エピローグ:スローライフを目指して
2019.10.06 2話投稿(2/2)
あれから一年が過ぎた。
世界は少しずつだが復興していると思う。
じいさんと黒幕のオリジナルが作ったワクチンのおかげだろう。半年ほど前にウィルスに感染しないワクチンと、ゾンビからウィルスを除去して仲間を増やすという命令を解除したワクチンを作ったことにより、ある程度の安全が確保されたからだ。
とはいえ、いまだにウィルスを保有して人を噛んだりひっかいたりしようとするゾンビが多くいる訳で、そういうゾンビにワクチンを打つ仕事をしている。打つというよりも撃つかな。
このことで一番張り切っているのはサクラちゃんとモミジちゃんだろう。
二人はおやっさんが改造した殺傷力のない銃とワクチンを仕込んだ弾でゾンビを撃つという仕事をハッピートリガーのメンバーと一緒にやっている。それとゾンビのせいで孤立している人たちの救出も積極的にやっているようだ。
「まだ見ぬいい男を探し出してラブラブするんです! ゾンビになる前に助けないと!」
「お姉ちゃんに同意!」
サクラちゃんはともかく、モミジちゃんは性格が変わった気がする。最近、ご両親が無事だったこともあってテンションが上がっているのかもしれないな。俺のせいじゃないと思いたい。
「どこかの誰かさんが誰かさんとイチャイチャしてるから早く彼氏でも見つけないと撃ちそうになるんですよね! 誰とは言いませんが!」
「一発くらいいなら撃ってもいいと思うよ、お姉ちゃん」
……俺のせいじゃないと思いたい。
俺達は銃弾にして使っているわけだが、ワクチンに関してはネットで全世界に公開済みだ。
ただ、他国にネットを見れる環境が残っているかどうかは分かっていないため、ミカエルとその妹達が精製されたワクチンを持って世界中を飛び回っている。
「お父様の命令とはいえ、ウィルスをばら撒いたのは私達。これで償いになるとは思わないけれど、何もしないわけにはいかないわ」
ミカエル達はそう言って頑張っている。
「でも、これが終わったらどこか人のいない小島に妹達だけで住みたいわね……もちろん誰かさんは招待してあげるわよ?」
俺の事なんだろうか。反応に困るし意味深なことは言わないでもらいたい。
でも、ミカエルはずいぶんと元気になった。助け出した当初は部屋に閉じこもっていたからな。
ショッピングモールの屋上はマコトちゃんのドローンが撮影していた。それが全世界にネット配信されていたわけだ。
動画のタグには「もう一人の黒幕」「鮮血のドレス」「しゃるうぃだんす?」等が付けられて、再生回数は相当な数になっているらしい。
ミカエルもテンションが上がっていた時の事なので、後から思い出したら相当恥ずかしかったようだ。ウリエルちゃんと一緒に一週間くらい引きこもっていた。ラファエルちゃんとガブリエルちゃん、それにほかの妹達が説得してようやく出てきたときはみんなで喜んでいたっけ。
ミカエルには赤っ恥だが、あの映像のおかげで白い少女たちも被害者であるという風潮が強まった。もちろん絶対に許せないという人もいるようだが、それはこれから真摯に対応していくしかないだろう。
ネットと言えばマコトちゃんは相変わらず色々なところにハッキングをしているようだ。もちろんそれだけではなく、色々な情報収集をしている。生存者の情報ともう一つの情報だ。
ワクチンが出来て一つ問題があった。
もともとこういう世界を望んでいる奴らのことだ。ドラゴンファングみたいに力と暴力で人を支配したり、適合者となった人間がゾンビに命令をして王のように振舞っていたりする。
そういう奴等の拠点とその周囲はほとんど無法地帯だ。ゾンビよりも質が悪い。そういうところの情報をマコトちゃんは素早く確認して俺に教えてくれている。
「はいこれ。馬鹿な奴らの居場所を調べておいたよ。救急車のカーナビにも入れておいたから。帰りにアイス持って来て」
マコトちゃんの部屋はなんというか見ただけでSFだ。よく電力が持つな、と言うくらい部屋がコンピュータで埋まってる。
一年前、俺がシェルターに行っている間にショッピングモールの周りにいたゾンビをどけて中を物色したらしい。外で待機していたメンバーはほとんど手つかずで残っていた物資を根こそぎ持って帰っていた。食料品は駄目だったようだが、パソコン関係はほぼ全部持ってきたらしい。
「本当はシェルターの中にあった機材も欲しかったんだけど、あんなに吹っ飛んだなら何も残ってないよね。ほかにもああいうシェルターってないかな? 今度は爆発させずに色々持ち帰りたい。そういうわけでシェルターを見つけたらよろしくね」
あのシェルターに爆発が起きてから一ヵ月後くらいに一度だけ行ってみた。
地上にあったショッピングモールもすべて瓦礫と化していて何も残ってはいなかった。上司も間違いなく死んでいるだろう。
ああいうシェルターがほかにもある可能性は高いだろう。誰がいるかは分からないが確かに確認しに行かないとな。ブラックホーネットの本社にも色々と情報があったし、放っておくわけにはいかないだろう。
そういえば、俺と同じ殺し屋のアマノガワはなぜかアマゾネスの皆とアイドル活動を始めた。ナタリーさん達は結構ノリノリだ。アイドル活動と言うよりも復興支援というか炊き出しの手伝いらしいが、そういうところに出向くと結構評判がいいらしい。
「一応、こうなる前の世界では結構名前が売れてましたからね。有名な人がこういう場所で復興支援をすると、世界が復興しつつあることのアピールになるらしいですよ。そうすれば助けて欲しいって連絡も増えるかもしれないとか。でも、なんで女性の衣装……」
「アマノガワ君? 元の世界であなたが有名だったのは女性アイドルだったからでしょ? いまさら男だとカミングアウトしてどうするの? 男性のファンを逃がしちゃうわよ? 女性のファンは増えそうだけど」
ジュンさんはプロデューサーみたいな立ち位置らしい。個人的にはジュンさんが表に出たほうが男のファンが付きそうな気がするけど、余計なことを言うと危険だから言わない。
「おう、お前らそろそろ行くぞ。飯を待ってるやつらがいるんだから急いでいかねぇとな!」
おやっさんが装甲車みたいなキャンピングカーに乗ってやってきた。おやっさんはアイドルグループ「アマゾネス」の運転手みたいなことをしている。
もちろんアイアンボルトのメンバーと一緒に武器のメンテナンスや車の修理などもやっている。最近では道に放置されている車の撤去や直した車の無料提供もしているようだ。
「車を直してやると、酒の差し入れを貰えんだよ。金なんかよりもこっちの方が数倍嬉しいぜ。早くビール工場も復旧しねぇかな?」
おやっさんはいつでも酒か。飲酒運転だけはするなよ。
夕方、マンションの屋上へ移動してから町を見渡した。
以前とは違って人の声や生活の音が聞こえる。そしてその生活の中には、ゾンビ達も含まれているはずだ。
世界の復興には生きている人間だけでは足りない。ゾンビ達の力が必要だ。原始的な生活をするだけなら必要ないかもしれないが、皆が望んでいるのは以前のような世界だ。元の世界に戻るのがいいのか悪いのかは分からない。でも、みんなはそれを望んでいる。
可哀想な気もするが、ゾンビ達に命令をして自分たちが得意なことをしてもらっている。もちろん無償ではなく食料の供給を行っている。実はその食料もゾンビが作っているんだけど仕方ないよな。
なので可能な限りホワイトなお仕事にしている。毎日八時間労働の残業なしで週休二日。有給の理由だって可能――まあ、有給を使うって自発的には言わないけど。
人もゾンビもみんながそれぞれやるべきことをやっている。もちろん俺もだ。殺し屋としても、適合者としても、まだまだ引退するなんてことは出来ないだろう。
こんな世界になり、ラファエルちゃんに噛まれて、適合者として目覚めた。
目が覚めて最初に思ったのは、仕事を辞めて田舎に閉じこもり、スローライフを送りたいということだ。誰とも関わらずひっそりと生きる、それが最高の生き方だと思った。
でも、そうじゃないな。誰かと関わって生きることがこんなにも楽しい。
たぶん、俺は拗ねていただけだ。自分ではどうしようもできない人生だからこんな世界になってざまぁみろと心の奥底では思ってた気がする。だから目を覚ました後に誰とも関わらずに一人で生きようとした。
あの時、コンビニに行かずエルちゃんと会えなかったらどうなっていただろう?
ドラゴンファングにエルちゃんが攫われることもなく、おやっさんのところにもいかなかったかもしれない。
じいさんを助けることもなかったし、ゾンビに命令できるとは知らずにマコトちゃんも保護できなかっただろう。
それにサクラちゃん達のいた警察署にもいかなかったと思う。
アマゾネスに襲撃されることもなく、レンカも殺さなかった。ラファエルちゃん達やアマノガワに会うこともなく、ピースメーカーへ行くこともないからミカエルとも会えなかったと思う。
コンビニに行ってエルちゃんを助けたから今のこの状況があるかと思うとちょっとだけ面白いな。それにエルちゃんとは顔見知りだったから助けようと思った。知らない奴なら放っておいた可能性も高い。
人生の転機っていうのはどこにあるのかまったく分からないな。俺の転機はエルちゃんに会ったことか? それとも知らずとは言え、エルちゃんを助けたこと? 運命って言うのは奇妙だ。
そこまで考えてから大きく伸びをして深呼吸をした。
そこでふと自分の手を見た。手袋をしていない、普通の手。
俺は殺し屋だ。大手を振って道を歩けるような生き方はしていない。こうなる前の世界のこととはいえ、俺にも償いは必要だ。それがこの復興作業になると思う。そして、いつか世界が元のように戻ったら、その時は――
「センジュさん、こちらにいらしたんですか」
「やあ、エルちゃん。もしかして食事の時間かな?」
エルちゃんは相変わらずあずき色のジャージを着てバットを持っている。少しくらい普通の服を着ればいいのにとは思うが、頑なにその格好だ。俺がその服装が好きって言ったからかもしれない。余計なことを言ってしまった気がする。
「はい、今日はセンジュさんが育てたお野菜で作った野菜炒めですよ。冷めないうちに食べましょう」
「それは楽しみだね。みんなに教わりながら育てたんだけど味はどうかな?」
「味見しましたけど、そんなに変わりませんでしたよ。ゾンビ達が作ったのと同じくらいです」
「……いや、いいんだけど、もうちょっと何かないの? こう褒める的な。いや、別にいいんだけどね」
「拗ねないでください。さあ、行きましょう!」
エルちゃんはもう手袋をしていない俺の手を躊躇なく握ってきた。
ワクチンによって俺の体からウィルスは無くなった。なぜか適合者の力は残っているが、もう誰かをゾンビにするようなことは出来ない。だからエルちゃんと手を繋ぐこともできる。
エルちゃんの手は暖かい。たまにサイコパスな部分が出てくるけど些細なことだ。
エルちゃんの手を握り返すと、エルちゃんが少しだけ不思議そうな顔をした。
「あの……今日のセンジュさんは積極的ですね? いつもは握り返してくれないのに」
「そうだったっけ? まあ、ちょっと色々思い出したからかな。あのとき、コンビニに行ってエルちゃんを助けて良かったなって思ったから」
「そうなんですか? よく分かりませんけど嬉しいです。それじゃこのまま結婚しますか!」
「そうだね。結婚しようか。ずっと待たせたからね――痛い痛い! 俺の手を握りつぶす気!?」
いかん、エルちゃんの顔が真っ赤になっている。これは暴走状態だ。なんでそんなに防御力が低いの。多少は慣れたと思っていたのに。
仕方ない、エルちゃんは動けなくなってるし、お姫様抱っこで下の階へ行くか。そんな状態で行ったらみんなに何か言われそうだけど、ケジメは必要だよな。それにどうせバレるんだからちゃんと言っておかないと。
まだまだスローライフは送れそうにないが、いつか世界が復興したら、その時はエルちゃんと一緒にスローライフを楽しもう。何年先になるかは分からないが、みんなと一緒ならいつかは叶えられる気がする。
それを楽しみにこれからも頑張ろう。
「それじゃ行こうか。みんなに報告しないとね」
「…………はい」
エルちゃんは蚊の鳴くような声でゆっくりと返事をしてくれた。プロポーズがエルちゃんからと言うのは男としてちょっと情けないけど、別にいいかな。エルちゃんはそんなことを気にするタイプじゃないだろう。
さあ、色々忙しくなりそうだ。今日はこのまま宴会になるかもしれないな。いじられる可能性はあるが、受けて立ってやる。でも、一応懐に銃は用意しておこうか。
同時刻。シェルター最下層。
そこで一人の男が目覚めた。黒幕のクローンに瓜二つの男だ。
コールドスリープのカプセルが自動で開き、男はゆっくりと上半身を起こす。そして周囲を見渡した。
ここは不老不死を研究していた施設であらゆる重要な機材が置かれているシェルターの最深部。
黒幕のクローンは自分の死を予感したときに新たなクローンへ自分の記憶をダウンロードさせておいた。
だが、それは未完成のものだ。
記憶のダウンロードはあくまでも記憶のみ。意識のダウンロードではない。その上、記憶のダウンロードも完全ではなかった。人間一人の意識と記憶をデジタル化するのは既存のコンピュータでは出来ないなのだ。
また、直接他者へ意識と記憶をダウンロードさせるのも不可能。今の状態ではダウンロードに時間がかかり過ぎてお互いの肉体が耐えられないのだ。そのためにワンクッションをおく必要がある。
そのための記憶媒体として適合者の脳が必要だった。肉体の強化はあくまでも副次的効果。適合者の本質は脳の強化であり、その強化によって他者の記憶と意識を完全に記憶できる優秀な記憶媒体となるのだ。
不老不死とは肉体の劣化や損傷を防ぐことではなく、新たな肉体への意識と記憶を定着させること。その研究がここでされていたが、適合者の脳がない以上、それは未完成のままだ。
この男には劣化した記憶が脳にダウンロードされているだけであり、その意識はこの肉体を生まれ持ったクローンのものでしかない。正確に言えば、黒幕の劣化した記憶を持った別人だ。
男は頭を振る。
一年かけて記憶のダウンロードが完了したがまだ定着したとは言えない。少しだけ脳に刺激を与えて、ゆっくり、そして少しずつ思い出そうと試みた。
そして記憶の定着が終わると同時に思考を始める。
(あの殺し屋――確かセンジュと言ったか? 僕の元になっている方のクローンは殺したのだろうか? 生き残っているなら面倒なことになりそうだ。まずはそれを確認しないとな)
男の記憶はショッピングモールの屋上へ逃げる時までしかない。その後のことは全く分からないのだ。もしオリジナルが生きているのならそれは面倒の種。自身の記憶はオリジナルよりも劣化している。つまり一番じゃなければただの消耗品となることを危惧しているのだ。
男は近くにあったバスローブを羽織って近くの端末に近寄った。そして色々な情報を調べる。
クローンがミカエルに殺されている事、ショッピングモールやシェルターの上層部が爆弾により破壊されていること、そして一年が過ぎていることなどを確認する。
(オリジナルは死んだか。それはいい。つまり自分がオリジナルになったと言うことだ)
端末を操作しながら、男は笑みを浮かべる。だが、ワクチンの開発が成功したという情報を見て顔をしかめた。
(人間という劣等種め。まだ我が物顔で地球に居座るつもりか。ゾンビとして従うならいてもいいと思っていたが、そんなことはせずに殺したほうがいいのかもしれないな。適合者以外はすべてに死んでしまうようなウィルスに作り変えよう。雑務は言うことを聞くクローンさえあれば十分だろう)
意識は違うが定着した記憶により、その性格はほぼ元の思考をトレースしている。だが、もともとの性格なのか、それとも劣化した記憶のせいなのか、男はオリジナルよりも残虐性を持っていた。
(まずはこの施設を抜け出すことが先決だな。外にいる支援者は何人でもいる。僕が生きていると分かれば技術欲しさに助けに来るだろう)
男はそう考えメールを送った。そして笑みを浮かべる。
(これでいい。あとは僕の頭にある技術を欲しがる人間が勝手に助けてくれるだろう)
端末の近くにある椅子に座り、その背もたれに体を預ける。そして大きく息を吐きだした。
(あのセンジュと言う殺し屋。特に恨みはないが、いつか殺してやろう……いや、適合者なのだからその脳をちゃんと有効活用してやらないといけないな。だが、それもこの施設を出てからの話だ)
男は椅子から立ち上がる。そして食料がある部屋へ移動した。食事をするほどではないが、喉が渇いたのだ。
男が食料庫の扉を開けると、不思議な光景が広がっていた。
いくつかの食料が食い散らかされているのだ。
(なんだ? ここには私しかいないはずだが……? まさかほかのクローンにも記憶を……?)
この施設にいるクローンはこの男だけではない。ほかのコールドスリープにもたくさんのクローンが眠っている。
(誰かが僕よりも先に目を覚ましていたのだろうか? それならそれで面倒なことになるのだが)
男はコールドスリープの装置を確認しようと振り返る。
だが、振り返った瞬間、何者かに首を圧迫された。そして恐ろしいほどの力で体が浮かされ宙づりにされる。
男は首に手をかけながら自分の首を絞めている相手を見た。
「が、がはっ! お、お前は……!」
「よう、お前も俺を覚えているのか?」
「な、なぜ、生きている! き、記憶ではお前はゾンビに……!」
「これはあれだろ、適合者ってやつだ。昔から悪運だけは良くてな。なんとか生きながらえたぜ」
「だ、だが、お前は爆発に巻き込まれて――」
「ゾンビとして生きるのも悪くないと思って色々探していたらこの場所を見つけて逃げ込んだんだよ。ああ、食い物は美味かったぜ。あとで会社宛に請求してくれ」
「ば、馬鹿な……!」
男は宙づりのまま暴れる。だが、その万力のような腕はどうあがいても動かすことができなかった。
「悪いな、何人かは起きた瞬間に殺しちまった。でも、それじゃ俺が外に出れないって思い直してな、お前だけはしばらく泳がせてやったんだ。どうやらどこかへ連絡してくれたみたいだな? ようやく俺もこの穴倉から出られそうだよ、ありがとうな」
「き、貴様……!」
「怖い顔をして睨むなよ。こっちも仕事なんだ。それにお前が生きているのは部下のミスだ。その尻ぬぐいは上司がするもんだろ? まあ、この仕事は元々俺の仕事だけどな」
男の意識が遠のく。最後に思ったのは「死にたくない」ということだけだった。
女は男が死んだことを確認した後、男を抱きかかえて眠っていたコールドスリープの中へ入れた。そしてカプセルを閉めてそして手を合わせる。ここ数日で何度も繰り返した行為だ。
そして端末の近くにある椅子に座る。
パスワードが分からなかったため起動していなかったが、さっきのクローンが動かした状態のまま残っていた。その端末を操作してネットの情報を見ると、世界はわずかながらにも復興を始めたと書かれていた。
他の情報を調べている途中、端末が何かのメールを受け取ったようで、その内容を確認する。これから助けに行くという旨のメールだった。
それを見て軽快に文字を打ち返信する。「待っている」と。
そのメールを送信した後に女はスマホを取り出した。ここまで電波は届かないが、念のために充電しながら持っていたスマホだ。
スマホを操作して電話帳から「八卦千住」の名前を探しだす。少しだけ逡巡してから、削除のボタンを押した。そして「紫神絵留」の名前も同様に削除する。
(ここを出たらもう一度会おうと思っていたが、世界はいい方向へ向いているようだし、いまさら会う必要はねぇかな。また会ったら殺し合いをしちまいたくなりそうだし。とはいえ、娘と義理の息子のためにも、せめて一つくらい母親らしいことをしてやりてぇんだが――いや、俺にやれるようなことなんて一つしかねぇな。生き残っているターゲットは俺が全部殺してやろう。そうすればセンジュも殺し屋から足を洗えるだろ。娘の婿が殺し屋なんて可哀想だからな!)
女は食料庫からワインを持って来て上機嫌で飲みだした。
ある殺し屋の男の人生は理不尽な事の連続で大きく狂った。
だが、ほんの小さな絆で少しだけましな人生を送れるようになる。
全体的に見ればマイナスな人生で喜ぶことなんてなにもない。
でも、男は今の状況を喜んでいる。
今はまだマイナスの人生だが、この先にはもっとプラスになる人生があるんじゃないか、そう思わせる何かに期待しながら、男は絆を結んだ女性を見つめた。
男は自分に返された女性の笑顔を見て、いつか二人でのんびりと暮らせる日が来るように頑張ろうと心に誓うのだった。
スローライフ・オブ・ザ・デッド 完
スローライフ・オブ・ザ・デッド、いかがだったでしょうか。少しでも楽しんで頂けたのなら幸いです。
彼らの物語はここで終わりますが、世界はいつか復興して二人は望み通りにスローライフをすることができるでしょう。これからも色々なトラブルに巻き込まれそうですが、それはご想像にお任せする感じです。
ゾンビコメディというかなり難しいジャンルに挑戦してしまったので色々と不備があったとは思います。ですが、ここまで読んでくださってとても感謝しています。
これからの作品も楽しんで貰えるように精進しますので機会があったら読んでやってください。
では、最後までお付き合いくださって本当にありがとうございました。また別の作品でお会いしましょう。
ぺんぎん




