ボランティア
2019.09.29 3話投稿(3/3)
最初の部屋に戻り、脱ぎ捨てた靴下と靴を履いた。小型爆弾のトラップでちょっと焦げ臭いけど、まあ大丈夫だろう。
そして体のほこりを払ってから最初に黒幕が出てきた扉の前に立つ。たぶんだが黒幕がいる奥はこの先だろう。
ドアの取っ手に手をかけて引いた。
だが全く動かない。
「おい、カメラか何かで見ているんだろう? 俺が勝ったんだから奥に行けるのは俺だ。この扉を開けてくれ」
「ああ、それなんだけどね。よく考えたらそんな約束を守る必要はないかなって思ったんだよ」
「なんだと?」
「そもそも殺し屋を招く必要はないってことだね。センジュ君と戦って勝てないとは思っていないが面倒くさいとは思ってるんだ。悪いけど、このまま帰ってくれないかな?」
今更怯えているってわけじゃなさそうだが……はいそうですかってわけにはいかないな。
「まあ、そう言うなよ。俺を殺せれば馬鹿じゃないって証明できるぞ? それともずっと馬鹿だと思われていてもいいのか?」
「君は蟻や蜂のような昆虫に馬鹿にされていたとしても怒るのかい? しないだろう? そもそも同じステージに立っていないんだから怒りようがない。自分よりも下等な生き物に馬鹿にされたからって怒る必要はないって考えを改めたんだよ。だから構わないよ。僕のことを馬鹿だと思っていてもね」
なんかよく分からない例え話をされたような? 人間と言う下等な生物に馬鹿にされても別に構わないという意味か?
しかし困ったな。こんなことなら上司の馬鹿力で開けてもらえばよかった。もうシェルターの別の場所へ行ってしまったし、また会おうって言われて本当にまた会ったら気まずい。別の方法で何とかしないと。
電子ロックの扉みたいだし、今の俺じゃどうしようもないんだが――もしかしてマコトちゃんがハッキングできているなら可能か? 今はどんな状況なのだろう?
耳のイヤホンからは何も聞こえない。まだハッキングは出来ていないってことだろうか。だが、よく聞くと、ザザッと音が聞こえる。
マコトちゃんから渡されたものをもう一個くらい壁に付ければ何とかなるのか? 仕組みは分からないがやってみよう。
機械を壁に取り付けた。さっきの爆弾トラップの衝撃で壊れていなければいいんだけど。
しばらくするとイヤホンから聞こえる音がちょっと大きくなった。そして微かに声が聞こえるような……?
もう一個くらい別の壁に貼り付けてみよう。
今度はもっと明確に声が聞こえた。これってどういう仕組みなんだ?
「おーい、センジュ、聞こえるー? 聞こえていたらマイクに話しかけてー」
マイクと言うとイヤホンと一緒に渡されたアレの事だろう。それをポケットから取り出した。
「おーい、マコトちゃん、聞こえるかな?」
「おー、聞こえた! おかげでなんとか少しだけハッキングすることが出来たよ。悪いんだけど渡した機械をもっといろんなところに貼り付けてくれないかな。出来るだけ広範囲に」
「それはいいんだけどさ、ちょっと足止めされていてね。扉の電子ロックを解除してほしいんだけどできる?」
「それくらいなら大丈夫だよ。とはいっても地下の浅いフロアだけだね。どの扉なのかは分からないから全部開けるよ?」
「それで頼むよ。ここが開いたらさらに奥の方に機械を張り付けるから」
「了解、ちょっと待ってね」
これでしばらく待てば開くだろう。
シェルターなんだから結構奥の階層までありそうだけど、どれくらい深くて広いのだろうか。爆弾のセットが終わったら一時間で逃げないといけないんだけどな。
それにミカエルやほかの子達も気になる。何人もいる訳だからすぐに逃げてもらわないと。
ヘリポートがショッピングモールの屋上にあるわけだし、ここから直接そこへ行けるルートがあるとは思うんだけどな。
「センジュ君、さっきから誰と何の話をしているんだい? まさかとは思うが独り言じゃないよね?」
「ああ、この扉を開けてもらうように頼んだ。まあ、もうちょっと待ってくれ。開いたらすぐに向かうから」
「何を馬鹿な。このシェルターをハッキングしようとしているのかい? 大国の諜報機関並みのセキュリティを誇るここをハッキングなんて――」
扉からピピっと音が聞こえると、ゆっくりと開きだした。
「詳しくは知らないが、大国の諜報機関も大したことないみたいだな?」
「馬鹿な……!」
「そこは私の腕がいいって言うところだと思うよ。でも、まだ完全にはハッキング出来ていないから機械のほうをよろしくね」
「任されたよ。そうそう、念のためミカエルがいるところを確認してもらえる? 生きていれば連れて帰りたいから」
マコトちゃんから「了解」の言葉が聞こえた。
よし、それじゃ先に進みますかね。
扉の先はホテルの廊下のような場所だった。長い廊下には豪華そうな絨毯が敷かれていて左右には等間隔に扉が付いている。
シェルターと言っても生活をするわけだからこういう風な作りにしているのだろうか。スチームパンクの映画に出てくるような作りを期待していたんだけど。
「待て、センジュ君。取引をしよう」
廊下を歩いていたら、すこし慌てた感じの声がスピーカー越しに聞こえた。
「取引?」
「そうだ。君は素晴らしい。人間にしておくのは惜しいくらいだ。本当は僕とミカエル達だけが生き残る世界にするつもりだったが、君のような優秀な人間なら生き残ってもいい。もちろん君の知り合い達もだ。新たな世界で何でもできるぞ?」
「いや、興味ないな。俺の今の興味はどうやってお前を殺すかだけだ。銃で頭を撃ち抜くのがお勧めだがどうする?」
「確かに僕は許されないことをしているだろう。だが、罪のない人間なんていないだろう? 人数が違うだけで、君だって殺し屋として人を殺していたはずだ。僕を断罪するのには説得力がない」
この男は何を言っているのだろう。殺し屋が説得力で殺しをしているのだと思っているのだろうか?
殺し屋は仕事で人を殺す。自分の生活のためだ。説得力じゃないし、断罪の気持ちなんてさらさらない。俺は悪人だけを殺していたが、それは俺が気持ち的に殺しやすかったからだ。罪を憎んでってやつじゃない。
「だいたいだね、君はなぜ僕を殺そうとする? 殺し屋だが仕事を受けたのはさっきの女だろう? 君の仕事じゃないはずだ」
「そうだな、別に俺の仕事じゃない」
そういいながら壁にマコトちゃんから渡された機械を張り付ける。そしてさらに奥へ進んだ。
「ならなぜ僕を殺そうとする? そんなに僕が憎いのか? 元々の計画はオリジナルが考えたものだぞ? それを少し変えただけだ。憎むならオリジナルの方だろう!」
「いや、別にアンタもオリジナルも憎くはないかな。さっきは殺したいと言ったけど、あれは売り言葉に買い言葉で実はそうでもない。それに多くの人には悪いが、このパンデミックで俺の人生は色々といい方向へ変わった。お前達には感謝しているくらいだ」
「なら! ならなんで僕を殺そうとしている! どんな理由があって僕を殺すんだ!?」
「理由は特にないかな。言うなればボランティア、奉仕活動だよ」
「な、なんだと?」
「たぶんだが、お前が生きていると多くの人が迷惑する。だから殺す。もちろん誰かに依頼された仕事じゃないから金にはならない。つまりボランティアだ」
「お、お前、そんな理由で――!」
「ああ、そうそう、大事な理由があったよ。俺が好きな子は俺を正義の味方だと思っているんだ。どうやら俺が世界を救ってくれるって思ってるみたいでね。好きな子の望みを叶えたいというのは男として当然だろう? そういう訳だから、俺のために死んでくれ」
正義の味方じゃなくて、正義の悪者だったかな? まあ、どっちでもいいか。
通路の一番奥に扉がみえた。おそらくこの先にいるんだろう。
さあ、殺ろうか。




