同志
2019.08.11 3話投稿(3/3)
俺、じいさん、ミカエルが話しているところに見知らぬ女が入ってきた。そしてラファエルちゃん達もその背後にいる。でも、様子がおかしい。ラファエルちゃんに生気がないというか、ゾンビみたいになっている。
「貴方は確か秘書の――いえ、あの方……? まさかお父様の……!」
秘書というのが何の秘書なのかはわからないが、ミカエルは知っているようだ。そしておそらくだが、さっき女が言った言葉からすると、元凶の男とつながりがある奴なのだろう。
ミカエルはすぐに女のほうへとびかかろうとしたが、それを止めた。
その女の前にラファエルちゃん達が盾のように出てきたからだ。それだけでなく、女はこちらに向けて銃を構えている。どういう状況なんだ?
「ミカエル、貴方が前の適合者を殺したときにそうじゃないかってずっと思っていたわ。あの方の崇高な使命を手伝えるのになんで理解しないのかしら?」
「貴方……お父様――いや、あの男の部下か!」
「部下? 違うわ、同志よ。世界のあり様を憂いた同志。この世界はね、このままだと手遅れになる。だからあの方は一度徹底的に破壊することを選んだ。でも喜んで。これからあの方を頂点とした新しい世界が始まるの。貴方はその仕事の一端を担っていたのに……本当に残念だわ」
なんだかサイコパスが言いそうなことを言ってる。どこにでもいるんだな、こういうのは。
「でも、新しい適合者は見つけたし、貴方はもう不要よ。ところで適合者はどっち? そっちの若い方でいいのかしら? 私があの方のところへ連れて行くわ。さあ、貴方達、ミカエルを殺し、あの若い男を拘束しなさい」
目に生気のないラファエルちゃん達が飛びかかってきた。ここは命令を出すべきだろう。
「やめるんだ」
俺がそう言うと、ラファエルちゃん達は止まった。
「なっ! 支配者である私の言うことが聞けないの!? ミカエルを殺してあの男を捕まえなさい!」
「そんなことはしなくていいよ。もう誰かの命令を聞く必要はない。君達は自由に生きていいんだ」
俺がそう言うと、ラファエルちゃん達の目に生気が戻ってきた。そして泣きそうな顔になってからミカエルのところに走り出す。
ラファエルちゃん達はミカエルに泣きながらごめんなさいと謝っているようだ。一瞬とはいえ、ミカエルを殺そうとしたことに罪悪感があるのだろう。そのミカエルは大丈夫と3人をあやしている。
そんなミカエルたちを守るように俺とじいさんが前に出た。
女は銃を構えながら、ミカエルたちを睨んでいる。
「この役立たずが! お前たちはあの方に作られた存在だろうが! あの方のために働き、あの方のために死ぬのが道理だろう! なぜ命令を聞かない!」
イラっと来たので死なない程度に銃で撃ってしまおうかと思ったら、じいさんが前に出た。
「お主は歪んでおるな。医者として治してやりたいところじゃが、残念ながら手遅れのようじゃ。別の処置をしてやろう」
じいさんは少しだけ腰を落として構える。直後に金属が触れるような音がした。すると女の持っていた銃が横に真っ二つになる。
恐ろしく速い居合だな。じいさんの間合いであれをやられたら俺でもうまく躱せるかどうか。あの年齢でおっかないな。
「な、な、な……」
「幼子の前で殺しはせん。だが、幼子がいない場所ではその限りではないぞ? そうそう、お主が生きているうちに訂正させてもらおうか。この子達は儂の孫じゃ。この子達を作っただけの男の命令など聞かせるつもりはないぞ」
じいさんが女のほうへ近づくと、女は悲鳴を上げて部屋を出て行った。
だが、すぐにまた悲鳴が聞こえる。
今度はアマノガワが部屋に入って来た。少し頭から血が出ているようだが、あの女にやられたのだろうか。
「さっき、隣の部屋であの女に頭を殴られたんでやり返したんですけど、大丈夫ですよね? あ、殺してはいませんよ」
「本当かの? あの女と共謀しているのではないのか? 大体、殺し屋のお前が一般人に後れを取るとは思えん。その怪我も自演か?」
なるほど、アマノガワとあの女が繋がっている可能性があるのか。確かにちょっと怪しいか?
じいさんがアマノガワに対して居合の構えをとると、アマノガワは両手を上げた。そして高速で首を横に振る。
「ち、違いますよ! 本当に隣の部屋で背後から殴られたんです! ちょっとだけ気を失ってたんですけど、外に出たらこの女が外に出てきたのでやり返しただけですってば! ラファエルちゃん達に聞いてみてくださいよ!」
なんだろう。見た目はクール系の超絶美人なのに残念さが漂っている。しかも男なのがさらにひどい。でも、演技には見えないな。
それにラファエルちゃん達は泣き止んでいて、アマノガワの行っていることが正しいと話してくれた。
「ふむ、この子達が嘘をつくとは思えんし、その血の量からして自演は難しいじゃろう。どれ、見せてみい――いや、その前に女を縛っておくか。個人的には殺しておきたいが、色々と話をきいてみようかの」
「一応麻痺毒で動けなくさせてますけど、確かに縛っておいた方がいいですね。たしか、隣の部屋に紐っぽい物もあったので取ってきますよ」
「ケガ人なんだから大人しくしてろ。俺が取ってくるから」
アマノガワを椅子に座らせて、廊下に倒れていた女を部屋の中へ入れた。そして隣の部屋へ移動する。
よく分からないが、なにかの倉庫として使っているのだろう。色々なものが置いてあるようだ。とりあえず長めに紐というか細い布とハサミを持って部屋に戻った。
「これで大丈夫だと思うがどうだ?」
「そうじゃな。これなら縛る以外にも包帯の代わりになるじゃろう。応急処置にしかならんが、救急車に戻るまではこれでいてくれ」
「助かります。ところでどういう状況なんです? この人って確かピースメーカー代表の秘書ですよね?」
「なら、治療がてらに説明してやろうかの」
そういえばミカエルが秘書って言ってたな。となると、そのピースメーカー代表というのも、いわゆる同志、なのか?
今のところは何も分からないし、どうしようもないか。とりあえず女を縛っておこう。
女を椅子に固定する形で縛った。アマノガワの麻痺毒ということで意識はあるようだが、呂律が回らないようだし、少し口からよだれが垂れている。しゃべれるようになるにはもう少しかかりそうだ。
ならこの間にミカエル達のほうを確認しておこう。
「皆は大丈夫かい?」
俺がそう言うと、ミカエルが頷いた。
「ええ、ありがとう、センジュ。貴方のおかげで助かったわ。さあ、貴方達もお礼を言いなさい」
ミカエルがそう言うと、ラファエルちゃん達はちゃんとお礼をしてくれた。
「どういたしまして。ラファエルちゃん達も理不尽な命令を聞くことはないから安心だよ」
俺よりも強力な命令を出せる適合者がいるなら危険かもしれないけど、今のところは大丈夫だろう。
「私だけでなくこの子達も自由になった。本当にありがとう、センジュ」
「どういたしまして」
余計なことを言うと命令になりかねないから簡単な言葉で済まそう。
「それじゃ、今度こそ行くわ。皆、私はお仕事があるからセンジュ達と一緒にお留守番をしていてね」
ミカエルの言葉に3人は頷く。
仕事の内容は言わないんだろうな。でも、本当に大丈夫なのだろうか。義理はないが俺もついて行った方がいいと思う。
「俺もついて行こうか? こう見えて俺は殺し屋でね。そういうのは専門だ」
ミカエルは驚いた顔になってから徐々に微笑むと首を横に振った。
「いえ、不要よ。でも、センジュは殺し屋なのね。お父様――あの男も殺し屋に狙われていたのよ。あの動画は死んだと思わせるためのフェイクだったの」
そんな事情があったのか。しかし、ターゲットならちゃんとやっておけよ。仕事が遅いからパンデミックなんかが起きるんだ。誰だ、担当者は。
「そうそう、行く前にやるべきことがあったわね」
ミカエルはそう言うと、秘書の女のほうへ近づいた。
そしていきなり噛みつく。おいおい。
「私の妹達を泣かせるなんて許せないわ。意識はあるようだし、せいぜい苦しみながらゾンビになるといい……支配者の血とは言っても美味しくはないわね」
ミカエルはそう言いながら、ペッと床に血を吐いた。そして口をハンカチで拭く。
「何をしておるんじゃ、これから話を聞き出そうとしていたのに」
じいさんが抗議の声をあげるが、それほど怒っているわけではなさそうだ。
「適合者がいるんだから、ゾンビになった女に命令して聞き出せばいいわ。もし適合者になったら改めて殺すしかないけど……まあ、無理でしょ」
なるほど、そういう方法やり方があるのか。人道的ではないけど、パンデミックを発生させるような奴を崇めている奴なら別にいいかな。
「それじゃこの子達のことをお願い。何かあったらアマノガワのスマホに連絡するわ」
ミカエルはそう言ってから、ラファエルちゃん達のほうを見て微笑むと、部屋を出て行った。仕事が早いというかなんというか。いや、すぐにでも殺したいと思っているのかな。相当な恨みなのだろう。
さて、こっちはこの女がゾンビになるのを待ってから色々聞き出すか。でも、ここでの対応はすでに終わってるんだよな。
ミカエルとは友好的な関係を結べたし、適合者を探している理由も分かった。それに偶然だけども、アマノガワを見つけることができている。ピースメーカー自体には特に思うことはないからこのまま帰ってもいいんだけど。
一応、この女からピースメーカーのことを聞いておくべきだろうか。どういう組合なのか知っておきたいし、代表がどんな奴なのかも気になる。もし、同志ということなら……俺もお仕事をしないとな。




