を聞いて、忍者たちの顔つきが変わった。シラヌイからはあらかじめ指示を受けていたのだろうか、皆武器から手を離すと船の機関部らしき所へと向かっていく。


「何をするのかは知らねえが、行かせるかよ!」


 当然だが、レクトの方もただ指を咥えて見ているだけというわけにもいかない。何か行動を起こされる前に部下の忍者たちを片付けようと、大剣を手に即座に動く。ところが。


 ガキィンッ!!


「悪いが、これ以上邪魔をされては困るのでな」


 短刀でレクトの剣を受け止めながら、シラヌイが言った。

 とはいえ、ただでさえ両者の間には力の差がある上に武器も重量のある大剣と刃渡りの短い短刀である。口調はしっかりしているものの、シラヌイの方は受け止めるだけで精一杯といった様子だ。


「昼間の時とは逆だな?」


 レクトの剣をシラヌイが受け止めるという、奇しくも昼間の構図とは真逆になったことにレクトは軽く皮肉を飛ばした。

 レクトは剣に力を込めて短刀ごとシラヌイの体を弾き飛ばす。しかしそこは流石忍者というべきか、素早い身のこなしですぐさま体勢を立て直した。


「まさかとは思うがお前、俺に勝つみたいな無意味な希望は抱いてないよな?」


 超が付くほど自信満々の様子で、挑発するようにレクトが言った。とはいえ、それなりの場数を踏んでいるシラヌイはそれに流されることなく冷静に答える。


「余計な心配は無用だ。貴様は拙者が今まで戦った人間の誰よりも強い。自分と相手の力量の差ぐらいはわかっているつもりだ」

「ハッ、それなら結構!」


 間接的に褒められたことには間違いないのだが、レクトにとってはどうでもよかった。

 鋭い眼光の先にシラヌイを見据えたまま、一気に距離を詰めて斬りかかる。


「てめえが俺の前に立ちはだかるって言うのなら、先にてめえを潰してやるよ!」


 まるで悪人のような言葉を吐きながら、レクトは剣を振り抜いた。一方のシラヌイは何とかその攻撃をかわし、すぐさま短剣で反撃に出る。

 周囲には誰も見ている者がいない中で、2人は目にも留まらぬ剣戟を繰り広げている。しかしその攻防自体も、昼間の時と同じように互角というわけではなかった。


「絶望的なことを教えてやろうか。昼間の俺はあれでも全力じゃねえんだぜ?」


 ここでも優勢なレクトが、余裕の表情を浮かべながら言い切った。ハッタリにも聞こえるが、レクトはそんなブラフを使うような男ではない。

 無論、シラヌイの方もそれは承知の上であった。


「だろうな。あの時貴様が全力ではなかったのは、さしずめ正体のわからない拙者の実力を推し量る為といったところであろう?」

「さあな!」


 シラヌイの質問に答える代わりに、レクトの剣の振りが大きくなる。相変わらずシラヌイは回避に専念するので精一杯といった様子ではあるが、何故か表情自体は勝ち誇ったようにも見えた。

 その理由を、シラヌイ自身が明らかにする。


「言い忘れたが、拙者の目的はお前を倒すことではない。30秒程度の時間を稼ぐだけで充分なのだからな」

「30秒だと?」


  シラヌイの発した30秒という言葉に、レクトは一瞬焦りの表情を浮かべた。何しろ、シラヌイとの交戦を始めてから既に30秒近く経過してしまっているのは体感的に理解できたからだ。


「さっきのてめえの部下だな!?何をするつもりだ!?」


 やや口調を荒くしながらレクトは問い詰めるが、シラヌイは答えない。覆面をしているため目元しか確認できないが、それでも不気味に微笑んでいるのが容易に見てとれた。

 そんな中、レクトや忍者たちを乗せた巨大な船体が突然ガクン、と大きく揺れた。




 魔導船の様子がおかしいことは、地上からも肉眼で確認できた。


「おい、何か変じゃないか?」

「あぁ、船が突然動かなくなったぞ」

「一体、どうなってるの?」


 それまでは上空をゆっくりと旋回していた船が急に止まったので、人々は不安そうな様子で騒ぎ始めた。

 だがその直後、群衆の中にいた1人の侍があることに気付いて船を指差した。


「なぁ、もしかしてあの船、墜ちそうなんじゃないか!?」


 状況は、最悪の方向へと向かっていた。

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