お父様
2019.08.11 3話投稿(2/3)
ミカエルは両手でそれぞれ反対側の肩に手をやり震えていた。自分自身を抱きしめているのだろうが、いきなりどうしたのだろうか? 顔を下に向けていて表情はよく分からないが、泣いているように思えるが。
そんなミカエルを見たラファエルちゃん達は心配そうに近づき足元から見上げていた。
「どうしたの、おねーちゃん? もしかして、センジュ? センジュがやったの? やっつければいい?」
ラファエルちゃん達がこちらを振り向いた。怒った顔をしている。早めに誤解を解いて欲しい。
「ち、違うのよ、何もされていないわ。嬉しくて泣いてただけ」
よかった。ラファエルちゃん達がとびかかってくる前にミカエルが止めてくれた。でも、事情が全く分からん。
それはじいさんもアマノガワも同じようだ。
「のう、ミカエルよ。こちらは全く状況が分からんのじゃが? 儂らとしてはラファエル達を無事に送り届けたということで敵対の意志はないと理解してもらいたいところじゃの」
「ええ、そうね……貴方達は敵じゃない。話が通じるなら色々と説明しておくわ。ただ、センジュ……だったかしら? 申し訳ないのだけど、私に命令するようなことはしないで欲しいの。私が役目を果たしたらいくらでもお礼をするわ。だからそれまではお願い」
「わかった。命令するようなことは言わない。だが、事情が分かるように――」
説明してくれと言おうとして止めた。これも命令になるだろうからな。
じいさんのほうへ目配せすると、気づいてくれたようだ。
「センジュはしゃべらないようにさせよう。それで少しは落ち着いたのか? できれば事情とやらを教えてもらいたいのじゃが」
ミカエルは頷くと、アマノガワにラファエルちゃん達を隣の部屋に移動させるようにお願いした。
どうやらラファエルちゃん達には聞かせられないことのようだが、一体どんな事情が飛び出てくるのだろうか。
アマノガワは三人を別の部屋へ連れて行った。部屋に残ったのは俺、じいさん、ミカエルの3人だけだ。
「あの動画を見たのなら大体の事情は分かっているのよね?」
俺とじいさんは頷いた。
「あれはフェイクよ。あの時に死んだ奴は私たちの本当の生みの親であるお父様のクローンなの。本物はとあるシェルターの中にいるわ。そして私はお父様に適合者を探すように命令されていた……私たちの姉妹を何万と殺した奴なのに、私はその命令に逆らえなかったのよ」
ミカエルはそう言うと、自嘲気味に笑った。そして説明を続ける。
そのお父様という奴は適合者を生きたまま捕まえてくることをミカエルに命令していた。それはお父様とやらが進化をするために必要だから、らしい。具体的に「進化」が何を指すのかはミカエルも知らないそうだ。
命令に逆らえないというのは、そのお父様が支配者だからだそうだ。支配者というのは言葉通りの意味ではない。ウィルスに感染して生き残れる者を適合者と呼んでいるように、とある薬によってゾンビに命令を出せる者を支配者と言うらしい。
ふと思ったが、レンカもその支配者だったのだろう。レンカが言っていた「ゾンビを操る力を持ち世界を牛耳る」というZパンデミック計画を立案して、そんな薬を作った奴なんだろうな。
そしてミカエルはその男を殺したいほど憎んでいる。ミカエルのような適合者を作るために何万という姉妹と言うべきクローンを実験と称して殺したのだ。ミカエルにとってそれは絶対に許せることではないのだろう。
そして、その支配者の命令が俺の命令で解けた。ミカエルはこれから自由に行動できるらしい。
「センジュがお父様よりも強い命令が出せる適合者で助かったわ。これで私はお父様を殺せる。私の姉妹を殺した罪を償わせるわ」
強い命令? 命令には強度的な物があるのだろうか。
それにその男は命令の強度について知らないのか? 命令を聞かなくなるかもしれないミカエルに適合者を捕まえさせるのは難しいと思うのだが……単純に自分よりも強い命令を出せる適合者はいないと思っているのかもしれないな。
「ずいぶんと物騒なことじゃな。しかし、一人で行くのか? まさかとは思うが、ラファエル達を連れて行くわけじゃあるまいな?」
「もちろん連れて行かないわ。そうね、ここでアマノガワに――いえ、貴方達に預けようかしら。あの子達も貴方達を気に入っているみたいだし」
ミカエルは気分がハイになっているのか、俺達に向けてもニッコリと笑った。
「それは構わんし、事情も大体は理解した。ならこちらの話も聞いてくれるか? 敵対関係にはならないということなら確認させてほしいことがある。ワクチンのことじゃ」
なるほど。じいさんはワクチンを作ろうとしているが、本当にそういう物が出来るのか確認したいということか。
「ゾンビ化を止めるためのワクチンと言うことね?」
「そうじゃ。その男はワクチンを持っておるのか?」
「残念ながら私は知らないわ。お父様なら作れる可能性は高いわね。言っておくけど、感染を防ぐワクチンは作れてもゾンビを元に戻すワクチンはないわよ? アレはもう死んでいるのだから」
「……たとえゾンビでもアレ呼ばわりはやめてくれんか。ゾンビだとしても生きている者からすれば、相手への思い出がある者は多い。死んだら人間ではない、というわけではないからの」
ミカエルはちょっとだけ驚いたような顔になったが、真面目な顔になって頷いた。
「そうね、死んだとしても人間、それに生きている人たちにはその人に対する思い出があるわね。私にも姉妹達との思い出がある……ごめんなさい、謝るわ」
「なに、分かってくれればよい……しかし、お主、意外と素直じゃな?」
「意外って何よ」
二人はそう言って笑い出した。うん、俺ってばちょっと蚊帳の外。下手に話すと命令になりかねないから仕方ないけど。
ミカエルはひとしきり笑った後に、真面目な顔になった。
「それじゃ、もう行くわ。姉妹達を殺したお父様を殺さないといけないから」
「儂らにそれを止める権利はない。だが、勝算はあるのか?」
「お父様はたとえ支配者とはいえ、タダの人間よ? 遅れを取ることはないわ。それにいくつもの対策を用意している」
「それは分かるのじゃが……」
じいさんが俺を見た。まさか俺についていけという話じゃないだろうな? 念のため小声で確認しておこうか。
「俺について行けという意味の視線か?」
「それ以外に何がある?」
「ミカエルの事情は理解したし同情もするが、俺が手を貸す義理があるようにも思えないんだが?」
世界がこうなった事情がその男のせいなら、落とし前を付けさせたいという気持ちあるといえばあるが。
「もしかして復讐を手伝ってくれるとか言う話をしているのかしら?」
小さな声なので上手く聞き取れなかったのだろう。ミカエルが少しだけ微笑みながらそんなことを言い出した。それに対してじいさんが頷く。
「そうじゃな。仕事として依頼を受けても良いぞ?」
「それは遠慮するわ。お父様を殺すのは私のやるべきこと。この役目は誰にも譲らない」
確固たる決意をした目だと思う。たとえ死んでもやり遂げる。そう思わせる目だ。ならこれ以上は無粋だろう。
「ああ、でも、助けてくれると言うなら、さっき言った通り、あの子達を頼んでもいいかしら? 貴方達なら信頼できる。それにもし私が帰って来れなくても貴方達なら――」
ミカエルがそこまで言いかけたときに、部屋ドアが開いた。
「ミカエル。やっぱり貴方はあの方を殺そうとしていたのね? 子供は子供らしく親の言うことを聞かないとダメよ?」
パンツルックのスーツ姿で眼鏡をかけた女性がドアから入って来た。誰だ?




