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スローライフ・オブ・ザ・デッド  作者: ぺんぎん


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上司の思惑

2019.09.15 3話投稿(2/3)

 

 ブラックホーネットの本社からマンションへ救急車を走らせている。


 エルちゃんに確認しないといけないことがあるからだ。


 正直、偶然だと思いたい。でも、紫神なんて苗字、そう何人もいるだろうか?


 俺は上司のことを何も知らない。殺し方の趣味趣向は知っているが、どんな食べ物が好きでオフの日は何をしているかなんて想像もしたこともない。


 生きるのに必死でそんなことに気が回らなかったということもある。それ以上に上司の殺し屋じゃない部分に興味がなかったということもあるんだが。


 上司とエルちゃんの関係……年齢的に親子という可能性があるのかもしれない。


 確か上司の年齢は30代半ば。エルちゃんは18だから、18くらいに産んだ子なら可能性はあるだろう。さすがに姉妹と言うことはないと思う。


 エルちゃんは捨て子で施設にいたと言っていた。そこで俺の仕事を見て殺し屋というか俺に憧れを持ったと言っていたはずだ。生き別れの親子ということなのだろうか?


 あの上司のことだから生んですぐに捨てたという可能性もある。せめて、殺し屋という自分の仕事から子供を遠ざけたいとかいう理由があって欲しい。


 だが、可能性で言えば、施設にいたことが――いやエルちゃんの生い立ち話が全部作り話ということも考えられるか? 俺があの人の部下であることを知っていて近づいてきた?


 ……いや、それはないか。俺は知らなかったが、作り話をするなら上司の苗字と同じ苗字を名乗る理由がない。俺が上司の苗字を知らないという賭けに出る必要がないからだ。最初から偽名を使えばいい。


 それにエルちゃんは俺が殺し屋だと知らなかったからスーパーでドラゴンファングに襲われそうになった時、突き飛ばして庇ってくれた。あれは演技じゃないと思いたい。


 でも、よく考えるとおかしいこともある。エルちゃんは誰に俺のことを聞いたんだろう? 殺し屋のインターンシップは殺し屋がいなければ実施できない。エルちゃんに殺し屋の存在を教えた奴がいるはずだ。


 全く俺とは関係ない殺し屋から聞いたという可能性もあるが、もしかすると俺の上司がエルちゃんに教えたのか? だとしたら、それはなぜ?


 ……くそ、どうでもいいと思う反面、俺が知らないことが多すぎてイライラする。


 とにかく、エルちゃんに話を聞こう。すべてはそれからだ。




 マンションに着いたと同時に救急車をおりてマンションに入った。


 本社へ一緒に行った皆は俺が慌てている感じなのを何となく察しているのだろう。特に何も言わずに一人だけエレベーターに乗った。


 マンション11階、俺の部屋の隣にあるドアの前でインターホンを押すとすぐにエルちゃんが出てきてくれた。


「センジュさん、お帰りなさい。黒幕のクローンはいましたか?」


 いつも通りのエルちゃんだ。俺を見ると笑顔になってくれる。その笑顔を見るといつも不思議と心が落ち着いた感じがした。


 でも、今はその笑顔が何かの仮面のようで心がざわつく。


「ああ、うん、いたよ。エルちゃん、それはいいとして聞きたいことがあるんだ。中に入ってもいいかな?」


「私にですか? もちろん構いませんよ。ちょうどお料理の下ごしらえが終わったところなので暇してますから」


 エルちゃんに促されて部屋へ足を踏み入れた。


 以前は毒を使う殺し屋の部屋だったが、今はちょっと女性らしい部屋になっている。それにほのかにいい匂いがした。住んでる人が違うだけでこうも違うものなのか。


「コーヒーを入れますね。たしかブラックでいいんですよね?」


「……うん、ありがとう」


 すこし心を落ち着けなくてはいけない。たとえ何があったとしても感情的になっては駄目だ。そもそも何の関係もない、ただの偶然という可能性もある。つまらないことで怒り、今の関係を崩したくはない。


 数分後、エルちゃんがコーヒーを持って来てテーブルの上に置いた。ここには小さな木製のテーブルしかなく、絨毯に直に座っている。一応、クッションみたいなものがあるけど、使ったことがないから使わなかった。


 エルちゃんはテーブル越しに正面に座って微笑んでいる。そして自身が飲むコーヒーに大量の砂糖とミルクを入れた。


「センジュさんはブラックのコーヒーなんてよく飲めますね。私はこれくらい甘くしないと無理です」


「それってコーヒー牛乳じゃないの? 一応コーヒーだけどもうコーヒーじゃないと思う」


「あはは、そうかもしれませんね」


 そう言いながら、お互いに一口ずつ飲んだ。


 他愛のない、どうでもいい会話。でも、殺し屋の俺からすれば昔を思い出せる懐かしい会話だ。


 仕事で人を殺すこともあれば、殺されそうになることもある。そんな日々の繰り返し。いつの間にか感覚が麻痺して生きているのか死んでいるのかも分からなくなった日もあった。


 それでも生き延びていたら少しは余裕が出来て、普通の人とコンビニでポイントカードを作るかどうかの攻防をするような関係も持てた。


 でも、それは偶然じゃなくて必然だったのか? 上司の思惑によってそう仕組まれた?


 俺が大事に思っていたことが、上司の思惑通りだったかと思うと何とも言えない虚無を感じる。


 知る必要はないのかもしれない。真実を知ったところでなにかあるわけじゃない。俺の期待とかけ離れたことだったら、知らないほうが良かったと後悔するだろう。


 でも、確認しておきたい。俺とエルちゃんの出会いは上司が仕組んだことなのか、それとも運命だったのか。


 ……25にもなって運命とか自分自身をちょっとキモイと思ってしまった。


 だけどなぁ、俺が殺し屋になって唯一の大事な繋がりだったと言えるものが、上司の思惑によるものだったらと思うと俺の人生って何って感じがする。


 15で上司に親を殺されて、俺はそのまま殺し屋になった。そして10年、上司に指導を受けながら人を殺してきた。そして今は唯一自分が築いたと思っていた絆が、上司の思惑だった可能性がある。


 今までの人生、俺の意志で何かをしたものがあるのだろうか。俺のすべてを上司が仕組んだなんて思ってはいない。でも要所要所で上司は俺を自分が思う方向へ導いていたんじゃないのか?


 なら俺は一体なんのために生きて――


「センジュさん、どうしました? さっきから怖い顔で何か考えているみたいですけど……コーヒーがまずかったですか?」


「ああ、ごめん。ちょっと考え事をね。コーヒーは美味しいよ。インスタントだけど」


「ならよかったです。ところで聞きたいことって何ですか?」


 このままウジウジ考えていても仕方ないよな。なら男は度胸、聞くだけだ。


「エルちゃんに確認したいことがあるんだ。紫神炎(シガミエン)という人を知っているかい?」


「え?」


 エルちゃんが驚いている。その驚きの顔は「なんで知っているんですか」と言う顔だ。


 くそ、やっぱりそうなのか。エルちゃんを俺の近くに寄越したのは上司で間違いなさそうだ。あのやろう、生きてたら殺してやる。


「あの、なんでセンジュさんがその名前を? 確かに知ってますけど」


 どうやらあのクソ上司はエルちゃんには何も言わなかったみたいだな。そもそも俺の家の近くでインターンシップをさせていただけで、実際に接触できるかは運任せだったのかもしれない。


 でも、俺の行きつけのコンビニくらい調べられただろう。話をするまでになるかはともかく、顔見知りくらいにはなれると踏んでいたに違いない。


「あの、センジュさん?」


「ああ、いや、名前を知っているのはちょっとした偶然でね。本社でその名前を見かけたから、エルちゃんの血縁かと思ったんだよ」


「そうだったんですか」


「どんな関係か聞いてもいいかな? 年齢的にもしかして親子かい?」


「当たりです。実は親子なんですよ」


 ……なんでエルちゃんはそんなに嬉しそうなんだろうか。俺は結構キツイんだが。そもそもあの上司の娘がエルちゃん? あの上司の娘ってだけで嫌いになりそうだ。


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