上司と部下
2019.09.29 3話投稿(1/3)
目の前にいるのは最強のサイコパス。
すでに戦闘態勢に入っているようで、口元にはうっすらと笑みを浮かべている。こうなってる上司はもうだめだ。
しかし、今やらなくてはいけない事なのだろうか。やるにしても後回しにしてもらいたいんだが。
「一つ提案がある」
「珍しいな? 言ってみな」
「殺し合いはしてやる。でも、後にしてくれないか。このシェルターの奥にいる奴を殺すまで待って欲しいんだが」
「却下だな。大丈夫だとは思うがお前が怪我をするかもしれないだろ? なら全力でやれる今が一番いいに決まってる。それにこっちはすでにやる気なんだよ。俺がお預けを待つような女に見えんのか? それともあれか? じらしプレイって奴か? 大人になったなぁ、センジュ?」
「待つような女には見えないけど、話は通じると思ってたよ。あと、ちょっとセクハラ入ってんぞ。それに普通にパワハラだ。たまには部下の意見を聞き入れろ」
やっぱり駄目か。
確かに殺してやろうとは思っていたけど、本命をやる前に出会うとは思ってなかった。どっかに捕まっているのかと思ってたんだけど、捕まったままでいる訳がなかったな。
しかし、まいったな。
勝ったとしても無事じゃすまないから後にしたかったんだが。それに負けるつもりはないが、負ける可能性はある。
あのデタラメなパワーで殴られたら骨の数本は軽く折れるだろう。内臓だって無事じゃない。適合者とはいえ、普通に鍛えたのと変わらない程度なら何の意味もないんだよな。
「おやおや、君達は知り合いなのかい? 話からすると上司と部下のようだね。殺し屋なのに面白い関係だ。それに煽らなくても殺し合いを始めるようだね。助かるよ」
スピーカーから男の声が聞こえた。
どうやらこちらの関係は知らなかったようだ。
「おいおい、お前は助かってなんかいないぞ? ここで勝った方がお前を殺すんだからな。俺かセンジュかどっちかは分からねぇが、お前はそこでどっちに殺されるのかよく見ておけ。自分を殺す相手の殺し合いを見れるなんてなかなかないからな」
「なかなかの自信だね。なら特等席で見せてもらうよ。僕としてはセンジュ君を応援しようかな。適合者ではあるが僕の手で殺したいからね」
「そいつはどうも。最近モテモテで嬉しいよ」
そう言うと同時に持っていた銃を上司に向けた。
そして3発発射する。
だが、撃った瞬間にはそこにいない。隙を付いて殺せるなんて思ってはいないが、少しくらい当たりやがれ。
どうやら近くの机に隠れたようだが、この程度の机なら撃ち抜けるか?
……いや、弾倉だって無限にあるわけじゃないんだ。極力無駄撃ちは避けたい。
それに黒幕の奴がどんな手を持って俺を殺そうとしているのかも分からない。素手で殺せる可能性もあるが基本的には銃だ。弾がなくならないように可能な限り本人を見て撃つべきだろう。
仕方ない。煽るか。
「いつまでもかくれんぼをしてないで出て来てくれ。久しぶりに会ったんだから、お互い顔を見合わせて殺し合いをしよう。せめて死ぬときくらいは笑顔で見送ってやりたいしな」
「ハッ! 言うようになったじゃねぇか。部下の成長が見てとれるのは嬉しいぜ」
「優秀な上司のおかげだよ。お礼にちゃんと殺してやるからな」
「いいねぇ、その言葉を10年待ってたんだぜ?」
上司が机の影からものすごい勢いで飛び出てきた。そして手にはシャープペンだか、ボールペンだかを何本も持っている。
それをこちらへ投げた。急所に当たったら死ぬレベルの速さだろう。
正確に顔を狙ってきたので、顔だけを動かして躱そうと思ったが、上司が接近していた。おそらく体術勝負に持ち込むつもりだろう。いつもの手だ。
左側に横っ飛びするようにシャーペンを躱した。そして前転しながら上司に向かって銃を3発撃つ。
上司も右側に飛びのいて躱したようだ。そして近くのソファーに身を隠した。
「おい、センジュ、弾はあと何発ある?」
「言うわけないだろ」
「俺とお前の仲だろ? 教えろよ」
「アンタとの仲を考えたら絶対に言わないな」
「前に報連相は大事だって言ったろ?」
「そんなことは教わってないぞ――仕方ない、教えてやるよ。残り34発だ。信じるかどうかは任せる」
まあ、嘘だ。実際にはもっとある。
「お前の性格からして安全マージンは弾倉がさらに二つってことか。なら50発ってとこだな」
「……よく分かってるじゃないか。理解のある上司で嬉しいよ」
くそ、本当に当てられるとは驚きだ。
「その弾の数がお前の残り命だと思えよ? だから撃ち切る前に死ぬなんてつまらないことにならないように頑張りな」
確かに弾が切れたら簡単に接近を許すだろう。そうなったら捕まって終わりだ。あのパワーの前じゃ振りほどくことなんてできずに壁や床に叩きつけられて殺される。
ただ、俺は適合者だ。接近されても勝つ方法はある。ひっかくか噛みつけばいい。
でも、タイムラグがあるんだよな。すぐにゾンビになるわけじゃない。それまでに俺が殺される可能性がある。
なら弾があるうちに接近を許しておくか。そしてひっかくか噛みつく。あとは何とか逃げ出してゾンビになるのを待つ方が勝率は高い。
問題は俺が適合者であることがばれている事か。噛みつくのはバレていなくても無理だろうが、ひっかくことはできるだろうか?
いや、ひっかく、か。ならあれでも大丈夫か?
とりあえず手袋は外しておく。あともう一つやっておきたいが、今やるのは不自然だ。どこかでやっておきたいが、そんなチャンスはあるだろうか。
そんなことを考えていたらソファーの影から上に向かって何かが飛び出した。シャーペン?
――しまった! 何を見とれてる! あれは単なる囮だ!
いつの間にかに上司はソファーから出ていた。そして接近しながら何かを投げてくる。
銃を撃ちながら後方へ下がった。2発撃った時点で弾倉がなくなる。勢いよく銃を横に向けることで空の弾倉を外へ出した。すぐさま懐から弾倉を取り出して入れる。
すぐに上司に狙いをつけるが、驚異的な速さで動き回り照準が定まらない。
そして今度は椅子とかツボとか調度品を投げてきた。重そうなものを片手で投げるなよ、この馬鹿力め。
それらを躱していたら、最初に上司が隠れたテーブルに俺が隠れることになってしまった。そして、足に何かが引っかかる。ピピピっと音が聞こえた。
――小型爆弾のトラップかよ!
いや、チャンスか!?
急いで右足の靴と靴下を脱いだ。そして手を交差させて思いっきり後方へ飛ぶ。上司がいたと思われるマジックミラーの内側だ。
直後に小さな爆発があった。爆風に飛ばされたが致命傷ではないはずだ。体も動かそうと思えば動かせる。だが、ここはやられた振りだ。仰向けに寝っ転がった。
念のために銃を手放しておく。これは賭けだ。だが、絶対に勝って見せる。
上司が近づいてくる足音が聞こえた。
「おいおい、センジュ。こんなあっけないのかよ? 10年だぞ? 10年お前を待ってたんだぞ? 俺を殺せるように鍛え上げてやったのにこんなことで負けちまうのか?」
「……うるさい。大体気が早いだろ? 俺はまだ死んでないぞ?」
「くだらねぇ虚勢まで張るようになっちまったのか? 致命傷じゃないかもしれねぇが、銃も手放して俺にここまで接近を許してんだぞ? 勝ち目があると思ってんのか?」
「ならやってみろよ」
「……何か手があんのか? このまま何もなかったらマジで幻滅なんだが?」
上司がさらに近づいてきた。
上司のやり方は知ってる。片手でネックハンキングをして首を折るのがいつもの殺し方だ。俺にもそうするはず。ならチャンスはある。
上司が近くまで来て俺を見下ろした。
その目には失望が広がっている。
見てろよ。ここからだ。




