絆
2019.09.15 3話投稿(3/3)
目の前にいるエルちゃんは俺の嫌いな上司の娘。
正直なところ信じられない。でも、言われてみるとサイコパスなところは似ているのかもしれないな。なんというか、我が道を行くって感じのところがかなり似ている。
でも、親子なら捨て子と言った件はどうなったんだ?
「エルちゃんは施設にいたって言ってたよね? それは嘘だったのかい? それとも最近になって母親が見つかったってこと?」
「え? ああ、違いますよ。エンさんは私の養母です。血縁関係はありませんよ」
「……養母?」
「センジュさんを探していた時に接触してきた殺し屋がエンさんなんですよ。話を聞いて殺し屋を目指すと言ったら、私を養子にしてくれたんです。その方が何かと便利だと言って。それが半年くらい前ですかね」
半年前に養子縁組をしたということか? なら血縁関係はない?
「いま考えると、センジュさんに会わせようとあのコンビニでバイト、というか殺し屋への試験をさせたんですかね? あの頃はセンジュさんの名前も知らないし、殺し屋だとも思ってませんでしたけど」
可能性は高い。でも、エルちゃんが俺を探しているって理由だけで、近くコンビニへ寄越すか? そもそもあの上司は何をしたいんだろう?
分からないことは多いが、一つ分かったことがある。
俺とエルちゃんの出会いはあのクソ上司が仕組んだことだろう。その理由は分からないが、どうせつまらない理由だ。
……なんか、どっと疲れたな。
俺は殺し屋になってから自分で手に入れた物なんてなかった。エルちゃんとの絆がそれだと思ってたんだけどな。
むなしい。すべてがどうでもいいような気がしてくる。前の計画通り、一人でどこか遠くへ行ってしまおうかな。
「あの、私から聞いてもいいですか? エンさんってどんな殺し屋なんです? 以前聞いたんですが、教えてくれなかったんですよ。結構有名な殺し屋だったりしますか?」
「え? ああ、そうだね。有名だよ。ランキング1位の殺し屋でね、二つ名は『殺し屋殺し』。そして俺の両親を殺した奴でもあるね。俺はその人に拾われて殺し屋になったんだ」
「え……?」
……あ、やばい、余計なことを言ってしまった気がする。俺の両親を殺した奴が自分の養母なんて、何を言えばいいか分からないだろうに。気を抜きすぎたな。
「ごめん、エルちゃん、余計なことを言ったね。まあ、心配しなくてもいいよ。10年も前の話だ。いまさら上司に復讐しようなんて考えていないから」
復讐じゃなくても殺したいとは思ったけど、エルちゃんの養母という立場ならそんなわけにもいかないだろう。
さて、聞きたいことは聞いたし部屋を出ていくか。ここにいたら色々愚痴を言ってしまいそうだ。
「それじゃ、お邪魔したね。聞きたいことは聞いたからもう帰るよ。コーヒー、ご馳走様」
そう言って立ち上がろうとしたら、テーブル越しに腕の裾を引っ張られた。
「あの、待ってください、センジュさん……」
「えっと、何かな?」
「今のセンジュさんはレンカがマンションに来た時のような顔をしています。迷惑かもしれませんが、もっとお話をしませんか? 今のセンジュさんを一人にしちゃいけないって、そう思いました。どこかに消えちゃいそうで――」
どんな顔をしているのか分からないが、消えてしまいそう、か。なんとも情けない顔をしているんだろうな。何もかも捨ててどこかへ行こうという考えもよぎったし、エルちゃんは俺のことをよく見ているようだ。
でも、エルちゃんだって今にも泣きそうな顔だ。こんな顔をしているエルちゃんを振り切って部屋を出る勇気はない。
「えっと、ならもう一杯コーヒーを貰ってもいいかな? またブラックで」
「は、はい! すぐに用意しますね!」
エルちゃんは笑顔でキッチンのほうへ向かった。
俺の言動一つであれだけ感情が動いてくれるのは嬉しい気がする。でも、話って何を話せばいいんだろう?
そんなことを考えながら少し待つと、エルちゃんがコーヒーをテーブルに置いてくれた。それを一口飲む。
「えっと話って何の話をすればいいのかな?」
「何でもいいんです。センジュさんの話をしてくれてもいいし、私のことを聞いてくれてもいいです。でも、最初に聞きたいのは――なんでそんなに辛そうな顔をされているんですか?」
「辛そうな顔? そっか、俺は今、そんな顔をしているんだね。分かった。エルちゃんから聞いた話で俺が思ったことを話すよ。もしかしたら俺が女々しすぎて愛想が尽きるかもしれないけどいいかな?」
「そんなことはないと思いますが、ぜひ聞かせてください」
「そっか。なら簡単に言うけど、俺はね、エルちゃんとの絆は自分自身で手に入れた物だと思っていたんだよ。あのコンビニでポイントカードを作るか作らないかの攻防をしたよね? その程度のことでって思われるかもしれないけど、殺し屋として周囲との関係を絶っていた俺には普通の人とのつながりがすごく輝かしいものだったんだ。でも、それは俺の上司が仕組んだものかと思ったら、その絆が何とも意味のないものに思えてきてね」
そこまで言ってコーヒーを口に含んだ。いつもより苦く感じる。
「俺の上司はね、仕事とはいえ俺から両親を奪った。それに俺の人生も。命は奪われていないが、まっとうな人生を歩めるほどじゃなくなった。殺し屋として上司に指導してもらってもいたね。そして自分の力で手に入れたと思っていたエルちゃんとの絆が上司の思惑によるものだった。俺は上司が敷いたレールの上でしか生きていなかったのかと思うと、何もかもどうでも良くなってしまうように思えたんだよ」
エルちゃんは俺の言葉を黙って聞いている。相槌を打つこともなく、俺に目をずっと見つめているだけだ。
「皆が皆、自由に生きているわけじゃない。自分が女々しい奴だって頭では分かってるんだよ? つまらないことを考えすぎなのも分かってる。でもね、自分の人生が自分の意志で歩めていないと思うと辛いんだ。それが顔に出ているんだと思う」
そこまで言うと、エルちゃんは一度だけ頷いて俺の両手を両手で握ってきた。
「分かりました。エンさんを殺しましょう」
「いきなり何言ってんの?」
「ですから、エンさんを殺しましょう。センジュさんがレールを外れるにはそれしかありません。ガツンとやっちゃってください」
「いや、あの、エルちゃんの養母だよね?」
「血は繋がっていませんし、センジュさんと天秤にかけたらどっちに傾くかは見る必要もないくらいです」
相変わらずのサイコパスだな。養母なのにその決断に至るのが怖い。
「それと人生を自分の意志で進めていたかなんて、死ぬ直前までわかりませんよ!」
「まあ、そうかもね」
「死ぬ直前にこれが俺のレールだって言えるように、これから頑張ればいいじゃないですか。私たちはまだ若いんですから、これからですよ、これから!」
「これから――世界はゾンビでいっぱいだけどね」
「それにセンジュさんは勘違いをしてます」
「勘違い?」
「私とセンジュさんの出会いはエンさんの手引きかもしれません。ですが、客とポイントカードのやり取りをしろなんて言われてません。あれは私の独断です。あの駆け引きに乗ってくれたのはセンジュさんだけですよ? ほかの人はほぼ無視でしたから!」
「そうなんだ?」
「はい。これはあれですよ。お見合いみたいなものです。誰かの介入で出会ったかもしれませんが、その後に絆を結べたのはセンジュさん自身の力と言えませんか?」
特に納得できるようなことは何もない。エルちゃんが嘘をついている可能性もある。でも、俺を元気づけようとしているのだけは分かる。
「ありがとう、エルちゃん。おかげで元気が出たよ」
そういうと、エルちゃんはニッコリと微笑んだ。
心が落ち着くいつもの笑顔だ。この笑顔が仮面なんてことはもう思ってない。エルちゃんは俺にはもったいないくらいのいい子だな。
「良かったです――ところで、センジュさんは私との絆が欲しかったんですか? 実はここに婚姻届けがあるんですけどね?」
「なんであるかは聞かないけど、そういうのが男を躊躇させる原因だからね?」
「男なんて弱ったところに優しくすればイチコロだってサクラさんに聞いたんです。畳みかけるなら今がチャンスだと思ったんですけど」
「それって男女の立場が逆――でもないのか。まあ、弱ったところに優しくされたら男だろうが女だろうがイチコロだよね……エルちゃんの養母を殺しちゃうかもしれないけど、そんな男でもいいのかい?」
「問題ありません。むしろそれくらいの気概を見せて欲しいですね!」
冗談で言ったんだけど本気で返された。それってどれくらいの気概なのかは分からないけど、ここで言っておくべきだな。じいさんが言っていた通り、曖昧な態度はよくない……はずだ。
「分かったよ。なら上司を殺してエルちゃんを奪うとするかな」
割と本気で言ったんだが引かれたら嫌だな。
でも、そんな心配はなかった。
エルちゃんの顔が真っ赤だ。そこまで恥ずかしがるとこっちまで恥ずかしいんだけど。しかも沈黙。さすがにこの場にいるのが辛い。
「えっと、それじゃ夕飯の時にまた」
エルちゃんは言葉を発することができないようだ。ギギギって音がするくらいのスローで一度だけ頷いた。
あれだな、押しは強いけど、押されるのが弱いって感じ。これからは言葉に気を付けよう。
さて、それじゃ上司も俺のターゲットにするか。今の俺なら誰でも殺せるような気がするからな。




