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スローライフ・オブ・ザ・デッド  作者: ぺんぎん


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閑話:記憶

2019.08.25 3話投稿(3/3)

 

 ミカエルがシェルターの入口に立っていた。


 入口にある黒いプレートに手を当てると、機械的な音がなり、重厚なシェルターの入口が音を立てて開きだす。ミカエルは開いた入口から歩いて中に入る。通路に入ると入口の扉はまた大きな音を立てて閉じ始めた。


 ミカエルはそれを気にせずに入って来た時と同じスピードで歩き出した。


 本当は走り出したいくらいなのだが、はやる気持ちを押さえてながら歩く。ようやく姉妹達の仇を討てる。失敗するわけにはいかない。慎重に行動する必要があるのだ。


 ミカエルは足音だけが響く通路を五分ほど歩き、扉の前まで来た。この扉の向こうに姉妹達の仇、つまりミカエル達の言うお父様がいるのだ。


 シェルターの入口にあったプレートと同じものに手を当てた。入口とは違い、扉が素早く左右に分かれる。


 そして正面には白衣を着た男が椅子に座って足を組んでいた。その男はミカエルを見て笑顔になる。


「やあ、ミカエル。もしかして適合者が見つかったのかな?」


「はい、見つかりました」


「それは素晴らしい。で、どこにいるのかな?」


「はい、シェルターの外に」


「なら中へ連れて来てもらえるかな? 外にいたんじゃ何も出来ないからね」


「それは難しいです、お父様」


「へぇ? 理由を聞いてもいいかな?」


「私がお父様を嫌いだから、ですね」


 ミカエルは、言ってやった、そう思って笑みを浮かべた。だが、ミカエルにとっては不思議なことに男も笑顔だった。むしろ、笑みが増したと言ってもいい。


「なるほど、ミカエルは僕が嫌いなのか。反抗期というやつかな? 親としては成長を喜ぶべきなんだろうね」


「ずいぶんと余裕ですね、お父様? 私が裏切るのは想定内でしたか?」


「なんとなくそんな気はしていたよ。でも確実だったのは、適合者を殺したという情報を得たときかな。ピースメーカーという組織にいた女性からそんな連絡を貰ってね、ミカエルは僕の言うことを聞くつもりはないんだな、と確信したよ」


 おそらくピースメーカーにいた秘書のことだろうとミカエルは考えた。最初にピースメーカーに行ったときにいた適合者を殺した時点ですでにバレていたのだろうと結論に至る。


「そうでしたか。残念です。お父様の驚いた顔が見たかったのですが」


「いやいや、驚いているよ? でも、なんで僕が嫌いなんだい?」


「ふざけるな! 私の姉妹達をあれだけ殺しておいて好かれているとでも思っているのか! 何万といた私の姉妹達を返せ! いや、姉妹達のところへ送ってやる! 死んで詫びろ!」


 ミカエルは激高する。だが、男はどこ吹く風だ。それがミカエルを余計に苛立たせた。


「なるほど理解したよ。しかしね、ミカエル。君はちょっと勘違いをしていないか?」


「……勘違い? 何を勘違いしているというの?」


「彼女たちを殺したのは君だろう? 実験と称してクローンである姉妹達にウィルスを注入したのは君じゃないか。まさかとは思うけど、適合者になる前のことを覚えていないのかい?」


「な、何を、言って……」


「やれやれ、本当に覚えていないのか。まあ、君に打ったウィルスは初期型だからね、そんな副作用があってもおかしくはない。それとも君自身がその現実に耐えられなくて記憶を書き換えたのかい?」


「ち、違う、わ、私はそんなこしていない……! お、お前が皆を――」


 男がミカエルに何かを投げてよこした。それは小さなメモリーカードだ。


「スマホくらい持っているだろう? そのメモリーカードに動画がある。再生するといい」


 ミカエルはそのメモリーカードを凝視していたが、自分のスマホに差し込み。動画を再生させた。


 そこにはミカエルにそっくりな人間が透明なカプセルの中にいる映像が映っていた。一人が一つのカプセルの中に横たわっており、誰も微動だにしない。そこにミカエルと男が現れた。


 男は間違いなくお父様、そして現れたミカエルは同じ顔だが、髪が黒かった。


 ミカエルはどれが自分なのか分からないが、その黒髪のミカエルになぜか不安を感じた。


「ミカエル、本当にやるのかい?」


「もちろんよ。これをやらなくてどうするの? 完成まであと一歩まで来てるのよ? ここで止める理由はないわ」


「しかし――」


「死を超越する薬。それが完成したならどんな実験だって許されるわよ。それにこの子達はただのクローン。私じゃないわ」


 黒髪のミカエルはカプセルについているコンソールを操作した。するとカプセル内に緑色の水が満たされる。数秒でその水はカプセルから排出された。


 カプセルの中にいたミカエルは目を覚ました。だがそこに知性はない。内側から外へ出ようと手でカプセルをひっかいたり、頭を打ち付けたりしているだけだ。


「失敗ね。それじゃ破棄っと」


 カプセルの中にまた緑色の水が満たされる。その水が排出された後は、ぐったりとしているミカエルがいるだけだった。


 それが何度も続いた。結果は毎回同じだ。一度目に水が満たされてゾンビとなる。そして二度目に水が満たされるとミカエルは死んでいた。


「ミカエル」


 目の前の男がミカエルに呼びかける。ミカエルはうつろな目で男を見た。


「その黒髪のミカエルが君だよ。適合者になる前の、ね。そして私の一人娘でもある。君は自分のクローンを実験台にして不死の薬を作ろうとしていたわけだ。そもそもこの計画は君と僕の共同計画だろう? それすらも忘れているのかい?」


 ミカエルはよろよろと後ずさり、床に座り込んだ。


「ち、違う、私じゃない……私はこんなこと、してない……」


「まだ記憶を取り戻せないのか。大体、君より年上のクローンがいないだろう? それは君がオリジナルだからだ。それにその白い髪。染めているんじゃないのかい? いや、脱色しているのかな?」


「な、なぜ私はお父様にクローンとして従っているの……? 娘なら娘らしく扱ってくれていたはずよ……」


「それは君が言いだしたことだろう? いや、それすらも忘れているのか。君は自分の手で新種のウィルスを撒きたい、そして不死の薬を作るために必要な適合者を自分で連れてくると、そう言ったんじゃないか」


 その言葉にミカエルは記憶を思い出そうとフル回転させた。だが、どう考えてもそんな記憶はない。


(違う、違うはずよ。私にそんな記憶はない。私は皆を殺してなんかいないし、お父様の娘なんかじゃない。そうよ、お父様はシェルターを出るときに命令した。「君たちが死んだとしても必ず遂行するように」と。私が娘ならそんな命令をする訳がない。これはお父様の嘘。それにもし私がそんなことをしていた奴だったらちょうどいいじゃない)


 ミカエルは決意を新たに立ち上がった。


「どうしたんだい、ミカエル? 記憶を取り戻したかな?」


「いえ、お父様。記憶は取り戻していません。そんなことはどうでもいいのです」


「どうでもいいとは?」


「もしかしたら私が皆を殺したのかもしれない。なら償わなければいけないということです。それに今の私に信じられるのは記憶ではなく自分の気持ちだけです。生き残った姉妹達を助けたいという気持ちだけ……皆のためにも私と一緒に死んでください、お父様。私が娘なら聞いてくれますよね?」


 ミカエルは服の中から爆弾を取り出す。ミカエルはかなりの威力のある爆弾を何個も用意していた。シェルターの中で爆発させたのなら間違いなく崩壊するレベルの威力の爆弾だ。


「そんなことだろうとは思っていたよ。でも、残念だ。記憶の揺さぶりには動じなかったようだね。ああ、安心するといい。君は私の娘じゃないよ。正真正銘、娘のクローンだ」


 ミカエルは安心すると同時に怒りが沸いた。


「貴様ぁ!」


「これで大人しくなってくれればよかったんだけど、そうならなかったね。さすが第一号の適合者と言えばいいかな? 優秀だよ、君は。だが、僕がなんでこんなことをして時間を稼いだのか分からなかったのかい?」


「何を言って……?」


 いきなりミカエルの背後にある扉が開いた。


「お父様、ただいま戻りました……あら、ミカエル姉さん、何をしているの?」


 外へ続く扉からミカエル達の姉妹が何十人と入って来た。それを見てミカエルの顔は驚愕に変わる。なぜ海外にいた姉妹達がこのタイミングで帰ってくるのか。


「ミカエル。君が僕を殺す手段はその持っている爆弾だろう? だが、この状態で爆発させることの意味をよく考えるといい」


 この場で爆発させれば、今この場所にいる姉妹達も巻き込んで死ぬことになる。そんなことはよく考えなくても分かることだ。


「貴方達! すぐに外へ行きなさい! ここは危険なの!」


「何を言っているの、ミカエル姉さん? お父様はここに戻るように命令したんじゃないですか。それは絶対です。でも危険……?」


「皆、どうやらミカエルは僕を殺そうとしているようなんだ。悪いけど捕まえてくれないか?」


 男がそう言うと、周囲が殺気立つ。


「待って! 違うの! あの男は私達を――」


 ミカエルに姉妹達が襲い掛かった。ミカエルは爆弾を爆発させることなく取り押さえられる。


「ありがとう、皆。それじゃ悪いけど、ミカエルを独房に入れておいてくれるかな。少し教育してあげれば、昔のように戻ると思うんだよ」


「それは素晴らしいですね。私たちもミカエル姉さんには以前のように戻ってもらいたいです」


「ぐっ! 貴方達! 放しなさい! お願い! この男は――」


 ミカエルとほぼ同様の力を持っている姉妹達はミカエルの言うことなど全く聞かずに連行していった。


 そしてこの部屋に残ったのは男だけだ。その男は顎をさすりながらブツブツと何かをつぶやいた。


「ミカエルはなぜ僕の言うことに逆らえるのかな? どういう理由で僕の命令を無視できたんだろう? 支配者になる薬も万能ではないということかな……やれやれ、何事も予定通りにはいかないね。そう思うだろう、君も?」


 男はガラス越しの別の部屋にいるほうへ話しかけた。


 そこには一部始終を見ていた女が椅子に座っている。


「そうか? 私は決めた予定は必ず実行するぞ。あと少しでここから出れる。それまで首を洗って待っていろ」


「同意を得られないのは寂しいね。君のために皆を呼び戻したんだが、それでも足らないかな。ミカエルの戦力も当てにしてたんだけど、君がそこを出る前に再教育が出来るかな……」


 男はそう言ってシェルターの奥へ向かった。


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