頭のいい馬鹿
2019.08.18 3話投稿(1/3)
ミカエルが部屋から去った後、噛まれた秘書はそのままゾンビになった。時間にして十分くらいか。
アマノガワの麻痺毒で動けなくなっていたはずだが、ゾンビになったとたんに元気に動いている。動いているとは言っても、ロープで縛られて椅子に座っているので、上半身を左右に揺すっているだけだが。
観察した感じでは、じいさんとアマノガワに噛みつこうとしているように思える。命令を受けていないゾンビは素でこういう状態なのだろう。
それともゾンビになった時点で人間を噛め、もしくは引っかけという命令を下されているのだろうか?
さすがにそれはないかな。それはどんなウィルスなんだよって話になるし。
とりあえず、大人しくしろと命令してから、あの男についての話をスマホに打ち込ませた。
結構色々あるようでさっきからずっとスマホを打っているようだ。まだかかりそうだな。
部屋にはじいさんと頭を怪我したアマノガワ、そしてラファエルちゃん達がいる。
アマノガワは頭に怪我をしているので安静にしているが、なぜかラファエルちゃん達が周りを囲んで話をしているようだ。男性か女性かを当てようとしているらしい。この見た目で男性派もいるんだな。
そしてじいさんは眉間にしわを寄せて腕を組んでいる。おそらくミカエルのことを心配しているのだろう。
「ミカエルが心配か?」
「……そうじゃな。相手はこんなことをしでかすようなサイコパスじゃ。勝算はあるらしいが、いいようのない不安はあるのう」
確かにそうかもしれない。そもそもどんな奴か知らないからな。得体の知れない感じは確かに不安だ。
「やっぱりついて行くべきだったか?」
「いや、ミカエルがそれを良しとしなかったからの。ラファエル達を任せるくらいには信頼してもらったようだが、ついていくことは無理じゃっただろう。よほどその男に自らの手で復讐したいんじゃろうな」
じいさんはそう言って息を吐いた。
ずいぶんとじいさんはミカエルって子に入れ込んでいるみたいだな。まあ、ラファエルちゃん達の姉に当たるわけだし、同じ孫枠なのかもしれない。
でも、ミカエル、か。
話をした限り悪い奴ではなさそうだった。ただ、秘書が言ってたが、以前いたという適合者を殺しているみたいだし、いい奴でもないのだろう。そもそも人間に対してあまり興味がないのかもしれない。
とはいえ、ラファエルちゃん達の姉だ。無事に帰って来てもらいたいものだ。
ミカエルもラファエルちゃん達も人をゾンビにするウィルスをばら撒いた。でも、それは彼女たちを作った男の命令だ。罪がないとは言わないが、断罪されるようなものでもないだろう。そもそも世界中でどれくらい生き残っているか分からないし、裁判が出来るような状況でもないからな。
色々考えていたら、秘書の女がいつの間にかスマホへの打ち込みを終えていたようだ。
じいさんと一緒にその内容を確認していこう。
どうやら男はZパンデミックの発案者で、数年前から賛同してくれる人を集めていたらしい。
そしてZパンデミックの目的は優秀な人間だけによる世界の再生。色々な場所にシェルターがあり、そこに優秀な人材をかくまっているようだ。そしてシェルターの外にいる人間がすべてゾンビになったら、シェルターから出てきて地上で繁栄させるらしい。
当然、その時の労働力はゾンビ達。大量のゾンビと優秀な一部の人間によるユートピア。それがこのパンデミックの計画だそうだ。
清々しいほどのサイコパスだね。そう言うのは空想の中だけにしてほしい。なんでそういうことを思いついて、しかも実行するかな。たぶん、頭はいいけど、馬鹿なんだろう。いや、馬鹿だ。頭のいい馬鹿。
他にも色々書いてあるが、気になったところはここかな。
政治家も何人か賛同していて、警察にも似たような話をもちかけていたらしい。それはパンデミックで初動の対処が上手くいくと困るからだ。本来助かるのはシェルター内にいる人間だけで、外にいる人間は助からないことになっているらしい。つまり、助けるからゾンビ対策に動くなと言っておいて、実は助けないというオチだ。
警察署のタブレットに書かれていた日記の裏付けになる内容だな。警察署長は自分が選ばれなかったとか書いてあった気がする。
そしてここにいる秘書は外でゾンビになる人間を増やす目的だったようだ。ピースメーカーのトップである男を洗脳紛いの方法でそういう風に仕立てたらしい。
そしてもう一つの目的が適合者の捕縛、連行だ。適合者を生きたまま連れて行くことも命令されていたらしい。
こういう秘書みたいな奴は色々なところにいるそうだ。シェルターの外でこの計画のサポートをする役目なんだろうな。
……となると、レンカも同じか? あいつもその男のために外でサポートしていた? あのレンカがそんなことをするかな?
「六道蓮花と言う奴を知ってるか? 知っているなら教えてくれ」
秘書の女にそう聞きながらスマホを渡す。するとスマホを打ちこみだした。
どうやらレンカは秘書とは違ってシェルター内にいる権利を与えられていたが、自分からシェルターの外へ出た変わり者だったらしい。理由は知らないそうだ。
レンカが何を考えていたかは知らないが、アイツは性格が悪かったからな。なにかつまらない理由で外にいたのだろう。
そしてもう一つ分かったことがある。
秘書とレンカは色々と情報のやり取りをしていて、レンカはアマノガワの情報を渡してきたらしい。邪魔だから好きにしていいと言われたそうだ。
ちょうど前にいた適合者が女好きという話もあって、アマノガワが一人でいたところをさらったそうだ。レンカもアマノガワが男であることは知らなかったようだな。
しかし、色々とつながりがあるね。あとどれくらいこの計画に賛同している奴がいるんだろう?
もしかして大きな組合では一人くらいいるのかもしれないな。効率よく人間をゾンビにする奴らが組合に入り込むという可能性は高い。
しかし、どうしたものかな。放っておくと言うには色々知り過ぎた感がある。
パンデミックが起きたころの俺だったら別に何とも思わなかっただろう。好き勝手に生きられて嬉しいというくらいしかない。でも、今はちょっと違う。
その男が生きている限り、マンションにいる皆が危険に晒されるだろう。
ゾンビが相手なら俺が何とかできるだろうけど、それ以外の方法で皆が危険な状況になったらまずい。こんなウィルスを作れるほどだ。最終的には空気感染のウィルスとかも作れるかもしれない。
ミカエルに任せてはいるが、ミカエルに何かあった時のために俺もその男を探し出して殺すべきだろうな。これだけ大量殺人をした男だ。悪者中の悪者だ。俺のターゲットとして十分な資格がある。
「発案者のいるシェルターの場所はどこだ?」
そう聞くと、じいさんは目を見開いた。だが、次の瞬間には口角を上げてニヤリと笑った。どう思ったか知らないけど何も言わないでくれよ。恥ずかしいから。
秘書がスマホの何かを打ち込んだ。打たれた文字を見ると「それは知らない」とだけ書かれていた。
「知らない? なんで知らない? アンタもいつかシェルターへ行く予定だったんじゃないのか? それに適合者を引き渡すんじゃないのか?」
また何かを打ち込んだのでそれを確認すると、「自分はあの方のために外で死ぬ予定だったから場所も連絡先も知らない。適合者はレンカに引き渡すつもりだった。あの子とミカエルだけがシェルターの場所を知っている」と書かれていた。
あの方のために死ぬって狂信者かなにかか? それともそれほどの魅力があるのか?
しかし、レンカとミカエルしか知らない、か。
まいったな。ミカエルはもういないし、レンカは殺してしまった。シェルターの場所が分からん。
じいさんも困った顔をしたが、何かに気づいた感じでラファエルちゃん達のほうに近づいた。なるほど、ミカエルが知っているならラファエルちゃん達が知っている可能性があるな。
……でも、空振りみたいだ。シェルターに行ったことはあるが、場所は知らないらしい。ミカエルの後にくっついて行っただけなので、どのあたりにあるのか知らないそうだ。南のほうから来たってくらいの感覚しかないんじゃダメだな。
アマノガワからミカエルのスマホに連絡を入れるということも考えたが、さっきの状況から考えるとミカエルは教えてくれないような気がする。
となると、なにか別の方法で考えるしかないな。




