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スローライフ・オブ・ザ・デッド  作者: ぺんぎん


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決着

2019.09.29 3話投稿(2/3)

 

 上司は警戒しながらも俺の喉に手袋をした右手を当てた。


 そして悲しそうな顔をする。


「なあ、センジュ、俺はお前に期待してたんだ。10年前俺がお前が初めて見た日、あの時の殺気に満ちたお前の目、ゾクゾクしたぜ? だから助けてやった。お前なら俺を殺せるくらいの殺し屋になれると思ったからな」


 少しずつ手に力が入る。クソ、吊り上げろ。寝たままの体勢じゃダメなんだよ。


 両手で上司の右手を握った。爪でひっかければいいんだが、上司が露出しているのは顔だけ。手を伸ばせば届くかもしれないが、そんなひっかきを食らう訳がない。奥の手は取っておくしかない。


 だが、このまま首を折られたらまずい。何とかしていつものように吊り上げてもらわないと。


「き、期待に、応えられなくて、わ、悪かったな」


「本当だよ。そのために俺の経歴に傷をつけるほどだったんだぜ? 達成率100%の依頼をお前のために失敗させたんだ」


「な、なんだと?」


「お前もターゲットだったんだよ。でも、俺の一存で殺すのはやめた。そこまでしてやったのにこの結果かよ。あの時に殺しておけばよかったぜ」


 くそ、またコイツの気まぐれが俺の人生を変えてるのか?


「まあいいさ。別の候補が見つかったからな。お前ほどじゃないがなかなか有望だぜ? たぶんこんな世の中でも立派に生き抜いているんだろうな。お前の代わりに俺を殺せるように鍛え上げてやる」


 まさかその候補って……エルちゃんか?


「あ、あんたの養女、か?」


「なんだ、知ってたのか? ああ、そいつはお前に憧れてんだと。昔、助けてくれたとかでな。しかし知ってたか。世間は狭いな」


「な、何言ってる! あ、あんたが俺の家の近くで、け、研修をさせていたんだろうが!」


「ああ? お前の家の近く? お前の家の場所なんか知らねぇよ。だいたい、知ってたら襲いに行っちまうだろ?」


 もしかしてエルちゃんと俺の出会いに上司が絡んでないのか? もちろん、エルちゃんは殺し屋の研修と言うことであのコンビニに来たのは上司の思惑だ。でも、その研修場所には何の思惑もない?


 そうか、そうだったのか。


 殺し屋としてエルちゃんを救い、エルちゃんは殺し屋を目指した。そして俺の家の近くにあるコンビニで殺し屋の研修。そこで俺達はまた会った。殺し屋としてではなく、普通の一般人として。


 他人から見たらどうでもいい、たったそれだけの事なのに俺にはそれが嬉しく思える。


「おいおい、この状態で笑い出すってどういう理由なんだ?」


「やる気が出たんだよ。エルちゃんから言伝だ。私たちに幸せのために死んでくださいって言ってたぞ?」


「……お前、エルのことを知っているだけじゃなくて、知り合いなのか?」


「ああ、知り合いだ」


 両手に力を籠める。上司は顔を少しだけ歪めたが、徐々に笑い出した。


「こんな詰んでる状況でも諦めねぇのは嬉しいね。だが――」


 俺の首を掴んだまま立ちあがり、片手で俺を吊り上げた。


「やる気を出すのが少し遅いぜ。俺が仕切り直しなんてチャンスをやると思っているのか?」


 首を掴んでいる手の力が徐々に強くなってきた。上司は相手が死ぬまで見上げておくという訳の分からないポリシーがある。俺の時もやってくれたか。適合者になったおかげでそれほど苦しくはない。これはチャンスだ。


 俺を掴んでいる腕を殴ったり、首元の手を離そうとしたり、足をばたつかせた。情けない姿だが、少しでも隙を見せたら一撃を入れてやる。


「醜いぜ、センジュ。殺し屋は死ぬと分かったら潔く死ねって教えてやったろ?」


「……ああ、覚えてるよ。だが、相手が死ぬまで気を抜くなとも教えてくれたよな?」


「あ?」


 宙づりのまま、裸足の右足で上司の顔をかすめるように蹴った。頬が少しだけ切れて血が流れる。


「……おい、何の真似だ? まさかこれで一矢報いたとか思ってないだろうな。大体、女の顔を蹴るなんて男の風上にも置けねぇぞ?」


「女の前に殺し屋だろ? それに俺は男女差別をしない主義だ……そして俺の勝ちだ。アンタはそのうち死ぬ」


 上司は怪訝そうな顔をしている。俺が何を言っているのか理解できないという顔だ。


「これは何かのまじないなのか? 足に毒を仕込んでいたわけでもないだろうに。そばには毒を盛られたけどな」


「そのそばはお隣さんの引っ越しそばだ。お隣さんが殺し屋で俺を殺そうとしただけで、俺が仕込んだわけじゃない。だが、今回は俺の仕込みだ。毒よりももっとひどい――ウィルスだ」


「なんだと……? いや、その前にお前、なんで普通にしゃべってる? 首を絞めているはずだが――」


 上司は急に眼を見開いて俺を投げ捨てた。


 俺は転がりながらさっき手放した銃を拾う。銃のある方へ投げ捨ててくれて助かった。


 立ち上がって銃を構えるが、上司は自分の頬を撫でてから血を見て微動だにしていない。撃ってもいいが……いや、ここは待つか。もう急ぐ必要はない。


 上司はゆっくりと俺のほうを見た。


「お前、ゾンビなのか……?」


「ゾンビと言うよりは適合者ってやつだな。ここにいる奴が俺のことを適合者って言ってたから気付いていると思ってたよ」


「……適合者ってなんだ?」


「知らなかったのかよ。ゾンビウィルスに侵されながらも意志を保てる奴のことだ。あの動画を見てないのか?」


「動画なんて知らないな。目を覚ましたのは最近だし、すぐにこの仕事にとりかかったからな……長年お前のことを見ていたのに、最新の情報は知らなかったぜ……まさかそんな状況だったとはな」


「悪いな。アンタの望む死に方じゃないかもしれないが、殺し屋が望んだ死に方を出来る訳ないだろ? 贅沢な事を言うな」


「――ハハッ! ああ、その通りだ。殺し屋は惨めに死んでいくのがお似合いだな。だが、まさか俺がゾンビになるとはね。ひっかかれたり噛まれたりしたら伝染するとは思っていたが、まさか足の爪で傷つけられるとは……やられたよ」


 ほとんど賭けだけどな。試したことはなかったし。これでゾンビにならないとかだったら困るんだが。足の爪はセーフとか言うなよ。


「ハハハ、お見事だよセンジュ君。相手をゾンビにすることが一番確実だからね。だが、僕もまさか足の爪でひっかくとは思わなかったよ。もちろんそれでもゾンビになるだろう。センジュ君の作戦勝ちだね」


 一応お墨付きを貰えたか。なら大丈夫そうだな。


「そいつはどうも。次はお前だけどな」


「いや、それはどうだろう? 確かにその女はゾンビになるだろう。だが、ゾンビになるまでは個人差がある。頑張れば3時間は生きていられるよ。まあ、5分でゾンビになる可能性もあるけどね。だからそれまでは戦えるんじゃないかな?」


 確かにその通りだ。ゾンビになるまでは戦うしかないな。出来るだけ早くゾンビになって欲しいが。


「馬鹿言ってんじゃねぇよ。さっき言ったろ、殺し屋は死ぬと分かったら潔く良く死ねって。俺の負けだ。とっとと奥へ行ってアイツを殺してこい」


 予想外の言葉が出た。明日は雪が降るかもしれない。


「いいのか?」


「不完全燃焼ではあるが、お前は俺の望みを叶えてくれたよ。もっと壮絶な戦いをして死にたかったが、まあこんなもんだろ。お前と戦って死ぬっていう望みは叶えられたし、そう悪くはない。どうやら10年前の選択は間違ってなかったみたいだな」


 上司がゾンビになるまで安心はできない。相手が死ぬまで気を抜くな、だからな。だが、少しくらい信じてやるか。


「分かった。なら奥に行く……そうそう、エルちゃんのことだが安心してくれ。俺が大事にするから」


「惚気かよ。まあ、分からないでもないな。養子だが俺に似ていい女だからな」


「似てんのはサイコパスなところだけだぞ?」


「だからいい女だろ?」


 本気で言っているんだろうか。エルちゃんはこれから普通になってもらいたい。


「俺はもう死ぬようだからエルの親としてもお前の上司としてもお前たちの結婚式には出れねぇ。上司としてスピーチくらいしてやっても良かったんだけどな。まあ、仲良くやってくれ」


「いや、生きててもアンタを結婚式に呼ぶわけないだろ」


「マジか」


 そんなどうでもいい会話が延々と続く。


 常日頃から殺したいと思っていたし、今だってその気持ちは薄れていないと自信を持って言える。だが、実際に死ぬ前はちょっとだけ寂しい感じがするな。なんだかんだ言っても今俺が生きているのはこの人のおかげではあるし。


 でも、それもここまでだ。ゾンビになるまで待っているほどお人好しじゃない。


「そろそろ行くよ」


「そうか。なら俺は『向こう』で待ってる。お前が来たらまた部下にしてやるからな」


「ふざけんな。絶対に嫌だ……ちなみにこれからどうするんだ?」


「シェルターの破壊も仕事のうちでな。なんか白い女が爆弾をたくさん持ってたからそれを見つけてここを破壊するつもりだ。その前にゾンビになったら困るが、その時はお前が責任を持ってやれよ? 俺の仕事を邪魔したんだからな」


 どちらかと言うと、アンタが俺の邪魔をしてるんだが……まあいいか。


「それは構わないが、爆弾をセットした時は俺が外に出るまで爆破するなよ?」


「時限式の爆弾に見えたからセットして一時間後くらいに爆破するようにしてやるよ。それまでに逃げろよ? もし爆弾で死んだら、あの世で笑ってやるぜ?」


「アンタが爆弾をセットできずにゾンビになった時も笑ってやるよ。あと、その時は俺がちゃんと殺してやる」


「ああ、それでいい。セットが終わったらメールを送ってやるからそれで判断してくれ――それじゃあな。いつかまたお会おうぜ」


 上司はそう言ってこのマジックミラーの内側にある部屋の扉を開けてどこかへ行ってしまった。


「返事も聞かずに行っちまうとはね――じゃあな、もう会いたくはないけど、いつかまた会おう」


 聞こえてはいないだろうけど殺し屋としての礼儀だ。


 さて、とんだ前菜になってしまったが、そろそろメインディッシュと行こうかね。


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