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スローライフ・オブ・ザ・デッド  作者: ぺんぎん


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幸せな死

2019.08.18 3話投稿(3/3)

 

 じいさんはピースメーカーの集団へ斬り込んでいった。あの中なら同士撃ちになる可能性があるから銃を撃てないと考えたのだろう。俺も近接武器しかなかったら同じことをする。


 だが、なぜかじいさんは血を流していた。それに銃声も聞こえる。


 あの中で撃っているのか? どう考えても味方に当たる――まさか、銃を持っている奴はゾンビか?


「じいさん! 戻れ! 援護する!」


 ゾンビか人間かは分からない。だが、ここは相手の銃を撃つなんて真似はせずに頭を撃ち抜く。


 それに合わせてじいさんはよろけながらもこちらへ戻ってきた。あの集団にいる銃を持っている奴らを撃ちながら、戻ってきた爺さんを急いで非常口の中へ入れる。


 じいさんは非常口に入ったと同時に仰向けに倒れた。腹部から大量の血が流れている。


 じいさんくらいの奴がどうして腹に銃撃を受けた? いや、あの中じゃ撃たれると思っていなかったのだろう。あまりにも予想外すぎたか。


「……しくじったわい。まさかあそこにいる全員が命を大事にしておらんとはのう……あ奴らは死ぬことを恐れておらん。仲間ごと儂を撃ちおったわい――」


「じいさん、しゃべるな。アマノガワ、じいさんに止血をしてくれ」


 アマノガワがすぐさま頭の布を取った。そしてじいさんを抱きかかえながら布を巻こうとしている。


 さっきからじいさんの血が止まらない。このままでは――!


「もうよい。儂はどうやらここまでのようだ。ワクチンを作ろうとしているのがよほど気に入らなかったようじゃな。周囲を巻き込んで何発もあの男に撃たれたわい」


「諦めんな、じいさん。絶対に助けてやる。すぐに病院へ運んでやるから今はしゃべらないで安静にしてろ」


「無理じゃ。儂は医者じゃぞ? 重要な臓器を撃たれてしまってな、助からんことは儂が良く分かっておる」


「くそ!」


 どうする? どうすればいい? じいさんをこのまま死なせるなんて出来る訳がない。


 とにかく病院だ。ちょうど救急車で来ているんだ。そして病院まで最速で行けば何とかなるかもしれない。マコトちゃんの改造したカーナビだってある。ここから最速で病院へいけるはずなんだ。


「じいさん、行くぞ。通路にいる奴をすぐに殺して爺さんを病院に連れて行ってやる。だから気合で生きろ」


 じいさんをおぶろうとしたら、それを止められた。


「なにを言っとる。そんな強行突破をして他の皆が怪我をしたらどうするんじゃ。下手したらまた誰かが死ぬ可能性だってある。時間をかけて外へ出るんじゃ。お主なら時間さえかければ、皆を無事に外へ出せるじゃろう?」


「そんな悠長なことをしていたらじいさんが死ぬだろうが!」


 大きな声を出したら、ラファエルちゃん達がビクっとしたみたいだ。でもそれに構っている場合じゃない。何か考えないと――


「じいちゃん、死んじゃうの? お姉ちゃん達みたいに何も言わなくなっちゃうの?」


 ラファエルちゃん達がじいさんの周囲に集まって悲しそうに見ている。じいさんはそんなラファエルちゃん達の頭を一人ずつ撫でた。


「残念ながらその通りじゃ。しかし、悲しむ必要はないぞ? 儂はいま幸せなんじゃ……もちろんやり残したことはある。お主らとの生活がなくなるのは口惜しい。じゃが――」


 じいさんはこんな状況なのに嬉しそうな顔をしてラファエル達を見た。


「孫たちに囲まれて死ねるなどどれほどの人間が出来る? 儂のような者がこんなに幸せな死を迎えられるのは贅沢過ぎるくらいじゃ」


 じいさんがそう言うと、ラファエルちゃん達は首を横に振った。


「やだ。もっと遊ぼう? 今度お料理作ってあげるから」


「私はお花を摘んできてあげる。すっごい大きいの」


「おすすめ動画を教える。子犬、かわいいよ?」


「嬉しいのう。でも、それは儂じゃなく、ほかの皆にしてやるといい。みんな、儂以上に喜ぶはずじゃぞ?」


 ラファエルちゃん達は死をなんとなく理解しているのだろう。さっき、お姉ちゃん達みたいに、と言っていた。おそらく、ミカエル以外のおねえちゃんとやらがいたのだろう。


 命令とはいえ、ほかの人間をゾンビにする――つまり殺していたのに、じいさんの死に関しては明確に嫌がっている。この子達は人の死をちゃんと理解できる子なんだ。今更ながらに、計画の発案者に対して殺意が沸くな。こんな子供たちに殺しの命令をするなんて。


 いや、待てよ? ゾンビにする……?


「センジュ、後を頼むぞ。皆を助けてやってくれ……あと、エルの嬢ちゃんのこともちゃんと考えてやるんじゃぞ?」


「……ああ、約束する。だが、その前にいいか?」


「手短に頼むぞ。そろそろお迎えがきそうじゃからな」


「じいさん、俺達のような人殺しがこんな幸せな死を迎えていいと思っているのか? 孫に囲まれながら死ぬなんて贅沢過ぎるだろう?」


「それはその通りじゃが……センジュ、何を言いたいんじゃ?」


 これを言うのは残酷だろうか。人としてどうかと思う。だが、じいさんがこのまま死ぬのは俺が嫌なんだ。


「じいさん、ゾンビにならないか? いまからウィルスに感染すれば死んでもゾンビになれると思う。やり残したことがあるんだろう? 死んでしまえばなにも出来ないが、ゾンビになれば俺が命令してじいさんを使ってやれる」


 じいさんはきょとんとしていたが、笑顔になって笑い出した。


「ああ、そうじゃ、そうじゃったな。儂らは人殺しじゃ。幸せな死など迎えていいわけがない。何を勘違いしておったのかのう?」


 じいさんはしわだらけの腕を俺の前に出した。


「センジュ、噛んでくれ。儂に、皆を守り、ワクチンを作れる可能性を残してほしい。もうずいぶんと歳をとった。いつ死んでもいいと思っておったが今は違う。儂にもう少しだけ皆と生きられる命をくれ」


「ゾンビは死んでるんだ。与えてやれるのは命じゃない。だけど、じいさんが望むならその願いを叶える……それじゃいくぞ?」


「うむ、がぶっとやってくれ」


 じいさんの腕を軽く噛んだ。歯形に血が滲んでいる。これでウィルスに感染しただろう。


 アマノガワはやり取りをずっと見ていたから理解しているはずだ。特に非難もしないし、止めなかった。じいさんの意志に任せる結論を出したのだろう。


 ラファエルちゃん達にはじいさんをゾンビにすることを改めて説明をした。これでまた遊べると言って喜んでいるようだ。さっきは死を理解していると思ったけど、ゾンビと死は違うものだと思っているのかな?


 そしてじいさんはさっきより元気な感じだ。ゾンビという仮初の命でも嬉しいのだろうか。


「男に噛まれるより、女に噛まれたほうが良かったのう」


「贅沢言うな、じいさん。俺だってどちらかといえば女性のほうがよかったよ……ラファエルちゃん達は腕を出さなくていいからね? それにじいさんに噛みつくのもなし」


 じいさんは冗談らしきことを言って明るく振舞っている。勢いでやったとはいえ、本当にこれでよかったんだろうか。今更ではあるんだけど。それに皆になんて説明すればいいか……非難されるだろうな。


 いつの間にかじいさんが俺のほうを真面目な顔で見つめていた。


「すまんの、センジュ。つらい役目をやらせてしまったのう」


「提案したのは俺だ。気にしないでくれ。でも、本当に良かったのか? 今から頭を撃ち抜いてやってもいいぞ?」


「なに、こんな儂でもまだ利用価値があるんじゃ。どうせこのままでも死ぬだけならゾンビになってお主らと一緒にいるほうが何倍もマシじゃ。だからゾンビになったら遠慮なく儂に命令をするといい」


「……ああ、ゾンビになったらいままで以上にこき使ってやる。だから長生きしろよ? 次は孫に囲まれた幸せな死を迎えてもいいから」


「楽しみにしておこう。それにもしかしたら適合者になる可能性だってあるわけじゃ。その可能性にも賭けてみるかのう?」


「好きにしてくれ。一応、そうなるように俺も祈っててやる……それじゃあな、じいさん」


 じいさんは笑顔で頷くとそのまま目を瞑った。


 おそらくじいさんの体は数分後に機能が停止するだろう。そしてゾンビとして蘇るはずだ。


 これが正しい選択だったのかは分からないが、もうやってしまった。ゾンビになったじいさんに改めて確認してみるか。ゾンビとして生きるか、それとももう一度死ぬか。


 それにマンションにいるみんなの意見も聞きたい。それ以前に怒られるだろうけど。


 さて、じいさんが蘇るまでまだ時間があるだろう。俺は廊下にいる奴らを黙らせるか。それにじいさんを撃った男に落とし前を付けさせないとな。


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